第弐拾話  


『Suppe(7)』

邦題 :スープ(7)

 

  夕闇迫るダイニングキッチンで、アスカは電話を受けていた。
電話してきた相手は、声の感じから察するに、恐らくミサトより多少は年上であろうか。
アスカは、電話先の女性の声に、全く聞き覚えがなかった。それであるのに、電話の向こうの優しそうな声は、アス
カの名前をぴったりと言い当てる。
「えっと・・・・・・・・あなたは、惣流・アスカ・・・・・・・・・・ラングレー・・・・・・・・アスカちゃんかしら?」
「え・・・・・・・・・そうですけど・・・・・・・・・」
アスカは電話に出てからの会話を一瞬のうちに脳裏に思い浮かべる。だが、自分の名前を名乗った記憶は全くない。
「アタシの名前を知ってて・・・・・声を聞いただけで判る・・・・・・・・?・・・・・・誰だろう?」
自慢の頭脳を駆使して、もう一度、思い当たる人物を探しはじめるが、どれだけ考えても声の主に思い当たらない。
「だれ・・・・・・・・・?」
そんなアスカの不審な思いなど気付かぬげに、電話の女性は明るい口調で自分の名前を名乗った。
「はじめまして。わたしは碇ユイ。」
「え・・・・・・・・・・・・・」
アスカはそう言ったきり、次の言葉を出すことが出来ない。
碇ユイ。アスカはその名前に聞き覚えはない。だが、「碇」という名字から察するに、シンジの母親である事は間違い
なさそうであった。
「あの・・・・・・ひょっとしてシンジ・・・・・・じゃなくて碇くんのお母さん・・・・・・・ですか?」
恐る恐る尋ねるアスカに対して、電話先の女性、碇ユイの声はあくまでも明るい。
「そうみたいね。」
「あ・・・・・・・・その、シンジ・・・・碇くんにはいつもお世話になってしまってばかりで・・・・・・・」
本来ならば、シンジが風邪をひいて寝込んでいる事を報告しなければならないのであろうが、ユイからの電話が余りにも
意外であったためか、アスカはその事を完全に失念してしまった。。
思わずアスカはユイに礼儀正しく挨拶をしていた。その時に、電話であるのに思わず頭を下げてしまっていたりする。
「あらアスカちゃん、別にかしこまって「碇くん」なんて呼ばなくてもいいのよ。うちのシンちゃんの方が、いっつも
アスカちゃんに迷惑かけてるみたいだし・・・・・・・・・ごめんねぇ。シンジって肝心なところで、ちょぉっと鈍くてねぇ。
困った子よね。アスカちゃんも迷惑してるでしょ。」
「別にそんな、アタシは・・・・・・・・・」
アスカは電話口ではたはたと手を横に振りながら、ユイの言葉を否定する。
「ほんとに、困った子よねぇ。」
アスカの言葉を聞いているのかいないのか、ユイは「困った」を盛んに連発する。もっとも、「困った」とは言いなが
らも、ユイの声色からは、これっぽっちも「困った」という色は見えてこないのではあるが。
「それで・・・・・・・・その・・・・・・・今日はどんな・・・・・・・」
アスカがそう尋ねると、ユイは電話の向こうでポンと手を打つ。
「そうそう。えっと・・・・・・・・葛城さんはいるかしら?」
どうやらユイは、ミサトに話があったようだ。先ほどまでのいたずらっぽい声が、少しだけ引き締まった口調になる。
「いえ、明日くらいまでNERVの方で試験があるとかで、いないんですけど・・・・・・」
キッチンに貼られたカレンダーの方を見ながらアスカは答える。今日を含めた4日間に赤い丸が付けてあり、汚い
字、ミサトの字で「試験♪」と書いてあった。
「あら・・・・・・・・そうなの・・・・・・」
ユイは心底がっかりしたような声を出す。
「もしアタシでよかったら、ご用件を聞いておきますけど・・・・・・・」
「あらそう♪」
ユイは今度は、何が楽しいのかは判らないが、とても嬉しそうな声を上げる。
どうやらユイは、感情の表現がオーバーな人のようである。
「この間、学校の先生から、シンちゃんのことで話があるから一時帰国してくれませんかってメールが届いたのよね。」
「あ・・・・・・・宿題のことですか?」
シンジが学校の宿題をことごとくやらなかったので、先生がシンジの両親に電子メールを出したことがあったのを、
アスカは思い出した。
「そう言えば、学校に忍び込んでまで宿題やろうとしたのに、結局やらなかったこともあったっけ・・・・・」
