INFORMAL PROMISE 5

7.叔母と従兄弟

夕方までは何事もなく普通の一日だった。
彼女が自分の部屋で一冊の本を見つけ、読むときまでは……

それは夕食後、名雪の部屋から始まった。
彼女の目になぜか留まった一冊の本。それは昔母親から貰ったもの。
「ちょっと知っておくと良いことがあるかもしれないわよ?」
そう言われて貰ったもの、花言葉の本。
名雪「………」
昼間の母親の動揺ぶりを思い出しているようでしばし無言。そして、ページを開く……

場所は変わって、祐一の部屋。
ベッドに寝転がり、考え事……
(名雪がこのことを知ったら何て言うんだろうな……)
自分が護ると誓った女性の子供
(「私はかまわないと思うよ、でも周りの人は…」とか言うかな?)
自分のいとこ
(俺は今のままで満足なんだ、秋子さんも解ってくれた。名雪は…知られなければ大丈夫だろう)
普段はのほほんとしている居候先の同い年の女の子
 そう思っている。

(でも、もし知られたら?反対されたら?)
言いふらしたりはしないだろうけど…
(そうしたら俺は2人を護っていくことができるのか?)
名雪次第だろう…
(俺は…間違いを…)

「祐一、ちょっと良い?」
ドアの向こうから名雪の声が聞こえ、考え事を中断せざるを得なくなる。
祐一「ああ、入ってこいよ」
同時に、寝転がった体勢から起きあがり、ベッドに座る。
名雪「うん……」
ドアが開き、名雪が入ってくる。
祐一「どうしたんだ?」
名雪「……」
無言で祐一の前へ立つ名雪。
祐一「名雪?」
名雪「となり…良い?」
ぽつりと聞いてくる。
祐一「ああ…」
名雪がすっと祐一の隣に座る。

名雪の手には花言葉の本。それを目に留めた祐一が聞く。
祐一「どうしたんだ?花言葉の本なんかもって…」
名雪「うん……祐一、知ってた?」
祐一「なにが?」
名雪「紫色のスミレの花言葉」
そういって、祐一の方を見る。
祐一「さあ?何だろうな?」
少しの動揺が表情に出た祐一。名雪は見逃さなかった。
名雪「知ってるんだね……花言葉」
祐一「え?いや…」
名雪「お母さんは、仕事先で貰ったって言ってるけど…」
うつむく名雪。

祐一「う〜ん……」
あさっての方向を見ている祐一。部屋に沈黙がおりる。
名雪「仕事先で貰ったならあんなに動揺しないよ……紫のスミレの花言葉は”密かな愛”…お母さんの周りでお母さんに対しての愛を表に出せないのは…」
祐一「ひょっとしたらいつもどこかで秋子さんを見守っている人がいるのかもしれないぞ?」
祐一は何とか自分の気持ちを知られないようにしようとしている。しかし、名雪の表情は変わらない。

顔を上げた名雪が、祐一の目を見ながら確認を取る。
名雪「あの花…祐一がお母さんにあげたんだね?」
祐一「っ……」
目をそらそうとする祐一。それを見て、
名雪「祐一…だめだよ?お母さんのことを好きになったら……」
諭すように祐一にそう言う。
祐一「……」
祐一は目をそらしたままなにも言わない。
名雪「あきらめて……絶対に結ばれないんだから…」
祐一「っ……言われなくても」
名雪「解ってない……ううん…解ってるんだよね……」
祐一から目線をはずす名雪。

名雪「これから先どうするの?結婚は?」
祐一「………」
名雪「いつかみんなにばれるよ?そしたら…」
祐一「ばれても良い」
名雪「ばれたら…ここにいられなくなるよ?」
祐一「毎年花を贈るから……」
名雪「お母さんに好きな人ができたら?」
祐一「花を贈るのをやめる」
名雪「そんなに簡単にやめれるの?」
ベッドに座りながらの問答。

