キケロ『アカデミカ』 『アカデミカ後書』 Cicero,Acad.Post.1.7=SVF.1.188  あるいはもし君がゼノンに従うとしよう、あの真実で純粋な善であるものが立派さから分離されえないと誰かが理解できるようにするということは大変なことなのだ。 Cicero, Ac. Po. 1.5.19 = FDS. 253  それ故、哲学の営みを3重のものとしてとらえる見解がプラトンから受け継がれて既に存在していたのだ。つまり、一つは人生と人柄に関わり、もう一つは自然本性と秘められた事柄に、3つ目は語ることや、何が真で何が偽か、弁論において何が真っ当で何が邪か、何が整合し何が矛盾するかを判断することに関わる。 Cicero, Ac. Po. 1.8.33=FDS.253  これが彼等の下での最初の形態だったのであり、プラトンから伝えられたものである。これにどんな展開を加えたか、お望みならお話ししよう。  私は言った。我々としては本当にお願いします。アッティクスのためにもそうお応えします。  (アッティクス)彼は言った。それで正しいお応えです。というのも、逍遥派と古アカデメイア派の見解は明解に説明されましたから。  (1.9.33)それでは。最初にアリストテレスがついさっき言った形式を揺り動かしたのだ。それをプラトンはとても大事に抱えていて、この体系には何か神的なものがあるといっていたほどだったのに。そして、テオプラストス。この人は弁舌闊達で、人柄的にはかなりいい人でさすがに自由人ではあったが、ある意味ではアリストテレス以上に強烈に個人の権威ある見解を粉砕したのである。というのも、この人は徳の持つ優美さを取り去って無力にしたからだ。幸福に生きることはそれだけにあるのではないと言ったのだから。(1.9.34)そしてそこで彼の弟子ストラトンだ。この人は鋭い才能のある人だったけれども、この教説からは全く離れてしまったのだ。彼は哲学の最も必須な部分、つまり徳と人柄に関わるもの、をほとんど全く見捨ててしまい、自分の全てを自然探求につぎ込んだのだが、そこにおいてさえ自分たちの学徒と大いに見解を異にしたのだ。さて、スペウシッポスとクセノクラテス、つまりプラトンの理論と権威ある見解を支えた最初の世代、それから後にはポレモンとクラテス、クラントルがアカデメイアに一つにまとまって先達から受け継いだものを一心に守ってきたのだ。 ↓ Cicero, Acad. Post. 1.9.34 = FDS.112; 253 = SVF. 1.13  ポレモンに長年聴講していたのが他ならぬゼノンとアルケシラスだ。(35)しかしゼノンは(アルケシラスよりも年長で、既に強力で精妙な議論をし、鋭い考えを及ばせていたが)彼の教説を建て直そうと思い立ったのである。もしよければ、彼の「矯正」とやらもつまびらかにしようか、アンティオコスがそうしていたように。  私は言った。それは本当にお願いします。お分かりのように、ポンポニウスも同じ考えです。 ↓ Cicero, Acad. Post. 1.10.35 = SVF. 1.188: 191: 193: 231  (1.10.35)従って、ゼノンは徳の筋を切るような人では決してなかったのだ。テオプラストスはそうだったのだが。ゼノンはむしろ、幸福な生につながるすべてのものを徳という一つのもののうちに置き、他の何ものも善には数え入れなかった。彼は徳を立派さと呼んだ。これは純粋な唯一の善である。(36)他方、善でも悪でもないものにも、彼が言うには、自然に従うものもあれば、自然に反するものもあるのである。この他に、これらのものどもの間にある中間のものを彼は勘定に入れていた。さて、自然に従うものどもは選び取られ価値を認められるに値すると彼は言っていたし、その反対のものどもは反対に言い、*中間のものは中間に放置した。(37)この最後のものどものうちには彼はどんな衝動に関わるものも認めなかったのだが、*それらのうちにも、より多くの価値を認められるべきものとより少ないそれとがあるとは言っていた。より多くの方は優先物と、より少なくの方は忌避物と彼は言っていた。事柄そのものよりはむしろ用語を変更しただけのように思われるかもしれないが、正しくなされたことと過誤の間に、適宜行為と反適宜行為を何か中間のものとして位置付けたのである、正しくなされたことだけを善い行為に悪くなされたものだけを悪いものに入れつつも。しかしながら、適宜行為は遵守されようが放置されようが所詮は中間のものであると彼は言っていた。 *句読点はラッカムに従う。 Cicero,Acad.Post.1.38=SVF.1.199(?)  先人たちは徳の全体が理性のうちにあるわけではなく自然によってあるいは性格によって完成されるような徳もあると言ったのに、この人は全部の徳を理性においたのである。あの方々は上述の徳の種類は分けられることが可能だと論じたのだが、この人はそんなことは決して起こり得ないと説いたのであり、徳は、先人たちが言うように、使用が非常に優れているだけではなくそのあり方そのものがそれ自体としてそうであって、それを常に使用するのでなければ誰にも及んでこないと言ったのである。 ↓ Cicero,Acad. 1.38=SVF.1.207  あの人々は魂の惑乱を人間から除去することはしなかったし、苦痛・欲望・恐怖・喜悦を抱くことは[ある意味では]自然なことであるとも言ったが、その反面彼は常にこれらを押さえ付けて狭い所に押し込み、こういうまるで病気のようなものとは全く賢者は無縁なのだと主張したのだ。(39)古人たちはこうした惑乱は理性を欠いてはいるが自然なものだと言い、魂についてもその欲望[的部分]と理性[的部分]とを別々の部分に置いたのだが、しかしこの人達はこれに同意しなかった。つまり、惑乱も意に反するものではなく、信念や判断を通じて抱かれると主張したのであり、全ての惑乱の生みの親はある種の無抑制と放埒であると論じたのだ。 ↓ 人柄に関する教説については大体こんな所だ。 11  (11.39)種々の自然本性に関する彼の説は以下の通りである。まず、事物の最初のあの四原素に彼はこの第五の本性を加えることはしなかった。先駆者たちはそれから感覚や精神が生ずると考えたのであるが。 ↓ Cicero, Acad. 1.11.39 = SVF. 1.134; 171  すなわち、[ゼノンは]火が自然そのものであると考え、それが何ものであれ生み出すのであって、精神や感覚さえもそうであるとしていた。 ↓ Cicero,Acad.1.11.39=SVF.1.90=LS.45A(物体と作用)  しかし、[ゼノンが]この同じ人々と意見を異にするのは、物体を欠くものからは(クセノクラテスと彼の先人たちは魂もこの種のものに属すると言ったのだが)何であれ決して作用を受けることはなくまた、何かに作用するものであれ作用を受けるものであれそれは物体でないわけにはいかないとと論じたことにあった。 ↓ Cicero, Acad. 1.11. 40 = SVF. 1.53: 55: 60: 62: 68: 69 = LS. 40B; 41B = FDS. 253; 256  (40)さて、哲学のあの第3の部分において彼は多くの変革をもたらした。その中でもまず第一に感覚そのものについて何か新奇なことを語り、それらは外部からもたらされた何か押印のようなものから合成されたものであると考えた。この押印をあの方はギリシャ語で表象と言っているが、我々はラテン語で映像(表象像)と言うのがよかろう。我々はこの語を使い古しているし、しかるにこれからの話の中でも時折この言葉を使うだろう。さて、この表象されたもの、感覚によって受け取られたようなもの、に彼は精神の同意を加える。彼はそれが我々の内におかれており、我々の意になるものだと主張している。(41)彼は全ての表象に信をおいたわけではなく、むしろ表象されたものの何か適切な明証を備える表象にだけそうしたのだ。表象自体がそれ自体としてそれだと判別される場合には、それは把捉的表象なのです。御納得いただけますか。  ええ、とアッティクスは言った、というのもギリシャ語の「把捉的」という言葉を何かそれ以外の言い方で説明できたでしょうか。  さて、表象が受け容れられ真とされた場合には、彼はそれを把握と名付けたのです。それは手で掴まれたものに似たものとされました。ところで、彼がこうしたところからこのような用語を導き出したのは、それ以前には誰もこのような事柄においてその用語を用いなかったのと、彼自身沢山の新用語を用いたからなのです。なるほど彼はそれまでになかった説を語っていました。話を元に戻すと、感覚で把握されたものを彼は感覚自体と名付け、推論によっても抹消されえないものは知識としました。そうでないものは無知と名付けられ、思惑もそこから生ずるのです。思惑とは貧弱な表象であり、虚偽や不確かなものと同じようなものです。(42)さて、知識と無知の間に彼は私が既に述べたあの把握というものを並べたのです。彼はこれを真のものにも偽のものにも数え入れず、それだけで見た場合には*単に信ずるに足るだけのものであると言ったのです。ここからして、彼は感覚にも信をおいたのですが、それは上述の通り、感覚によってなされた把握はそれについては真であり信ずるに足るからであって、事物のうちにある全てのことを把握が把握するからなのではないのです。そうではなく、把握のうちに含まれうるものを何一つ残すことがなく、また自然はあたかも知識の規範であり始原であるかのようなものを備えているからなのです。後にその規範や始原から魂に事物の概念が刻み込まれるというのです。そしてこれらの概念からは始原だけではなく、理の発見に向けての何かより広い道が開かれるというのです。さて他方、虚偽・蒙昧・無知・思惑・疑念など一言で言えば堅固着実な同意に疎遠な限りの全てものを彼は徳や知恵から除去するのです。そしてほとんどこれらの点に、ゼノンが先人の教えを改変し異論を挟んだ全てのことが成り立っているのである。 *クライストによりsoliと読む ↓ Cicero, Ac. Po. 1.12.43 = FDS. 253  (1.12.43)私は言った。そこで彼はこう言ったのだと。「手短に、必要最小限を大ざっぱに、ウァロよ、あなたは古アカデメイア派とストア派の理論について述べられた。しかし思うに、彼等のしたことは*、我々にもおなじみのアンティオコスの見解の通り、古アカデメイア派の理論の矯正であって、何ら新しい教説ではなかったのだ」 *verum(写本)でなくhorum(ゲレンツ)と読む。 Cicero, Acad. Post. I fr.1(Non. 65) = SVF. 3 Ant. 6 = FDS. 173  しかし何故、ムネサルコスは腹を立てたのか?