仕事・友達・彼または彼女 

「わりぃ、わりぃ、会議が長引いてさ…」 
約束より30分ほど遅れて彼はやってきた。
彼が時間通りに来ないのは昔からのことなので、
Del は人の少ないお店を指定し、のんびり本を読んでいた。
「ごめんな」
そういうと彼は、席に座り、ポケットからたばこを取り出す。
「どうしたの?めずらしいよね。
 呼びかけても滅多に来ないK哉が、こっちを呼び出すなんて」
「ははっ、俺ってそんなにつきあい悪い?」
「そうじゃないよ。忙しいでしょ。仕事」
「まぁね」
何か言いたげだけれども、こちらから訊くわけもいかず、
彼の言葉の続きを待つ。
「飯いこか、話はそれからにしよ」
「おっけー、高給取りのK哉にごちそうしてもらおっかな」
「おっしゃ、おっしゃ、どーんと来い」
K哉は、火をつけてまもないたばこを灰皿に押しつけ、
伝票を持って立ち上がった。

 K哉は、高校時代の同級生で、外資系の会社に勤めるエリートマンだ。
いつも忙しく働いていて、みんなとの集まりにも滅多に顔を出さない。
誰もが、K哉の忙しさを知っていたから、だからといって、
つきあいの悪い奴だなんて、誰も思っていない。
 そんなK哉から、今度飯でもどう?
と電話がかかってきたのは2週間程前のことで、
デートの誘いじゃないのは判っていたから、OKした。
(結局二人の仕事の予定が合わず、延び延びになっていたのだけども)

 給料日後だからか、お店は混んでいたけれど、
順番を待つほどではなく、すぐに席に案内される。
「何飲む?ビールでいい?」
「いいよ。まかせる」
「それじゃビール2つと、あと…」
いくつかメニューから選び出し、てきぱきと決めていく。
相変わらずだな、と思った。
「それで、おまえはどうなの?仕事は」
自分の事よりもまずDel の方に水を向けてくる。
「んとね、K哉ほどじゃないとは思うけど、毎日ばたばたしてる」
「俺って、そんなに忙しく見える?」
「見える、んじゃなくて、忙しいんでしょ?ほんとに」
「そうなんだけどさ」
その時、携帯がなった。
「あ、俺、だな」
K哉は、ポケットから携帯を出した。
「はい、あ、いつもお世話になっております…」
店の中が騒がしかったので相手の声が聞こえにくいのか、
あっちへ移動する、と指で合図しながら、
席を立ってドアの方に移動した。
K哉が忙しいかどうかという話をしているときに、
実にタイミングのいい電話で笑ってしまった。
少し経って、戻ってきた彼は
「また、社に戻んなきゃいけなくなったよ」
そういった。
「ほら、やっぱり忙しいんじゃない」
「ま、仕方ねぇよな、クライアントのお呼びで有れば」
「じゃ、忙しいK哉にかんぱーい、ってことで」
「ふぅ」
大げさにため息をつき、乾杯をする。ひとしきりお互いの近況を話した後、
「それにしてもさ、女って理不尽な質問するよな」
と彼が切り出した。今日話したかったのはこのことなんだろう。
「女というよりも俺の彼女になるヤツって事なんだけど」
「たとえばどんな質問?」
「私と仕事とどっちが大切なの?ってやつ」
「あぁ」
「なんかさぁ、俺、彼女になった子からから必ずそのセリフ聞くんだよね。
 今までみんなそう。あれって、何でかね。
 そんなのさー、同じ物差しで比べられないよな。
 『私と友達とどっちが大事なの』ってのもあるけど、
 その言葉聞いた瞬間、
 『そういう考え方をする、おまえが嫌い』って、思っちまう」
「君の方が大事だよって、そんな言葉待ってるんじゃないかな」
「嘘だからな、それは。俺には言えない」
「あはは、正直だねー」
「彼女と別れたんだ。この間」
「彼女って、同じ会社の人だったよね」
「そそ、同じ部署だからさ、俺が忙しいのも承知で
 つきあってるはずだったんだけどね。
 俺、ここんとこ新しいプロジェクトかんでてさ、ほんと、
 デートらしいデートが出来てなかったわけ。で、さっきのセリフ。
 仕事の方が大事なんでしょ、っていわれてさ。めでたく別れたよ。
 おまえも彼が忙しかったら、そんな風に思うか?」
「どっかなぁ。でも、私も今の仕事忙しいからね。
 逆に、そんな質問されたら、答えに困ると思う。
 仕事と友達と彼と順位をつけるのはできないな」
「そうだろー。比べられねぇんだよ。
 その時にどれが一番上に来るっていうかはさ。
 "絶対的な一番"なんてないんだよな。
 おまえが俺の彼女なら理解してもらえるのかな」
冗談めかしてK哉が笑う。
「だめだめ。理解は確かにできるけど、どっちも仕事が忙しくて、
 全然彼と彼女らしくない二人になっちゃうよ。
 それじゃぁ、つき合ってるって言わないと思う」
「は、それもそうだな。俺って勝手かな。
 自分が一緒に居たいときは彼と彼女の関係で、
 そのうえ仕事のことも理解してほしいなんて」
「うーん、構わないと思うんだけど。
 でも相手もそう思う人でないと駄目だよね」
「そうかもな」
「きっとね、K哉の気持ちを判ってくれる人きっと現れるよ」
「だといいんだけどな」
 その話はそこで終わり、K哉は社に戻っていった。

何が一番で、何が最後なんだろう。
仕事、友達、彼(or彼女)の順位。
ふと考えてしまう。

"何よりも誰よりも、あなたが一番大切"だと思える人が現れ、
そう自信を持って答えられることが一番良いことなのか、
それとも、
"あなたも大切だけど、他のことも大切なの"と、
お互いが思える関係が一番良いことなのか。

つき合っているって、何だろう。
かけがえのない人ってどういう人?

K哉の後ろ姿が、いろいろな疑問を投げかける。
答えは出ない。
April 22, 1999