進学校を中退して未婚の母との生活を始めてしまった少年の苦労話
世間的には「何気ない日常を淡々と描く私小説作家」的な認知をされているらしいが、とんでもない。これは現代のプロレタリア文学じゃないかと思った。確かに特に劇的なことは何も起らないが何かを孕んでいるという緊張感が常に漂っているのでむしろ抑制として機能している。池沢夏樹の軽薄さをとって煮詰めたような清潔な文体もうまく噛み合っている。世間的な知名度がものすごく低いのが(白状すると評者も「あれ」を読むまでは知らなかった)不思議だ。
欲を言えば、時々状況が分かりにくかったり、何が起ったのかよく分らないこともあった。使い捨てられる登場人物やエピソードも多い気がする。
とはいえ時々「おいおい…」という表現もあるので(74)
風俗嬢絡みの純愛物語が二編
文庫版の解説にも書かれているように「いまさら」なほどの純愛物語だが、場面が風俗店というのがただのクサい物語にさせないよう働いている。世間的なテレビドラマ等ではいまだに「苦界」的な捉え方をされ、別の所では妙に称賛されるという捻れた評価をされる業界だが、うまくバランスが取られている(個人的にはもうちょっとどぎつい方がよかったと思う。これじゃ無害すぎないかという気がする)。風俗業界を細かく書いているのはなかなかためになると思う(平野啓一郎さんの「高瀬舟」が性風俗の資料になるとか誉めていた大家がいたが何を読んでいるのかと思う……そんな形で誉められた彼が迷惑だろうに)。純愛物語だから仕方がないのかもしれないが「やめれ!」なクサい表現はやはり出てくる。同じような設定を使い回すのは悪いことではないとは思うが、ここまで繰返されるとちょっと……という気もしないではない。文体は「ア・ルース・ボーイ」よりも軟らかくなっていて、読みやすいがスリルはない。
よく書けていて面白いが「ア・ルース・ボーイ」ほどのインパクトはない。二話まとめて(72)
おなじみアスベストで肺をやられた電気工が家族との葛藤に苦しみ結局一人で郷里に戻って来るまでを描いた連作短編集
ごくありきたりの日常を志賀直哉や尾崎一雄を思わせる作風で書き込んであって、これまた今どきこんな作風が成り立つのかと驚いてしまう(古いという意味ではなくて、今でもこのような作品が出版され売れているという状況に、という意味)。ウケを狙ったりしなくてもいいものを書けば認められるという希望のような気がしてくる。
にもかかわらず惜しいと思わざるを得ないのだが、所々文章としてあまりにもこなれていない所(特に入り組んだ長い修飾句)が散見されて折角の雰囲気が白けてしまう。途中で何度か主人公の人称が変わっているのもどれだけ効果があるのか疑問で、かえって分かりにくくしているだけではないかと思う。クサい表現はほとんどなくなっているものの、表現としてはクサさ満点だった「ア・ルーズ・ボーイ」が一番インパクトがあった気がやはりしてしまう……
文庫になっているのは全部読んだが、文学史の片隅に確実に残る作家だろうと思わせる作品集(悲しいかな尾崎一雄などと同様、あくまでも片隅で、主流にはなれないだろう。そうなるには『暗夜行路』並の大作をものしてそれが映画化なり何なりされなければならないだろう。嗚呼……)(73)