香里の勇気

 

『栞はあたしの妹なんだから…』
 それ以上なにも言うことができなくて。
 言う勇気がなくて。
 あたしはその場を離れた。

「香里ー待ってよー」
 ついつい急ぎ足になってしまう。少し立ち止まって名雪を待つ。
「ねえ、どこのお店行くの?」
 いつも通りの名雪。さっきのあたしの言葉を聞いていなかったかのように。
「聞かないの?」
「聞かないよ」
「そう」
 さりげない気遣いが嬉しかった。
「香里は話したかったら自分から言うもん」
「そうね」
 名雪は何でもお見通しだ。いつもそうだ。
 
 でも……

「名雪」
「なに?」
「あんたって鋭いけど、鈍いわね…」
「え?」
「あたしだって、話すきっかけってものが必要になるときだってあるの」
「えっ?」
 名雪は目を丸くしていた。 


「駄目ね、あたしって…」
 栞のお気に入りだといっていた公園のベンチに名雪と座る。
 事情を話して、最後にそう締めくくる。
「自分が傷つくのが怖くて、つらいのは栞の方なのに、傷つけて……」
 涙があふれそうになる。
「栞ちゃんは、許してくれるよ」
 無神経なくらい笑顔で、名雪が言った。
「どうしてわかるの!? まだ会ったばかりなのに!!」
 名雪の笑顔がまぶしくて、見ていられなくて、苦しくて……
 八つ当たりしてしまう。
「わかるよ」
 やっぱり笑顔で、
「祐一の大事な人だから……ってのもあるけど、何より香里の妹だもん」
「っ!」
 涙があふれる。
「泣いてもいいよ。私そばにいるから」
 ふわりと名雪が抱きしめてくれる。
 私は名雪にしがみつくように、泣いた。
「ありがとう……名雪」
 名雪は驚いていた。
 そして、
「ふぁいとっ、だよ」

 
「栞…入っていい?」
 勇気を出して、栞の部屋の扉をノックする。
「お姉ちゃん?」
 栞は驚いているみたいだった。
 もう、最後に話したのがいつか分からないくらい話していないのだから当然だ。
「入るわよ」
「うん」
 長らく使ってなかった勉強机に向かっていた。
「……何してたの?」
「学校ずっとお休みしてたから、もっと勉強してみんなに追いつかなきゃって
思ったから」
 瞳を輝かせながら話す栞を見て胸が苦しくなる。
 もう生きられないのに。
 それなのにこの子は生きようとしている。
 今を…いや未来を生きようとしている。
 栞にこの気持ちを与えてくれた、相沢君には頭が下がる。
「あのね……」
 あたしもこの子に生きる勇気を与えたい。
「栞……」
 傷つけた分。あたしじゃ駄目なのかも知れないけど。
「ごめんなさい」
「お姉ちゃん?」
「栞の方が辛いのに、自分が傷つくのが嫌で、あなたを避けて……」
 涙が溢れる。何か言わなくては。何か……
「よかった……」
 栞はうっすらと涙を浮かべながら安堵の息を漏らした。
「え?」
「お姉ちゃん私のこと嫌いになったんじゃないんだよね?」
「当たり前じゃないの……あたしのたった一人の妹なんだから」
「お姉ちゃん!」
 栞がしがみついてくる。
「ごめんなさい……栞……ごめんなさい」
 栞を抱きしめて、何度も何度も繰り返した。
 その度に
「いいの…いいんだよ……」
 と言ってくれた。
 そう、あたしたちは再び姉妹にもどったのだ……

 
「お姉ちゃん」
「なに?」
「あのね、今日学校で新しい友達ができたの」
「そう」
「それにね、それにね……」
 栞と再び姉妹になってからあたしの中で何かが変わった。
 もう逃げない勇気を手にいれたから。
「あのねあのね……」
 栞の笑顔。
 それがとてもうれしかった。


 運命の日が訪れた。
 栞の誕生日。夜遅くに帰ってきた栞はもう歩けないほどに衰弱していた。
「祐一さんにお別れしてきたの」
 栞は言った。
「何がお別れよ! 死んだら許さないから! 嫌いになるからね!」
「そういうこと言うお姉ちゃん……嫌い…………」
「じゃあこんなこと言わせないでお願いだから……」
「うん……きっと元気になって…戻ってくるね………」
 そう言って栞は手術室へ運ばれていった。 
 手術を待つ間私は祈った。
 神様でも何でもいいから、栞を救って、と。
 苦しい時の神頼みと言われてもかまわない。
 私は無力で祈るしかなかった。
 でも逃げない。結末がどうであれ……
 そして信じる栞は戻ってくると。


 そして……奇跡は起こった。
 しばらく昏睡状態が続いたけども、栞は帰ってきた。


『奇跡ってね、そんな簡単に起こるものじゃないのよ』
『でも、いつかは起こるから奇跡』
「ねえそう思わない?」
 横を歩く栞に聞いてみる。
「え?」
 当然何を聞いているかわからない。
「ま、いいわ」
 それだけ言ってあたしは通学路を進む。
「わ、気になるよお姉ちゃん」
「いいのいいの」
「そんなこと言うお姉ちゃん嫌い」
「そう……嫌いかぁ………」
 わざとらしく肩を落とすと……
「わっ……えっと…そんなこと無いよ、大好き!!」
 栞は慌ててそう言った。
 その姿がおかしくて……
「私もよ」
 少し恥ずかしかったけど、あたしたちは手を繋いで歩いていった。

                          (Fin)

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 どうでしたでしょうか。栞、香里、名雪ファンの人ごめんなさい。
 栞のですます調が出ないのは香里に対して話してるからです。(姉にあの喋り
方で接するのはおかしいでしょう?)
 へたくそですががんばりました。コメントください。
>改稿しました。
 初めて書いたものだけに…今見ると修正した居場所が結構ありますね。
 香里の一人称は私ではなくあたしでしたね……失念してました。

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