7年間の空白を・・・<Chapter9>

 

「ふわ………」
 今日は目覚めがよかった。
 昨日は疲れて七時に寝たからね……
 じりじりと鳴り続ける目覚ましのスイッチを止めながら、
 わたしは仕度を始めた……

 意識がはっきりしてるせいかな……
 いつもより朝ご飯がおいしい。
「祐一さん、ジャムつけないんですか?」
 食卓についたお母さんが祐一に尋ねた。
「俺、甘いの苦手なんですよ」
「…おいしいのに」
 お母さんの作るジャムはおいしいんだよ。
「…甘くないのもありますよ?」
 ……一つを除いて…………
「ごちそうさまでしたっ」
 バタンッ、とわたしは立ち上がる。
 早く…早く逃げないと……
「ど、どうしたんだ? まだ半分以上残ってるぞ」
 祐一が驚いてる。
 でもねでもね……
 逃げないと……またあの………
「…わ、わたし、お腹一杯だから」
 イチゴジャムを食べられないのは悔しいけど……
 命の方が大切だよ……
「どうしたんだ? 名雪が残すなんて…」
「祐一さん、こんなジャムなんてどうかしら?」
 台所の棚から、大きな透明の瓶を抱えてお母さんが戻ってくる。
 いつものようにお母さんは微笑んでいた。
 それが、悪魔の微笑みに思えた……
 あの瓶は……
「わたし、今日はこれでごちそうさまっ」
 もう逃げるしかない……
「先に表で待ってるから」
 ごめんね祐一……
 こればかりは許して!!
 あのジャムだけは食べたくないんだよ………
 ブルーベリー、マーマレード、杏、木苺……
 お母さんの作るジャムはおいしい………
 でも、あのジャムだけは駄目なんだよ……
 あの、オレンジ色のジャム………
 ごめん、祐一……
 もう、食べたくないんだよ……
 一度食べたらわかるよ、きっと。

 家から出てきた祐一の表情は、少し青ざめているように見えた。  
「あ、祐一。早かったね」
「逃げただろ…」
 やっぱり、食べたんだ……
「えっと…何のことかな?」
 ごめん…祐一……
 心の中で謝った……
 雪景色の中を祐一と肩を並べて歩く。
「あのジャム、凄くうまかったな」
「えっ! うそ?」
 あんなにまずいのに!!?
「…やっぱりか」
「あ…」
 ばれちゃった……
「あれ、何のジャムなんだ?」
「わたしも知らないんだよ…怖くて訊けなかった…」
「でも、お母さんの一番のお気に入りらしいよ。よくわたしも勧められるんだけど…」
 甘さ控えめ…そうお母さんは言ってたけど……
 甘いとかそういう問題じゃないと思う……
「……」
「……」
 はぁ…とふたり揃って白い息を吐く。
「…どうしたの?」
 何時の間にか香里が居て、不思議そうにわたしたちを見ている。
「あ…香里、おはよう」
「おはよう、ふたりとも」
「朝からため息なんて、あんまり健康的じゃないわよ」
「うるさい、お前だってあのジャムを食ったら…」
「…え、あのジャムってまだあったの?」
「香里、知ってるのか?」
「昔、名雪の家に遊びに行ったときに…」
「そうか…」
「……」
「……」
「……」
 今度は、3人揃ってため息をつく……
 あのジャムの不味さは……
 食べてみないとわからない……
 でも…絶対に食べるべきじゃないと思う……