そんなに月日は経っていないのに、なんだか、すごく昔の事の様にアスカは感じた。アスカは一瞬、そのまま回想モード
に突入しそうになるが、ユイの言葉に現実に引き戻される。
「それで、夏にでも一度、帰国しようかと思ったんだけど、いつごろがいいかなぁと思ったの。」
「それは・・・・・・・やっぱりミサト・・・・・じゃなくて葛城さんがいないと・・・・・・・」
「むー・・・・・・そうよね。」
困ったようにユイがそう言う。
「それじゃあ、葛城さんが帰ってきたら、折り返し連絡させましょうか?」
「そぉ?じゃぁ、そうしてもらおうかしら♪」
ユイはお気楽な雰囲気でそう言った。
「やっぱり、なぁんかシンジとは印象が違うわよねぇ。」
ユイの声を聞いて、アスカはそう思う。どことなくボケーっとした感じの漂うシンジとは異なり、ユイはあくまでも
明るい性格のようだ。ミサトをとても上品にしたような感じかもしれない。
アスカはそんなことをとりとめもなく考えていたが、次に耳元で響いたユイの声に、自分が大事な事を忘れていたこと
を思い出させられた。
「アスカちゃん、そこにシンちゃんいるかしら?」
「あぁぁぁぁ・・・・・・・・・・」
アスカの頭に、ベッドで寝ているシンジの姿が浮かび上がってきた。シンジが風邪をひいていることをユイに伝えな
ければならない。アスカは突然、その事に思いいたった。
ユイはシンジの母親である。そのユイから電話が来ているのに、シンジの事を伝えなかったこと、それはアスカに
とって、大失敗とも思えることであった。
「ごめんなさいっ」
「アスカちゃん?」
困り切ったように、ユイはそう言った。
アスカは受話器を耳に当てたまま、電話機本体に向かって勢いよく頭を下げる。
ユイはアスカの「ごめんなさい」という言葉に戸惑っていた。いきなり電話先の女の子から謝られれば、ユイでな
くても驚くのに無理はないだろう。
「その・・・・・・シンジ、風邪ひいて寝てるんです・・・・・熱が高くて学校で倒れて・・・・・・」
アスカの声は、消え入りそうなか細い声であった。シンジの母親のユイから電話が来たにもかかわらず、シンジの
風邪の事をすっかり失念していた自分が情けなかった。シンジはいつも自分の事を心配してくれてたのに、自分は
ちょっとしたことでシンジの事を忘れている。アスカはそんな自分が情けなくもあり悔しくもあった。
しばらくの間、ユイは沈黙を保っていた。が、次に口を開いたときには、受話器の向こうのユイの声には、
先ほどまでと全く同じ明るい声で、心配の色などこれっぽっちも見えない。
「あらあら。シンちゃん、昔っから体が弱かったのよねぇ。でも、なんでアスカちゃんが謝るの?」
アスカはさっきよりも力ない声でユイに答える。
「・・・・・こういう事は電話があったときにすぐ言わなきゃなのに忘れてて・・・・・それに・・・・・・アタシがシンジに風邪、
うつしちゃって・・・・・・・・」
「そぉんなこと気にすることないわよ、アスカちゃん。風邪なんて、気を付けていたってうつるんだし。うつされる
シンちゃんの方が、用心が足りないのよ。大丈夫。シンちゃんだって、そのうちケロリ」
「シンジの事が、心配じゃないんですか!」
あまりにお気楽に聞こえるユイの声に、アスカは思わず大きな声を出してしまった。
「シンジ、熱が高くて寝込んでるんですよ!すっごく辛そうで辛そうででもアタシがしてあげられる事はなにもなく
て・・・・・・・・アタシが・・・・・・風邪ひいた時だって・・・・・・すっごく気をつかって・・・・・・たくさんたくさん助けてくれた
のに・・・・・・・・アタシは・・・・・なにもできなくて・・・・・・心配して・・・・あげるしか・・・・できなくて」
最初は威勢良く怒鳴っていた声も、最後は涙声になっていた。
電話の向こうのユイは、黙ってアスカの鳴咽を聞いていたが、先ほどまでとは少し違う、優しい口調でアスカに
話し掛け始めた。
「わたしだって、シンジの事、心配じゃないわけじゃないのよ。」
その言葉を聞いてアスカは、はっとしたように涙に濡れた顔を上げた。
母親であるユイが、自分の一人息子のシンジが風邪をひいたと聞いて、心配ないはずなどないのだ。
「ちょっと鈍かったりするけど、あれでもシンジは、私のたった一人の可愛い息子だもの。でも、私は今はアメリ
カにいて、シンジに熱があるって聞いても、なにもしてあげられないから。私もすっごく心配だし、何もしてあげら
