9月14日
- 耳鼻科医院に行ってみた
- 外耳炎にかかってしまったので、耳鼻科に行ってみました。月曜の午前10時。なんでこんな時間に医院に行けるのかは公然の秘密です。
いざ着いてみると、そこは老人の巣窟。いるわいるわ。ざっと見渡して7〜8人の「還暦などとっくの昔」といった方々が待合室の椅子に座っておりました。頭の中で森本レオが「老人たちの朝は、病院の待合室から始まります」などとナレーションをし始め、不覚にも噴き出しそうになってしまったので、足を組んでぼーっとしていることにしました。
待っている人達はそれぞれなじみなのか、世間話などをしています。比較的近くに座っていた男性と女性の会話が耳に入ってくるので、聞くともなしに聞いていました。
「さっきまで歯医者行ってたんですけどね、で、今耳鼻科でこのあと整形外科に行くんですよ」
これは男性のほう。名前は伊藤さんで、白いシャツにベージュのスラックスを身につけ、しかも身につけたものをだらしなくはだけたりまくり上げたりしている無軌道な70歳代後半。
「あら、あたしもこれから下井さん(整形外科医院の名前)に行くんですよ」
これは女性のほう。名前は倉田さんで、淡いブルーのストライプの入ったシャツにやはり淡いブルーのコットンパンツを身につけ、それらをきちんと着こなしている上品な80歳代前半。
「この歳になると歯ァとか弱くなりますからねぇ」
「あたしも足とか腰とか痛くて痛くて」
「私も耳がだいぶ聞こえづらくなりましたし」
「あたしは鼻が」
老人心理に詳しいわけではありませんが、こういうとき彼らは必ず自分の悪いところを列挙するんですね。患っている疾患とか、通っている病院の数とか。「これだけ身体のあちこちにガタが来ているけれど、これこのとおりまだまだ元気」ということをアピールしているのか、それとも「ふん、それが貴様の病気か。笑わせるわ。見せてやる、本当の病気というものをな!」ということをアピールしているのかちょっと分かりかねますが、どうも後者の要因が強いような気がします。
「二階からお布団を降ろすんですけどね、そのくらい出来ると思ってやったらもう足が動かないんですよ。それでそのまま医者へ」
「はぁ」
「今じゃもうホントに何もできないんですよ、あたし」
「はぁ」
どうやら倉田さんのほうが有利なようです。何しろ伊藤さんは古い男性ですから、退職した後は家事手伝いなどあまりすることはなく、実例を挙げることができないんですね。その点倉田さんは古い女性ですから、現在でも現役で家事をやっています。身体の不具合を感じ取る機会はいくらでもあるわけです。
自分の不利を感じたのか、伊藤さんは話題の転換を図りました。
「しかし身の回りの人が亡くなっていきますねぇ」
「そうですねぇ」
今度は死者の話のようです。
「私の友達でも、もう生きてるのはほんの数人ですよ」
「あたしの友達も減りましたねぇ。同窓生で残ってるのはあたしとあと2、3人で、あとはみぃんな亡くなりました」
老人心理に詳しいわけではありませんが、彼らは知人の死も列挙しますね。彼らくらい生きていると、知人の死に対面する機会は多くあります。「これだけ周りの人が死んでいるけど、これこのとおりまだまだ元気」ということをアピールしているのか、それとも「ふん、それが貴様の背負っているものか。笑わせるわ。教えてやる、本当の人の死というものをな!」ということをアピールしているのかちょっと分かりかねますが、どうも後者の要因のほうが強いような気がします。
「妻に先立たれましてね。今は息子のところに世話になっているんですが」
「あたしの娘もね、夫が亡くなって今はあたしと娘と孫の3人で暮らしてるんですよ」
死者の話は身内にまでおよびます。にわかに紅白対抗死者合戦の様相を呈してきました。
「うちの家系はみんな大酒呑みですから、私も息子もあまりもたないでしょうね」
「娘の夫もお酒好きだったんですよ。遠洋漁業の漁師やってたんですけど、漁が終わって港に帰るときにね、船で宴会やってたんですって。いい気分に酔って小用に甲板へ出たんですけど、網に足をとられて船の外に落ちちゃったらしいんです。なかなか帰ってこないもんで、同僚の漁師さんたちも変に思ったんですが、お酒が入ってますからね。あまり気にせずにそのままみんな眠っちゃったそうなんです。で、朝になって、濡れた網にからまったまま船のへりにぶらさがってるのを見つけて」
「……はぁ」
紅組の勝ち。
[雑記帳] 表紙