小さな勇気は永遠になる 1
栞は助かった。
医者に誕生日まで生きられないと言わしめた栞の病は、
栞の元から去った。
奇跡。
そう、奇跡だった。
*
「栞、早くしないと遅れるわよ!」
玄関先で香里が叫ぶ。
「わ、待ってよー」
ぱたぱたと栞が走ってくる。その手には学生鞄と、大きな包み。
「はあ、はあ、これ重い」
「作りすぎよ」
呆れ顔で香里は言った。
包みの中身は、弁当である。
「でも………」
上目使いに、何か言いたげな栞。
「困った子ね………」
わかっている。
これが栞の夢だったのだから。
香里と一緒にお弁当を食べる……栞が切望した夢。
それが叶って、実現して、
祐一というかけがえのない存在ができて………
うれしいのだ。
「半分持ってあげるから」
「うん」
それは、香里にも同じこと。
居なくなるはずだった、死んでしまうはずだった、失ってしまうはずだった妹が、
大好きな妹が今ここに居る。
それがとてつもなく嬉しくて、
喜びのあまり空回りしている妹が可愛くて……
「行ってきます」
「行ってきまーす」
二人は春を迎える準備を始めた通学路を仲良く歩いていった。
*
昼休み、三学期も終わりに近づいているので、そろそろ中庭で昼食を食べる生徒も現れ始めた。
その中に、香里たちの姿もある。
「いつもながら……多いな」
祐一はほぼあきらめながら言った。
「ふぁいとっ! だよ」
名雪が小さくガッツポーズをとる。
祐一、名雪、香里、栞、この四人でお弁当を食べるのが日課となっていた。
しかし、弁当はゆうに10人分はある。
「今日は特に多いな……」
「たくさん作りましたから」
栞がにっこりと笑う。
「加勢を呼んでもいいか? どう考えても余る」
「誰を呼ぶの?」
「北川」
言うなり祐一は校舎の中へと走っていった。
*
「やっぱり作りすぎよ、栞」
香里は呆れている。
「そう、みたい」
栞は、ただただ苦笑するばかり。
「でもすごいね、こんなにたくさんおいしそうなもの作って」
名雪は素直に感心している。
「がんばりましたから」
「相沢君への愛の為せる技よね」
「わ、わ、お姉ちゃん!」
「へえ、そうなんだ」
「あ、あの…その……」
「いいわねー幸せものは」
「そ、そういうお姉ちゃんこそどうなの?」
苦し紛れの栞の反撃。
「私?」
「祐一さんが、お姉ちゃんと、北川さんはあやしいって」
「ええっ!?」
「あ、わたしもそう思う」
「ちょっと名雪まで!」
今度は香里が慌てる番だった。
「どうしてそう思うのよ?」
「だって、前から妙に仲がいいし、私たちと食堂に行くときも、北川君一緒だったし」
「そうだったんだぁー」
「こら、なにを言ってるのよ」
いつもクールな香里なだけに顔を真っ赤にしている様は妙な可愛さがあった。
「よう、待たせたな」
祐一が北川を連れて帰ってきた。
「そ、そう。早く食べましょ。昼休みが終わってしまうわ」
なるべく平静を保とうとする香里に北川は、
「どうした美坂? 顔が赤いぞ」
「な、なんでもないわ」
どういうわけか、落ち着かない。
いままで特に北川を意識したことはなかった。
それなのに………
ガシャン!
香里は弁当箱をひっくり返してしまった。
「あ、何してるんだよ……ほら」
北川はその片付けを手伝う。
「別に、いいわ」
「いいからいいから」
「………………」
その様子を見て栞が祐一に小声で、
「お姉ちゃん、思いっきり取り乱してるんですけど……」
「何いったんだ?」
「北川さんのこと好きなのかって鎌かけてみました」
「お前な………」
「お姉ちゃん、自分のことになると鈍感になるところがあるから、自分の気持ちに気づいていないと思うんです」
「まあ、傍から見てたらなんかバレバレだし」
こうして、昼休みは過ぎてゆく。
*
放課後、
「香里、一緒に帰ろ」
「相沢君は?」
「栞ちゃんとデートだって」
「そう」
「帰ろ」
「ええ」
何気ない世間話を繰り返しながら二人は歩く。
「百花屋、行こ」
「いいわよ」
イチゴサンデーを食べながら名雪は、
「あのさ、香里」
「なに?」
「北川君のこと好きなの?」
ガシャン!
勢い余って、コップを倒してしまう。
「何よいきなり」
「もし、そうなら……告白するなら、早い方がいいと思う」
「え?」
「私は、6年前にふられて、そのまま祐一が帰ってきても指くわえたままだったから……栞ちゃんに取られちゃったから」
「名雪………」
「あ、栞ちゃんには言わないでね。私、栞ちゃんのこと好きだし、祐一が決めたことだから、もう何も言わない」
「…………」
「あ、自分のこと言ってるね。だから、香里……」
「私………わからないわ」
「ふぁいとっ! だよ」
名雪は小さくガッツポーズをして見せた。
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とりあえず前編です。
前後プラスαの構成でいくと思います。
もう眠い。(これが前後編の理由!?)
コメントお待ちしてます。