れないことがすっごくもどかしいわ。」
「ごめんなさい、アタシ・・・・・・」
謝るアスカの声を遮って、ユイはさらに言葉を続ける。
「でもね、今はそんなに心配することなかったなって思ってるのよ。」
「えっ・・・・・・・・・・・」
ユイの意外な言葉に、アスカは小さく驚きの声を上げる。
「だって、いざとなれば葛城さんだっているんだし、それにね、アスカちゃん、あなたがいるから。」
「どうして・・・・・・・」
アスカには、ユイがなぜそんな事を言うのかが判らなかった。自分は風邪をひいているシンジの為に、なにもして
あげられない。そんな自分がいるから心配無いなどと、どうしてユイが言うのか判らなかった。
「だってアスカちゃん、シンジの事をとってもとっても心配してくれてるじゃない。こんなにシンジのことを心配
してくれる人が側にいるなら、私なんかが心配することなかったなって。」
そのユイの言葉を聞いて、アスカはまた、悲しそうな表情を浮かべる。
「でもアタシなんか・・・・・・・ただ心配するしかできなくて・・・・・・・」
「あら、それはちょっと違うわよ。」
ユイはそう言って、にっこりと笑った。もちろん、アスカからは電話先のユイの表情が見えるわけがない。だが、
だがアスカには、なぜか、ユイが電話先で笑顔を見せたことがわかった。
「美味しいご飯を作ってくれるとかそういう事じゃなくて、誰かが心の底から心配してくれること、それが病気の
人にとっては一番嬉しいことなの。だから、アスカちゃんが本当に心配してくれること、それは他のどんな事よ
りずっと大事でずっと嬉しいことなんじゃないかな。」
「あ・・・・・・・・・・・」
確かにユイの言うとおりであった。自分が風邪をひいていたとき、シンジがお粥を準備したりしてくれたのが嬉し
かった。だが、それはお粥を作ったという行為自体が嬉しかったのではないはずだ。シンジが自分のことを心配して
くれたこと、自分を気遣ってくれたこと、そのことが嬉しかったのだ。アスカはそのことを思い出した。
自分がシンジを心配しているなら、ちょっと料理が下手でも、それでもなにかやってあげればよかったのだ。
大事なのは、上手にできるかどうかじゃなくて、相手の事を想っているかどうかだということ、そのことに
アスカは気付かされていた。
「自分は何もできないわけじゃない」
そのことに気付かせてくれてユイの言葉が嬉しかった。そのことが嬉しくてかどうかは判らないが、アスカの瞳か
ら透き通った涙が零れ落ちる。
「ごめん・・・・・・・なさい・・・・・・・・」
アスカはしばらくの間、声も無く泣いていた。
ユイもそのことに気が付いたようであったが、黙って待っていた。
「あの・・・・ユイさん・・・・・」
しばらく経ってから、アスカはハンカチで涙を拭い、再び受話器を握り締めた。
「ん?なぁに、アスカちゃん。」
「あの・・・・・・・・・・・なにか、シンジが好きそうな、栄養があって簡単な料理を教えてもらえませんか?」
さっきまで泣いていたとは思えないほどに、きっぱりとした口調でアスカはそう言う。
「あら、アスカちゃんがなにか作ってあげてくれるの?」
「・・・・・・・できないって言い訳してるだけじゃなくて、やってみようかなって・・・・・・」
「そっかぁ・・・・・・簡単な・・・・・・・料理ね・・・・・・栄養か・・・・・・」
遥かアメリカで考え込んでいそうな雰囲気のユイに向かって、アスカは恥ずかしそうに言葉を継いだ。
「その・・・・・・アタシ、シンジよりも料理が下手なんです・・・・・・・・」
別にアスカの料理が「下手」というわけではない。同じ年頃の女の子の中では、普通の腕前と言っても
いいだろう。だが、シンジと比べるとずいぶんと料理の腕には差があった。
アスカの言葉を聞いて、ユイは受話器を握ったまま考え込む。
しばらく考え込んだところで、ユイの脳裏に一つの料理が思い浮かんだ。
「あっ、いいのがあるわよ♪」
その言葉に、アスカの瞳が輝く。
「確か近くに、スーパーってあったわよね。」
「はい、ありますけど・・・・・・・」
アスカは電話の側のメモ用紙と鉛筆を探しながらそう答えた。
「それじゃあ、材料を教えるわね。メモの準備、いい?」
それからしばらくの間、葛城家のキッチンには、メモ用紙に鉛筆を走らせる音が響き渡っていた。






