CM2S私家版「作家の値うち」
石原慎太郎
(1932-2022)

2022年2月1日永眠されました。御冥福をお祈り申し上げます。

化石の森(1970)

屈折した人間的背景をもつ或る医師にまつわる人間模様…毒物による完全犯罪・いわゆる「毒親」との関係・ある患者家族との交流・医局内の政治的力学…これらが十二分な分量を費やし、著者独特の迫力のある文体で重層的につづられていく…

石原慎太郎の作品を全て読んだわけではもちろんないが、恐らくこの作品を彼の最高傑作の少なくとも一つに推すことに異論がある向きはそんなにないであろう… そのくらい「書けて」いるし、後に萩原健一主演で映画化された(残念ながら未見)ほどの娯楽性も十分にある。少なからぬ人々が、石原慎太郎の作品で何を読むべきかという問いにこの作品を挙げているのも納得である。つまり単純に「面白い」

もちろん、石原慎太郎という作家にはつきものだと言わねばならないが…欠点を挙げてケチを付けようとすればいくらでもできる(どうも氏は作家としては細かい完成度とか「詰め」とかにはあまり興味関心がなさそう、に見える)… 

物語の重層性は散漫な「取っ散らかった」有様と裏腹であるし(そしてそれをどうにかしようとはあまり思ってない、ように思える)、ミステリー的な作品が避けて通れない「これはこんなに都合よくうまくいくものなのか?」という御都合主義的展開、そしてやっぱり陳腐で「どうしてもこういう内容、書きたいの?」と言わずにいられない「ホットパート」…等々…

しかし、そうした「細かいこと」を吹っ飛ばす勢いのある傑作であることは間違いない

意外にも独特な文体を持ちそれに彩られた石原文学であるが… この作品でも多用される「放り出された連用形」(「彼は都知事時代にも小説を書いてい、」みたいなの)には、やはりどうにも違和感を禁じ得ない…

逆に、単語一つだけの文が会話で多用されていて(「単語一つだけで文章を作るのだよ」『単語』←こんな感じ)、こちらは効果をあげていると思う


「亡国」も面白く読めたが、これも面白い! 作家として語られることが実はそれほどないこの偉人が意外と娯楽作家だったということを確認できる(71)


青年の樹

時代錯誤な頑固オヤジに育てられた青年が東大に入りヤクザの息子と出会いオヤジの過去を知り他にも色々あるドタバタ模様
がやはりいかにも時代を感じさせる文体で骨太に描かれる。作者のマッチョ度は最初から全開で、今これを読んで楽しめる若者がいれば相当古い。初期の作品で、確か冒頭で「モラルをブッ壊せ!」みたいなことを書いていた(今思うと相当「痛い」……)のがあったと思うが、結局別種のモラルを作ることになってしまっただけだというのがよく分る。そんな慎太郎流ニューモラルや古臭い義理人情に心地よさを覚えてしまう評者も相当古い人間なんだろうが……ただ、「昭和漱石」みたいな雰囲気や、やっぱり大映映画みたいなクサい展開は正直言ってついていけない。中々読める作品ではあるが、それは中盤くらいまでで、スポーツ小説になってしまってから以降は前半に漲っていた緊張感が途端になくなって単なるドタバタに成り下がっている。全般に構成は行き当たりばったりな感じでチグハグだ。一貫する筋がありそうで実は何もない。とりあえず書いてしまったような印象がある。特に、主人公の親友であるヤクザの息子がストーリーの奥に沈んでしまうのは惜しい。前半はものすごくスリルがあり、動きがある場面の描写などはさすがに冴えているので期待するのだが、最終的には「なんじゃこりゃ」である……細かいことだが、空白行を挟んで数行だけの段落が時折あるのが効果を上げている(盗もう……(苦笑))

流行作家には仕方がないことかもしれないが、全体の構成が十分に練られていない(58)


太陽の季節 (1955)

