| 高山病にならないコツ |
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高山病とは、高地に登ると空気が薄くなることによって起こる病気で、息切れ、頭痛、不眠、吐き気などの症状が起こる。軽度の場合は、高度に慣れるにつれて回復するが、重症の場合死亡することも珍しくない。個人差があるが、普通、標高3000メートルを越えるあたりから徐々に症状が出る。
高山病の予防には、とにかくゆっくり登ること。これは、その日の歩く速さだけでなく、全体のスケジュールもゆっくりと。ゆっくり登れば身体も徐々に慣れてくるので、全く症状が出ないで標高5000メートル以上まで行くことができる。
症状が出たら軽い場合は治るまで先に進まない。治りそうもなければ、症状の無くなる低高度まで下りる。これしか治療法はない。
さて、その原因がサシミにあるかどうかは別として、高山病患者に日本人が多い、というのは事実だと思う。
黄色人種は白色人種に比べて、アルコールの分解酵素を持っていない人が多く、全く酒が飲めない下戸の人が多い、という研究結果があるが、もしかしたら、高山病の場合も同じことが言えるのかもしれない。通説的にも、酒に強い人は高山にも強いと言われている。まあ、この辺のところはあまり根拠のある話しではないので、ここでは、もっと信憑性のある社会的な要因について考えてみたい。
私は、高山病になる日本人が多いという最大の原因は、トレッキングの形態にあると考える。日本人のトレッキングの形態とはどういうものかというと、一般的に、日本から団体でやってくるツアーによるものが多い。個人トレッカーも多いが、団体客も多い。どちらが多いのか分からないが、年末年始などは、一日に数回、日本人団体客と道ですれ違い、宿泊地など日本人団体客のテントが群立する「ラッシュ」状態となる。
ところで、私は、個人トレッカーが高山病で病院に行ったという話はあまり聞いたことがない。逆に団体客の場合、そういう話を頻繁に聞く。中には死亡したという話や、意識不明になってヘリコプターで運ばれた、という話もたびたび聞いた。つまり、団体旅行は高山病にとって非常に危険な旅行形態ということになる。
考えてみれば当然のことである。高山病の重要な予防法である「ゆっくり登る」「症状が出たら止まるか引き返す」のどちらもできないのが団体旅行だからである。では、なぜ団体旅行ではこの当然のことができないのか、団体ツアーの具体例を上げながら説明していきたいと思う。
重傷の高山病は、ある時突然かかるわけではない。必ず兆候があるのだ。
兆候にもいろいろある。頭痛や吐き気が現れたら誰でも心配になって考えるだろう。だが、そうなる前のほんの軽い身体の変化、たとえば、朝、食欲がいつもよりないとか、なんとなくだるいとか、昨夜はあまり眠れなかった、などで、
「大したことはなさそうだけどちょっと不安だ」
という場合、あなたならどうしますか。
おそらく正解は、とりあえず出発してみて、途中で回復したらそのまま目的地まで進む。あまり芳しくなさそうだったら、予定を変更して途中の手頃な宿に泊まる。あるいは、心配だから最初から出発を取りやめて、もう一日同じ宿に泊まって休養日にする。
以上のうちどれかだろう。そして、そのどれを選んだとしても、おそらくあなたは高山病にかかることもなく、翌日には元気になって先へ進んでいることだろう。なぜなら、あなたは自分の微妙な体調の変化に臨機応変に対応して、身体が訴えるサインに的確な行動を取ったのだから。
ここで分かるように、高山病にかからない最大のポイントとは、ちょっとした体調や気分の不調程度でも、その日の行動を急に変えることができるかどうか。また、同行者に気軽にこうした「わがまま」が言える間柄かどうか。これに尽きると言っても過言ではない。
こうした「わがまま」が許されるのは一般的に一人旅か家族ということになる。
団体旅行ではこうした「わがまま」は決して許されないし、仮に許されたとしてもなかなか言い出しにくいだろう。
ごく初期の微妙な体調や気分の不調程度で、訴えて予定を変えてもらおうなどと思う人はいないだろうし、かなり症状が出てきても言い出せずに我慢してしまう人も多いだろう。そして、ついに我慢できなくなって訴えた頃にはすでに手遅れ、というのが良くあるパターンだ。
このように、ツアーは高山病にとって一番危険な旅行形態ということになる。
もう少し具体例を上げながら、ツアーの危険性を説明しよう。
