日常に消えゆくもの

 

 −最愛の人が事故に遭い入院、しかも面会不可能−

この状況に置かれたなら普通の人間ならばふさぎ込んでしまうのは当然だろう。だから、この日の朝の時の名雪は普通の人だったはずだ。しかし…


ずっと前から電話が鳴っている…でも誰も出ない。出ないのは出れる人がいないからではない。出られる人間は居る。しかし…

(祐一は学校だから電話に出る人は誰もいない。私は・・・誰とも話したくない、話せない。話せないから電話に出れない。)

(お母さんは・・・・いない。たぶんもう帰ってくることはないとおもう。)

見てしまったから…母親が事故に遭った現場を……
地面に広がる血、辛うじてそれの雰囲気からそれだとわかるようなイチゴケーキ、原型を留めていない車の前面。

そして、それらは彼女に絶望を与えるのに十分なものたちだった。

見た瞬間、彼女の描いていた未来図はあっさりと、そして完全に崩れ去っていった。そう確信してしまった…でも祐一は言う。
「秋子さんは帰ってくるさ」
と。それは彼女への励ましの言葉、彼の優しさ。絶望しないことの大切さ。

そして私は思う……絶望してたら何も変わらないのだから……絶望しないで何かを変えていこう……と。

再び耳に入ってくる電話の音。そして………


そして…夜

祐一の部屋のドアがノックされる。
この家には祐一と名雪しかいない、ということは今ノックをしているのは名雪と言うことになる。
「名雪か?入ってきていいぞ」
自分の部屋に閉じこもったままだった名雪が行動を起こしている。それはすなわち、
名雪が元気になろうとしている。
と言うことなのではないだろうか、と思う祐一。もしそうならば喜ぶべき事である。

しかし、ドアは開かない。
「どうしたんだ?入ってきて良いんだぞ?」
そう言って再度促す祐一。それでもドアは開かない。

「ふう……遠慮せずに入ってくりゃいいのに……」
とドアを開けに行く。
”どうしたんだ?名雪”
ドアを開けてそう言おうとする。
と、半分開きかかったところで名雪が体を滑り込ませてきて……
「ごめんね…祐一…」
ズブッ……

時が止まる。

何が起こったのか解らないでいる祐一。動かずその場に固まってしまう。彼の目に映っているのは……青い髪。

力が入らなくなって倒れたとき、彼はそれに気づく。目の前の床に広がる赤い液体………血……腹部から伝わってくる鈍い痛み。
”名雪が……刺したのか?”
薄れゆく意識の中で考える。そして、声を出さず…正確には出せないのだが、名雪を見上げる祐一。

名雪はその祐一を虚ろな目で見返す。

「なゆ……どう……して…な…ぜ………」
名雪のしたことの意味を理解しかねて、痛みに耐えながら呟く祐一。名雪にそれが聞こえたかは分からないが、それに答えるようなタイミングで話し出す。

「あのね、わたしね、一生懸命ね、考えてね、決めたんだよ」
名雪の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。続けて言う、
「落ち込まないで行こう、お母さんは絶対帰ってくるって信じようって」

ポタ……

血で濡れた床の上に別の液体が落ちてくる…そう、それは名雪の涙……
「でも………でもね、祐一」

ポタポタポタ……

涙の量が一気に増える……
そして、次の一言は朦朧としかかった祐一の意識をはっきりさせる……
否、はっきりさせられた……頭に電流が流されたようなショックとともに……

書けばたった1文……その1文が……

名雪は声を出す。最も単純な、しかし明確で重要な意味をもつ1文を言うために。

「おかあさんしんじゃった」

思考が止まる祐一。すぐに励まそうとするが声が出ない、出たとしても…どういえば名雪を励ますことができるか分からない祐一。
名雪の独白は続く……

「だからもうわたしは笑えない…ううん……生きられない」

涙は枯れずに床へ落ち続ける……

「おかあさんは祐一と同じくらい大切な人……」

「ずっとわたしを見ててくれた人……」

「祐一が来てくれるまでの間、唯一のわたしの支えだったから」

「どっちを失くしてもわたしはだめなの……」

「祐一だけでも、おかあさんだけでもわたしはもう笑えないの……生きられないの」

そして……祐一に微笑む名雪。
その笑みは……希望を失い、絶望を通り越した者だけが表せる表情だったのかもしれない……

再び意識が薄らいでゆく祐一……

「祐一、一緒に行こう……おかあさんのところへ」

「3人いっしょだったらどこへでもいけるから……」

「だから……わたしと一緒に死んで、祐一」

もう彼女は泣いていなかった……ただ微笑むだけ……
祐一が最後に見たのは、自分の最愛の人が血に濡れた包丁でそのひと自身を刺す瞬間だった……

夜の闇の中、音が無くなる………最後に、

「おかあさん…ゆういち……これからずっとさんにんいっしょだよ」


ある晴れた日、美坂香里は学校で授業を受けていた。

それは何のことはない、ただの学校の授業……
それは何の変化もない日常……

「そう、何も変わらないただの日常……」
「何も……変わることはないのよ……」
呟く香里。そして……頬を伝わる一筋の涙……

「さようなら……名雪、相沢君……私の最愛の妹…」

彼女の視線は、今は黒板を見ていない……彼女が見ているのは…

 花、彼女の前の席と、斜め前の席に飾られた花

少しして、一瞬だけ傷口を触られたときのような表情をしてから視線を黒板に戻し…ノートをとり始めた……

その後、彼女が花を見ることはなかった。


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 どうもです・・・過去に書いた作品の修正版を披露します
暗い話ですが・・・中身がないですね(^^;;
修正前のを久しぶりに読んだのですが・・・これが
もう最悪の出来でした・・・文章めちゃくちゃで表現が
幼稚・・・読んでいて恥ずかしかったです。
 それでは・・・次作を書き初めようと思いますので
 これにて・・・
          2000年1月30日   時の孤児 拝

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