不良ボクサーが女を弄ぶ
のが極力悪趣味な展開と古臭い日活や大映の映画そのまんまのダサカッコクサい文体で綴られていく。ヨット用語がふんだんに盛り込まれるとか、文体を色々工夫しているのは分かるのだが今となっては古臭さがなんとも言えずカッコ悪くて笑えてくる。特に会話は昔の石原裕次郎そのまんまで読んでられない(兄の文体が裕次郎を作ったということもひょっとしたらあるのかもしれない)。モラルに対する反抗というコンセプトは分かるが、どうしても悪趣味を気取っているという雰囲気がしてしまって時折展開には失笑させられる。当時は善くも悪くも話題になったらしいが、今になってみると大したことない。「時代やのー」である……タッキー主演でリメイクドラマ化された際に著者が「原作がいいんだよ!」と自慢していたが、本気か?
ただ、妙に展開は早いのが気にはなるが、きちんと起承転結はついていて、小説としてのまとまりはある。純文学よりもハードボイルドとか向きなんだと思う(まぁ実際そんな作品も書いていたわけだが)。
高校生の頃に読んで、学級日誌に「これは大人になる前に読まなければならない!」とか書いた覚えがあるが、その通りだった……もちろん、今となってはマジに読めないという意味だが……大人になったというべきか、堕落したというべきか……とにかく人間変わるものだ……

もうちょっと時間が経てば古くなり過ぎて価値が出てくるだろうが、今は不遇の時代でしょう(文学作品にこういうことを言うのも妙だが)(60)


亡国(1982)

舞台はまだ「ソ連」が存在し不気味な威圧感と共に語られていた時代、ソ連の罠に次々に陥れられた日本がついに崩壊しソ連の属国と化すまでの悪夢

がこの作家ならではの適度にダサ臭い、しかし迫力ある文章で描かれていく

評者がこれを書いている現在(2022年3月)、ロシアによるウクライナ侵略が続行中である…

残念ながら著者はこんな事態を目の当たりにする直前に幸か不幸かこの世を去ってしまったが、もう少しだけでもお元気ならばこの作品を背景にどんな意見をものしたものか…ちょっと残念である…

ちょっと前ならば「まだソ連が元気だった頃の作品」「「政治的杞憂」が外れてよかった」と言われて終わりだったろうが、ロシアによる信じがたい蛮行がこの作品のリアリティーを甦らせてしまった…

現役政治家が書いた「ハード政治小説」だけあって妙なリアリティはある(まるで予言だと思わされる箇所はそこここにある…)。もちろん今となってはトンチンカンな内容もあるにはあるがそれを補って余りあるものだと十分言える。要するに、面白い。著者の嗜好が反映されているのか何なのか分らないが、残酷描写や「痛み」を伴うストーリーになってくると冴える(いわゆる「ホットパート」もあるが…こっちは「やっぱりこういうの…書きたいものなのかね?」と思わされた…)。意外と娯楽小説として読める。

ただ、小説としての出来を見た場合に、傑作一歩手前だと言わざるを得ないのが残念。というのも「事情説明」になるとストーリーが完全に「ニュース解説」になって止まってしまうからだ(もっとも、だからこそこの作品から学べる政治学的知識ってのもあって、そこはまた小説とは別に楽しめたりもするのだけれど…)。

こんなことは言わずもがなかもしれないが…「インドネシア半島」「黒海から北海に繋がる海峡」(それぞれ「インドシナ半島」「バルト海から」の勘違いか?つうか誰か気付かなかったのか??(ちなみに今回評者が読んだのは単行本第二刷))という恥ずかしい間違いが放置されているのは白けるし、数は多くないが、引用されても仕方ないほどの悪文も見られる。それに、「社員はまだ資料を整理してい、」みたいな「放り出された連用形」は、評者は正直あまり好きになれない(確か初期の大江健三郎にもあったなこういうの…)。


今現在あまり話題になっていないのが不思議なくらいだ… 石原慎太郎の作品としてもあまり語られることのないものなのがまた不思議だが… 意外によくできた娯楽作品と言ってよいかもしれない(63)


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