7年間の空白を・・・<Chapter10>

 

 祐一と一緒にカレーを食べていた。
 昔と同じように祐一はにんじんを除けていた。
 確か、この前はちゃんと食べてたはずなんだけど……
「…にんじん」
「どうした? 名雪」
「にんじん食べないの?」
「にんじんは……嫌いだ」
 困ったように祐一。
「…わたし、にんじん食べれるよ。…にんじん、好きだもん」
「でもらっきょは嫌いだろ? あんなもん人の食うもんじゃないだろ」
「…らっきょも好きだもん」
 ……………………………
 ぼかっ。
「うく…あ、あれ?」
 気が付くと祐一が立っていた。
 もちろん、カレーなんて無いし、にんじんもらっきょもない。
「おはよう、名雪」
「あれ? あれ?」
 もしかして…今のは夢?
「今日もさわやかな朝だな」
「なんだか頭が痛いよ…」
 頭がじんじんしてる。
「それはきっと、二日酔いだな」
「わたし、お酒なんか飲んでないよ…」
「夕べ、一升瓶ごとがぶがぶ飲んでただろ」
「えっ」
「俺がコップについでやったら、こんなもんでちびちび飲んでられるかーって言って」
「ええっ、嘘だよ」
「しかも、酔った勢いで裸踊りまで披露してたな」
「わっ、そんなことしてないよっ」
「俺も驚いたよ」
「そんなもっともらしく冷静に言わないでよ〜」
「じゃあな、名雪。俺は先に降りてるから」
「わっ。わっ。何事もなかったように歩いていかないでよ〜」
 記憶が無いだけに本当みたいで怖い。
 裸踊りなってしてないよね?
 祐一の冗談だよね……?
 まじめに冗談言うからわからないよ…………

「祐一、さっきの嘘だよね…」
 気になってすっかり目が覚めちゃった。
 もしかして…これ、作戦?
「おはよう、名雪」
 さらっと流してしまうあたりがいつもの祐一の冗談だと気付かせてくれた。
「おはようじゃないよ〜」
「もう二日酔いは大丈夫なのか?」
「二日酔い?」
「わぁ〜、何でもないよ〜」
 いくら冗談でもお母さんに言わないでよ……
 変な誤解されたら困るよ……
「名雪、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「え? えっと、コーヒー」
「ちょっと待っててね」
 わかってるのかな、お母さんは。
 冗談って……お母さんは鋭いから……
「祐一、もう変なこと言わないでね」
「俺はいつだって真面目だ」
「うん。祐一、いつも真面目に変なこと言うから」
 そういうとこは昔から変わってないよね………

「名雪、時間」
「まだ8時過ぎだよ」
「どうやら、本当に大丈夫そうだな…」
「今日はゆっくりと、周りの風景を楽しみながら歩こうね」
 いつもゆっくり出来ないのはわたしのせいなんだけどね……
「通学路の風景なんか、見飽きてるだろ」
「わたしじゃないよ。祐一だよ」
「俺だって見飽きてる」
「嘘だよ」
 まだ、見飽きるほどここにいないもん………
 昔のこと、思い出したならともかく……
「本当だ」
 やけにきっぱりと言う祐一。
 もしかして……
「…もしかして、昔のこと思い出したの?」
「全然」
「…そっか」
 そんなにすぐに思い出すはず無いよね………
「何で名雪ががっかりしてるんだよ」
「わたし、がっかりなんかしてないもん」
「そうか?」
「これは祐一自身の問題なんだから」
 祐一は……思い出したくないのかもしれない……
 それが、あの日落ち込んでいた理由かもしれない……
 それとも…わたしのことが嫌いで…思い出したくないから?
 全てを思い出した祐一は……どうなるんだろう?
「別に、全部忘れてるわけじゃないぞ…」
 後ろで祐一が怒ったように言っていた。
 でも、肝心なところを忘れてるんじゃ…意味無いよ。
 七年前のこと忘れてるんじゃ………
 わたしのこと忘れてるんじゃ…嫌だよ。

