この文章は2000年に「Urban Legends」という都市伝説サイト(2003年1月閉鎖)に掲載されたものを、執筆者である青山葵氏の許可を得て転載したものです。なお、文中にある「企画」とは、この当時「Urban Legends」で行われていたかしまさんアンケートのことで、紹介されている「事例」も、そのとき送られてきたアンケート結果によるものです。この辺りの事情については、「かしま議事録」の「0.議事録以前〜かしまさん研究史〜」をご参照ください。
「かしまさん」とは、いったい何なのか?
私たちは、この企画を立ち上げた段階では考えもしなかった、この設問が、これほど難しいものであろうとは。続々と寄せられる予想以上の数の投稿。それが増えるたびに、のぞける「かしまさん」のさまざまな顔。あまりのバリエーションの多さに戸惑い、ほとんど脈絡なく拡がる伝承地域に困惑し、想像以上に古くから語り継がれていることに驚かされた。それでも、分類、考察は充分に事例が集まってから時間をかけて取り組めば、私たちでも、何らかの結論を提示できるのではないかと、楽観的に考えていた。
しかし、ここに来て状況が一変したのを、私たちは感じる。もう御気付きの方もいるかもしれない。ここ数週間のうちに、テレビ、雑誌等で「かしまさん」に関する話題が語られ始めている。ネット上でも「かしまさん」に関する情報を、頻繁に目にするようになった。そして、多くの人々が「かしまさん」に興味を持ち始めている。この状況を踏まえて、今、私たちはこう考えている。私たちが集め得た「かしまさん」
情報は、早急に、より多くの人々に開示されるべきなのではないか。さらに、多くの情報の情報となって投げ返されるのを期待するべきなのではないか。
ささやかな、いくつかの問題提示と共に、ここに「かしまさん」情報を公開することにする。皆さんも、ぜひ戸惑い、困惑し、驚いていただきたい。そして、共に考えていただきたい。
「かしまさん」とは、いったい何なのか?
問題提示の為の事例の分類を始める前に、注意しておきたい点がある。それは、「かしまさん」が、私たちの予想以上に多くのメディアで採り上げられているということだ。以下に、入手できた限りで、その情報をまとめてみる。
T・書籍
1・『わたしは幽霊を見た』村松定孝著・講談社刊・1972年発行
2・『いろはに困惑倶楽部』原田宗典著・文藝春秋刊・1996年発行
3・『魔女の伝言版―日本の現代伝説―』白水社刊・1995年発行
4・『あやかし通信』大迫純一著・実業之日本社刊・1991年発行
5・『デビルサマナーソウルハッカーズ悪魔全書第二集』アトラス刊・1997発行
6・池田貴族の本(詳細不明)
U・雑誌
1・『ダ・ヴィンチ』九月号・メディアファクトリー刊・2000年8月7日発行
2・『ハロウィン』(詳細不明)
V・TV
1・「ほんパラ!関口堂書店」2000年7月29日放送・テレビ朝日
W・映画
1・「新生・トイレの花子さん」1998年7月公開・東映
X・ゲーム
1・「女神転生デビルサマナーソウルハッカーズ」セガサターン
2・「稲川淳二の百物語」セガサターン
3・「ペルソナ2・罪」
注目すべきは、最も古い1972年刊の「わたしは幽霊をみた」であろう。この本の中で語られる「かしまさん」は、顔の半分が焼け爛れた幽霊で「足いるか?」と聞いてくるという。さらに新潟県糸魚川市に出ると書かれているらしい。(以上未確認情報)
また、「いろはに困惑倶楽部」の原田宗典氏の記述に、1972年頃「かしまさん」の噂が東京の小中学生の間に広まり、新聞・TV等で扱われるほどの騒ぎとなった、とあるのも注意が必要だろう。ごく最近では、ウェブ上の★alpha-web
こわい話★での「鹿島さん」(完成形)の影響力も大きい。
今回寄せられた事例にも、これらメディアからの影響があることを常に考慮する必要がある。
以下、寄せられた事例を出来るだけ分類し、摘出された問題点を挙げていきたい。ただし、事例の数は必ずしも充分とはいえず、問題点の設定もあくまで仮定的なものであることは、ご配慮いただきたい。今後、提示された問題点を踏まえた形での事例がより多く寄せられ、「かしまさん」研究のさらなる発展を期待するしだいである。
事例の分類は、以下の5点でおこないたい。
1・年代
2・地区
3・呼び名
4・呪文
5・形態
なお、事例中「かしまさん(またはそれに類する呼び名)の話」として語られている物のみを対象とした。
また、メディアから直接得たとされる事例は、問題点が散漫になる可能性があるので、除外してある。
1・年代
1970〜4…1例
1975〜9…2例
1980〜4…6例
1985〜9…9例
1990〜4…3例
1995〜9…3例
今回寄せられた中で、最初期の事例は1974年のものである。データ的には80年代のものが最も多いが、「呼び名」「形態」から見てもこの時期のものはバリエーションに富んでいる。「かしまさん」拡散期と呼べるかもしれない。1995年以降は上記のメディアから直接得られた事例ばかりで、まだ、口承による類話が展開するに至っていない様子である。
☆問題点・1974年以前の「かしまさん」とは?
