CM2S私家版「作家の値打ち」
花村萬月

イグナシオ

タイトル通りの洗礼名で呼ばれる天才アウトローの人生
がハードボイルドタッチで綴られていく。面白い! 実は満月さんの小説を読むのは初めてだったのだが、こんなに凄いとは思っていなかった。どんな執筆の仕方をするのかは分からないが構成や展開が緻密で、色んなことが起りつつもきちんと辻褄が合って収束していくのが見事だ。「あれは結局どうなったんだ?」などと余計な疑問を挿まずに作品に入り込むことができる。逆に言えば綺麗にまとまり過ぎていて、こんな内容のくせに妙にお行儀がいいようにも思えるがそれも珠瑕だろう。哲学的な科白が結構多いのはうるさがる向きもあるかもしれないが、評者にはこのくらいが丁度いい。難を言えば、暴力描写はともかく性描写はやや陳腐かもしれない。

これを読んだからには「ゲルマニウム」を読まねばならないとは思うが、この作品よりも落ちるという評判なのでかなり恐い……(72)


狼の領分

「なで肩の狐」の続編。この綽名で呼ばれる天才アウトローが北日本で繰り広げるアウトドア武力闘争
「イグナシオ」の印象がかなりよかったので正直ものすごく期待したが、そのせいか少々肩透かし気味の物足りなさが残った。さすがにストーリー展開・描写・色々な仕掛け等々みな上手く、余計なストレスなしに楽しませてもらえる、が、そこまで。「所詮エンタテイメントか」などと言いたくはないが、それだけのものでしかないのは確かだ。描写される自然の壮大さはすばらしいが、ストーリーの方は例えば「イグナシオ」や志茂田景樹の「黄色い牙」などと比べると今一つ壮大感に欠ける。

いや、十分面白いし、雰囲気はいいんではあるが……なんだろうこの物足りなさは……(52)


二進法の犬(1998)

芥川賞受賞第一作とのこと… 文庫本で1000ページを超える辞書並みのボリュームで、ひょんなことでいわゆる「反社」との関わりに飲み込まれていく家庭教師の悲喜こもごもを描く

量には正直ヒいたが…それを苦痛に思わせないくらい読ませる力はある作品である…あえてケチを付ければ中盤の賭場の場面やそれに続く「ホットパート」(やっぱり小説家ってのは「こういうもの」を書きたいものらしい…)は長すぎて少々中だるみするかもしれない(が…作品全体の面白さを決定的に傷つけるほどのものではない)

「反社」内部の「モラル」、それと裏腹の数々の理不尽さと、そこから必然的に出てくる暴力、そしてそこに起因する悲劇的な結末、そしてそれによって壊される小さな幸せ… こういったものが読みやすい文体できっちり書かれ、一大娯楽巨編となっている。一言で言えば面白い。ヒロインの女子高生も十分魅力的に描かれていてちょっと「萌え」要素まである(評者の知る限り映像化はされていないと思うが、仮に自分が映画監督等であればやってみたくなる作品である(もっとも「かなり」なものにはなってしまうであろうが… 多分俳優さんもやりたがると思う…そのくらいキャラクターは魅力的である…)

とはいえ…これはあくまで「ファンタジー」であって…本物の「反社」はこんなに「美しく」はないだろう(フィクションだからこれで構わないとは言いうる)

「単語一つだけの文」(「そこで、単語一つだけで文章にするんですよ」『単語』←こんな感じ)が多用されていて、そこそこ効果を上げていると思うが… まさか石原慎太郎の影響ではなかろうな…(別に追求しようとは思わない… フと思ったが大学の日文で花村萬月研究なんてしてる人っているんだろうか?)


娯楽としての長編小説がいまだに成立可能であるということを確認させてもらえる傑作だと思う(73)

(こぼれ話)評者が読んだ文庫本は古本屋で買ったものだが…多分前の持ち主が769, 789, 796ページの上の隅を折り曲げてあった…他には特に何の「痕跡」もない…一体どういう読み方をしたものかと、読んでいてモヤっと来てしまった(しおりか何か挟んでいたのだがある時無くなったか何かでその時だけ隅を折り曲げた?とか…)


ヘヴィ・ゲージ

短編集。題材はパンチドランカーの元ボクサー、ブルースミュージシャン等…「いかにも」というもので、それらが「いかにも」というストーリーの中で動き、それが「いかにも」という筆致で描かれる。

要するによく言えば王道、悪く言えば予定調和(ただしクオリティーは高い)。ストレスなく楽しく読めて読後感もいい感じに切ない、が…それ以上でも以下でもない感じ。

この手の文学が良くも悪くも村上龍から動いていない(前にも後ろにも…いや別に上にも下にも…でもいいけど)ってことが良く分かった。


とても面白く読めるのだが… この「だが…」が太字になってる感じ…(50)


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