先ほど、高山病の予防法は、「ゆっくり登る」ことだと書いたが、ほとんどのツアーが、この大原則を最初から守っていない。私たちでも10日間はかけて登るエベレスト街道を、初心者ばかりのツアーが6〜7日目には5548メートルの最終目的地まで登ってしまう。高山病患者が出ない方が不思議なくらいだ。
ツアーの場合、普通、宿泊はテントになる。
ちなみに個人でトレッキングする場合は、宿泊場所は、普通はバッティーと呼ばれる山小屋である。ヒマラヤの代表的コースでは、1〜2時間も歩くと必ず一軒はバッティーがあるので、泊まる場所はもちろん、食事やお茶や休憩にも全く困らない。
ツアーのテント旅行の場合は、スタッフ編成は参加者の人数によって多少異なるが、たいていが、日本から同行したツアコンダクターの他に、サーダー(現地のガイドのリーダー)にガイドの助手1〜2名、それに食事を作るキッチンボーイが数名、荷物を担ぐポーター(場合によっては馬)が必要数同行する大部隊となる。
テント張りや食事、お茶まで、全てスタッフが行い、
「ハロー、ティー プリーズ マダム」
などと愛想良く言いながら各自のテントまでお茶を運んでくれるという「大名旅行」である。
気分は最高だ。だが、これは綱渡りのような緊張感に支えられた「極楽」だと思った方が良い。
病人やけが人が出た場合はもちろんのこと、極端な話、調理用バーナーが一個故障しただけでも、ツアー客全員が「極楽」から引きずり降ろされると考えて良い。少なくともこれまでのようにはいかなくなる。スケジュールもスタッフ人数もぎりぎりなので、病人の世話などに関わっていたら、全体の行動に制約が生じるのは当然のことだ。最終目的地まで行けなくなるかも知れないし、下手をしたら、帰国のスケジュールまで狂いかねない。
そんなわけで、一人の体調の悪さぐらい全体のスケジュールを優先させる上で黙殺されてしまう(言い出せる雰囲気ではない)のが、ツアートレッキングの最大の恐ろしさなのだ。
では、具合が悪くなっても、みんなに迷惑をかけずに自分一人だけ別行動を取ろうしたらどうだろうか。
7/2の朝日新聞朝刊家庭欄に、興味深い記事が出ていたので紹介しよう。ペルーの標高3800メートルのチチカカ湖のホテルで重症の高山病患者が出て、たまたま居合わせた医師・荻原理江さんが治療したときの様子を、次のように報じている。
この女性(高山病患者)は、日本の大手旅行社が組んだ十日間のツアーに参加していた。人間ドッグを受けてはいたが、旅行前に業者から高山病の説明は聞いていなかった。
旅行四日目の標高3360メートルの地点で息苦しくなった。体のバランスが不安定な状態が続いた。ツアーコンダクターに「また具合が悪くなると迷惑をかける」と相談したが、まわりのツアー客から「元気になったのだから大丈夫」と励まされ、より高度の(高い)チチカカ湖に出発。意識不明になった。(途中略)
「高山病の症状がある時には、より高い場所に上ってはいけない、というのが大原則。みんなが励まして、女性をより高い場所に上げ、症状を悪化させてしまった」と荻原さんはいう。コンダクターは、高所の経験もなく、現地も初めての人だった。(カッコ内筆者)
以上の記事からも分かるように、この患者の症状が悪化した直接の原因は「みんなの励まし」にある。自分一人だけ3360メートルの地点(おそらくクスコだと思う)に残って別行動していれば特に問題も起きなかったはずだ。そういう「わがまま」(実はわがままどころか、他人に迷惑をかけるのがいやでそうするのだ)をまわりは許してくれなかった。ツアコンダクターもまわりに同調した。患者は幸いにして一命を取りとめたから良かったものの、下手をしたらこの無責任な素人の「励まし」で、死んでいたかも、いや殺されていたかも知れないのだ。
勿論、ツアー客に悪意があったわけではない。むしろ、心から心配していろいろと世話をしたことだろう。私たちの出会った高山病患者の周囲もいつもそうだった。だが、善意なだけにかえってたちが悪い。彼らは何度も同じ過ちを繰り返すだろうから。こうした善意で無知な励ましによって殺されていったトレッカーが何人いることだろう。そして、そのことを遺族はちろん、ツアーコンダクターや励ました当の本人たちですら全く気づいていないことも多いのだ。
この他にも、ツアーのトレッキングが危険な理由はいくつかある。
