水上勉
(1919-2004)

もちろんこの文豪の名前は「みなかみつとむ」ではなく「みずかみつとむ」らしいのだが、ファイル名などは慣例に従っているだけである(ちなみに「みなかみつとむ」は一語に変換されるが「みずかみつとむ」は「水上努」と変換された)。

飢餓海峡 (1969)

謎の男に出会って人生が二転三転してしまう商売女とその男の数奇な生涯
がサスペンスタッチで延々と続く。旧版一巻本の文庫版にして約700ページと、超長篇に入る長さだが、全く退屈させずに読ませるのはさすがだと言わねばならない。展開のスピードや叙述の密度もちょうどよくバランスがいい上に文体も洗練されていて読みやすい(しかも時々表現上の実験がさり気なく試みられていて順文学的なスリルまで味わえる)。この文豪の代表作とされているのも納得の完成度と言わなければならない。実際に起った事件に取材したものだけあって内容もリアルで臨場感がある。時代背景と共に、ギリギリの状況で何とかして生き延びねばならない人々の苦境も伝わってくる。確かに、水上勉はこういうのを書くと冴える。
その上であえてケチをつければ、物語の中心が最初は事件、次いで女、そして男とずれていくのは、仕方ないにしても全体として見れば統一感を欠く。これだけ引っ張っておいて、結末は急についている感が否めない。長い長い独白(時に数ページに亘る)が不自然、など色々と気に入らない点はある。ミステリー仕立てなので、読者を誤導する上では仕方ないのかもしれないが、使い捨てられる設定が多い。個人的には、富山県絡みの設定がもうちょっと追求されるかと思うと何もなかったのは残念。

欠点も含めて、傑作であることは間違いない(81)


金閣炎上

この作品よりもむしろ三島の「金閣寺」で有名な事件を犯人の生涯を中心に据えて捉えたもの
で、もちろん三島の方が先なので「よくこんなものを書く気になったなぁ」と半ば呆れ半ば感心しながらも読んだのだが、意外とこっちの方が面白い。三島の方は「美」がどうのこうのとよく分からないところに踏み込んでしまっているので、うまく入り込めないと単なる「なんのこっちゃ」でしかないのに対し、この作品は社会的な背景を柱にまとめているので多分そういうことはないだろう。しかも、自ら寺で育ち、いくつも社会派の問題作を送り出してきた大作家によるものであるから、構成・表現ともしっかりしている。意外な名作かもしれない。ただ、中途半端にルポ・ノンフィクションにしてしまうクセはやはりここでも出てしまっていて、そういう部分になると物語が止まって、折角のスピード感がなくなるのが惜しい。

面白い! 「三島さえいなければ……」と思わなかったのだろうか……代わりにそう思いたくなるくらい面白い(80)


白蛇抄

白蛇の化身と思しき女の数奇な生涯
が確かに鏡花を思わせる(とはいえ、評者は鏡花に全く詳しくないので正直よく分からないが)不気味ながらも美しい幻想的な筆致でヌメヌメと描かれる。谷崎潤一郎を思わせる湿っぽい雰囲気は、これはこれで面白いのかもしれないが、個人的には水上勉に書いてほしい内容ではない。この雰囲気も意図的に出そうとしたものなのか、明らかに平仮名のの多い、また改行の少ない文体が採用されていて、さすがに時々読みにくいし、それだけの効果があるのかどうかもやや疑問である。途中新聞の引用があったり、水上ならではだなと思わせる部分もあるが、はっきり言って浮いている。無理して実験してしまったという雰囲気がどうもする。
その上、構成上の難が明らかにある。特に後半がどう考えても書き足りず、急転直下的に結末が付けられるのもひどく物足りない。三島のような書き急ぎ癖が水上にもあるのだろうか。
またこれを書かねばならないのは本当にイライラするが、タイトルはどう読むのだろうか。一応「しろへびしょう」だとして並べてある。タイトルにもルビを振ってほしい。