祐一「やめれるさ…秋子さんのことを考えたらやめなきゃいけないんだから」
名雪「祐一に好きな人ができたら?」
祐一「……わからない」
名雪「無責任だよ……」
祐一「今の俺にできることはこれぐらいだから……」
名雪「その程度のことしかできなくてよく花を渡せたね?」
祐一「なにをしろって言うんだ?」
名雪「子供を作ればいいの…お母さんと…それで周りの人から非難されたり見下されたりすればいいの。」
祐一「そんなことできるわけないだろう…」
名雪「それでもお母さんのことが護れるって言うのなら私はなにも言わないけど」
祐一「できない…」
名雪「じゃああきらめるべきだね」
祐一「名雪は…許せないのか?」
名雪「うん、絶対に」
祐一「どうして……」
名雪「お母さんも祐一も不幸になるから……解るでしょ?」

祐一「解るけど……解るけど!」
名雪「………」
祐一「俺は…秋子さんのことが好きなんだ……」
名雪「ふうん……そう」
祐一「………」
名雪「じゃあ月曜にみんなにばらすね?」
祐一の顔を見る名雪。
祐一「なぜ?」
名雪「一番早く効果的なのは……現実を体験させること」
祐一「やめてくれ……」
名雪「あっ……お母さんにも言ってこないといけないね」
祐一「頼む、やめてくれ」
名雪「だめ……それじゃ」
そう言って、ベッドから立ち上がり部屋を出ていく名雪。何を言っても無駄だと知り、動かない祐一。

変わって、リビング。
名雪「お母さん…ちょっといい?」
秋子「……どうしたの?」
名雪「大事な話…」
そう言って、ソファーに座る名雪。
秋子「わかったわ…」
続いて、秋子さんも座る。

名雪「…お母さん、祐一のこと好きなんでしょう?」
本題を切り出す。
秋子「ええ」
名雪「……違う、違うよ…」
秋子「何が…違うの?」
名雪「紫色のスミレ……」
それを聞いて秋子さんの表情が少しゆがむ。
秋子「あれは…」
名雪「花言葉は…”密かな愛”……祐一に貰ったんだよね?」
秋子「……」
名雪「だって、仕事先の人から貰うならもっとはっきりわかるお花をくれると思うから…」
秋子「そうよ、あの花は祐一さんが…」
名雪「受け取ったんだよね?」
秋子「ええ」

名雪「でも、祐一は私の従兄弟…お母さんからすれば…」
秋子「……」
名雪「それがわかってて受け取ったんでしょう?」
秋子「……」
名雪「覚悟は…出来てるんだよね?」
秋子「………」
名雪「月曜日…周りの人に言うよ…許せないから…」
秋子「…………そう」
名雪「………」
秋子「……ふう………」
ため息をつく秋子さん。

名雪「どうして?祐一と結婚できないのにどうして?」
秋子「名雪、その質問の前に祐一さんを呼んできて」


しんと静まりかえったリビング。
ソファーには名雪と祐一、その向かい側に秋子さん。
テレビも点いていない。聞こえるのは時計の時を刻む音のみ。

秋子「……まず、私の気持ちから……」
名雪「うん……」
祐一「はい……」

秋子「私は祐一さんのことが好きです」
その”好き”は男女間の”好き”であることは口調からわかる。

続いて、
祐一「オレも…秋子さんが好きです…」

そして、
名雪「私は…許せない…みんなに認められないのに…結婚できないのに…」
2人を睨む。

秋子「これで良いですね…さて、私は2人に言っていないことがあります」
祐一「なんですか?」
名雪「何を言っても私は…」
秋子「では、良く聞いてください…」
祐一「……」
名雪「………」


秋子「私と祐一さんは結婚できます」


名雪「うそ…嘘だよ!!だって……」
名雪は叫ぶ、祐一は隣で呆然としている。
秋子「私は祐一さんの叔母ではありません」
名雪「………わからないよ……」
祐一「どういうことです?」
秋子「祐一さんのお母さんは…私の実の姉妹ではありません。私の従姉妹です」
名雪「!?」
祐一「なっ!」
秋子「信じられないなら、戸籍を見てみますか?」
と、秋子さんが出してきたのは戸籍謄本。

名雪「いや!いやだよ!!絶対信じないよ!」
秋子「でも…」
名雪「だったら私はどうなるの?嫌だよ!」
秋子「名雪……」

名雪「私も…私も…祐一のこと好きなのに!!!」



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