その12 転属でお茶を濁される

 ある日、上村部長席にいる石田課長が私を呼びました。 「○○さん、ちょっと」 上村部長席に行くと、石田課長はこう言いました。
「○○さん、今度、システム3課に移ってもらうことになったから
一瞬、たじろぎました。システム3課?この、いやーな上村部長のいる?
「うちの方でもいろいろインターネットの商談が来ているんだ、そのへん中心にやってもらおうと思う」
と上村部長。そして石田課長は、
「所属はシステム3課だけど、本当はインターネット課だから、ね」
  えっ、そうなの!やった!嬉しい! 「ありがとうございます」 私は深々と頭を下げました。

 例の開発も落ち着いたところで、私はシステム3課に移り、仕事をスタートしました。 MS OS/2ともWindows3.1ともおさらばです。正々堂々とUNIXが使えます。 嬉しくて、夢中になって仕事をしていました。 やはりUNIXの仕事は楽しいです。
 課が移ってから実感したのですが、私は自分で泥縄式に勉強したせいか余計な知識がついて、 それが結構役に立ちました。 どうもT社のSEはT社のことしか見えていない傾向があって、 トラブルがあるとT社のデータベースにアクセスして探し(使いづらい)、 なければT社の情報センターに質問を出して、回答の来るのを待っているのです。 どうもそれがT社のやり方(T社の推奨?)らしいのですが、 検索エンジンにかけたり、普段チェックしているMLやネットニュースを探す私の方が 早かったりしました。 とにかく、システム3課ではインターネット関係の仕事をたくさんやらせてもらい、非常にためになりました。

 やがて半年に一度の面談がやってきました。3課に移ってから、この面談は評価に関わってきました。自分も中堅社員の仲間入り、上司の評価によってボーナスが決定するというやつです。
 私は憂鬱になりました。石田課長ならよかったけど、私の上司は上村部長です。この人、 噂には聞いていましたが、困った人だと言うことがよくわかりました。ワープロ専用機しか 使えない。部下の仕事の内容は理解できない。打ち合わせでろくなことをいわない。一ノ瀬さんのようなきっぱり言う人には なにも言えない癖に、人がいい社員には徹底的にかみついてねちねちと苛めます。仕事もしないで部下苛めばかり。 上村部長がぐちぐちと言い出すと、周りの人がいっせいに喫煙室に逃げます。うるさいからです。
 いざ面談になっても、でもさっぱり話が噛み合わない。 話していてイライラします。うう、こんな人に 自分の評価を決めてもらわないといけないのか。
 成果主義というと聞こえはいいです。学歴や勤務年数にかかわらず、できる人は給料が高い。しかし、その「できる人」がどうかは、上司の一存なのです。こうして面 談で喋っていても、仕事内容をわかっていないような上司だと意味がありません。なんのための面 談なんだか…

 面談で、「私はインターネット課じゃなかったんですか。石田課長はそう言いました」とか 上村部長に言えればよかったんです、私も。
 でも私はそういう勇気がありませんでした。口をなるべくききたくなかったのもあるし、 自分もねちねち虐められるんじゃないかと思ったのもあります。今思えば、情けないことです。まったく。
 『本当はインターネット課だ』なんて大嘘でした。 システム3課でしかありません。3課になったからといって、マルチやインターネット課が近くなったわけじゃ なかったのです。以前は、インターネット関連の技術者はマルチやインターネット課に集められていました。 いまや、インターネットは すべての課で必要な技術となり、特定の課で引き受けるようなやり方はしなくなっていたんです。

 そしてその頃。マルチの設立や社内ネットワークの整備に全面的に協力してくれた社長が、定年で退職することになりました。 社長は研究職出身で実験的なことや新しいことが好きでしたが、今度の社長はふつーのSEあがり。 保守的で金になることしかやりません。インターネット事業にも懐疑的のようです。
 もともと実験的な部署で、社内の反発が大きいマルチです。存続が危うくなってきました。

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