セカンドブライド
真琴がいなくなっても、それでも時は流れて、日常は繰り返した。
いつもと変わらない日曜日。
いつものように祐一は、昼頃まで眠っていた。
「ん……?」
口元に暖かい感触。
ちょうど……唇のような………
既視感とでも言おうか、前にもこんなことが…
「どああーっ?」
跳ね起きた祐一の横にはぴろがいた。前にぴろとキスしまくった経験が
あるため精神的ダメージは大きかった。
「おいおい…勘弁してくれよ」
ため息をつきながら祐一はベッドから這い出た。
「にゃーにゃー」
しきりに何かを訴えるようにぴろが鳴いている。
「はいはい、朝飯食ったら遊んでやるからな」
祐一はそう言って着替え始めた。
「おいおい、いったいどこに連れてく気だ?」
あまりにもぴろが鳴くので仕方なく食パンを齧りながら外に出る。
ついて来いとでも言うようにぴろはどんどん歩いてゆく。
商店街、駅前を抜けて……
「もののみ丘に……?」
ぴろの進む先は間違いなくもののみ丘だった。
うっそうとした山道を真琴を探しに歩いた。
真琴と二人で歩いた。
真琴のことを思いながら、祐一は歩いた。
夕焼けが綺麗だった。
相変わらずただっ広い、何もないところだったが、真琴と出会い、
別れた場所…それだけでそこは世界で一番綺麗な場所に見えた。
「ここの来るのも久しぶりだな」
来ると真琴がいなくなったことを再確認させられるようで来る気
になれなかった。
祐一は不意にぴろを抱き上げ頭の上に乗せた。
「こら暴れるなよ、真琴の時は大人しくしてたくせに」
何とかぴろを落ち着かせて、ゆっくりと眼下の風景を眺める。
「いつ見ても綺麗だな……」
真琴。
あまのじゃくで、意地っ張りで、人見知りして、どうしょうもない奴だった。
でも……
人一倍寂しがり屋で………
「真琴……俺、お前がいなくてもやっていけるなんて思ってないからな。
俺だって寂しいんだぞ……」
「なあ、ぴろ……そう思うだろ?」
最後の一線で涙をこらえて頭の上のぴろの頭をなでる。
と、ぴょんとぴろが頭から飛び降りた。
背後に人の気配がした。
「……………」
ゆっくりと後ろを振り返る。
少女の頭にはぴろがちょこんと乗っていた。
よく知った少女だった。
あまのじゃくで、意地っ張りで、人見知りして、どうしょうもなくて、
でも、人一倍寂しがり屋で……
「真琴!」
真琴だった。
消えてしまったはずの真琴だった。
気づいた時には真琴を抱きしめていた。
「真琴、真琴なんだよな?」
「祐一、痛いよ」
くすぐったそうに真琴が笑う。
祐一は少し力を抜いて、泣き笑いのような表情で、
「お帰り……真琴」
「うん。ただいま」
真琴は照れたように言った。
「なあ、何か俺にして欲しいことあるか?」
もののみ丘で二人で座りながら祐一はそんなことを言った。
「祐一に出来ることなんてあるの?」
真琴は相変わらずのようだ。
「そんなこと言うのならやめた」
「あうぅ……」
残念そうに真琴はうつむく。
それが変にうれしくて、
「ほら言ってみろ」
「もう一度、結婚したい」
「え?」
「今度はみんな呼んで……ここで、もう一度結婚式したい」
「…わかった。しような」
「あ、それと……」
「?」
「肉まん食べたい」
祐一は無言で真琴にでこぴんした。
次の日曜日。
もののみ丘で結婚式が行われた。
参列者は、前回のように雪ダルマだけではなく、
名雪、秋子さん、天野、そしてぴろ。
祐一は北川から借りたタキシード、
真琴は秋子さんが持っていたウェディングドレスに身を包み、
神父代わりの天野に誓いの言葉を言う。
「あなた達は、どんな時もお互いともに生きることを誓いますか?」
「はい」
やや緊張したように祐一。
「うん」
「こら、こういうときは『はい』って言うの」
祐一が言うと、
「いいじゃない」
「よくないの!」
「あう…わかった」
「では、真琴…誓いますか?」
天野の言葉に真琴は、
「はい」
ほほを赤らめて言った。
「では、誓いのキスを……」
「ちょっと待て!」
天野の言葉に祐一が声をあげる。
「なんだよそれ」
「誓いのキスです」
「みんなの前で?」
「しないと結婚は認められません」
天野は楽しんでるようだった。
「わかったよ……すればいいんだろ? おい、真琴」
「真琴、キスしないもん」
プイ、とそっぽを向く。
「しないと、結婚できないだろ」
「キスしないもん」
「あのなー」
「祐一真琴とキスしたくないんでしょ?」
「え?」
「『すればいいんだろ』って……嫌なんでしょ」
泣きそうになりながら真琴は言う。
「馬鹿。嫌なわけないだろ」
照れたように祐一。
「本当?」
「ああ、真琴のこと好きだから」
「真琴も祐一が…好き!」
真琴は満面の笑みを浮かべた。
「では誓いのキスを」
晴れ渡る空からぱらぱらと雨が舞い落ちる。
「お天気雨だ……」
名雪が言った。
「もっとふさわしい呼び名がありますよ」
天野が言う。
「『狐の嫁入り』か」
「はい。妖狐達も祝福してくれているのでしょう」
「じゃあ、真琴」
「うん」
青空の下、舞い落ちる雨の中………
二人は永遠の愛を誓った。
「ねえ、美汐……」
「どうしました? 真琴」
「これ……」
真琴が差し出したのはブーケだった。
「わたしにですか?」
「うん」
「どうして?」
「次は美汐の番だから」
「え?」
「真琴だけ、人間になったら不公平だからって……みんな戻ってくるん
だって」
「それって……」
「だから、はい」
「…ありがとう、真琴」
泣き笑いのような美汐。
それは美汐の見せた初めての笑顔だった。
奇跡は一つじゃ終わらない。
他愛のない小さなことがみんな奇跡の種。
人は皆、奇跡の上に生きている。
それを忘れなければ、
奇跡はきっと訪れる…………
Fin
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どうでしょうか?
書いてる方が恥ずかしくなりましたが(爆)
美汐ちゃんにも幸せになって欲しいですね。基本的にハッピーエンドが
好きですから。
だから、真琴だけ帰ってくるのは駄目かなって……