何故アンティパトロスはあれほど多くの書物を費やしてカルネアデスと捨て身の戦いをしたのか? 『アカデミカ前書』 Cicero, Ac. Pr. 2.6.16 = FDS. 249  (6.16)しかし、ああした古来の言説は、お望みとあらば、真理を捉えていないとしてもよかろう。でもそうすると、それ以来何も鋭い発見はなされていないことになる。つまり、アルケシラスはゼノンを非難して、何も新しいことは発見せず、既にあった思想を、用語を変更して焼き直しただけだと言ったのだが、そこで終わっていたのだ。アルケシラスは彼の定義を動揺させようとしつつも、実は明々白々な物事を闇で覆い隠してたまらなかったのだ。 ↓  彼の理論は初め全く評価されなかったが(それでも、彼が鋭い才能と、全く驚くほど機知に飛んだ弁舌に恵まれていたのは確かだ)、彼の後すぐ、たった一人ではあるが、ラキュデスがこれを保存して、その後カルネアデスが完成した。  カルネアデスはアルケシラスの四代後の人だ。つまり、カルネアデスはヘゲシヌスに聴講して、ヘゲシアヌスは、ラキュデスの弟子だったエウアンドロスに聴講し、ラキュデスはアルケシラスの仲間である。他はともかくカルネアデスはとても長生きして、90才にまでなった。それで彼に聴講した人間もものすごく沢山いたのである。  その彼等の中で最も勤勉だったのは何といってもクレイトマコスだ(多量の著作がそれを物語っている)。彼はハグノンに匹敵する才能と、カルマデスばりの雄弁と、ロドスのメランティノスに負けない快活さをそなえ持っていた。もっとも、カルネアデスが親しんでいたのはむしろ、ストラトニコスの弟子だったメトロドロスだと言われているが。  (2.6.17)また、クレイトマコスには君達のピロンも永年注目していたのだ。しかし、ピロンの生年中、アカデメイア派は弁護人に事欠くことはなかった。 ↓ Cicero, APr. 2.6.17 = SVF. 3 Antipater 20  さて、今我々が手をつけようとしていること、つまり、我々はアカデメイア派を論駁しようとしているわけなのだが、このことをある哲学者達は、実際卑しからぬ人々だが、全くなす必要がないと主張している。何事も論証されえないなどと言う人々と論議をする理由など何もないというのだ。そして、ストア派のアンティパトロスを、こんなことに大いにかかずらったとして、批判した。彼等はまた、認識や覚知というものが何であるかを定義する必要もないといっていた。逐語的に言おうとするなら「把握」(彼等が「把捉」と呼んでいるものだが)などなおさらである。そして、把握認識されうるものがあるのだということを納得させようとしている人々は学にもとる議論をしていると言っていたのだ。 ↓ さらに、彼等の主張では、明証性以上に明白な事柄はないのだ。「明証性」というのはギリシャ人の言い方だが、よければ我々は明白性あるいは明解性と名付けたいし、造語が必要なら作ればよいと思う。ここにいるこの人ではなくてもいいのだ(私[キケロ]のことをふざけて言っているわけだが)。彼は自分がこういうことをするものだと思っているらしいが。それはともかく、彼等の主張では、明証性それ自体以上に明白な論議など何もないのだ。こんなに明白なのだから、定義する必要さえないと彼等は考えている。他方別の人々はこう言っている。この明証性のために前もって議論するということはなく、むしろこれに抗する議論に対して論議をするべきであって、そうして明証性が損なわれないようにする、こう言っているのである。(2.6.18)しかしながら、多くの人々は明白な事柄に関して定義することを非難せず、かえって探究の価値があることだと考えて、むしろ論議をするべきだと主張しているのだ。 ↓ Cicero, APr. 2.6.18 = FDS. 352 = SVF. 1.59  さて、ピロンが新説を立ち上げたのは、強情なアカデメイア派に抗して言われていることに全く我慢がならなかったからだが、その際に虚言を弄しているのは、父親の方のカトゥルスが非難している通りであり、また、アンティオコスがそう言っているように、自分が恐れていた事柄に自らはまり込んでしまったのである。つまり、ピロンは、何かが把握されうるということを否定したのだが(我々はこれをギリシャ語で「把捉不可能性」と呼んでいる)、そこでもし、ゼノンがそう定義するような表象像があるとしてみよう(この語をギリシャ語の「表象」にあたるものとして用いるということはもう既に昨日の論議の中で散々言ったことだから)。つまり、事実あるものがその通りになり、事実でないものはありえないことになるように刻み込まれ形作られた表象像のことであるが(ゼノンのこの定義は全く正しいと我々は言っている。なぜなら、どうして何事かが把握可能であり、全く確信を持ってそれが知覚され認識されていると言えるであろうか。もし、そのことが虚偽でもあり得るならばだ)。そしてその際に、ピロンがこうしたことを弱いとして叩きつぶすならば、彼はまた認識されることとそうでないこととの規範をも叩きつぶすことになる。ここからして、何事も把握されえないということが証明されるというわけだ。こんな馬鹿馬鹿しいことをして、彼は最も自分が望まない論点に帰ってきたというわけだ。こうして、アカデメイア派を論駁しようとする全ての議論を我々が取り上げるほど、ピロンが避けようとした定義は強化されるのだ。我々がそれを放擲しない限り、我々は何事も把握されえないと認め続けるのだ。 Cicero, Acad. 2.21 = FDS. 346 = LS.39C  (7.21)しかし、感覚によって知覚されると我々が言うものがそうであるような性質と同様の性質が、感覚そのものによってではないがある仕方で感覚によって知覚されると言われるものにもあることになる。例えば「あれは白い、これは甘い、あれは節がある、これはよい匂いがする、これはざらざらしている」といったことが。さて、これらの把握を我々がもつのは感覚ではなく精神によってである。その後には「あれは馬である、あれは犬である」といったものが来る。そして、残りの連鎖が続くのだが、それはさらに多くの事柄を結びつけており、物事のほぼ十全な把握を含んでいる。例えば、「もし人間ならば、それは可死的で理性に与る」ということを。この種のものによって物事の概念が我々に刻み込まれるのであり、それらがなければ何事も知られず、探求できず、論議できない。 ↓ Cicero, Acad Pr. 2.22 = FDS. 346 = LS.40M  (2.7.22)では、内在概念に虚偽のものがあればどうだろう。ギリシャ語の内在観念のことを君はラテン語で内在概念と呼んでいるようだが。すると、虚偽の内在概念、あるいは虚偽の表象像から区別され得ないような表象像によって刻まれた概念があるとすれば、一体どうやってそれらを用いればよいのだ?さらに、各々の物事に何が整合し、何が齟齬するのかということをどうやって見ればよいのだ?記憶は哲学だけでなく、全ての生活法や全ての学芸をまとめ上げる最たるものだが、その記憶の余地は全くなくなる。なぜなら、虚偽の事柄に関する記憶はどのようなものでありうるか?あるいは、魂で把握し掴めないものの何を人は記憶するのか? ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.22 = FDS. 346 = LS.42B  実際、技術というものは、それが一つや二つではなく魂の多くの把握から成り立っているのでなければ、一体可能であろうか。それを根こそぎにしたら、どうやって君は技術者と素人を区別するのか。というのも、我々がある者を技術者と言い、別の者をそうでないと言うのは行き当たりばったりにそうしているのではなく、前者は把握したことや把捉したことを保持していると我々も認めるのに対し、後者はそうではないという理由によるのだから。そして、ある技術は魂だけで物事を認識するという類のものであり、他のものは何か他のものを動かしたり作ったりするのであれば、どのようにして幾何学者達は何でもないものや、虚偽から区別され得ないものを認識できるのだろうか。また、竪琴奏者はどのようにして節を満たし、調べを生み出せるのか。 ↓ 類似の技術においてもこれと同じことが生じる。つまり、何事かを製作したりなしたりするのが本分である全ての技術においてこのことが生じるのだ。なぜなら、技術を行使する人が沢山のものを把握しているというのでないならば、技術によって生み出されるものなど一体あるのだろうか。 ↓ 8 ↓ Cicero, Ac. Pr. 8.23 = SVF.2.117 = FDS. 353  多くのことが感得され把握されうるということを最もよく確証するのが、徳に関する認識である。つまり、全くこれらの把握のうちにのみ学問というのはあり得ると我々はいうのだ。そして、その学というものを我々は、物事の把握であるというだけでなく、確固不動の把握でもあると考えている。生の技術であり、調和一貫している知恵にしても同様である。しかしこの首尾一貫性が何ものも感得も把握もしないのであれば、私はうかがいたい、知恵というのは一体どこからどうやって生じたのだ。こうも尋ねてみたい。かの「善き人」、どんな拷問を加えられても耐える心積もりをし、耐えられない苦痛に苛まれることを、務めや信義を裏切ることよりも選ぶと決めた人、こういう人は一体なぜ自らにこれほど重い法を課したのであろうか。そのようにしなければならないという理由を何ら把握も知覚も認識も理解もせずにそんなことができたのであろうか。したがって全くどうやってもありえないことなのだ。公正と信義を持ち上げるあまり、それを保つためならどんな拷問も拒まない、そんな者などありえない。この者が同意する物事は偽になり得ない、そうでもなければ無理なことだ。  (8.24)事実、智恵そのものを考えてみよう。智恵そのものが己は智恵か否かを知らなければ、一体どうやってそもそも智恵という名前を保っていられるのか。次に、何事かを取り上げ、確実に行おうとするならば、何が帰結するのか確かに分かっていないといけないではないか。実際、究極的な最高善が何であるのか疑問を抱きつつ、つまり、万物が帰着する所を知らないで、智恵であることがどうやってできるだろうか。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 8.24 = SVF.2.116 = FDS. 353  しかしながら、同時にこのことも明らかである。つまり、原理というものが立てられていなければならず、知恵は、何事かをなそうとする時には、このものに従うのである。そしてまた、この原理は自然の原理に調和していなければならない。