side_story-1 (Miyako.S) 

 桜の花びらが、雪のように舞い散る。
今年は暖かかったせいか、いつもより早く桜が咲いた。
ぽつぽつ灯りだした街灯を見上げながら、
いつか見た景色を思い出す。
 毎年桜は、痛みをつれて咲きそぼる。
変わらない景色。
変わって行くのは私ひとり。
二人で見ていた景色を、ひとりで見るようになって、4度目の春。

 「ねぇ。美也子先輩欠席なんですか?第一と、第二部署の合同お花見」
お昼のランチタイムでにぎわう食堂、
向かいに座った、川野万里が、フォークを持つ手を休め、そう言った。
ショートカットの快活な彼女は、大学を卒業し、
今年入ったばかりの新人だ。
「お花見ね、用事があって行けないのよ。」
私は曖昧に笑ってそう返す。
「残念ですね、デートですか?私楽しみなんです。
お花見とか、宴会とか、社会人ぽくていいですよね。」
にっこり笑うとえくぼが出来る彼女は、
フォークでサラダをつつきながら、そう言った。

 「美也子、うちのお花見今年も行かないの?」
帰りのロッカーで声をかけてきたのは、雨崎京子。
入社時期がいっしょの私たちは、性格も外見も正反対だったが、
互いに自分にないものを求め、つかず離れずのつきあいだった。
親友、そんな言葉を借りるなら、きっと私たちは「親友」だったろう。
「お昼にも聞かれたわ、万里ちゃんに。」
「そう。だいたいつきあい悪いわよ。仕事の一環じゃないの、お花見も。」
彼女は実にさばけていていた。
「仕事の一環ねぇ。」
「そうよ。仕事だと思わなきゃやってられないじゃない。あんなバカ騒ぎ。」
「行かなきゃいいのに?」
「何いってるのよ。第二部署と合同でしょ。
 今年の新人君が気になるじゃない。
 うちの部署にはろくなのが来なかったからね。」
「ひどい、言い方。」
はっきりした物言いは彼女の特長だ。
「まだ、気にしてるの?だから、行けないの?」
彼女の言葉が鋭く胸を刺す。
ハンガーを持つ手が少し震える。
「何を?気にしてる?」
無駄だとは思いながら、精一杯とぼけてみる。
「まぁ、いいわ。行かないのなら。
 けどね、桜は毎年咲くわけだし、
 桜をみないで春は過ごせないのよ。」
返す言葉もないまま、私はロッカーの扉をぱたんと閉めた。
「じゃ、京子、お先ね。」
そういって、ロッカー室を出た。

 「美也子さぁん。」
エレベーターを待っている私に声をかけてきたのは、
滝川雅也。
25歳の彼とは仕事上のパートナーであるが、3つ年下ということもあって、
もしも『弟』が居ればこんな感じだろうと思わせた。

 そんな彼が私を「美也子さん」と呼ぶのは、何も特別な関係があるからではない。
我が第一部署には私と同じ名字の「笹野」さんが既に居て、
その人と区別するために、私は「美也子さん」「美也子先輩」
「美也子ちゃん」と名前で呼ばれてしまうのだ。

 彼は、立ち止まると、両手に抱えた書類を持ち直した。
「美也子さん、おつかれさま。これから予定あります?」
「ないけど。」
「いっしょに飯食いません?ひとりで食べても美味しくないんで」
彼は酒屋の長男で、いずれは店を継ぐのだという。
けれど、少しだけ好きなことをさせて欲しいと、
うちの会社に入社してきた。今は会社の近くに一人暮らしをしている。
「そうね。あと、どれくらいかかる?」
「書類に部長のハンもらって、終わりです。
 駅前の『グリーンハウス』で待っててくださいね。」
そういうと、返事もまたずに、小走りで去った。
途中で書類を1枚落とし、あわてて拾っている。
そんな姿を見ながら、もう一度エレベーターを呼ぶボタンを押した。

 「美也子さんも、行きましょうよ。お花見」
30分ほど遅れて『グリーンハウス』に入って来た雅也は、
コーヒーを頼んだあとこう言った。
「今日は3人目ね」
「3人目?」
たばこに火を点け、ふっと煙を吐きながら言葉の意味を考える彼。
「川野さんにも、言われたし、京子にも言われた。
 滝川君が3人目」
「ああ。みんな残念がってますよ。
 美也子さんがお花見に来ないって。用事ですか?」
「そう。先約があって」
先約、というのは、『嘘』だ。
「デートですか?」
たばこの灰をとんとんと灰皿に落としながら、
私の返事をまたず、
「しょうがないなぁ、デートなら」と
にこりと笑った。
「楽しんできてね。毎年お花見はとても盛り上がるのよ。」
「否定しないんですね。デートだって」
少し目を細め、煙を吐き出す。
返事をしない私に、彼は
「あ、こまらせてしまったかな」
そう言うと、くくっと笑って、たばこを灰皿に押しつけた。
「美也子さんが困ったときの表情って、なんだか、
 年上に思えませんね」
「それは、ほめ言葉なの?」
「もちろん、ほめ言葉ですよ」
コーヒーをぐっと飲み干すと、
「じゃ、飯いきましょう。ちょっと離れるんですけど、
いいお店みつけたんです」
そう言い、伝票を持って立ち上がった。
「あ」
「遅れたお詫びにおごります。
けど、飯は割り勘にしてくださいね」
にこっと、また笑うと、レジの方に向かっていった。

 雅也はもてる。
うちの部署でも雅也をねらっている女の子は多い。
さりげなく女の子をたてるところや、優しいところ、
けれどもしっかり自分を持っているところが、人気の理由らしい。
らしい、といってしまうのは、私が彼に対して、
仕事のパートナーとして以外の興味を持っていないからだ。
いっしょに仕事をしていることを、うらやましがられたり、
やっかまれたりするものの、私はマイペースだ。
年下には興味が持てない。
そう言っているのだが、本当の理由はそうではない。
年下であろうと、年上であろうと、
たぶん、私は誰かに対して特別な感情を持つことは二度とないのだ。

「アルコールどうします?飲むなら、車会社においておきますけど」
「そうね、せっかく週末だし、飲めるといいな」
「そうこなくちゃ。さすが美也子さん。じゃ、とりあえず車は会社において、 
アルコールが冷めたら、送りますよ」
「電車がある時間なら帰れるもの」
「またまた、可愛げのない発言」
からかうような口調で、彼はすたすたと歩く。

to be continued ...