ツアーの場合、個人の大きな荷物も、ポーターや馬が運んでくれるので、ツアー客は、小さなデイパック一つという軽装で歩くことが出来る。いきおい装備を全て自分で担がなければならない個人で歩く場合と比べてペースが早くなり、その分、高度に慣れる前に簡単に高度を稼いでしまうので高山病になりやすい。
高山病予防には、一歩一歩自分の足で高度を稼ぎながら、自分の身体を高度に慣らせていかなければならない。そのためには、重い荷物を担いでも疲れない程度の速さで一歩一歩ゆっくりと登るのがよい。簡単に高度を稼いでしまうのは禁物だ。飛行機や車で高高度まで行くと高山病になりやすいのはこのためである。
また、ツアー参加者には年配者が多い。年配者ほど、高度順化に時間がかかる。それなのにほとんどのツアーが短期間の強行スケジュールだ。
また、高齢者ほど体調の個人差も出やすいので、団体行動を強制されるツアーには一番向かないはずだ。
さらに、年配者は若者よりも団結心が強いので、励まし合って登ることが多い。ふだん家庭でも社会でもあまり親切にされたことがない人も多く、ちょっとした励ましで治った気になってしまう。戦後の苦労を知っているので我慢強い。集団行動のなんたるかを心得ていて、決して他人に迷惑をかけようとしない。だから、少々具合が悪くても、我慢しがちである。
このように、ツアーが危険だといくら言っても、年配者はなかなか一人で海外に行くのをいやがる。宿探しや現地折衝などの手間が煩わしく、言葉にも不安があるのは分かるが、もっと自由に行動したら、と思わないでもない。余計なお世話かもしれないが、宿探しや折衝の煩わしさ、言葉の通じなさの中にこそ、旅の楽しみを見い出すくらいの鷹揚さがほしい。
一人きりのトレッキングが不安なら、自分の言うがままになるガイド兼ポーターを山の麓の町で一人雇えばよい。その方が、ツアーに参加するよりはるかに安く安全にトレッキングを楽しむことができる。現に、そのようにガイドと二人でトレッキングを楽しんでいる年輩者とヒマラヤで知り合った。彼は英語もほとんどしゃべれなかったし、身体もそれほど丈夫でもなさそうで、私たちに会ったときは「地獄に仏」とばかりに、ガイドへの不満などを訴えたのだった。しかし、帰国後送られてきた年賀状には、トレッキングに行って本当に良かった旨が書かれていた。
最後に、結論をもう一度まとめてみよう。まず、高山病にかからないためには、団体旅行のツアーに参加しないこと。現地ツアーやガイドなどもなるべく雇わない方が良い。家族と一緒かひとりで登る。友人同士や宿で知り合った人たちと同行する場合は、あまりチームワークにこだわらずに自分の体調を優先させる。他人とペースが合わないと感じたらすぐに単独行動に変えよう。
念のために書くが、ガイド無しの個人トレッキングが一番安全というのは、他人に気兼ねせずに、急きょ予定を変更したり、ゆっくりとマイペースで登れるからであって、個人であっても、無理な計画を立てたり、具合が悪いのにどんどん先に進んでしまっては元も子もないのは当然のことである。
また、イクスペディションや未開のルートなどをやる場合は話が全く違ってくる。ここで述べたのはあくまでも、コースの整備された、エベレスト街道、アンナプルナ街道、ランタンなどの、ズブの素人でも全く問題のない、人通りも多く宿も道も整備されているトレッキングルートにおける話である。
以下に、私たちが出会った高山病患者のケースをいくつか紹介したいと思う。それぞれ、別の時期に書いたので、内容が重複しているがご了承願いたい。
私たちがヒマラヤ・エベレスト街道のトゥクラ(標高4620m)に着いた日の夕刻、ロブジェ(4930m)の方角から、ガイドとポ−タ−そして連れの男性に抱えられるようにして一人の女性がふらふらと下って来るのが見えました。一行は数日前に出会ったシンガポ−ル人の夫妻でしたが、女性の顔は大きくむくみ、目はうつろでまるで別人のようでした。明らかに高度障害によるものです。一体どうしたのかと聞いてみると、次のような話なのです。
その日の早朝、一行は最終目的地カラパタ−ル(5548m)を目指してロブジェを出発した。途中で彼女が不調を訴えたため、彼女をひとり、最後の急な上り坂のふもとにあるゴラクシェプの茶屋に残し、夫とガイド、ポ−タ−の3人でカラパタ−ルへ登頂。約1時間半後、戻ってみると彼女の状態は悪化しており、やっとの思いで下ってきた。