なぜなら、それ以外の仕方では希求(つまりギリシャ語の「衝動」のことを言っているのだが)は動かされえないのだ。この希求によって我々は行動へと動かされ、表象しているものを欲求するのである。  (8.25)さてしかし、我々を動かすものはまず最初に表象されていなければならず、またそれに対して何らかの信念が抱かれていなければならないのである。そして、もしこの表象されているものが虚偽のものから区別されえないのであれば、以上のことは生じえない。さてそこで、もし表象されているものが自然に調和しているか、それとも疎遠なものかが分らないなら、一体どうやって魂は欲求の対象へと動きえるだろうか。同様にして、もし己の義務であることが魂に生じなければ、魂は全く何事もなさないし、何ものへとも導かれず、要するに全く動くことがないのである。しかしもし、魂が何らかの仕方で何事かをなすとしたら、魂に生ずると思われることは魂にとって真でなければならない。 ↓ Ciceto, APr. 2.8.26 = SVF.2.103 = FDS. 353  (26)ではどうだろう?もしこうしたことが真実なら、理性が全て潰え去るということの方は?理性こそ人生の光明のようなものなのに!それとも、こんな偏屈に君達はこだわり続けるのか?というのも、探究の端緒を提供するのは理性であり、徳を完成するのもこのものだから、理性そのものが探究の過程で確立されるのだが。さて、探究とは認識への欲求であり、探究の目的は発見である。だが、偽なものを発見する人などおらず、不明瞭なままのものを発見することは不可能である。むしろ、言うならば包み隠されていたものが露になった時にそれが発見と言われるのである。探究の端緒、知覚し把握するに至る過程はこのようにして行われる。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.8.26=SVF.2.111 = FDS. 353  論理的な事柄の「証明」(つまりギリシャ語の「論証」)はこう定義されている。「把握された事柄から、把握されていない事柄に導く論議」と。 ↓ 9 ↓  (9.27)もし全ての表象像が他ならぬこの人々の言うような性質だとすると、つまりいかなる理性判断もそれを判定できないにも関わらず、その場合でさえ偽でありうるというものだとすると、誰でもいいが人が何事かを結論付けたとか発見したということを我々は一体どうやって言えばよいのか。また、論理的な証明のどんなものが信用できるのか。哲学そのものにしてからが論証を重ねて進まざるを得ない以上、出発点がないではないか。そうなったら、智恵は一体どうなることか。己自身や、自らが下した原理(哲学者達はギリシャ語で「教条」と呼んでいる)を疑うことがその務めではない。それら原理のそれ一つが失われても、それは犯罪的なことなのである。つまり、哲学の原理が損なわれるなら、真実の正しい法が損なわれ、しばしばここから悪徳や、諸々の友情や国家に対する裏切り行為が生じるのである。  従って疑いの余地はないのだよ。賢者の決定は何一つ偽ではありえないのであり、それで十分こう言える。誤ることがないどころか、堅固に固められ保持されて、どんな議論もこれを動かせないものとなっているに違いないのだ。しかしながら、このような性格があの人々にそなわっているはずがないし、そうとも思えないのだ。彼等の理論では、全ての決定が生まれてくる元である表象像には、真であるものと偽であるものとの区別など何もないのだから。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.9.28 = SVF. 3 Antipater 21 = FDS. 355  (2.9.28)ここから生じたのがホルテンシウスの要請である。つまり、君達はこう言えばよかったのだ、賢者は、何事も把握されえないというまさにこのことは少なくとも把握している、と。しかし、アンティパトロスがこの同じことを要請したら、つまり、何ものも把握されえないと断言した人に対して彼が、いや一つのことだけは把握されうると言うべきだ、そうするのが首尾一貫したことだ、と言った時のことだ。つまり、他のことはともかくとしても、何も把握されないということは把握されるではないかと言った時、カルネアデスは辛辣に抗弁したのだ。つまり、こんな説は首尾一貫しているというのには程遠く、第一まるで矛盾していると言ったのだ。というのも、誰でもよいが、何ものも把握されないと言う人は何の例外も設けないからだ、というのだ。こうして必然的に、何も把握されないということそのもの、また、いかにしても把握はなされえないということそのものも、例外ではなくなるのだ。  (9.29)アンティオコスはこの問題に対してさらに密に取り組んだように思える。こういうことだ。アカデメイア派の人々はこれを信念としている(もうお分かりのように、ギリシャ語の「思惑」を自分はこう呼んでいるのだがね)。つまり、何事も把握され得ないということは原理なのだ。そんな決断を下した以上、彼等はこの原理において、他のことはともかくとして、動揺するわけにはいかない。理論の要がここにあるのだからなおさらである。つまり、これこそが全ての哲学の従うべき基準であって、真偽、認識の確かさ不確かさを定めるものなのだ。この理論を支持して、どんな表象を受け入れどんな表象を退けるべきかを説こうとするのであるから、この信念そのものを彼等は把握していなければならないはずである。これを基にして万事が真か偽か判断されるのだから。それというのも、哲学において最も重要な事柄は二つあり、つまりそれが、真理の判断基準と善の究極だからである。また、認識の端緒と欲求の終局に無知でありながら賢者である者など誰もいないからである。どこから始めどこに至りつくのか知らない者に何ができるというのか。それと同じである。しかし他方、これらの事柄を疑い、あるいは、動揺し得ないほどに信を置いていないということは知恵から程遠いということなのである。従って、この路線に従うなら、むしろこの人々にはこう要請してよいはずであろう。つまり、何も把握されないというこの一つのことだけは少なくとも把握されると言うべきであった、と。 ↓ それでも、かの人々の教説全体が首尾一貫していないということは、何も承認しないと言う人々が何事かについて何か教説を持てるとしてもだ、思うにもう十分に語られただろう。 Cicero, Acad. Pr. 2.30-1  つまり、精神は感覚の源泉でありかつそれ自体も感覚なのだが、その精神そのものが自然の力をもっていて、精神を動かすものにそれを向けるのである。こうして、ある表象像はすぐ使うためにとっておき、またあるそれはいわば蓄えておいて、そこから記憶が生じるのである。また残りのものはその類似性によって集められ、そこから物事の概念が生じるのである。それをギリシャ人達はギリシャ語で時には内在観念と時には把捉と呼んでいる。ここに理性、そして論理的な理論付けと数多くの事実の集積が加わると、その時に全てのこうしたことの把握が表れ、その同じ理性はこうした段階を踏んで完成されて知恵に至るのである。それだから、物事に関する知恵と首尾一貫した生のあり方にもっとも適合しているのが人間知性なので、それは何にもまして認識とそれこそまさにギリシャ語で言う把捉とやらを歓待するのである…そしてそれ自体の故にそれを愛するとともに(なぜなら、この点で真理の光よりも甘美なものはないから)、有用性の故にもそうするのである。そうして、感覚を用いて、別の感覚とも言うべき技術を作り出し、哲学そのものを活性化させて、それが徳を作り出すまでに至らせるのである。その徳に各々の生全体が結びつけられているのだが。それ故に、何も把握され得ないと言う人々は生からその手段や装備そのものをむしり取るのだ。あるいは、生全体を根こそぎひっくり返し、現に生きているものを知性のかけらもないものにして、彼等が性急に行為するのは状況がまさにそうさせるのだと言うことさえ難しくするのである。 Cicero, Ac. Pr. 2.36=LS.42F  しかし、彼等がこう言う場合以上におかしなことが語られうるものか。「確かに、これがあのものの徴や論証である。そして、それだから私はそれに従う。しかし、それが表している物事が虚偽であるか、あるいは全く何ものでもないものであるということもありうることである」 12 Cicero, Ac. Pr. 2.37 = SVF.2.115 = LS.40O  (12.37)既にこれまで論じられてきたことが十分飲み込めたところで、今度は同意あるいは賛同(ギリシャ人達はこれをギリシャ語で「同意」と呼んでいるのだが)について少しばかり述べよう。そのわけは、この問題が狭い分野の問題だからではなくて、少し前に基本的な事柄として提示されたからなのだ。すなわち、感覚のうちにある力を我々が説明した際に同時にあのことも明らかになった。つまり、沢山のことが感覚によって把握され知覚されるが、それは同意なしには生じ得ないのだ。さらに、無生物と生物との最大の相違点は後者が何事か作用をなすというこのことである以上(というのも、何も作用をなさない生物というのがどんなものなのか全く考えがたいから)、同意は我々の権内にあるものとせねばならないか、さもなくば生物から感覚は奪われねばならないということになる。(12.38)そして実際、何ら感覚も同意もしようとしない人々は、ある意味では、精神が奪われているのである。つまり、秤に重しが乗せられると皿は必然的に下がるように、精神も明白なものごとに対してはそれを容認しないわけにはいかないのである。つまり、明らかに自然に親近な物事(ギリシャ人達はそれをギリシャ語で「親近なもの」と呼んでいる)を生物が希求しないわけにはいかないように、非常に明白なものが提示されているのにそれをよしとしないというのは不可能なのである。しかしながら、これまで論じてきたことが真実だったとしても、それにもかかわらず同意について語ることは全く問題とならない。なぜなら、人は何事かを感覚する際、即座に同意をしているからだ。さてしかし、ここから次のことも帰結する。つまり、記憶も、物事の概念も、技術も同意なしにはありえないのだ。そして最重要なことは、何事かが我々の権内にあるとしたら、何ものにも同意しない人の権内には何もないのである。(12.39)では、何ものも我々自身の力の内にないとしたら、徳はどこにあるというのか。 (15.47)従って、彼等の理論も細かく分けた上で紹介することにしよう。あの方々自身、混乱した理論の説き方をしないように常々心がけているのだからな。 ↓ Cicero, APr. 2.15.47 = FDS. 274  まず示そうとされるのはこのことである。