2・地区
北海道・東北…7例
関東……………10例
信越・北陸……2例
東海……………1例
近畿……………2例
中国……………1例
四国……………0例
九州・沖縄……1例
事例の少なさは考慮に入れた上でも、はっきりと見て取れるのは東日本に事例が集中している点だろう。九州・沖縄の1例は、東京からの転校生が伝えたと明記されている。中国の1例は、バスガイドからの伝達。憶測ではあるが、遠来の観光客に接するバスガイドが、他地区(東日本?)の人間から伝承された可能性が高い。
☆問題点・「かしまさん」は東日本中心に広まっている?
「1・年代」と照らしてみてみると、最初期の1970年代の3例は、北海道2例・宮城1例となっている。80年代に入っても4例の報告があり、無視できない。
☆問題点・「かしまさん」の発生は北海道・東北地区である?
関東地区の事例の多さは、上記の原田宗典氏の情報を裏付けているのかもしれない。
☆問題点・1970年代前半に、関東地区で「かしまさん」が流行した?
3・呼び名
かしまれいこ……7例
かしまれいこ様…1例
かしまさん………6例
かしまさま………2例
かしま……………3例
かしまおばけ……1例
きじまさん………1例
かしまきいろ……1例
「かしまれいこ」は「仮死魔霊子」と表記されることが多い。これは後述の「3・呪文」にも影響する要素である。
ここで注目しておきたい点は、呼び名の変遷についてである。当初、「かしまれいこ」という呼び名は、その当て字や呪文の質から、「かしまさん」が伝承されていく過程で展開したバリエーションの一つだろうと予想されていた。しかし、最初期の1976年の事例で早くも「かしまれいこ」の呼び名が現れている。だが、その事例内では「仮死魔霊子」の当て字や関連する呪文は現れていない。つまり「かしまれいこ」の呼び名自体は比較的古くから存在し、のちになって「仮死魔霊子」の当て字と呪文が付け加えられたと考えられるのではなかろうか。
「きじまさん」の話は、雑誌「ダ・ヴィンチ」2000年9月号や「あやかし通信」1991年刊で、大迫純一氏によって取り上げられ、一躍有名になったものである。当初、「かしまさん」をもじって「きじまさん」とした、大迫氏による脚色かと考えていたが、寄せられた事例は1980年頃のものである事から、実際に「きじまさん」の話が流通している事が確認できた。話の構造が共通しているので「かしまさん」のバリエーションと考えてよいだろう。
ここでは、「かしまさん」にまつわる疑問でも、最大級のものを問題点として提示しておこう。つまり
☆問題点・なぜ、「かしま」なのか?
4・呪文
仮・死・魔……8例
かしまさん……2例
かしまさま……1例
かしま…………1例
かしまれいこ…1例
その他…………5例
「仮・死・魔」と表記したのは「『か』は仮面のか、『し』は死人のし、『ま』は悪魔のま」タイプの呪文である。
呪文に関しては、事例数が限られている上に、分類できない「その他」の数が多く、現段階では、考察するのも難しい状況である。大きく分けて「仮・死・魔」タイプと「名前を呼ぶ(例・かしまさん)」タイプとに分けられる。年代的にも2つのタイプが混在して伝えられているようである。あえて、問題点をあげるならば、「仮・死・魔」タイプが、北海道と関東に集中している点であろうか。
☆問題点・「仮・死・魔」タイプの呪文は、北海道・関東から発生?
今回の事例の中には見られなかったが、上記の原田宗典氏の本の中で語られる「かしまさん」では、まず「わたしの話、聞いた?」という問いかけがあり、「かしまさまに聞きました」と答える形が取られている。現在主流になっている、唐突に相手の名前を三回唱える形よりは、はるかに理にかなっていると思われる。これが、本来の形に近い可能性が高い。全体的に感じられることだが、今回寄せられた事例よりも、さらに古い形の「かしまさん」が過去には伝承されていたのであろう。
☆問題点・なぜ、相手の名前を三回唱えるのか?
5・形態
女の子・女性……7例
兵隊さん…………5例
不明………………4例
四肢の欠損・25例中15例
形態的にはっきりと四肢の欠損が見られない場合でも、「バラバラになって死んだ」「足いるか?手いるか?と聞いてくる」等、四肢切断、欠損のイメージが語られる事例がほとんどである。四肢の欠損というモチーフは、バリエーションの多い「かしまさん」事例の中でも、数少ない共通項の一つであろう。ただし、それがなぜなのかは、判然としない。
☆問題点・なぜ、四肢欠損のモチーフが共通しているのか?
