昔読んだ物語にこういうのがある。
昔は雨粒一つ一つに名前があって、その中の一粒に人間になりたいという雨粒がいました。
名前はリーナ。彼女はお姫様になりたいというのです。
リーナがまだ雲だった頃見た空の上から見えるお城の舞踏会……
王子様と一緒に踊るお姫様はとても綺麗で、リーナもそうなりたいと思ったのです。
あるとき彼女は神様にお願いしました。
「わたしを人間に…お姫様にしてください」
と。
すると神様はこう答えたのです……
Rainy day Blue
ザァァァァァ……
今日もまた雨だ。
私はこうしてまた浩平を待っている。
私の本当に好きだった人…そしていなくなってしまった人。
お気に入りのピンクの傘も、もうかなり痛んできている。
でも、私は待ちつづける。
雨の日にあの人と初めてであった場所で。同じ姿で……
「茜……」
私を呼ぶ声…聞きなれた声……
「詩子…」
振り返ったらそこには詩子が立っていた。
「また…ここにいたんだ?」
傘の下から覗く詩子の表情は、相変わらず笑顔だった。
でも、どこか悲しそうだった。
「はい」
「今日、日曜日だよ?」
「わかってます」
「どこか遊びに行かない?」
「…すいません。それはできません」
「ねえ、茜……」
「もう、やめてください」
ここにいるのは私の我儘なのだ。確信があって待っているわけでもない。
ここにいたら帰ってきてくれるかもしれない……
そうなってくれればいい…そういった希望にすがっているだけなのだ……
「茜?」
「もう、放って置いてください…ここにいるのは私の、我儘ですから……
もしかしたらあいつが帰ってくるかもしれない…そんな微かな希望にすがっているだけなんです」
詩子の優しさが辛かった。
私は詩子に答えることなんて出来ないから……
なにがあっても…ここを離れることなんて出来ないから……
「………………」
詩子は黙ったまま、動かない。
「詩子……」
「昔は雨粒一つ一つに名前があって、その中の一粒に人間になりたいという雨粒がいました……」
突然詩子が話し始める。昔読んだことのある物語……
「詩子?」
詩子はそのまま続ける。
「名前はリーナ。彼女はお姫様になりたいというのです。
リーナがまだ雲だった頃見た空の上から見えるお城の舞踏会……
王子様と一緒に踊るお姫様はとても綺麗で、リーナもそうなりたいと思ったのです。
あるとき彼女は神様にお願いしました。『わたしを人間に…お姫様にしてください』と…」
そこで、詩子は息をつく。
「……………」
私は何を詩子が言いたいのかわからなかった。
昔読んだ物語…詩子と、司と読んだ物語。
もうほとんど覚えていない。その続きは何だっただろう?
「続き覚えてないんだ?」
詩子の表情は相変わらず見えない。
「はい…」
「そう、だよね…そうじゃないとこんなところにいないよね……」
「?」
「すると神様はこう答えたのです……
『お前達はいつだって何にでもなれるんだよ。お前達は雨粒だ。
地上に落ちたお前達は、地面に染み込んだり、川となったり…そうして、命を育むのだ。
お前達は命の源…だから、思うように自分のなりたいものになれるのだ。
お前達は地上のどこにだっていることができる。だから…
どこにいても、好きなものになれるのだよ。願うことが…祈ることが…力となるのだよ』と」
「詩子……」
なんとなく、詩子の伝えたいことがわかったような気がする……
「茜…待ってるって言ったよね? 大切な人を待ってるんだよね?
でも、こんなところで待ってる必要なんてないんだよ……茜が会いたいって思いつづけたら……
いつか、きっと…会えるよ。どこにいても……だから……だから……………」
詩子の傘が泥に落ちる……
そして………
「茜っ!」
詩子は私を抱きしめていた。突然のことに私は驚いて……傘を落としてしまう。
「茜を見てるのが辛いんだよ……ねぇ、茜…ここで待ってなくてもいいじゃない。
茜が待っている人は、茜に会いたいって思ってるんでしょ?
それなら見つけてくれるはずだよ……茜がどこにいても、見つけてくれるよ。
だってね、願うことが…祈ることが…力になるんだから……神様のお墨付きだよ?」
詩子は泣いていた。いつも笑っている詩子が泣いている。
私は詩子が泣いているところを初めて見た。そして………
「……そうですね。それなら…それなら……信じていいかも……っ! 知れ…ません……ね」
どれだけ詩子の言葉が心に響いたことか………
微かな希望にすがってきたのだから…神様だって信じられる……
私は、詩子を思い切り抱きしめた。
「茜……濡れちゃったね……」
「お互い様です……」
私たちは雨の中しばらくの間泣きあった。傍から見ればとてつもなく奇妙な光景だろう。
でも、私たちは……最後には笑っていた。だから、変だってよかった。
私は願いつづけた…
私は祈りつづけた…
そして今………
「……ただいま、茜」
「おかえりなさい」
願いは成就した。
祈りは届いた。
「ね? お墨付きだって言ったでしょ?」
詩子が笑いながらそう言った。
「そうですね」
私も笑っていた。
「? 何のことだ?」
「内緒です」
「ぐあ、滅茶苦茶気になるぞ」
「折原君には教えてあげない。急にいなくなっちゃうんだから」
「そういうことです。浩平」
気になって仕方ないと子供のようにわめき散らす浩平は、全然変わっていなくて……
そのおかしさに、詩子と二人で笑いあった。
物語はこう締めくくられる。
リーナはお姫様になり…王子様と一緒に幸せに暮らしました……
今ここに私が願った世界が広がっている………
そして私は再び願う。
この幸せな世界が続きますように……と。
fin
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