「…あ」
 あそこにいるのは……
「……」
 猫さんだ……
「どうしたんだ? また寝てるのか?」
「猫さん…」
「…は?」
「猫さんが居るよ…」
 可愛い……
「可愛い…」
 猫さん…猫さん……
「可愛いよぉ…抱きしめたいよぉ…」
 うなぁ〜。
 抱きしめたいよ…可愛いよ……
 猫さん……
 でも、わたし……猫アレルギーなんだ……
 でも…
 でも………!
「なんか、かわいげのない猫だな」
「そんなことないよ! 祐一、おかしいよ!」
 なんてこと言うの祐一!
 あんなに可愛いのに……
 どうしてそんなこと言うの?
「…そ、そうか?」
「あんなに可愛いのに…」
 猫さん……
 でも、わたし……猫アレルギーなんだ……
 でも…
 でも………!
「わたし、行ってくる…」
 我慢できない……
 抱きしめたい……!
「祐一、止めないでね」
「別に止めはしないけど…って、ちょっと待て!」
 祐一に呼び止められる……
 早く行きたいのに……
「お前確か、猫アレルギーだろ!」
「うー。そうだけど、でも可愛いもんっ」
「やめとけって、またあの時みたいにくしゃみが止まらなくなるぞ!」
 そんなこと差し引いても可愛いんだもん……
「ねこーねこー」
「ねこーねこー」
「ねこーねこー」
 にゃーにゃー。
「ねこーねこー」
 ふにゃーふにゃー。
「…どっちが動物か分からないな」
「わたし、人間」
「今見てると似たようなもんだったぞ」
「そんなことないよっ…あっ!」
 少し目を離した隙に、いつの間にか猫さんはいなくなっていた。
「ねこー…ねこー…」
「これで良かったんだって」
「ねこー…ねこー…」
「ほら、行くぞ名雪」
「…ねこー…」
 猫さん……抱きしめたかったなぁ………
 可愛くて……ふわふわで……気持ちいいと思うんだ……

「…そういえば、わたしが猫さんアレルギーだってよく覚えてたね」
「忘れてたけど、今思い出したんだ」
「よかったね」
 わたしのこと差し引いても……
 やっぱり昔のことを思い出せないのは辛いと思うんだ……
「何がだ?」
「昔のこと、思い出して」
「思い出したって言っても、名雪が猫アレルギーだっていうつまらないことだけだぞ」
「つまらなくないよっ。すっごく嫌なんだからっ」
 猫さんが好きなのに……
 抱きしめられないんだから……
「猫さん飼いたいのに、ずっと我慢してるんだから…」

 祐一が寄るところがあるからって行ってしまった…………
 このまま学校に行くのも……早すぎる。
 そうだ…さっきの猫さん探しに行こう………
 猫さん…………
 可愛いなぁ…………
 抱きしめたいよぉ………
 ふかふかして気持ちいいんだろうな………
 だって猫さんだもん………
「ねこーねこー………」
 戻って探してみても猫さんはなかなか見つからなかない………
「ねこーねこー…………」
 しばらく探してみても見つからない。
 時計を見るともう時間だった。
「ねこー………」
 仕方なく学校に行くことにした…………
 校門のところで祐一に会って………
 猫さん探していたことばれちゃった………

 今日は祐一と商店街にCDを探しに行くことになってたから、
 祐一と一緒に教室を出る。
「…あ」
「どうした?」
「わたし、忘れ物」
「教室か?」
「うん。持って帰らないといけないプリント、机に入れっぱなしだったよ」
「一緒に戻ろうか?」
「ううん、いいよ。祐一は先に出てて」
「分かった。じゃあ昇降口の前で待ってる」
「うんっ。すぐに行くよ」
 祐一を待たせたくなかったし……
 日が暮れて祐一と一緒に商店街にいけなかったら嫌だから……
 わたしは大急ぎでプリントを探しに戻った。
「祐一、お待たせ」
 大急ぎで走ったから……ちょっと息が切れてる。
 朝よりも一生懸命走ったと思う……
「とりあえず、商店街だな」
「うん」
「たまには、ふたりでゆっくりと歩くのもいいよね」
「いつもは大抵走ってるからな…」
「走るのも好きだけど」
「そうだな…」

 放課後の商店街。
 木曜日は閉まっている店が多くて寂しいけど……
 わたしは別にそれでもよかった。
 初めて祐一と一緒に帰れたんだよね………
 祐一は気付いてないかもしれないけど。
「祐一、商店街好きだよね?」
「そりゃ、嫌いじゃないけど…。でも、改まって好きだって言うようなものでもないだろ」
「今日も夕焼けになるのかな…」
 夕焼け…綺麗だもんね。
「うん。いいお天気」
 今日も綺麗な夕焼け見れそう……
 祐一と一緒なら…もっと綺麗かも……
「寒いけどな」
 祐一は寒いのが嫌いなんだよね……
「あと半年くらいの我慢だよ」
 ちょっとからかってみた。
 朝のお返しだよ。
「そんなに続くのか…?」
 祐一の愕然とした表情が妙におかしかった。
「嘘だよっ」
 ぼかっ。
「殴るようなことじゃないよ〜」
「いや、悪質な冗談だ」
「うー…、悪質なのはいつも祐一の方だよ…」
 不公平だよ……
 まあ、冗談言ったわたしが悪いんだけど……
「そう言えば、お腹空いたね」
 まだ晩ご飯まで時間があるけど……
 何だかおなかが減ったな……
「言われてみれば、そうだな。何か食っていくか」
 それなら……
「イチゴサンデー」
 これしかないよ……
「百花屋さんのイチゴサンデー」
「この前行った喫茶店だよな?」
「うん」
「今日はおごりじゃないぞ」
「えー」
「えー、じゃない!」
「うー」
「うー、でもない!」
「くー」
「寝るなっ!」
「さすがに冗談だよ」
「そんなことしてると、置いて行くぞ!」
「わっ。待ってよ、祐一。百花屋さん、こっち」
 祐一は反対方向に向かって走ろうとしていた。
「ちょっとした冗談だ」
「祐一、今本気で走ってたよ」
「俺はいつでも本気だ」
「うー、なんだか言ってることが矛盾してるような…」
 いつもいつも真面目に冗談言ってるのに……
「行くぞ名雪」
「あ。うんっ」
 でも、こういうところは変わってないよね……