大きく分けて「かしまさん」には、女性(かしまれいこ)と男性(兵隊)の二つのタイプがあるようだ。事例データ上、年代的・地域的に見て、まったく混在している為、これら二つのタイプは、新旧を表すものでなく、平行して語り継がれてきたものと思われる。
ただし、印象ではあるが、現代に近づくにつれて兵隊タイプの「かしまさん」が語られることは少なくなっているようである。「兵隊かしまさん」の背景は、明らかに戦争の記憶であろう、より具体的にいうと不幸な傷痍軍人の人々の無残な姿であると考えられる。戦争の記憶が日常から消えつつある現在、「兵隊かしまさん」が語られなくなるのは、必然なのかもしれない。ちなみに、稲川淳二氏の語る「かしまさん」は戦時中に亡くなった男性ではあるが、郵便配達夫に設定されているという。これは、稲川氏の現代風アレンジであろうか。
☆問題点・兵隊タイプの「かしまさん」のルーツとは?
「女性のかしまさん」は、多くの場合「かしまれいこ」と呼ばれている。最近の事例では、踏切事故により身体を切断されてしまった女性の亡霊が、上半身だけの姿で現れる、と語られる場合が多い。しかし、データをみると、この話型は、ごく最近にのみ見られるものである。「かしまさん」とは呼ばれない、上半身だけの女性の亡霊(一般的には「てけてけ」と呼ばれる)の話の発生が先行しているようである為、これは、「かしまさん」に「てけてけ」の要素が、最近になって入り込んだもの、と考えた方が理解しやすいだろう。ただし、今後、その仮説を覆す事例が寄せられる可能性も、否定できない。ちなみに、「てけてけ」伝承の元になった事件が北海道で起こった、との情報もあった。
ここでも、かしまさんの指先が北海道を指しているのは、興味深い。
☆問題点・上半身だけのかしまさんは、「てけてけ」が習合したものか?
まとめとして、完成形「鹿島さん」について
ここにいう、私たちが便宜的に名づけた「完成形」とは、★alpha-web こわい話★上で発表された、「鹿島さん」のことである。この「鹿島さん」を読むことによって、かつて聞かされたまま記憶の底に眠っていた「かしまさん」の恐怖が甦った、という人々は、私たちも含めて、少なくないだろう。そもそも、私たちの企画が立ち上げられたのも、そして、順調に進んだのも、この「鹿島さん」のおかげかもしれない。
そして、ここまで「かしまさん」を考察してきた私たちには、ある一つの感慨がある。事例を分類していく過程で、私たちは気付かされた。「かしまさん」は、一度滅んでいる、ということに。80年代、拡散期に入った「かしまさん」は、さまざまなバリエーションを生み、粗製濫造されていく。「仮死魔霊子」という当て字には、かつて「かしまさん」が持っていた怨念の闇が、もはや無い。「か、は仮面のか、…」という呪文には、かつて「かしまさん」がまとっていた戦争の影が、もはや無い。上半身だけで追いかけてくる姿には、かつて「かしまさん」が苦しんでいた四肢切断の痛みが、もはや無かった。恐怖を原動力として伝承されるはずの「かしまさん」から、恐怖は急速に失われていった。事例をみても、1995年を最後に、口承された「かしまさん」の報告は見当たらなくなった。「かしまさん」は、滅んだのである。
そして、完成形「鹿島さん」が現れた。そこには、怨念の闇と戦争の影と四肢切断の痛みを持った、恐ろしい「かしまさん」が描かれていた。「かしまさん」は復活したのである。感嘆に値することは、私たちが事例を寄せていただいた皆さんの協力を得て、「かしまさん」伝承を分析することにより、ようやくにたどり着いた「かしまさん」の恐怖を構成するモチーフを、完成形「鹿島さん」が、いかに的確に選び取っているかということである。私たちが便宜的に名付けた「完成形」という言葉が、いかに正しかったことか。「鹿島さん」をしるされた方に、ここに心からの敬意を表したいと思う。
しかし、である。「かしまさん」の謎は、まだ何も解明されていない。事例をお寄せいただいた皆さんには、本当にありがたく思っている、と同時に、私たちの至らなさに、本当に申し訳なく思っている。最後に、私たちが抽出し得た問題点を列記し、さらなる情報をお寄せいただけることを期待しつつ、この文章を終りたいと思う。
☆1974年以前の「かしまさん」とは?
☆「かしまさん」は東日本中心に広まっている?
☆「かしまさん」の発生は北海道・東北地区である?
☆1970年代前半に、関東地区で「かしまさん」が流行した?
☆「仮・死・魔」タイプの呪文は、北海道・関東から発生?
☆なぜ、相手の名前を三回唱えるのか?
☆なぜ、四肢欠損のモチーフが共通しているのか?
☆兵隊タイプの「かしまさん」のルーツとは?
☆上半身だけのかしまさんは、「てけてけ」が習合したものか?
☆なぜ、「かしま」なのか?
了。 文責:青山葵