高度障害がちょっとでも出現したら、とにかく先に進むのを止めること、それでも回復しなかったら安全な高度まですぐに下りること、高度障害の治療にはこれしかありません。たとえベテランの登山家でも、体が慣れないうちに急ぎすぎて、動けなくなって担ぎ下ろされることもあります。逆に、うまく体を慣らしながらゆっくり登れば、全く症状が現れることなく、初心者でもかなりの高度まで登ることができます。
エベレスト街道のガイドで、ある程度の登山の知識を持ち合わせ、高度障害に的確に対処できる人間はごく一握りのベテランシェルパ位のもので、あとは皆、素人に毛が生えた程度と考えていいでしょう。シンガポ−ル人女性の話は、こうした無能ガイドによる人災の一例といえます。彼女の体調が悪くなった時点で、ガイドは一行をすぐに下山させるべきでした。それを、彼女の「大丈夫です」と言う言葉を信じて(あるいは自分に都合良く解釈して)、一人で置き去りにしていくなど言語道断です。
カトマンズのホテルの主人などから、「ガイドをつけないと危険だ」というようなことをよく言われますが、そんなのは真っ赤な嘘。エベレスト街道で道に迷うことなど、まずありえませんし、シーズン中なら一人で歩いていても危険なことはほとんどありません。
十分な高度順化が高山病にかからない最良の方法と書きましたが、ただゆっくり登るだけでは高度順化になりません。高度順化というのは、ある高度に宿泊して初めてできるものです。では、具体的にはどうしたらいいのでしょうか。
1日目 カトマンズ(飛行機)→ルクラ→ベンカ−ル(ベンカ−ル泊=約2700m
2日目 ベンカ−ル→ナムチェバザ−ル(ナムチェ泊=3440m)
3日目 ※高度順化日:シャンボチェ、エベレストビュ−ホテル(約3900m)、クンデ、クムジュンを1日かけて散策。(ナムチェ泊=3440m)
4日目 ナムチェバザ−ル→タンボチェ(タンボチェ泊=3867m)
5日目 タンボチェ→オルショ(オルショ泊=約4000m)
6日目 オルショ→ディンボチェ(ディンボチェ泊=4412m)
※到着後、宿の裏のピ−ク(約4700m)まで散策
7日目 高度順化日:チュクンピーク(約5000mへ1日かけて散策。(ディンボチェ
泊=4412m)
8日目 ディンボチェ→トゥクラ(トゥクラ泊=4620m)
※到着後、宿の裏のピ−ク(約5200m)まで散策
9日目 トゥクラ→ロブチェ(ロブチェ泊=4930m)
※到着後、宿の裏のピ−ク(約5100m)まで散策
10日目 ロブチェ→カラパタ−ル(5545m) →ロブチェ(ロブチェ泊=4930m)
)
11日目 ロブチェ→ポルツェ(ポルツェ泊=3840m)
12日目 ポルツェ→ナ(ナ泊=約4500m)
13日目 ナ→ゴ−キョ(ゴ−キョ泊=4750m)
14日目 ゴ−キョ→ゴ−キョピ−ク(5360m)→ルザ(ルザ泊) 以後、
ジリまで約10日かけて歩きました。季節は10月、宿泊はすべて山小屋です。
クスコからマチュピチまで3泊4日のインカ道トレッキングツアーに参加して、高山病の恐ろしさ(というか、高山病に対する無知の恐ろしさ)を今更ながら痛感した。 1泊目のキャンプ地は標高約3000m。クスコより低いので特に問題はない。キャプファイアーを囲んでみな夜遅くまで歌などを楽しんでいた。
2日目。キャンプを出発後、一気に4198mの峠を越える。ここで、一人のアメリカ人女性の具合が悪くなった。峠から標高200mほど下りた所で昼食を取ろうとしていた時のことである。
高山病の治療には低い所に降ろすしか方法はない。しかも、高山病は夜間に悪化することが多い。宵の口にかなり悪い状態の患者が、朝を待たずに死亡した例は少なくない(逆に朝までもてば症状は回復することも多い)。
幸い朝には彼女は少し良くなった。ヘリコプターが間もなく来るというので、一同安心して次の目的地に進んだ。
ちなみにこれも後で分かったことだが、最初の女性も、ヘリコプターどころか救援隊も全く現れず、独りぼっちで工事中の小屋(まだ壁と屋根はできていなかった)で24時間待たされ、翌日の朝、ようやく現れた二人の救助者とともにフラフラになりながら歩いて下山させられたという。
こう書くと、トレッキングはとても危険だと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。とにかくゆっくりと登ること。ゆっくりとは鼻で息ができる程度のペース。水分を十分に取る。具合が悪くなったら降りる。あるいは、回復するまでは先に進まない。これだけ守れば、まず危険なことはない。
高山病=エベレスト街道のケース
