現実(いま)へいざなう声

 

 ここはどこ?
 真っ暗です。
 何も見えない。
 誰もいません……
 ただただ真っ暗な世界で……
 そこには何もなくて……
 私は、ここで何をしているんでしょう?
 私……?
 私は……そう、美坂栞。
 そうか……
 私は死んだんですね……

 ずっとずっと病気でした。
 何度もお医者さんに診てもらって……
 でも、ちっともよくならなくて……
 私はどうしようもなくて……
 家族のみんなも辛いはずなのに……
 私は馬鹿だからそんなのちっともお構いなしで……
 みんなのことが大好きで……
 余計辛くさせて……
 だから、おねえちゃんにも嫌われて……
 ずっとずっと…嫌でした。
 こんな私が嫌でした。
 だから死のうと思って……
 私はカッターナイフを買いに行きました。
 そのとき、あの二人に会いました。
 祐一さんとあゆさんです。
 ふたりとも楽しそうでした。
 私は家に帰って自殺しようと思いました。
 でも、ふとそのときあの二人の笑い声が聞こえて……
 今の自分が惨めで…このままでなんて終わりたくない、って思ったんです。
 それから私は毎日学校の昼休み頃にストールを羽織って祐一さんに会いに行くようになりました。
 祐一さんは意地悪です。
 私をすぐにからかいます。
 でも、優しくて…強い人でした。
 祐一さんのおかげでお姉ちゃんともお話することができました。
 そんな祐一さんを私は好きになってしまいました。
 駄目なことだとはわかっていました。
 ある日祐一さんに好きだといわれました。
 もうほとんど生きられないのに……
 私は馬鹿で…傷つけるとわかっているのに……
 祐一さんに好きだって言いました。
 祐一さんは強い人です。
 私の我儘を最後まで聞いてくれました。
 大切な思い出です。

 さあ、これからどこへ行きましょうか……
 この真っ暗な世界はどうなってるんでしょう?
 少し気になります。
 どうせ、死んでしまったのなら……調べてみるのもいいかもしれません。

 ずっとずっと歩きました。
 でも、何もありません。
 寂しいです。

 祐一さん………

 もう会えないんですね。
 私は死んでしまったから……
 会えないんですね……
 行きたい場所…
 やりたいこと…
 まだまだ…たくさん…
 たくさん…たくさん…あったのに……
 何もできないんですね………

 私は泣いてしまいました。
 誰もいない、何もない真っ暗な世界で……
 慰めてくれる人なんていないのに……
 一人で泣いていました……

 死にたくなかったです……
 あきらめきれないです……
 こんなの嫌です……

「泣かないで……」

「え?」
 声が聞こえました。

「泣かないで……」

「誰ですか?」

「栞ちゃんの気持ちよくわかるよ……」

「え?」

「ボクだって夢の中でぐらいはハッピーエンドで終わらせたいからね……」

「…………」
 その声は少し悲しそうでした。

「祐一君が好きになった人だから……ボクは精一杯応援するよ………」



 その時、天使に会ったような気がします。



 気づいたら私は生きていました。
 あの声はなんだったのでしょうか?
 時々思い出しては…答えが出ません……
 天使だったのでしょうか?
「おい、栞。ぼーっとしてると置いてくぞ」
 祐一さんがそんなことを言うので、
「あ、待ってください」
 急いで追いかけます。
「ぼーっとしてると車に轢かれるぞ」
「すいません」
「ま、栞は小さいし軽いから大丈夫だろうな……」
「そんなこと言う人嫌いです………」
 あの時出会ったのはなんだったのか……私にはわかりません。
 でも、確かに私はここにいるんです。
 いつでもそれを確かめることができるんです。

 ねえ…祐一さん……

 私はぎゅっと祐一さんに抱きつきました。
 そして……
「大好きです……」


                                      fin

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