7年間の空白を・・・<Chapter7>
あの子のことを考えていたら……
眠れなくて……
今朝は特に寝起きが悪かった……
「待ってっ、待ってっ…」
うまく靴が履けない。
「何やってんだ?」
「靴が、靴が…」
「わっ、わっ…」
急がないと、祐一を待たせちゃう。
「犬だな…」
「わたし、犬さんじゃないよ」
「分かったから、早くしろ」
う〜急がないと……
「わっ、わっ…」
「早くなくていいから、とりあえず落ち着け」
「…んしょっ。終わったよ」
ちゃんと待っててくれて嬉しいな。
「今の時間は?」
「えっと、8時16分」
「走るぞ名雪」
「あ、待って!」
「どうした?」
「植木に水あげないと」
「何も今じゃなくていいだろっ!」
「植木だって、お腹すかしてると思うよ…」
「秋子さんがやってくれるだろっ」
「そうだね…」
「じゃあ、走るぞ」
「あっ!」
「今度はどうした?」
「回覧板まわさないと」
「帰ってきてからでいいだろっ」
「でも、燃えないゴミの日が変わったんだよ」
「分かったから、放課後に思う存分好きなだけまわしてくれ」
「うん…」
「じゃあ、今度こそ走るぞ」
「うんっ」
「走るよ〜」
祐一と一緒に走りながら……
わたしはほっとしていた。
大丈夫…祐一はいつもと同じだって……
優しい祐一のままだって……
あの子が来て……
わたしのことどうでもよくなって……
祐一がわたしを気にかけなくなる……
そうなったらどうしようって思ってたから……
「祐一は、お昼ご飯どうするの?」
「…そうか、今日から午後も授業があるんだよな」
「名雪はいつもどうしてるんだ?」
「わたしはお弁当持ってきて教室で食べる日もあれば、学食で済ませる時もあるよ」
「今日は?」
「学食でランチセットだよ」
「だったら俺も学食だな」
「うん、案内するよ」
「学食なら、あたしもつき合うわよ」
「じゃ、オレも学食でいいや」
祐一と香里と北川君とあと何人かのクラスメートと一緒に学食に向かう。
今日も人が多い……
Aランチ大丈夫かな……
まだ残ってるよね……
「この人数だと、全員でひとつの場所は無理ね」
「スタートダッシュが遅れたのが致命的だったな」
「仕方ないわね、ここからはバラバラにしましょうか」
全員頷く。
「名雪と相沢君は一緒に行動するとして…」
あ、香里……
それって、気を使ってるの?
「あたしも名雪たちと一緒でいいわ」
妙に楽しそうだった……
う〜野次馬根性なの?
「だったらオレも美坂チームでいいぞ」
香里と北川君って前から怪しんだよね……
付き合ってるのかな?
こうして楽しく昼食を食べることができた。
Aランチも食べられたしね。
「おいしかったね」
学食から連なる廊下を並んで歩きながら、わたしはそう言った。
「そうだな…」
あれ?
「……」
「…名雪?」
「……」
中庭に誰かいるよ。
寒いのに……
「寝てるのか?」
「起きてるよ…」
「どうしたんだ、名雪?」
「…外、寒いよね」
「そりゃ、これだけ雪が積もってるんだから…」
「…あの子、何してるんだろうね」
「あの子?」
曇った窓越しに見える……
中庭にぽつんと立つ女の子。
「…寒くないのかな?」
祐一が制服で窓を拭く。
「祐一、汚い」
祐一が窓を拭いたから女の子の姿がはっきりと見える。
「誰かな? あんなところで何してるのかな?」
「…たぶん、風邪で学校を休んでいるにも関わらずこっそり家を抜け出してきたこの学校の1年生だろう」
え?
「祐一、知ってる人?」
誰なのかな?
「…俺、ちょっと行ってくる」
「えっ?」
「名雪は先に戻ってていいぞ」
「どこに行くの?」
「外」
「気をつけてね」
あの女の子に会いに行くんだ……
知り合いなのかな?