つまり、全く存在していないのに存在しているように思われるものが多いというのである。人々の魂が空しく動かされることがあるが、それは存在するものも存在しないものも同じ仕方でそうさせるのである。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.15.47 = SVF. 2.66 = FDS. 274  彼らはこう言うのだ。「神から送られる表象がとにかく何かあると言うならばだ。たとえば夢のなかで見られるものであるとか、神託や鳥占や犠牲獣によって表されることとかであるが」(というのもストア派の人々もこういったものを由としているとされるし、彼等にこの方々は反論しているのだからな)こう彼等は問うて、神は、過った表象像をもっともらしいものにすることはできたが、ほとんど真理に達していると言ってもよいほどに明らかなそれはそうできないというのは一体どういうわけかというのである。あるいはこう言ってもいい、と続けて、もしそれも可能なのだとしたら、判別が非常に困難なものもできるのではないかと、さらには、それが可能なら、何の差異もないものでも可能なのではないか、というのである。 Cicero,Acad.Priora 2.15.48=SVF.3.551  とりわけ、君たち自身がこう言っているのだから。つまり、賢者は狂気のうちにある時は全ての同意を自ら差し控える、外見上は何ら区別がないようだから、と。 Cicero, Ac. Pr. 2.54 = SVF.2.114  君達は何故むしろ、事物の本性が受け入れないもので満足しないのか。何であれかくかくの性質を持つものはそうした類に属しているということはないだの、二つあるいはそれ以上の物事において、いかなる点においても全く異ならない共通のものなどありはしないだの言うのだから。  (18.56)まず第一に、私をデモクリトスの前に召還したまえ。私はこの人に同意などしないし、むしろ批判しているのだが、それというのも、 ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.56 = SVF.2.114  もっとよく洗練された自然学者達が説くことだが、個々個別の事物には個別の特性が属しているということに基づいてのことである。 Cicero, Acad. Pr. 2.57 = LS. 40I  この点に君は異を挟んでも良いが私は反論はしない。それどころか次の点も譲歩してよいくらいだ。あの賢者さえも、彼についてこの論議は全てなされているのだが、似通っていて判別される点を持たないものが自分に生じると、同意を控えていかなる表象にも同意せず、それは偽ではありえないそれが生じない限り続くのである。しかし、彼は自余の事柄に対してはある種の技術を持っており、それで真を偽から区別できるのだが、今問題の類似点に対しても研鑽を積んでしかるべきだ。母親が自分の双子の子を目つきで区別するように、君も習熟すれば判別ができるはずだ。 Cicero, Acad. 2.20.66 = SVF. 1.52 = FDS. 94; 374 = LS. 69G  私は賢者ではありません。だから表象に同意しますし拒むことはできません。しかしアルケシラオスはこのことを賢者の最大の能力としており、その点ではゼノンに同意しているのです。つまり、[表象に]とらわれないよう用心すること、欺かれていないと気付くことです。つまり、我々が賢者の厳粛さについて抱いている思想からもっともほど遠いのは誤謬・軽率・性急さなのだ。だから、賢者の堅固さについて何を言えばいいだろう。実際、彼は何も思惑しないと君も、ルクルスよ、認めているじゃないか。このことは君の方から示されたわけだから(特別に君と一緒に論を進めるためだ。すぐいつものやり方に戻ろうと思う)まず初めにこの帰結がどういう意義をもつかを見てみたまえ。(21.67)「もし賢者がいつか何かに同意するのなら、思惑することもきっといつかあるだろう。しかし彼はどんな時も思惑することはない。従って何にも同意しない」この帰結をアルケシラオスは論証したのだ。つまり最初の命題と2番目の命題を確証したのだ。*カルネアデスは2番目の命題として「賢者は思惑することもある」というものを認めたこともある。そうするとこの場合「思惑する」が結論となる。君は認めないことだが。正しい結論だと私には思われるけど。* *…*ロング・セドリーに従い括弧には入れない。 ↓ Cicero, Acad. 2.21.67 = SVF. 3.110 = FDS. 374  しかしながら、あの最初の命題「賢者は同意するとすれば、思惑もすることになる」をストア派の人々は偽だと言うし、彼等に同意するアルケシラオスもそうなのだ。つまり、賢者は偽の[表象]を真のから、把捉されえないのを把捉されうるのから区別することができるというのだ。 (71)それに、何ごとも把握され得ないと説いていた時に彼が常々用いていた論法はどういうものだったか?つまり、彼はこう問うたのだ、 ↓ Cicero,Acad.2.71=SVF.1.433 (Dionysius)  あのヘラクレアのディオニシウスはどちらを把握していたのか、君達がそれと共に同意がなされると言い張るかの確かな印を伴って。永年彼が保持し、師ゼノンに従って信じていた説、つまり立派なものだけが善であるというものだったのか。それとも、その後彼が擁護した説、つまり立派さなどというのは空虚な名にすぎず、最高善はむしろ快楽であるというものだったのか。 ↓ 彼があの人の変説から説こうとしたのは、何ものも我々の魂に真なものから、虚偽のものからではありえない仕方で、刻み込まれ得ない、ということだったが、この人が注目したのは、ディオニシウスその人から想定される論議は他の人にも当てはまるということだったのだ。しかし、この人については他の場所でもっとやっていることだし、今はルクッルス、君の見解が問題なのだ。 (23.73)どうしてデモクリトスのことを語らねばならないだろうか。才能だけでなく精神の偉大さにおいて誰がこの人に比類しうるだろうか。*彼は敢てこう語り出したのだ。「以下が、宇宙万有に関する私の見解である」と。彼はその中で語られないことのないものがないようにしたのだ。というのも、宇宙の外部には何もないのだから。 *疑問文とする。 ↓ Cicero, APr. 2.73 = SVF. 1.480  この哲学者をクレアンテスやクリュシッポスやその他より後の世代の人々よりも上に置かない人がいるだろうか。こんな連中はあのお方にくらべると、「五流」に見える。 ↓ しかし、この人も我々とは見解が異なっていた。我々は、何か真なものがあるということを否定しないが、それが把握されうるということは否定する。あの方は、真理などというものを全く否定したのだ。また、感覚は曖昧なのではなくて、全く闇に覆われているのだと言った(つまり、彼は感覚のことをこう呼んだのだ)。この人の最大の賞賛者であるキオスのメトロドロスは、自然論の冒頭でこう言った。「我々が何かを知っているかそれとも知らないか、知ることはできない。それどころか、我々が知っているのか知らないのかということすら知ることはできない。さらに、何事かが存在するのかそれとも全く存在しないのかさえ、知ることはできない」 (24.75)お分かりいただけないだろうか。サトゥルニヌスのように有名人の名前を挙げているだけではなくて、高名な優れた人でなければ決して真似ないようにしているのだ。 ↓ Cicero, APr. 2.24.75 = SVF.2.109 = FDS. 289  ともかく、私は君達にとってつまらないけど厄介な人々を挙げてきたのだ。スティルポン、ディオドロス、アレクシヌス等がそれだが、彼等はある種の入り組んで刺々しい(ギリシャ語で言うところの)詭弁(つまりラテン語ではよこしまで内容のない議論と言われているものだが)の作者なのだ。しかし、こういう人々を集めてこなければならないことがあるだろうか。クリュシッポスを有しているというのに。ストアの柱楼を支えていたと言われる人だ。どれだけ多くのことをあの方は感覚に抗して語ったことか。どれだけ多くのことを、慣習の上ではよしとされている全ての事柄に抗して語ったことか。しかしこの方はそうした議論を解消しもしたのだ、だと。私は全然そうは思わない。まぁしかし、仮にそうしたとしてみよう。しかし確かなことは、もし抗弁するのが容易ではないと思われなかったら、我々が気付きさえしなかった可能性の非常に高い、こうした下らない議論をこんなに沢山集めたりはしなかっただろうということだ。 ↓ (2.24.76)キュレネ派についてはどう思うのか。決して卑しいことはない哲学徒達だが。彼等は外部にある何かが知覚されうるということを否定して、知覚されうるのは内的な接触によって感覚される物事、つまり快苦やそういったもの、だけであるとした。そして、何かがどんな色をしているか、どんな音なのかといったことを知ることはできず、何らかの仕方で我々がそれらから影響を受けているということが感覚されるに過ぎないとしたのである。  大先生方についてはもういいだろう。君は私に尋ねるかもしれない。あの古人たち以来かくも長い間、かくも聡明な人々が、かくも熱心に探究してきたのだから、もう既に真理は発見されているのかもしれない、とは考えないのか、と。どういうことが発見されてきたのかということはもうちょっと後で見るから、君自身が判断してくれ。とにかく、アルケシラオスはただゼノンをけなすためだけに彼に喧嘩を売ったのではなく、やはり真理を探究しようとしていたのだということは、これから分ると思う。  (77)これまで未だかつて誰一人としてあんなことを表明した者はいなかったし、口に出しさえしなかったのだ。つまり、人間は思惑しないと。さらに、賢者にとって、思惑しないということは可能であるばかりでなく、必然ですらある、などということを。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.77 = LS.40D = SVF. 1.59 = FDS. 337  アルケシラオスはこれを真の言説だと思っただけではなく、賢者に値し相応しいものでもあると考えたのだ。多分彼はゼノンにこう訊ねたのだ。もし賢者が何も把握することができず、かといって思惑することは賢者のすることでもないとしたら、どういうことになるだろうか、と。思うに、あの方はこう言うのだ。賢者は思惑することはないだろう、なぜなら何かを把握するということは可能なのだから。それならば、それは何なのか? 思うに、表象像である。では、どのような表象像か? 思うに、そこであの方はこう定義する。在るものからそれがそう在る通りに作り出され、そう刻印された印象である、と。