ものみの丘で・・・(後編)

 

  ずっと待ち続けている……
 俺はこのものみの丘で待ち続けている……
 いつまで?
 決まっているじゃないか……
 真琴が帰ってくるまでだ。
 帰ってこなければ?
 ……………………………………
 そんなこと俺にもわからない。
 
 ものみの丘に吹く風は…暖かいはずなのに……酷く冷たく感じた………

 
 祐一はまだ、ものみの丘に行き続けている。
 普段の生活では普通に振舞っているけど、
 あの丘に行って…帰ってきたときの祐一の表情は…
 見ていられなくなるほど…憔悴して…悲壮で…凄惨なものだった。
 そしてそれを見るたびに…
 わたしは泣きたくなる……
 大好きな人が…
 傷付いていく様を…
 見ていることしかできないのだから……

「ただいま……」
 その日も祐一はわたしよりも遅くに帰ってきた。
 また、あの丘に行っていたんだ……
「夕飯できてるよ」
 もうわたしは先に夕食を済ませてしまった……
「…今日は遠慮しとく」
 それだけ言って祐一は部屋に戻っていった。

 わたしは…… 

 体の方が先に動いていた。
 止めないと……
 もうやめさせないと……
 
 絶望にも似た祐一の笑み……

 もうやめさせないと……
 祐一はぼろぼろになっている……
 このままじゃ、祐一が倒れてしまう……

 祐一はベッドの上にぐったりと寝転んでいた。
 わたしが、部屋に入ったことに気付いていない。
「祐一!」
「名雪?」
 起き上がるのも億劫だ…そんな風だった……
 そこまで、ぼろぼろになって…
 傷付いて……
「もう、やめてよ…」
「…………」
「これ以上待つのはやめてよ……」
「…………」
「このままじゃ…祐一…死んじゃうよ……」
 本気でそう思ってる……
 そこまで体をぼろぼろにして……
 そこまで待つ理由は何?
「でもな、あいつが戻ってきた時…俺がいなかったら…寂しがるだろ?」
 力無い祐一の笑み……
 どうして!?
 どうしてなの!?
「真琴は、もう戻ってこないんだよ!?」
 どうして戻ってくるなんて…そんなの、幻想でしか………

 パン! 

 一瞬何が起こったのかわからなかった……
 わかろうとしなかったのかもしれない……
 祐一が、わたしの、頬を、ぶった……
「祐一……」
 信じられなかった……
 思い出したかのように頬に痛みが広がる……
 確かに痛みはあるのに……
 まるで他人事のようで……
「いくら名雪でも、それは許さないぞ……」
 刺すような祐一の視線……
 他人事だったらどれだけよかっただろう……
 その向けられる先は…
 わたし……
 わたしには……
 祐一は救えない……
 傷付けて……
 怒らせることしかできない……
「ごめ…ん……な…さい………」
 それだけ言うのが精一杯だった……
 涙が溢れて…それ以上何も言えなかった……

 ドサッ……

「祐一……?」
 床に祐一が倒れている。
「祐一! 祐一!!」


 やっぱり祐一は限界だった……
 熱出して、寝込んでしまうまで……
 ここまで無理して……
 馬鹿だよ……
 祐一は救いようの無い馬鹿だよ……
 わたしにはもう、救えない……
 救えるのは……
 あの子しかいない……
「お母さん! 出かけてくる」
 わたしは上着を羽織って…走り出した。


 夜のものみの丘は真っ暗で…
 月明かりだけが頼りだった…

「いつまで祐一を縛りつづけるの?」
 誰もいない虚空に向かって…
「わたし、祐一が傷付くのを見ていられないよ……」
 わたしは叫び続ける。
「真琴は…嫌い……大嫌い………」
 誰もいないのに……
「わたしだって祐一のことが好きなんだよ…」
 でもわたしは…
「七年間ずっと……」
 そこに誰かを…真琴を感じようと……
「でも、祐一は真琴を選んだ……」
 見つけようと……
「だから……」 
 祐一の気持ちが少しだけわかったような気がする…
 わたしと同じなんだよね?
 もう駄目だ…ってわかってるのに……
 奇跡に近い可能性を信じてるんだよね……
 七年前、拒絶されて、ふられたはずのわたしが……
 結局忘れられずに、今でも祐一が好きで…割り切れなくて……
 祐一も、それと同じなんだよね…?
 でもね…祐一。
 それは…悲しいことばかりなんだよ……
 辛いことなんだよ……
 でも、祐一にはそんな思いして欲しくない……
 だから……
 わたしも……
 奇跡を願おうと思う。
「戻ってきてよ!」
 そう言って…
 とんでもなくわたしは…惨めな気分になった…
 でも…いい…
 わたしも、祐一を七年間引きずりつづけた…
 筋金入りの馬鹿だから……
「戻ってきてよ!!」
 これがわたしの願い。
 わたしが、大好きな人にしてあげられる……
 唯一のこと……
「祐一が悲しんでいる姿を見ていられないの!!」
 好きな人の幸せを願っているのに…
「わたしじゃ駄目なの!! 真琴じゃなきゃ駄目なの!!」
 涙がこぼれるのは何故なんだろう?
「だから、戻ってきてよ!!」

 ちりん……

 鈴の音と共に……

 奇跡は訪れた……


「真琴!? 本当に真琴か!?」
「うん!!」
 再会を喜び合う二人を見て……
 よかった…と思った。
 そして……
 わたしの七年越しの失恋は…やっと終わったんだ………
 これで泣くのは最後にしよう……
 そう思って…こっそりと泣いた…… 

                  the end…

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