実験しようとして成功しなかった作品だというのがありありと分かる残念な作品(59)


その橋まで (1974)

仮釈放され地道に更正を目差す男が周囲に振り回され事件に巻き込まれ、結局刑務所に戻っていく
という粗筋だけでも嫌な気分になるストーリーで人間の更正の難しさを描いた名作。水上勉の得意とする内容だけあって表現がよくスリルもあって、時折挟まれるコミカルな表現やエピソードもアクセントになっており、これだけ長い作品であるにも関わらず退屈せずに読める。「橋」というのがリフのような役割を果たしていて印象を強めているのもうまい。他にも技術的に高度な点がいくつも見られて模範としたくなる。いくら改心しようとも犯罪者には社会は冷たいのだということ、一度罪を犯した人間が社会復帰するのがいかに難しいかということは、もう嫌というくらいに伝わってくる。
ただ、完成されているだけにちょこちょこと欠点が目立つのが本当に惜しい。網羅する必要もないと思うので主なものだけ挙げると、ミステリー仕立てには仕方ないのかもしれないが、ごちゃごちゃと人を大勢出すのは(水上勉の悪い癖らしい)状況を分かりにくくするだけである上に、出てきただけで消えてしまう傍役が多すぎる。実在の事件人物に取材したらしいものだけあって、描き方はリアルだが、時折妙にルポみたいになっていてそこだけストーリーが止まる(これも水上のクセか)。あと惜しむらくは考証がやや甘く、例えば舞台の一つに近い所に住んでいる評者から見るとおかしい点がいくつかある。それに、絞殺を自殺に見せ掛けるのはそんなに簡単にできることなのであろうか。それがどうも最後まで気になってしまった。あまりにも「……」が多用されているのは意味がない。

とはいえ、やはり欠点も含めて、読み続けられるべき傑作である(82)


高瀬川

腐れ縁を断ち切れず苦労を重ねる姉と男漁りの妹、そして二人に関わる写真家の人間模様
なのだが、はっきり言おう。失敗作だ。初めからゾロゾロと登場人物が多すぎ、しかも書き分けがあまり丹念になされておらず、ここで物語られるプレストーリー(しかも展開がやたらに早い)についていくのに苦労させられる。中盤に入って落ち着いてくるとスリルが出てくるが、それまでは正直何が何だか分らない。しかも、やっとストーリーが面白くなってきたなと思うと突然中途半端なまま終わる。やっつけ仕事としか思えない。タイトル通り、京都の風情に頼り切った情けない代物でしかない。京都弁は時折いい雰囲気だが、さすがにやりすぎて時々意味が分らない。「京都」さえ出しておけばなどとまさか思っていたのではないだろうが、そんな虚仮威しが通用する時代はもう終わった。ただ、惨めで情けない最低な境遇の人間を書かせるとやはり水上勉はいい雰囲気を出してくれる。女主人公の元夫などよく書けてはいるが、これですら掘り下げが足りない気がする。

この文豪でもこんな不様な作品を書くのだなと妙な感慨に駆られる(49)


ブンナよ、木からおりてこい

木のてっぺんに登って降りてこられなくなったカエルが体験したあれやこれや
が児童文学調ではあるが甘ったるくはない表現で、童話的な作品にしては骨太に綴られる。この手の文学としては間違いなく大傑作の一つだろう。人気が衰えず読み継がれ続けているのも納得の完成度である。しかも単なるきれいごとではなく、世界の厳しさや残酷さもきっちりと、それでいて下品ではない仕方で書き込まれていて、哲学的にも中々深い所に手が届いている。見事だ。
ただ、場違いな漢語が中途半端に多用されていて、それが文体に障り、どうしても気になって今一つ快適に読ませてもらえなかった。この点だけが本当に残念だ。

間違いなく大傑作である。文学史上にはいつまでも残り続けるだろう(78)


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