するとその後でこう訊ねられるのだ。もし真の表象像が、むしろ偽のそれがそうであるような種類のものだとしても、なおその通りなのか、と。鋭いことにこの点でゼノンはこう考えるのだ。もし、在るものから生じるそれが、在りもしないものから生ずるそれのようなものであり得るなら、何ら表象像は把握され得ない、と。アルケシラスがこの点を認めて、定義にこのことを付け加えたのは正しかった。真の表象が偽のそれがそうであるようなものならば、真の表象も偽の表象も把握され得ないのだから。しかし、彼はこの論争に全精力を傾けて、いかなる表象も、その種のものが偽のものからは生じ得ないという具合に真のものから生じるなどということはないと言おうとするのである。(78)この論争は今日まで続いている。 Cicero, Ac. Pr. 2.83 = LS.40J  4つの主要命題から導き出されているように、知られうるもの、把握されうるもの、把捉されうるものなど何もないのである。他ならぬこの点にこの全ての問題は関わっているのだが。その第一は「何か偽の表象像が存在する」ということ、第二は「それは把握され得ない」ということ、第三は「表象像の間には、そのあるものは把捉され、あるものはされ得ないというような違いが生じ得ない」ということ、第四は「把捉され得ないそれから区別されない別の表象像がそれに加わっていないというのでない限り、感覚だけから完全に真とされる表象像などない」ということである。これら4つの命題のうち第2と第3は万人が認める。エピクロスは第1を認めないが、問題の君達はこれも認めている。で、全ての争点は第4にあるわけだ。それだから、プブリウス=セルヴィリウス=ゲミヌスを見たのに、自分はクイントゥスを見たと言い張る人は、この種の把握され得ない表象像に陥ったのである。真のそれを偽のそれから区別する印が何もなかったのだから。このような区別が一掃されてしまうなら、ガイウス=コッタ(ゲミヌスと2度共に執政官をした人だ)を認識するのにそのような、偽ではありえないどんな印を人は持っているだろうか。それほどの類似など物事の本性のうちにはないと君達は言う。…確かにそうだろう。しかしそれが目の当たりにされ得るというのもまた確かで、それ故に感覚は誤るのだ。そして、一つでも類似性によって騙されるなら、全ては疑わしくなる。なぜなら、認識がそれに頼るあの判断が潰えるなら、君が見ている人が、君に見えている人とたとえ同じだとしても、同じ類のものでありかつ偽ではありえないと言うに値する印を持って判断するわけではないだろう。…万物は己と同類であり、何物も他と同じではない、と君は言う。これはストア派の見解で、実にほとんど信ずるに足りないものだ。「全ての点において他のそれと同じ性質であるような髪の毛はないし、米粒もそうだ」こうした物言いを論駁することはできるが、私はこんなことで争おうとは思わない。というのも、そういう見られている対象が全ての部分の間に何か違いがあるのかどうか、また違いがあるとしてもそれは認識され得ないのではないかということも、当面の問題には何の関係もないからだ。  (87)私だって性急に思惑することを恐れないわけではないのだ。それにこのことは君だって断言できるんじゃないかね、ルクッルスよ。ある力が、摂理つまり配慮と共にあって、それが人間を形作った、いや君の言い方で言えば、築き上げたのではないかね。どのような工夫をして築き上げたのだろうか。どこでそれが用いられ、いつ、何ゆえに、どのようにしてそうされたのか。彼等がこうした問題を考えた仕方は天才的だし、論じ方も優美だ。しかし結局のところ、よくやっているようには見えるが、はっきりしたことはまだ何も得られていない。まぁ、自然学者達についてはそのうち論じよう。というのも、君は私にそれはそのうち論じるとさっき言ったばかりだから、君が嘘つきになってしまいかねないからな。 ↓ Cicero, APr. 2.27.87 = SVF.2.189 = FDS. 290  しかし、より明白な事柄に向かうために、森羅万象に関する事柄に進みたい。こうした問題については、我々の学派だけでなくクリュシッポスも書物を埋め尽くしたのだ。この方についてはストア派の人々もこう不平を言うのが常だ。この人は感覚と明白さに反するあらゆることを懸命に探し求め、全ての慣習に反すること、また理性に反することもそうしたのに、自分自身で問答して反省するにはお粗末だった。こういう意味では、彼がカルネアデスを武装させたと言ってよいのだ。 Cicero, Ac. Pr. 28.91=FDS.60  弁証が作り出されたのは、君達の言うところでは、正しい物事と虚偽のそれらとの何か審判や判定者のようなものとしてだった。 Cicero, Ac. Pr. 2.92=LS.37H  (92)しかし、それほどのものをこの術に君達はおいたのだから、全体が君達に対立して築き上げられたのではないことを見たまえ。この術はまず最初に進み出るに、喜々として話の要素、曖昧表現の理解、帰結推論の方法を伝授するのだが、やがてわずかな議論を加えて堆積論法に向かうのだ。これは実に横滑りのする危険な論題で、あなたも先ほどこれを問いの立て方のうちでも虚偽に満ちた類と言っていた。ではどうだろう?この虚偽の責任は我々にあるのだろうか?物事の本性は我々に限度を認識させてくれないので、我々は物事において「どれほどまで」ということを定め得ない。しかも、この小麦の堆積においてだけではなく(この問題の名前はこれに由来するのだが)、何事においても徐々に問われるならば、裕福か貧乏かでも、有名か無名かでも、多いか少ないか、大きいか小さいか、長いか短いか、広いか狭いかでも、どれだけ加えられるとあるいはどれだけ引かれると確実にそうだと答えられるかは我々は分からない。しかし堆積の議論は虚偽である。それならば、できるものなら君達はそれを粉砕したまえ、煩わされないように。防御策を講じないなら、そうなるだろうから。防御はなされていると人は言う。なぜならクリュシッポスの見解はこうだからだ。例えば「3は少ないか多いか」という風に徐々に問われた場合には多に至る前にいつか黙ればよい、と。それを彼等はギリシャ語で静観法と言っている。カルネアデスはこう言う。「私の方は、君がいびきをかいたってかまわないよ、黙るだけじゃなくて。しかしそれが何の役に立とう?というのも、続いて誰かが寝ている君を叩き起こして同じように質問責めするだろうから。「あなたが黙ったその数に私が1を加えたら多になるんでしょうか?」と。きみはそう思われる所まで再び進んでいくだろう」これ以上言う必要はない。というのも、少の最後も多の最初も答えられないということは君も認めているからだ。この種の虚偽は広く伝播するので、逢着しない所を知らないほどである。彼は言う。「私には何の打撃でもない。なぜなら、この私は優れた御者のようにするからだ。つまり、技に優れた御者は崖っぷちに付く前に馬達を引き止めるのであり、馬達が向かう場所が絶壁であればなおさらである」彼は言う。「丁度そのように私も自分を直前で引き止めて、狡猾に「さらに、さらに」と質問する人には応えないのである」答えるべきものを持っているのにそうしないのであれば傲慢なことだ。持っていないのであれば、全然知らないのだ。曖昧だからそうするというのであれば、認めてもよい。しかし、君は曖昧になるまでは進まないと言うのだ。従って、君達は明白な段階にありながら立ち止まることになる。まだその段階で黙ってしまうのなら、君の得るところは何もない。なぜなら、君を陥れようと思っているあの者にとって一体問題となろうか?黙っている君をはめればよいのか、それとも話している君をそうすればよいのか、などということが?しかし、例えば、9までは「間違いなく少である」と答えるものの、10では思いとどまるとしたら、明白確実な事柄において君は同意を差し控えるのである。この同じことを曖昧な事柄においてなすなどと、君は私に認めないのである。従って、堆積の議論に対してその術は何ら君の役に立たない。増減の最初と最後が何なのか教えてはくれないのである。では、ペネロペが織物をほどいたように、同じあの技術が前掲の問題をついに解いたというのはどういうことだったのか?あなた方の錯誤なのか、それとも悪いのは我々なのか?間違いなく、弁証術の基盤は、語られたもの(それを彼等はギリシャ語で命題と呼んでいるのだが)は何であれ真か偽かであるということなのだ。ではどうだろう?次の文は真か偽である。「もし君が「私は嘘をついている」と言い、それが真実を告げているとすると、君は嘘をついている」無論、この問題は解決不能だと君達は言う。なるほど、把捉できないものとか把握できないものとか我々が言っているあのことよりももっと厄介なものだ。しかしこの点はおいておいて、私が訊ねたいのはあのことだ。もし、こうした難問が解消不能であり、それらに何の判断も見出されず、それらが真か偽か君達は答えられないとすれば、真か偽であるのが命題であるというあの定義はどうなるのだ?既に想定された事柄に私は次のことも加えたい。つまり、同じ類の推論からは、それの一つが正しければ、他のものも*続いて正しいとされねばならないが、他方矛盾対立する類のものは反証される、ということだ。そうすると、このことはどう導かれると思うのか?「もし君が「今明るい」と言い、それで真実を語っているのなら、明るい。さて、君は明るいと言っており、それで真実を語っている、故に明るい」確かに、君達はこの型を妥当とし、この上なく正しく推論されていると言っている。こうして君達は教示の際にこれを推論の第一の形式として伝授するのである。それ故、何でもかんでもこのやり方で結論付けられていくか、あるいは今問題のこの術は何にもならないかどちらかである、と君達は認めるだろう。では、見たまえ。この推論を君達は妥当とするだろうかどうかを。「君が「私は嘘をついている」と言い、それで真実を語っているなら、君は嘘をついている。さて、君は嘘をついており、それで真実を語っている。故に、君は嘘をついている」これを妥当としないことなど君にできようか?同じ型の推論を先に妥当とした以上。これがクリュシッポスの提示した問題なのだが、彼自身も全く解決できなかったのだ。 *セドリーに従って補う。 (2.30.97)しかし、彼等の最も極端な物言いがこれなのだ。つまり、彼等はこれらの問題は論証不能であるから「例外」としようと言うのだ。彼等が誰か護民官にお目にかかるようお勧めする。私からでは、こんな「例外」を得ようがないからな。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.30.97 = SVF. 2.219 つまりだ、エピクロスは弁証全体を蔑んで嘲笑っているから、彼から得ることはままならない。