CM2S私家版「作家の値うち」
永井荷風
(1879-1959)

踊子 (1946)

タイトル通りレビューの踊子姉妹との生活を夫であるバイオリン弾きの視点から描く
今まで読んだ荷風作品の中では格段に読みやすく内容もある。要するに小説になっている。しかしそれでも「だから何」という雰囲気はまだまだ漂っている。色々と事件は起こり、それが溜まり、捻れて物語が進んでいくが、常にどこか上辺からなぞっているだけというもどかしい感覚がある。史料的な価値は十二分にある。

やはり荷風は合わないのだろうか、内容的には面白いはずなのに、どうしてこんなに面白くないのだろうと考えさせられながら読み通した(63)


勲章 (1942)

荷風らしき男が入り浸るダンサー楽屋にやってくる出前親父に関する随筆的な小篇
別にどういうこともない話だが、史料的な価値は多少ある。やっぱり雰囲気だけ。

「だから何?」以外に何の言い様もない。短いのが救い(45)


つゆのあとさき (1931)

中途半端に売れた流行作家とカフェ嬢のややこしい駆け引き
が例によって過剰な装飾だらけの文体と必要以上に風俗描写を詰め込んだ転回とでズルズルダラダラ垂れ流される。ミステリーっぽい謎が普通にかけられていたりして、多少はスリルを感じさせてもらえるものの、やっぱり感傷と気取りがそれらを埋め尽してしまい、ストーリーも全体として結局何がなんだかよく分らないことになってしまう上に、一体何が言いたいのか何が書きたいのかよく分らないまま、引きずり回されるだけ。何が面白いんだろうか……

どうも荷風は合わないようだ……一体どこをどう読めと言うのか……(51)


ふらんす物語 (1909)

著者自身のフランス滞在に取材した紀行文・小説・エッセイ・詩などの寄せ集め
が卓越した描写力や独特の雰囲気をもちながらも「だから何?」という「それだけ感」たっぷりに延々綴られる。新潮文庫版の順番でいくと最初は紀行文が連続し、目の付けどころがさすがに鋭く表現も美しいだけに紀行文としては面白いものもあるが、やはり「だから何?」でしかない。中盤、小説になっている作品が続くあたりは荷風の美学が発揮されていて中々シビれさせてもらえるものの、すぐまた紀行文にもどる。中盤以降の紀行文は前半のものよりはずっと面白いが(特に「巴里のわかれ」は「フランス大好き! イギリス死ね!」が強力に出ていていい)、最後に今度は詩が出てきて、これは作品の出来にバラつきがある。初めから詩になっているのはよいが、中途半端に散文になってしまっているのはつまらない。全般に、時代や風俗の資料としてはなかなか貴重なことが書かれている。
ちなみに評者が読んだ文庫の目次には、複数の丸と肯定的コメント「雲」「新嘉坡の数時間」;複数の丸「再会」「ひとり旅」「巴里のわかれ」「黄昏の地中海」;丸「蛇つかい」;残りは何も付けられていない。

恐らく、この雰囲気が好きな向きにはたまらないが、受け付けない向きには「雰囲気だけ」ということで片付けられてしまうのだろう(56)


墨東綺譚 (1937)

荷風自身と思しき老人作家と花魁との交流
がタイトル通り隅田川界隈の風俗をふんだんに盛り込みながら、タイトルの漢字使いが象徴するような衒学的で嫌味な文体でずらずらずらずら延々ダラダラ続く。はっきり言ってこの作品のどこがそんなに面白いのか、堅気の評者にはさっぱり分らない。メインの内容になるはずの、作家と花魁の交流はどう見ても踏み込みが全く足りず、その代わりに、風景情景はまだいいものの、作家が書くことになる小説の粗筋だの抜粋だの(これがまた大して面白くない……)、漢詩だの何だのの引用だの(これも自慢や自己満足以上の意図が見出せない)、要するに余計なことばっかり書いているように見えてしょうがない。おまけに、ルビには恣意的な(はっきり言って病的なというかもう我侭以外の何ものでもない)こだわりが見られ、デジタル化するのにとてつもない苛立ちを感じさせられた。ルビもそうだが、時折「出ない」漢字が使われており(例えばタイトルの最初の漢字は正しくは「さんずい」に「墨」)、それにも独り善がり以上の意味があるとは思えない。小説だかエッセイだかルポだか新興文化に対する愚痴だかよくわからないのは、正直どうかと思う(「こういうのが文学」「文学はこういうのを書いてもいい」という誤解を植え付けた元凶ではなかろうか)。作者が偉大だという前提を受け入れない限りは、存在価値がないと思う。技術があるのは分るが溺れるのもいいかげんにしろと言いたい。

主人公と同じような年にまでなれば、いい感じに疲れて、こういうのが面白いと思えるようになるのだろうか、と嫌みの一つも言いたくなるような、感傷と自己陶酔だけの温いブンガク作品。読者をやたらに苦しめるという意味で「サド文学」と言ってよい代物(49)


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