あなたを好きでいたいから 

 学生時代からの友達のR美から電話がかかってきた。
開口一番に
「あたしね結婚することにした」と言う。
Del は、それを聞いて本当にほっとした。
というのも、R美には、昔からずっとつき合っていて、
同棲している彼氏が居るのだけれど、
これがまぁ、年に数回大きな喧嘩をやらかして、
周囲を冷や冷やさせてきたのだ。
「アイツとは絶対別れてやる!」と、真夜中に電話をかけてきて、
Del んちに、駆け込んできたこともあったし、
「あのバカ、怒って出ていったのよ!」と言って、
電話口で延々泣かれたこともあった。

 喧嘩の内容は、人が聞けば他愛のないもので、
だけど、本人達にとっては重要なことで、
そんな喧嘩を繰り返しながらも、
きっといい関係を作ってきたんじゃないかと思うんだ。

 いつも思うんだけど、"喧嘩をしないこと"が、
イコール"仲のいいこと"ではない。
喧嘩をして、しっぱなしでは論外だけれど、
喧嘩をしても、仲直りをする努力、お互いを解り合おうとする努力
をすることが、本当に仲がいいことだと思うんだ。
人は哀しいかな、お互いを100%解り合うことなんて出来ない。
だけど、少しでも100に近づくように、99.99…の限界まで、
理解しようと努力するんだろう。

 まぁ、そんなわけで、R美の「結婚することにした」という言葉で
ほっと一息ついたのもつかの間、
次のセリフにそんな気持ちも吹っ飛んでしまうことになる。
「それでね、婚姻届もらってきて提出してきたんだけど、
 ついでに離婚届ももらってきたのよ」
電話口で、こちらの反応を伺うように、くすっと笑いながら
そう告げるR美。
「り、離婚届ぇっ?!」
電話口で思わず叫んでしまいました<Del

 話を聞くとこういうことだそうだ。

 結婚を決めたことについては、
別に今のまま同棲生活でも構わなかったんだけれど、
やはり世間的にはあまりいいイメージを持たれていないので、
マイナス面があるという。
それなら、どうせ結婚だって紙切れ一枚のことだからと、
婚姻届だけを出すことにしたらしい。
(R美たちらしい、考えだと思った(笑))

 ただ、R美は一人娘なので、ご両親の希望もあって、
籍を入れるだけでは、済ませることが出来ず、
結局、身内だけで結婚式をあげることにはなったらしい。

 そこで、さっきの「離婚届」は何を意味するかというと、
「結婚した」ということに甘んじたくないんだ、とR美は言う。

 さっき「紙切れ一枚」だと言ったけれど、
やはりその一枚で、法的に守られるわけだ。
どちらか一方が嫌になっても、離婚届にお互いが判を押さねば
離婚は成立しない。
もしも気持ちが冷めたときに、そういうことで、
ごたごたしたくないから、そういって、
いつでも離婚できるように、お互いが判を押して、
離婚届も完成させたらしい。

 はー、ほんとドライというか何というか、
スゴいなー、と感心していると、
「でもね、」とR美が、話を続ける。

「本当はそんな理由じゃなくて、
 あたしは、彼をずっと好きでいたいから」

という。

「あたしも彼も、喧嘩はしょっちゅうするし、
 他の人に目移りしたりすることもあるし、
 それが結婚して守られてるって、思ったら、
 それに甘んじてしまうと思うのよね。
 今、すんごい彼のことが好きで、でも、
 結婚することによって、"安定"を掴んでしまったら
 自分を磨く努力をしなくなるかもしれない。
 だから、あたしたち、自分に甘えちゃいけない
 離婚なんてすぐにできるんだぞ、って
 そういうのを自分に言い聞かせるために、
 離婚届を書いたの。すぐに別れられるからこそ、
 別れない努力をちゃんとお互いしよう、って
 ほんとは、そういう意味が込められてるんだ」

へへっと照れ笑いして、R美はなおも続ける。

「結婚って簡単だよね。あたしたち休みを合わせて
 役所に行って用紙もらって、両親には話してあったから、
 速攻お互いの親のとこにいって、署名してもらってね。
 役所に提出したら、はい、受理しました、で終わりだよ。
 車の免許なんか取る方がよほど難しいよ。
 婚姻届を出す一分前と、出した一分後で
 あたしたち何が変わったわけじゃないのに、法的には、
 あたしは彼の奥さんで、彼はあたしのダンナさんなんだよね。
 なんか、帰り道お互い笑っちゃったけどね。
 でも不思議と、関係が深まったような気がしたんだよ。
 これって、すでに"結婚した"ことに甘んじてるのかもね。
 やっぱり離婚届書いておいて正解だったなぁ〜」

と、普段より、饒舌に、幸せいっぱいの口調で話すR美。

 ねぇ、R美。
幸せでいいんだよ。
結婚っていうのに甘んじても。
あなた達はきっと、そんなことだけに
絆を求めたりしないから。
結婚してもしなくても、離婚届を書いても書かなくても、
きっとあなた達はこれからも大喧嘩を何度も繰り返して、
そのたびにまわりを巻き込んで冷や冷やさせて、
だけど、その喧嘩によって、またいっそうの絆を深めていくに違いない。
R美が、彼を好きなのも、彼がR美を好きなのも、本当によく判る。

「あなたをずっと好きでいたいから。
 努力をするため、自分を甘やかさないために"離婚届"を書いたんだ」
そういった、R美。
突拍子もない考えにも思えるけれど、
そういう"愛情"の形があってもいいよね。

どうぞ末永くお幸せに。
ずっとずっと、ね。
May 24, 1999