我々が「明日ヘルマルコスは生きているか生きていないかどちらかである」と言ったところで、それが真であると彼は認めないのだ。方や、弁証家達はこう言うのだ。「かくかくであるか、そうでないかどちらかである」という形の選言は全て、真であるだけでなく、必然的に真である、と。では見たまえ。次のようなひどく用心深い人がいたとしよう。彼はおずおずとこう考えるのだ。彼は言う。「なるほど、そのような命題のどちらかが必然だと認めるならば、明日ヘルマルコスが生きているか、さもなくば、生きていないというのは必然である。しかし、物事の本性において、このような必然性は存在しないのだ」するとこの議論に抗戦する弁証家達がいる。アンティオコスとストア派の人々だ。 ↓ つまり、こんなことを認めれば、弁証全体が転覆されてしまう、というのだ。というのも、選言が相矛盾する事柄からなっており(相矛盾対立しているというのは、一方を肯定すると他方を否定することになるからだ)、そのような選言が偽であり得るならば、真理などないことになってしまうからだ。(2.30.98)実際、私と何を言い争うことがあろう。私は他ならぬ彼等の学徒に教わっているのだから。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.30.98 = SVF. 3 Diogenes 13 = FDS.164  何かこの種のことが生じるとカルネアデスはこうふざけたものだった。「もし私の出した結論が正しければそのままだろうし、もし間違っていたらディオゲネスが1ムナ返してくれるよ」というのも、彼はこのストア派の人物から弁証を学んだのであり、その1ムナというのは弁証の授業料だったのである。 ↓ というわけで、私が従っているのはアンティオコスから学んだ方途なのである。私は「もし明るいならば、明るい」ということが真であると判断するにはどうすればよいかを改めて見い出すということはない。同じことから導出される推論は全て真であると学んだからである。また、「君が嘘をついているのであれば、君は嘘をついている」が先の推論と同じであるとは思わない。故に、前者も後者も正しいか、後者が正しくないならば前者も正しいくないと判断するか、どちらかであろう。 31  (2.31.98)しかし、まさにこのような瑣末な議論全て、曲がりくねった類いの議論全てを放り出して、我々がどういう立場の人間であるかということを明らかにするならば、カルネアデスの言説全体が明らかにされ次第、アンティオコスのこうした理論は一つ残らず一網打尽にされるのだ。実際は、何か新しい理論を加えているのではないかと疑われるようなことは私は何一つ言わないだろうが。つまり、私はクレイトマコスから学んだのだ。この人はカルネアデスが老人になるまで付き添った人で、カルタゴ人だけあって鋭く、非常に熱心で勤勉な人だった。クレイトマコスには『判断保留論』という四巻本の著作があるのだが、いましがた私が述べたことはその第一巻からとったものだ。 Cicero, Ac. Pr. 2.99-100 = LS. 42I  というのも、君達が導き入れた賢者でさえ単に「ありそうな」多くのことに従うのであり、それらは把捉も把握も同意もされず、真実に似ているだけなのである。しかし、こうしたものをよしとしないならば、人生全体が潰える。つまり、賢者が舟を出す際、航海がうまく行くということを自ら考えて魂に把捉し把握している、などということがどうしてあろうか。またそんなことがどうして可能か。しかし、今ここから30スタディオン離れたプテオリへいい舟夫と優れた先導をつれてこの穏やかな天候の中出発するとしたら、その航海が安全であろうことは大いに確からしいと思われる。  (101)また、何事であれ触れてくるものがあって、それが確からしいように見え、何ものも妨げるものがないならば、人は動かされるであろう。石を削って作ったものでもなければ、木を削って作ったものでもないのだから。 ↓ Cicero, APr. 2.31.101 = FDS. 375  肉体を持ち、魂を持ち、精神によって動かされ、感覚によって動かされるのだから、多くの物事が真であるように見え、しかも、確と知覚するに足るほどのはっきりと分るそれ特有の印を持っているようには見えないということもあるのだ。それで、賢者は同意をなせないということをこれに加えねばならない。偽である物事が、それが真であるようにして在るということもあり得るのだから。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.31.101 = SVF. 2.77  また、我々の感覚批判はストア派の人々のとは異なる。彼等は、多くのものが虚偽であり、感覚に見えるのとは大きく異なっていると言っている。 ↓ 32 ↓  (32.101)ところがだ。このことが事実その通りであるとして、例えばただ一つ偽の物事だけが感覚に現れているとしよう。こんな状況に臨めば誰でも、感覚によって知覚されうるものは何一つないということになる。こうして、我々は黙っていてもいいのだ、エピクロスが説く原理を一つ、もう一つあなた方のを持ってくれば、知覚あるいは把握というものは崩壊するのである。エピクロスの原理とは何か。「一つでも感覚像に偽のものがあるならば、知覚はありえないことになる」あなた方のものは何か。「感覚による表象像には偽であるものもある」結論はどうなる?私が何も言わなくても、結論自体がこう言うのだ。「何ものも知覚され得ない」と。「エピクロスの原理など認めない!」と彼が言うだと。よろしい。それならば彼があの方に言えばいいことではないか。あの方は君とは全く異なる立場にあるというのならそうすればいい。私に言わないでくれたまえ。私は、感覚には何か偽のものもあるという点では確かに君に同意するのだからな。  (107)学芸はどうなるのだ?どんな学芸か?知識よりも推測をより用いると考えられているそれか、それともそう見える所に大いに従い、君達の言う、真なことと偽なことを区別できるようにするその技術を持たない、そういう学芸のことか?  だがあの二つの光明がまさにこの自体を取りまとめてくれる。 ↓ Cicero, APr. 2.33.107 = SVF. 2.1188; Panaetius 70S  つまり、一つには、誰であれ何にも同意しないということは不可能だと君達もしている。そして、このことは全く明々白々である。というのは、パナイティオスは、私の思う所ではストア派のほとんど首領のような人だが、彼以外の全てのストア派の人々が非常に確かだと主張したことを疑わしいと言ったのだ。つまり、臓物占師のお告げや、鳥占い、神託、夢判断、予言のことだが、彼自身はこれらについて判断を差し控えたのだ。彼自身のあの師匠達がだしかだとしていた事柄についてもこの人はそういうことができたのだから。残余の事柄について賢者がそうできないということがあろうか? ↓ それとも、何であれ措定されたもので、確証や反証はできるが、疑うことはできない、などというものがあるのか?あるいは、お望みなら、君はこれを「堆積の議論」に訴えることもできるが、あの方は残余の事柄において同じ仕方で立場を保つことはできない。というのもともかく、たとえ同意なしでも、真理に近いと見える事柄そのものに、何も妨げがないなら、従うことはできるのだから。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.33.108 = SVF. 2.73  もう一つの点は、自分が同意することで何かを確証するということのない場合、その人の行為は何物にも関わらないという君達の説である。というのも、同意が依存する第一のものが注目されるべきだろうから。つまり、ストア派の人々は感覚それ自体も同意であると言っている。これに欲求が続くので、引き続いて行為が起こるというのだ。しかしこれでは、表象が欠ければ全てがなくなる。 ↓ 34 ↓  (3.34.108)この問題に関しては、賛否両方とも多くのことが語られたし、著作も多い。しかし、手短に物事全体をまとめることもできなくはない。  つまり、この私としては、一番よい行いは表象像に対抗し、思惑することに反対して、軽率な同意を控えることであると思うし、クレイトマコスの著作に、カルネアデスは大変にヘラクレス的な力業を苦労して成し遂げたと書いてあって、つまりは、野獣というか猛獣でもそうするかのように、我々の魂から同意を、つまり思惑と早とちりとを除ききったのだと書いてあったのには、大いに信を措いているのではあるが、それでもなお、この点に関して擁護を述べるのは後に残しておくにしてもだ、こう思うのだ。それなら一体全体、こういう行いを妨げるのは何なのであろうか、と。何も妨げるものがなければ、人は確からしいことに従ってもよいではないかと。  (2.34.109)そこで彼は言ったのだ。「まさにこのことが妨げとなるのだ。彼が論証したことが全く把握不可能であると結論してしまったのだから」まさしくこのことが君に対しても妨げとなるのだ。航海においても、種をまくことにおいても、夫婦生活においても、子供の養育においても、「確からしさ」に従わざるをえないその他数多くの事柄においてそうなのである。 ↓ Cicero, APr. 2.109 = SVF. 3 Antipater 21 = FDS. 356  しかしそれでも、あのおなじみの、もう何度も反証された言説を君は引っぱり出すのだ。しかも、アンティパトロスのしたようにではなく、君達の言うもっと押し付けがましい仕方でだ。というのも、アンティパトロスが批判されたのは、彼がこう言ったからだ。つまり、何ものも把握されえないと断言する人も、何も把握されないというそのことだけは同意されると言えるのであり、それで首尾一貫しているなどと言ったからだ。こんな議論は、アンティオコスにとってさえ、厚顔無恥で自己撞着したものに見えたのだ。 ↓ Cicero, APr. 2.109 = FDS. 356  なぜなら、整合的に、何も把握されえないと言うことは不可能だからだ。もし、とにかく何かが把握されえると言うのであれば。アンティオコスは、カルネアデスはむしろこう強行に主張するべきだったと言った。つまり、把握・知覚・認識がなされなければ賢者は何事も決定できず、賢者がなすと言われているこの決定自体もそうなるので、何ものも把握されえないということは把握されると認められる、と。従って、賢者はまるでこれ以外の決定は何も持たないで、つまりは決定をなさずに人生をおくれるということになるのだ。 Cicero, APr. 2.35.113 = FDS. 339  (35.113)つまり私が知りたいのは、把捉されうるものとは何かということなのだ。