(写真はゴーキョ付近)
危険なのは、グル−プツア−でも同じです。数年前に、わずか2週間に同じグループから2名もの死者を出した日本人ツアーがありました(東京・S旅行)。これも添乗員の無知により、体調の悪くなったメンバ−を置き去りにし、死なせてしまったのです。
グル−プツア−では、昼間はにぎやかに仲間やガイドたちと歩くので、興奮していて僅かな症状に気がつかない。あるいは、無知な素人同行者に励まされ、治ったような気になってしまう。そして、みんなの寝静まった深夜、急に具合が悪くなることも多いのです。(高山病の症状は夜出ることが多い)
3千メ−トルを越えたら、一日に進む時間をできれば4時間以内に抑えること(昼食は宿泊地で取るくらいの目安で)。そして、要所要所で休養日(高度順化日)を設け、連泊し、1日かけて近くのピ−クなどへ散策する。それ以外の日も、宿に到着後、午後の時間を利用して軽い散策を行う。その日の宿泊地点よりやや高い高度まで散策しておけば夜の安眠に効果的です。
参考までに、私たち夫婦がカラパタ−ル・ゴ−キョピ−クへ登った時のスケジュ−ルを以下にご紹介します。頭痛の一つも感じることなく元気に過ごすことができました。
ペルー・インカ道のトレッキングでも高山病に注意
(4198mの峠にて)
参加者は私たち日本人2名を含めた各国の老若男女20名に対して、ガイド1名、ガイドのアシスタント1名、ポーター兼キッチンボーイ3名が同行する。(参加費は食事とテント、クスコ発着の鉄道・バス代込みでひとり70USドル)
昼食後も回復しないので、ガイドは、しばらくその場で休むように指示し、友人ひとりだけを付き添いに残し、他のメンバーをさらに標高差200mほど下のキャンプ地へ向かわせる。
このとき私はイヤな予感がしたのだが、まさかベテランのガイドの指示に意義を唱えるわけにもいかない。また、訴訟社会の米国人相手に、余計な助言が元で重大事故が発生したと思われても問題だと思って、おとなしくガイドの指示に従ったことを後になって後悔した。
テント設営も終わり暗くなった頃、キャンプ地が急に騒がしくなった。残してきた女性の具合が悪化し、動けなくなったという。直ちに男性7〜8名が救助に向かう。タンカ代わりのポンチョにくるまれて運ばれて来た女性を、医師である私の妻が診察すると、脈はほとんど触れず、体温は低下し、意識はほとんどない。極めて危険な状態であった。
早速ガイドと交渉し、すぐにポーターに運ばせて降ろすか、ヘリコプターを手配するよう依頼したが、「夜間下に運ぶのは不可能」「ヘリコプターを呼びに夜間人を行かすのは危険」などと言ってラチがあかない。明朝までに死ぬ確率は五分五分だ、と言うとようやく事態の深刻さを悟ったらしく、朝4時にヘリコプターの手配に人を出すことでようやく折り合いがついた。
ところがその3日目。キャンプ地を出てすぐ3800mの峠を越えるのだが、ここでまた、別のアメリカ人女性の具合が悪くなった。遅れがちな彼女とその友人は当然列の一番後方になる。本来、最後尾を守るはずのガイドの助手は、最後から二番目をのんびり行く私たちとずっと行動を共にし、昼食時になってようやく彼女の様子が心配になり、探しに戻るというありさまだった。結局その女性も私たちの前に姿を現すことなく、後で聞いた話だが別のグループのキャンプに救助を求め、翌日下りたという。
この他、胃ケイレンで倒れた女性や、下痢が止まらなくなった女性の面倒も見たが、これらも高度障害によるものと思われる。
とにかく山では無知が一番怖い。トレッキングに参加したメンバーのやったことはというと、具合が悪いのに降りなかったことに始まり、走ったり、酒を飲んだりということだ。これらは、どれほど危険なことかを知るべきだ。
高山病にはアルコールを嗅がせるのがよい、とか、とにかく吐かせれば良い、とか、炭酸水を飲ませると良い、などと本気でアドバイスする人もいるのには失笑した(みんな心から親身に心配しているのだが)。
参加者は素人だから仕方がないとして、ガイドの無知はもっと罪だ。患者を高高度で休息させたり、一人で放っておくなどもっての外である。(ヒマラヤのガイドはここまで馬鹿な真似はしない)
ちなみに、このツアーは特に格安でガイドの質が悪かったわけではなく、クスコから出発するごく平均的ツアーだ。この事件を除けば、スタッフも参加者も愉快な連中ばかりで、食事も美味しく、まるで天国のようであったことを付け加えておく。
1995年7月