「祐一っ、祐一っ」
「今日、わたしが日直」
「だから?」
「手伝って、お願い」
「どうして俺がお前の日直につき合わないといけないんだ」
「もうひとりの日直さんが、インフルエンザでお休みなんだよ」
 日直の仕事って忙しい…黒板消して、ラーフルを綺麗にして……
 わたし要領が悪いから…休み時間が全部つぶれちゃうんだよね。
「それは運が悪かったと思って諦めるんだな」
「お礼はするから。ね」
「そうだな、条件次第では手伝ってもいいぞ」
「ホント?」
「その代わり、昼飯1回おごりな」
「うーん…ちょっと、わたしの方が条件悪くない?」
「だったら手伝わない」
「祐一、やっぱり冷たくなったね」
 優しい…そう思うことの方が多い……
 でも、時々祐一が見せるこんな冷たさが……
 酷くわたしを不安にさせる……
「俺は昔のままだって」
 それなら、わたしが不安だから……
 そう思うだけなのかな……
 でもね……
「そうかな?」
 昔のままってことはないと思う……
 背も伸びたし……
 声変わりもした……
 それに……
 この七年間の空白のうちに……
 祐一は色々と変わったと思うんだよ……
 わたしも変わったのかもしてない……
 でもね…祐一を好きな気持ちは変わらないんだよ……
「大体、昔の自分なんて覚えてない」
「普通は覚えてるよ」
 そう、覚えている……
 祐一が好きになったこと……
 祐一に雪ウサギをプレゼントしたこと……
 壊されたこと……
「そんなことないって」
「幼稚園の頃のこととか、何も覚えてない?」
「そんなの覚えてるわけ…」
 すこし祐一は考えてから……
「…覚えてる…少しだけど…」
「ほら」
 それなら…七年前のことも……思い出せるはずだよ……
「…でも…」
 わたしと過ごした記憶……
 七年前の記憶……
 それを思い出そうとしてるみたいだった……
 必死に……
 でも、思い出せないみたい……
 それが…酷く辛そうで……
「分かったよ」
「…え?」
「お昼ご飯1回で手を打つよ」
「あ、ああ」
「その代わり、しっかり手伝ってね」
「分かった…約束する…」
「ありがとう、祐一」
「それなら、今日のお昼ご飯はわたしがおごるよ」
「ああ」
 思い出そうとして辛そうな祐一を見て……
 辛くなった……
 思い出してもらえないから……
 思い出せないみたいだから……
 七年前…
 祐一に何があったんだろう?
 祐一がふさぎこんでいた理由……
 祐一が思い出したくない過去……
 わたしは何も知らない……

 チャイムが鳴って、そして休み時間が到来した。
 学食組の人たちは早くも駆け出している。
「祐一、わたしたちも行こう」
 出遅れちゃった……
「ああ、急いだ方がいいな」
「あたしもつき合うわ」
「俺も」
 いつものメンバーで学食に向かう。

「今日は人いっぱい居たね…」
 学食は混んでいて座る場所がなかった。
「雪降ってるからね、みんな動きたがらないのよ」
 パンを買って教室で食べることになった……
「わ。雪降ってたんだ」
「こんな日は温かい物が良かったな」
「飲み物くらい温かい物が欲しかったわね」
 この雪…積もるかもしれない……
「いっぱい降ってるね…」
 既視感……
「あの時みたい…」
 そう…まるで……
「あの時って?」
「祐一を駅まで探しに行った時…」
「面白そうね。その時の話聞かせてよ」
「全然面白くない」
「違うよ」
「名雪は面白かったかもしれないが、俺は災難…」
「そうじゃないよ」
「…七年前の話だよ」
 七年前の…あの雪の日みたい……
 祐一は来てくれなかった……
 雪ウサギを壊されて……
 ふられたはずなのに……
 もう一度会いたいって……
 待ったあの日……
 やっぱり…来てくれなくて……
「……」
 やっぱり…思い出せないんだ……
「でも、うん、面白い話じゃないからやめとくね」
「だったら早く食べよっか」
 祐一は辛そうだった……


「じゃあ、部活がんばれよ…って、こんな天気なのに部活あるのか?」
「体育館があるから」
「大変だな、部長も」
「でも、楽しいよ」
「楽しくても、程々にな」
「うん、気をつけるよ」
 あ、今心配してくれたんだね……
 祐一って……
 わからないね……
 優しいのか…冷たいのか……
 変わったのか…変わってないのか……
 曖昧になってくる……
 私自身まで……
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 ご無沙汰でございます……
 とある事情でスランプになってまして……
 でも、まあ……
 遅筆ですね…僕……
 遂に10作目なんですね……
 プロローグを書いたのが9月15日……
 もう二ヶ月か……
 二週間も書かなかったから鈍ってなければなと思う今日この頃です。
 では、ばーははーい!

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