私に答えてくれるのはアリストテレスでもテオプラストスでもないし、ましてやクセノクラテスやポレモンでもなく、彼等よりも小者なこの男なのだ。すなわち、偽でありえない真なるもの、というわけである。私はこんなものには何もお目にかかったことがない。そうである以上、疑いなく、把握されていないものに私は同意していることになろう。つまり、思惑しているわけだ。このことは逍遥派も古いアカデメイア派も私に請け負ってくれるのだ。君たち、なかんずくアンティオコスは否定するけれども。この人には私も大いに影響されている。それは人間として好きだからでもある。あの方が私を気に入ってくれているのと同じだ。それから、この方が非常に洗練された鋭い人で、我々の世代の哲学者のうちで最もすばらしいと思うからでもある。この方にまず最初に訊きたいのは、一体全体どうやったらこの方がアカデメイア派の一員であり得たのかということである。もちろん彼はこの学派の一員であることを認めているのだが。 ↓ Cicero, Acad Pr. 2.113 = SVF. 1.54 = FDS. 339  他の問題を考慮から除外したいから言うが、問題となっている2つのこの事柄を古いアカデメイア派や逍遥派の誰がかつて語ったであろうか。その事柄とは一つには、偽にはなりえないという性質を持つ真なるものだけが知覚されうるということであり、もう一つは、賢者は何事も思惑しないということである。確かに誰もいないのだ。このどちらもゼノン以前には強力に弁護されなかった。しかし私はこの両方ともが真であると考える。それも時間の関係でそう言ってるのではなく、十分しっかりと論証しているのである。 Cicero, Ac. Pr. 2.37.119 = SVF. 2.92 = FDS. 382  実際、どんな考えをよしとするにしても、彼は、感覚で把握されたものと同様に、それを魂で把捉して持つであろうし、また、彼はストア派の人間なので、「今光がある」ということを「この世界は知恵あるものである」「世界は知性を持っている」「この世界は自らで自らを作り上げたのであり、全て自らで自らを制御しており、動かし、支配している」ということ以上に承認するということはない。またこのことも彼は得心しているのだが、太陽、月、全ての星々、大地、海は神なのである。というのも、何か生きている知性とでもいうものが全てこうしたものを貫いてそこに留まっているからである。しかしある時が来ると、この全世界は炎で焼き尽くされるのである。こうしたことをも彼は「把捉」するのである。 Cicero, Ac. Pr. 2.38.120 = SVF. 2.1161  いいかげんな同意をする連中の軽率さは問題外としても、一体どれほどの自由を認めねばならないことか。何しろ君がどうしても負わねばならない義務が私には全くないのだからな。つまり私はこう問いたいのだ。神は万物を我々のためにお造りになられたのだが(それが君たちの主張だからな)、それにもかかわらず、海蛇やら毒蛇やらをどうしてあんなにたくさんお造りになったのか。大体、有害どころか人が死にかねないものどもをどうしてあんなにたくさん陸海にばらまかれたのであろうか。これほど見事でまた念入りに仕上げられたこの世界が摂理や技巧なしに作り上げられたわけがないと君たちは言う。しかし実の所この説は君たちが説く偉大な神々を、蜂や蟻達の仕事が完璧であるというところまで引きずり下ろしているのだ。それならば、ミュルメキデスとかいう連中も、小さい細かいものを作る名人たちだ、神々に加えればよかろう。 Cicero,Acad.Pr. 2..123=SVF.1.355(アリストン)  従って、ソクラテスはこうした嘲笑から自由だったし、アリストンも自由だった、彼はこうしたもの[自然学]については何一つ著作できるものではないと主張した。 (60.126)それ故、何事かに同意してそれを確かなものだと思う、などということが問題なのではないのだ。お分かりないか。あなたがそんなことを要求するのは尊大なだけでなく、厚顔無恥なことなのだ。あなた方のまさにこうした教説は私には全然確かなようには思えないだけになおさらだ。なぜなら、あなた方がよしとする卜占というものがそもそもあり得るとさえ私は思わないし、あの運命というやつも私は何とも思わないのだから。君達はそれによって宇宙全てが取りまとめられていると言うのだが。この宇宙が神的な思慮によって築き上げられているとさえ私は全然思わないのだ。しかしまぁ、それが本当かどうかはどうでもいい。 ↓ 61 ↓  (61.126)しかし嫉妬に引きずり込まれているのではないぞ。私が知らないことを君達も知らないということがあってはいけないのか。それとも、ストア派の人々は自分達だけで互いに議論のけりをつけてよいのか。そんなことはないだろう。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.126 = SVF. 1.154  ゼノンと残りほとんどのストア派の人々は天空が最高神だと思っている。そして、最高神は知性を備え、万物はそれによって導かれるというのだ。 ↓ Cicero, APr. 2.126 = SVF.1.499  クレアンテスは、ストア派の創始者の一人と言ってよい人でゼノンの弟子だが、太陽が万有を統治する主であると言っている。 ↓ こうして、賢者達の意見が相違しているので、我々はどうしても我々の主に無知にならざるを得ないのだ。実際、我々は太陽の僕なのか、それとも天空の僕なのか、そんなことは知らないからな。さて、太陽の大きさについても言っておくが(というのは、この光り輝く太陽そのものが私を見つめていて、再三再四話題にするように告げているような気がするのでね)、しかるに君達はこのものの大きさがまるで直径で足の幅十個分であるかのように言っている。しかしこの私は私自身に、ちょうどひどい大工についてそうするように、君達の計量など信じるなと言い聞かせるのだ。我々のどちらが、控えめに言わせていただくが、慎ましやかか、まだ疑念の余地があるだろうか。 42  (42.129)さて、別の議論だが、よいこと悪いことに関する問題において探究の結果我々はどんな意見をもっているのか。実際のところ、この問題は終極を理論付けることに関わるのだ。その終極に善悪の究極は逢着するのだが。さてしかるに、最も優れた人々の間に重大な異論のある問題とは何だろうか。 ↓ Cicero, APr. 42.129 = SVF. 1.413 (Herillus)  今加えておくと、もう明らかに見捨てられたあの言説は考慮しないでおく。といったのは、ヘリロスという人がいて、思考と知識に最高善を置いたのだが、ゼノンの弟子だったにもかかわらず、御存じのように、ゼノンとはまるで見解を相違させていて、プラトンとはそう見解が異なっていなかったのとはえらい違いだったのである。 ↓ 有名な学派にメガラ派というのがあったが、書物にあるところでは、この学派の始祖は、ついさっき名を挙げたクセノパネスである。その後、彼に続いたのが、パルメニデスとゼノンで(そういうわけで、彼等以降この哲学派はエレア派と呼ばれるようになった)、その後はエウクレイデスが続いた。ソクラテスの弟子で、メガラの人だ。この同じ学派がメガラ派と呼ばれるのは彼にちなんでいる。それで、この人は、常に同一同様であるものだけが善だと言った。この人もプラトンから多くを得ている。さてまた別に、エレトリアの人であるメネデモスにちなんでエレトリア派と呼ばれる学派もあるが、彼等によると、善は全面的に精神、なかんずく精神の鋭さのうちにあるというのだ。それによって真理が認識されるからというので。エリス*派も類似のことを説いているが、思うに彼等の方がより豊かできらびやかに説いている。(42.130)もし我々が彼等を軽視し、既に除外されたと考えるならば、次の人々がもっと考慮には値しないのももっとなことだ。 *Eliiと読む。 ↓ Cic, Acad. 2.42.130 = SVF. 1.362(アリストン)  アリストンはゼノンの弟子だったのだが、あの方が言葉の上で述べたことを実践上でもよしとしたのだ。つまり、徳でなければなにものも善ではなく徳に反対のものでなければなにものも悪ではないというあのことを。中間のものどもにおける心の動きを、ゼノンはあると主張したが、アリストンはそんなものはないと説いたのである。彼にとって最高善とはこうした事物においてどちらの方向にも動かされないことであり、それをギリシャ語で「無関心」と彼は呼んでいる。 ↓ 他方ピュロンは、賢者は何事も全く「感じる」ということはないのだと説いて、これを「無情」と名付けた。そういうわけで、以上の教説は皆考慮の外において、今なお永きにわたって大いに弁護されている見解の方を見ることにしよう。 Cicero,Ac.2.131=SVF.1.181(目的) 美徳に適って生きることは自然の親近性へと導くのであり、これをゼノンは究極の善いものだとした。彼はストア派の創立者であり学頭だった人だ。 Cicero, Ac. Pr. 2.134 = SVF. 1.187 (43.134) 見たまえ。さらにもっと大きい見解の相違を。ゼノンはただ徳のうちにだけ幸福な人生があると主張した。アンティオコスはどうだろう。彼はこう言う。「確かに幸福な生はそうだ。しかし最も幸福な生はそうではない」と。あの人は神であって、徳は何ものも欠いていないと考えたのだが、この人はただの人であって、彼の主張は、徳以外にも沢山のものが人間にとっては方や大切であり、方や不可欠である、というものだった。しかしながら私が心配なのは、あの方は徳に過大すぎるものを帰してしまい、それは自然が許す範囲を超えているのではないのか、ということだ。テオプラストスが沢山のことを露骨にかつ穣沢に語っただけになおさらそう思うのだ。つまり、この人に関して言えば、私は別の心配があって、それは、彼の主張がどう考えても首尾一貫していないということなのだが、彼は一方では、肉体や運勢に関わる害悪というものが確かにあると言いつつも、他方では、こうしたありとあらゆる害悪のうちにあってさえ、ただ賢者でありさえすれば、その人はほとんど幸福だと言ってよいと考えたのである。私は困惑するのだ。ある時はこの見解がより確からしいように見えて、別の時は別のものがそうだと思えるのだ。しかしながら、どちらかが真実でない限り、徳はほとんど打ち倒されたも同然だと私は思う。本当にこの点に関して彼等の見解は一致していないのだ。 ↓ 44 ↓  (44.135)ではどうだろう。彼等が一致している事柄を正しい事柄として我々は見なせるだろうか。賢者の精神は決して欲望にも動かされず、歓喜に我を忘れることもないという教説だ。