変化を乗り越える


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前の環境がよく見えすぎていないか
   人生には乗り越えなければならない変化がいくつかあります。
 例えば、学校を卒業して社会に出るとき。結婚するとき。子供が産まれるとき。引っ越しのとき。離婚するとき。退職するとき。

 このような変化を越えるというのは、それが望んで起こった変化であったとしても、大きなストレスです。
 それまで馴染んでいたものを捨てて新しい役割に入って行くわけです。職業上、技術的に要求されるものも変わってくるでしょうし、それまでは気心の知れた親しい人たちに囲まれて暮らしていたところから一転して、全く新しい人たちと関係を築き始めなければならないこともあります。

 C子さんは一児の母で社長秘書を務めています。
 ある日C子さんはリストカットをして精神科に来ました。
「夫とのことを考えると死にたくなった。夫と離婚したいけれども勇気が出ない」
と彼女は言いました。

 C子さんの夫はアルコール依存症で、飲酒すると暴力を振るいます。
 最近ではますますエスカレートしてきて、子供のことも平気で殴ったり蹴ったりするようになりました。
 C子さん自身は、夫に振り回されている間に、不眠症となっていました。
 ここ二年ほどは、不眠のみでなく、気分がひどく落ち込んだり、生きていても仕方がないと思ったりすることも増えてきました。
 そしてついに衝動的にリストカットをしてしまったのです。

 C子さんは何度も夫と別れたいと思い、実際に家を出たことも何度かあります。
 しかし、そのたびに夫が泣きながら詫びてきて、C子さんもついつい情にほだされてしまっていました。

 C子さんの診断は「うつ状態」でしたが、やはりその背景としては夫との問題が何よりも重要だと考えられました。
 過去に何度か家を出るたびに夫とやり直してきたC子さんですが、子供のことを考えても、もう同じことの繰り返しはしたくない、と言いました。
 しかし、その一方で離婚する勇気は出ません。

 C子さんは社長秘書ですから、経済的な見通しはある程度は立っています。
 ではなぜC子さんに離婚する勇気が出ないのかと問うと、C子さんはこう言いました。
「やっぱり両親がそろっている方が、子供にとっても良いでしょうし、私も、なんだか男性と上手くやっていけない女性だと思われそうで・・・。それに一人になるのはやっぱり寂しいですし・・・」

 このようなことを言うときのC子さんは、どんな夫でも良いから「夫のいる家庭」というイメージに強くとらわれているようでした。
 そして、そんなときには、夫が実際にどれほど家庭を乱しているか、C子さんと子供に対してどれほどの精神的・身体的外傷を与えているか、ということが二の次になってしまうようなのです。

 このように、環境が変化するときには前の環境が理想的に見えてくることも一つの特徴です。
 それまで嫌々やっていたことも、いざやめるとなると急に懐かしく思われてくるから不思議です。前の環境が懐かしく思われれば思われるほど、変化はストレスに感じられてくるようです。

 そのようなときには、冷静に前の環境を見直すことが大切です。
 本当に前やっていたことは理想的なことだったのか。良い面もあれば悪い面もあったのではないか、と。

 C子さんの場合も、いざ離婚するとなると、夫との生活の悪い面がかすんできて、良い面ばかりが強調されてくる(つまり、次に入っていく役割の悪い面ばかりが不安になる)というパターンでした。
 そこで、前の環境と新しい環境のそれぞれの良い面と悪い面をきちんと検討しなければなりませんでした。

 果たして「暴力的な父親がいること」と「片親だが安定した環境であること」のどちらが子供にとって良いのか、
「離婚によって一時的に寂しさを感じ周囲から好奇の目を浴びること」と「夫にこれからも振り回され続けること」とはC子さんにとってどちらが問題であるかを検討していきました。

 その間にも、夫の暴力は続きます。
 C子さんは、数回の面接のうちに、やはり現状は何としても我慢できない、子供のためにも良くないという結論を出しました。そして、離婚という大きな変化を超えていったのです。

 離婚した後、C子さんは、離婚経験女性のサークルに入り、女性問題について積極的に語り合うようになりました。
 今ではそのサークル内に良い友達もたくさんでき、C子さん自身もサークルにとってなくてはならない存在になっています。


(木馬書館「うつの上手なかわしかた」より)

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