天皇様について

国学の立場からすれば、天皇様を中心とすることの意味は、 国体(くにがら)としては、

1、 為政者による権力私物化に対する精神的抑制効果 。

2、 権威と権力の分離による為政者の独裁、及び、個人崇拝の防止 。

3、 神話を背景とした国民規模での自発的な道徳の共有化 。

4、 信仰を基盤とする神権政治においては、多神教の神たる自覚により生まれる使命に 反することは、自分が神であるという信仰に反することなので、信仰を持っている 限り、自分が神だからといって専横を尽くしたり、私腹を肥やす事もない、という 神権政治の長所に加え天皇様の無私(恣意、主観的なきめつけ、思い込みのないこ と)の御心により神権政治の短所を克服したもの。 君民共治による国民の政策決定への直接参加(代表制民主主義は 委任独裁故に国民の直接参加により初めて君民共治となる。 人のもとではなく、天皇様と思金の命様(自然論理)のもとに行う 政治つまり、為政者が天皇様の無私(恣意、主観的なきめつけ、思い込みのないこ と)の御心に学び、自然論理(明らかに見えたる理=多角的な視点から実証済みで あり、実証過程が理論化された経験論的理論)のもとに行う政治 が有り、

信仰としては、

1、 正神界との結縁と天皇様の御取り次ぎによる神祇からの神恵、

2、 大御神様の神勅による、天壌無窮(永遠)の天皇様の御心(永遠である理論で ある故に真理)をいただき、己の心とすることによって得られる大安心。

3、 天皇様を中心として行を積み生神(現人神)となる。 が有ります。天皇様は他国の王侯と違い、身分の上下や形式的道徳などの世俗的な ものとは無関係であり、釈迦やキリストのごとく宗教的なものです、ここで問題 になるのが釈迦やキリストは個人としての偉業あるのに、世襲製ではどうなるのか ということですが、天皇さまは大御神様の神勅を守り、神たる使命として、人類のために祈 りを 捧られるが故に、又、人類を霊的に守護されるので尊いのです。 キリストや釈迦は一代限だったのですが、皇室は何代も続くということは毎時代 救世主が出現して霊的救済を行われているということです、日本のみのことであり 尊いことです。

ちなみに、王侯は、人の上の人なのですが、外国の王侯の場合、王侯たる者は徳性を 備えていなければならず又、逆に徳性をそなえていると見せかけることで独裁者たること を覆い隠したりするのですが、人というのは王侯であっても人欲から逃れられるものでは なく、その為、聖人の教え(儒教)で自分を正当化したりします。 また、たとえ、名君であろうとしても、その権力が権力闘争の結果たる世俗的権力基盤 ならば、権謀術中から逃れるすべはないのです。 これに対して天皇様は大神であり、信仰を基盤とする故に、世俗の権力闘争とは無縁なの です。また、この様な国体の下では、自分が神であるという自覚は、神として行動しなければならないという使命感を伴い、この使命に反することは自分が神であるという信仰に 反するので、信仰を 持っている限り必ず善を行うものです。 さらに、神というのは、自分は神だと奢ることではなく、制度的にも自分が神だからと いって得をすることがないという神観をもつ社会ならば、インチキ新興宗教の教祖などの入り込む余地もないでしょう。

 
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