よかろう、確かにこれらはありそうなことだとしておこう。しかし、あの説はそうはいかない。賢者は決して恐れず、苦痛も感じないというものだ。賢者は祖国が破壊されはしないかと恐れないのだろうか。祖国が破壊されても苦に思わないのか。過酷な教説だが、ゼノンにとってはそれが必然だったのだ。彼にとっては、美徳でなければ何も善のうちに入らないのだから。しかし実際、あなたには、アンティオコスよ、全然そうではない。あなたにとっては、美徳でなくても多くの善いものがあるし、汚涜でなくても多くの悪いものがあると思われるのだから。そうしたものがやってくるのではないかと賢者といえど恐れるのが必然であるし、やってくれば苦痛に思うのである。しかし、私が知りたいのは、いつこんな教説が古アカデメイアから出たかということだ。つまり、賢者の精神は感情に動かされず乱されもしないという教説だ。あの方々は中庸をよしとして、全ての感情のうちにはある程度自然にかなうものがあると主張していた。我々は皆、古アカデメイア派のクラントルが書いた『悲嘆論』を読んだし(というのも、この書物は大著ではないが、まことに黄金の書であるからだ)、パナイティオスがトゥベロにそうしたように、この小著を片言隻語も疎かにせず学ぶように進めているのだ。また本当に、あの方々はこうした感情が我々の魂に役立つようにと自然から送られたものであると説いていた。恐怖は身を守るため、同情や苦悩は慈悲のため、というふうに。怒りにしたところで、それは勇気の砥石であると言っていたものだ。この言い方が正しいか間違っているかは別のところで見ることにしよう。(44.136)実際こうした君達の厳格な教説がどのようにして古アカデメイアの中に割って入ってきたのか、それは知らない。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.136 = SVF. 3.599  実に、ああした教説は我々には堪え難いものだ。その理由は、私の気に入らないからではない(ストア派の人々が説く驚くべき教説の大部分は、[ギリシャ語で]逆理と呼ばれているが、実際ソクラテス的なのである)。そうではなくて、クセノクラテスやアリストテレスが一体どこでそんなことを語ったのか、と言いたいのだ(クセノクラテスのことを言ったのは、彼等はほとんど同じことを言っていると君達が言うからだが)。一体いつ彼等は賢者だけが王であり裕福であり優美であるなどと言ったというのか。それがどこにあろうとも全ては賢者のものだなどと言ったというのか。誰であれ賢者でなければ誰一人政務顧問でも政務官でも将軍でも5人委員でさえもないというのか。挙句の果てには、彼だけが市民であり自由であって、賢者でない人は全てよそ者であり亡国民であり奴隷であり気違いだというのか。おまけに、リュクルゴスやソロンの起草したものや我々の12表法は法律ではないなどというのか。賢者のものでなければそもそも都市も国家もないというのか。 ↓ (44.137)ルクルス君、君がこうした点を君の学友アンティオコスに同意するのであれば、君はそれを弁護するべきだ。城塞をそうするのと同じように。しかし私は、それがよいと思われる範囲で適当にやればよいのだ。 45 Cicero, AP. 2.45.137 = SVF. 3 Diogenes 9 = FDS. 166A  (45.137)クレイトマコスの本で読んだのだが、カルネアデスとストア派のディオゲネスがカピトリウムでの元老院に立ち会っていた時、アウルス=アルビヌス(プブリウス=スキピオとマルクス=マルケルスが執政官だった頃に法務官だった人だ。君の祖父のルクルスと一緒に執政官をしていた人でもある。非常に教養のあった人で、『ギリシャ史』で自らそう公言しているくらいなのだ)彼が戯れにカルネアデスにこう言った。「カルネアデス、あなたにとっては、私は法務官であるとは思えんのでしょう。私は賢者ではありませんし、この町も市民もそういうことではないのしょうからな」そこであの方は言った「ここにいるストア派の先生によると、あなたが法務官でないのは間違いない」 ↓ アリストテレスやクセノクラテスは(アンティオコスは彼等の追従者だと言っていたのだが)あの人が法務官であるとか、ローマが都市であるとか、ローマに住んでいるのはローマ市民であるとか、そういうことに下らない懐疑を加えることはなかった。しかし我らがあのカルネアデスは、今言ったように、徹底したストア主義者だった。ごく稀に言葉につまることはあったにしろ。ところで、私は自分が、過って思惑してしまい、把握できないことを承認して是認してしまわないかと、つまりはあなた方の最も意図しないことをだね、恐れているのだが、どんな知恵をつけてくれるのか。 ↓ Cicero, Acad. Pr. 2.45.138. = SVF.3.21  クリュシッポスはしばしば善の究極について弁護されうる見解は3つだけであると表明している。たくさんのものを切り捨て、削っているのである。つまり、美徳が究極目的であるか快楽がそうであるか両方がそうであるかのどれかだというのだ。すなわち、もし我々が苦痛を全くもっていないならそれが最高善であると言う人々は快楽という忌々しい名前を負いかけてしかし近間で翻弄されているのだ、という。あの同じものを美徳と結びつける人々もまたこういうことをする、というのだ。これと全く変わらないのが、自然に最初に調和するものを美徳に付け加える人々である、という。こうして、3つの見解が残るのであり、それらは確からしく弁護されうると彼は言っている。 Cicero, Acad. Pr. 2.46.140 = SVF.3.21  それ故、反目し合う2つ組がもう一つ残っている、つまり美徳と快楽である。これについてクリュシッポスには、私が知っている限りでは、そう強い反論はなかった。[しかし]もし君が片方を追及するなら、ほとんどのものは潰え、何よりも人類との社会が潰え、好意、友愛、正義、残りの諸徳もそうなる。報いがなければ、これらのうちの何一つ可能ではないのだ。つまり、義務に対するある種の報酬のようなものとしての快楽に動かされるものは徳ではなく、徳の紛らわしい偽物であり物まねでしかない。 Cicero, APr. 2.46.142 = FDS. 226 = SVF. 2.285; 3 Antipater 6, 25  (2.46.142)つまりもう哲学の第三の部分に話は及んでいるのだ。判断の基準は色々あって、プロタゴラスは、誰であれその人にそう思われる事柄がその人には真実であると言ったし、キュレネ派はまた別に、内的な情感以外に判断基準はないと言ったし、また別にエピクロスは、全ての判断基準を感覚、物事の概念、そして快楽のうちにおいたのである。しかし、プラトンは真理の規範全体を、いや真理そのものも、思惟自体や精神が思惟したり感覚したりしたことから抽出されたものである、と主張した。(2.46.143)さて、我らがアンティオコスはこれらのどれがよいとしたのであろうか。実は、あの方は自分の先達には全く従わなかったのだ。つまり、あるところではクセノクラテスに従い、またあるところではアリストテレスに従ったのである。前者は言葉の用い方に関して沢山の本を書き、沢山のことを論じたのであるし、後者は鋭さや洗練に関してこの人を凌ぐ者はほとんどいない。また、クリュシッポスからは一歩も離れなかった。 ↓ 47 ↓  (2.47.143)それでは何故我々はアカデメイア派を名乗るのか(それとも、この名誉ある名前を我々が抱いているのは間違いだというのか)。別の言い方をすれば、何故我々は互いに意見の異なる人々に従わねばならないのか。基礎的な事柄において弁証家達が教えているこうしたことにおいてさえ、つまり、例えば「昼ならば光がある」というように構成される命題の真偽をどう判断するべきなのかということだが、一体どれだけの論争があることか。ディオドロス、ピロン、クリュシッポス、それぞれ皆違うことを言っているのだ。なぜクリュシッポスは自分の師クレアンテスとあれほど沢山意見が違っていたのか。またなぜ、弁証家の二人の頭目、アンティパトロスとアルケデモスは、二人ともかなりややこしい*人だが、沢山の事柄において意見を異にしていたのか。 *とりあえずspinossimiと読んでおく。 ↓ (2.47.144)ではなぜ、ルクルス君、君は私をまるで集会に召集するように呼び寄せて嫉妬の中に叩き込むのか。一体全体なぜ、まるで収集のつかなくなった護民官たちがよくやるように、店をたため!などと命じるのか。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 47.144 = FDS. 369  つまり、一体何の目的があるのかというのだ。君が我々に向かって、職人を鼓舞できないような技術は滅びてしまえなどと言うのは。もっとも、彼等が方々から集まってきたら、彼等は簡単に君達に向かって煽動されるがね。つまり、私はまずああした身の毛もよだつ御教説を開陳しよう。集会に立席している人々は皆亡国者・奴隷・狂人だとこの人々は言っているのだ、と。それから、話を進めて、世の一般大衆ではなくここにいる君達にだけ関わる事柄を述べるだろう。つまり、君達は何も知らないというのだよ。ゼノンやアンティオコスはそう言っているのだ、と。「どういうわけだ」君達は尋ねるだろうな。「というのは、我々は、賢者ではない者も多くのことを把握しているということを弁護しているのだから」と。 ↓ Cicero, Ac. Pr. 2.145 = SVF. 1.66 = LS. 41A = FDS. 369  しかし君達は、賢者以外の人間が何事かを知っているなどということはないというのだ。そしてまさにこの論点を身振りによってゼノンは締めくくっていたのだ。つまり、彼は指を伸ばした手を前に示して、「表象像はこういう類のものだ」と言ったものだった。次に、少し指を曲げて、「同意がこの類」と、そして今度は指を完全に曲げて握り拳を作り、これが把握だと言った。この事柄にはそれまで名がなかったのだが、この比喩から彼はギリシャ語で言う把捉という名を与えたのだ。さて、彼は左手をおいてあの拳(右手?)をきつく強烈に押しつけて*、知識はこのようなものだと言った。そして、この状態を保持しているのは賢者以外誰もいない、というのである。それにしては、誰が一体賢者なのか、あるいは「いた」というのならそれは誰なのか、そういうことを彼等は全く言わないし、それで当たり前だと思っている。まるで、カトゥルスよ、君が今昼であることを知らず、ホルテンシウスよ、我々が君の別荘にいるのを君は知らない、そういうものではないか。 *普通この箇所は「拳をもう一方の手で握る」という風に解されているが、解釈を加えることなくそう読めるのだろうか?