「ごちそうさまでした」
 やっぱり百花屋さんのイチゴサンデーはおいしいな。
「しかし、そんな甘い物よくそれだけ食えるな」
「あと3杯は大丈夫だと思うよ」
「晩ご飯が食えなくなるぞ」
「あ、そうだね…」
 もっとたくさん食べたいな……
 でも、晩御飯食べれなかったら嫌だし………
「…祐一、あと1杯だけいいかな?」
「それくらいなら…」
 祐一はもう一杯注文してくれた。
「ありがとうっ、祐一」
 とっても嬉しかった……
 やっぱり祐一は優しいよ………
「この1杯だけだぞ」
「分かってるよ。さすがにそんなには食べられないもん」
 やがて、イチゴサンデーが運ばれてくる。
「わたし、幸せ」
 おいしそう……
「いただきます」
 一口、口に運ぶ。
「うん。やっぱりおいしい」
 一口食べただけで幸せな気分になる。
 幸せって…イチゴの味がするんだろうな……
「今度こそごちそうさまでした」
「しかし、よく食ったな」
「…ちょっと苦しい」
「当たり前だ」
「えっと…次は、祐一のCDを探さないと」
「大丈夫か? 本当に苦しそうだけど…」
「うん。大丈夫」
 さすがに食べ過ぎたかも……
 苦しいけど……迷惑かけちゃだめだもん。
「ちょっと遠いから、急いだ方がいいよ」
 大きな窓から外を見ると、陽は少しずつ西日に変わりつつあった。
 もう少し経てば…夕焼けかな……

「しかし、わかり辛すぎるぞ、この店」
 CDショップから出て祐一はそう漏らした。
「今まで散々探しても見つからなかったわけだ」
 確かにここは知らなかったら見つからないよね……
「でも、諦めなかったから見つかったよ」
 あきらめなかったから……
 わたしも祐一と会えたのかな?
「まぁな」
 一瞬、祐一が心の中を読んだんじゃないかって思った。
 そんなはず無いのに。
「やっぱり夕焼けだね」
 綺麗だった………
 夕焼けだけは昔と変わらない……
 祐一と一緒に見たこともあるはずの夕焼け……
 祐一は変わったのかな?
 変わってないのかな?
 冷たくなって……
 優しくなった……
 いつも冗談ばかり言ってるのに……
 時々真剣で……
 わからなくなってきた。
 祐一は、わたしの好きだった祐一のままなの?
 わたしの好きな祐一は……
 七年前の祐一?
 今の祐一?
 七年前のことを思い出して欲しいって思うのは……
 七年前の祐一になって欲しいから?
 最初は……わたしがずっと好きだったってことわかって欲しかったから、
 思い出してもらおうって思った………
 でも……今はどうなのかな?
 わからなくなってきた………
「帰ろっか、祐一」
 考えるのが怖くなって…そう言った。
「そうだな。もうすぐ暗くなるだろうし」
「祐一、また来ようね」
「名雪の部活が休みの時にな」
「うんっ」

 夜、祐一が今日買ったCDを貸してくれた。

♪ I'll love you more with every breath.Trury,madly,deeply do... 

 このフレーズが耳についた。
 わたしもこんな気持ちだと…………思う。
 少なくとも昔はそうだった。
 祐一のこと……こんな風に見ていると…………思う。
 少なくとも昔は……
 でも今は、
 よくわからない………
 わたしは本当に祐一が好きなの?
 わたしの好きな祐一は……
 七年前の祐一?
 今の祐一?
 七年前のことを思い出して欲しいって思うのは……
 七年前の祐一になって欲しいから?
 最初は……わたしがずっと好きだったってことわかって欲しかったから、
 思い出してもらおうって思った………
 でも……今はどうなのかな?
 わからなくなってきた………
 わからないよ………
 
 わたしが悩んでいても……CDは曲を奏で続ける………
 
♪ Trury,madly,deeply...

 本当に、おかしくなってしまいそうだった………

                  to be continued...
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 どうでしたでしょうか?
 スランプ脱出気味なんですがまだまだ本調子じゃありません。
 この曲は…結構有名なんで知ってる人はいると思います………

 この前京都駅構内のパン屋で「雪苺娘」という名のパンが売られていました。
 一瞬、名雪を連想してしまった僕は…重症かも。
 今度食べてみます。

 それでは、ばーははーい!

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