祐一の背中を見つめながら……
また、不安になってる自分に嫌気が差していた。
しばらくの間外を見ていた……
途中何度も何度も曇りそうになる窓を制服で拭いて……
祐一と女の子は楽しそうに話していた……
なんだ…やっぱり知り合いなんだ………
いいじゃない、わたしが知らない人と祐一が知り合いなのはよくあることじゃない…
そう自分に言い聞かせて……
不安になって……
そんな自分が嫌だった……
「ただいま」
祐一が戻ってきた。
「おかえりなさい。祐一、あの子と知り合い?」
「名雪は知ってるのか?」
「ううん、知らない女の子だよ」
「そうか…」
「誰なの?」
あれだけ、楽しそうに話してたんだから……
「秘密」
「わっ。余計気になるよっ」
本気で気になった……
「無言で歩いていかないでよ〜」
からかってるのはわかる……
でも、気になるのは確かだった……
ドタドタドタ……
相変わらず祐一の部屋は物音が激しい……
よくあの子が祐一の部屋に行くのを見かける……
口ではなんと言っていても、楽しそうだった……
うらやましくて……
気に入らなくて……
わたしは両手で耳をふさいだ。
「祐一」
「食後のマッサージか。悪いな」
「そんなのしないよっ」
「それに、食後にマッサージなんてしたら、気持ち悪くなるよ、たぶん」
「そうか。そうだな。じゃ、風呂上がりに頼む」
祐一はそれだけを言って、部屋に入ろうとした…
そうじゃなくて……
「まだ、用言ってないよ、わたし」
「風呂上がりにゆっくり話そうな」
「だから、マッサージなんてしないよっ」
「じゃ、なんだよ」
「ノート返してもらいにきたの」
「ノートぉ?」
祐一はハニワ顔になる。
「貸してあったよ、わたしのノート」
「あ、そうか、そうだったな」
やっぱり忘れてる。
「今から予習復習するの。だから今夜は返して」
「ああ、待ってろよ」
しばらくして部屋の中から祐一が出てくる……
「というわけで、学校だ」
「嘘だよね」
「悪い悪い。明日学校で言ってくれたら、その場で返すから」
「それはこっちが聞きたいよ…どうしたらいいんだよ〜」
「おまえ、疲れてるんだよ。とっとと寝てしまえ」
「誤魔化さないでよ〜」
「じゃあ、どうしたいんだよ、おまえは」
「わたしは、予習復習をしたいだけだよ…」
「じゃあ、俺に今から…」
「学校にいってノートをとってこいと言うんだな」
そういわれてぐっと詰まる。
「べつにそこまでは言わないけど…」
「いいよ。いってくる」
「学校、開いてないよ、たぶん」
言い過ぎたかも……
わたしが我慢すればいいことだし……
「宿直の先生とか、いるんじゃないかな」
「いなかったら、窓ガラスを割ってでも入ってやるよ」
「そんなのだめっ」
「ま、そりゃ冗談だ。とにかく行ってみるよ」
「外…寒いよ?」
祐一、風邪引いちゃうよ
「いいよ。ジョギングがてら、行ってくるから」
「…ほんとに?」
「ああ」
「ごめんね」
祐一……
「迷惑かけてるのは俺だからな。自業自得ってことだ」
玄関先でずっと祐一を待っていた……
ごめんね……
我儘言ったばっかりに……
「ただいま…」
「どうだった?」
「戦利品だ」
「わ、ありがとう。ほんとうに持ってきてくれたんだ」
何事も無く祐一が帰ってきてよかった。
「あれだけずさんな学校もないだろうよ。今度は校長の机だって、持ってきてやるよ」
「そんなのいらないよ〜」
「校長ごっこができるぞ」
「チミ、退学ね。とか言えるぞ」
「そんなのしたくないよ」
「それよりも、お風呂沸いてるよ」
「おぅ」
「…あれ?」
そこでわたしは異変に気付いた……
「なんだよ」
「どうしたの? 顔、腫れてない?」
「そっか?」
祐一が不思議そうに頬に手を当てている。
「思い出した」
「なにを?」
「魔物に襲われたんだった」
「魔物…?」
「そう、魔物だ」
もしかして殴られたのかな……
喧嘩したのかな……
祐一は大切なことは、いつも言わないから……
心配だよ……
祐一のおかげで予習復習はできたけど。
胸が痛んだ……
「ごめんね、祐一」
祐一の部屋の方の壁にむかってそう言って……
わたしは眠った。
我儘で、嫉妬深いわたしを……
祐一は好きになってくれるだろうか……
to be continued...