真っ暗な闇の中で、シンジは目を覚ました。
「えっと・・・・・・・・風邪ひいて熱だして、寝てたんだっけ・・・・・・・・」
シンジはそう呟きながら、自分の額に手を当てた。熱はないように感じられるが、解熱剤のせいでさ
がっているだけなのであろう。どことなく体が重く、ボーっとしてしまう。
「それにしても、お腹がすいたな・・・・・・・・・・」
その言葉に、いままで漠然としたものでしかなかった空腹感が、より鮮明なものとなってしまった。
「なにか食べなきゃ・・・・・・・・・・」
シンジはベッドから立ち上がった。と、額の上から何かが床に向かって滑り落ちる。机の上のスタンドを点
けてからそれを拾い上げてみると、それは濡らされた小さなタオルであった。
シンジはそのタオルを机の上にあげてからふと時計を見ると、時計の短針は、「9」の辺りを指していた。
「もう9時かぁ・・・・・・・・・おなか、空くはずだよな」
そう言いながらシンジは、キッチンへと続いているふすまを開けた。
スタンドの灯かりだけで薄暗かったシンジの部屋の中に、ダイニングキッチンの照明が放つ光が差し込んでくる。
「へ?」
明るいダイニングキッチンへと足を踏み入れたシンジは、そこで普段はまず見る事がないものを見た。
キッチンは、すさまじい状況であった。テーブルの上には、「この台所にこんなものがあったかな」と思うほどの
調理器具が散乱している。それだけでも十分に煩雑なのに、それに加えてそこら中に白い生クリームが散乱して
いた。おまけに床に目をやると、床には野菜の切れ端と微塵切りになった玉ねぎと思われるものが飛び散っていた。
「なんだこれ・・・・・・・」
シンジは思わず口に出す。
と、その声に気が付いたように、鍋のかかっているガスコンロの辺りからも声が上がった。
「あ、シンジ。ちょうどいい所に起きてきたわね。」
そこに居たのは、シンジも殆ど見た記憶がない、エプロンを着けたアスカだった。ほっぺたに生クリームをつけた
まま、シンジの方をむいてにっこりと笑う。
アスカが料理(?)をしている姿が珍しいので、シンジはしばらくの間、ぽかんとした表情でアスカを眺めて
いたが、急にハッとした様な表情になり、慌ててアスカの方に向かっていく。
「アスカ、風邪ひいてるんだから料理なんかしてないで、寝てなきゃ駄目じゃないか。」
それを聞いたアスカは、シンジお玉を握ったまま、大きくため息を吐く。
「アンタ、ばかね・・・・・・・・・・風邪ひいて寝てるのは、シンジの方じゃないの。アタシはもうだいじょーぶよ。」
「でも、まだ病み上がりなんだし」
それでもまだアスカの事を心配しているシンジに、アスカは赤い顔をしながら指を突きつけた。
「心配してくれるのは嬉しいけど、鼻水たらしながらそんな事を言っても、説得力ないわよ。」
「ご、ごめん・・・・・・」
シンジの頬は、あっというまにアスカよりも赤くなってしまった。慌ててテーブルの上になげ散らかしてあった
ティッシュペーパーをつかんで、後ろを向いて鼻を拭く。
「鼻かんだら、そこに座っててね。いま、スープが出来るから。」
パジャマ姿のシンジの背中にそう言ってから、アスカはまた鍋をぐるぐるとおたまでかき回しはじめた。
スープからは湯気が立ち上り、ほのかに甘い香りが立ち上る。
鼻の通りが良くなったのを確認してから、シンジは椅子に座る。そして「どうやったら、スープを作るだけで
こんなに汚せるんだろう?」と考えながら、目の前のゴミと調理器具の山をテーブルの端に押しやっていく。
「ねえアスカ、それなんのスープ?」
鼻歌を歌いながら鍋の中をかき混ぜているアスカに、シンジは尋ねた。
「飲めばわかるわよ、きっと。」
楽しそうにそう言いながら、アスカはあらかじめ温めてあったスープ皿に緑がかった乳白色ののスープを盛りはじ
める。
「それ・・・・・・・飲めるの?」
アスカが、家事がキライなアスカが自分の為に料理をつくってくれた事が、シンジはとても嬉しかった。
だが、さっきちらりと見えた「スープ」の緑っぽい色に、シンジは不安を覚える。
「アンタ、バカぁ?このアタシが作ったのよ。食べられないわけがないでしょ。」
アスカはちょっと不満そうな表情を浮かべながらも、シンジの前に白いスープ皿を置いた。そして、その脇に
スプーンを置く。
「さ、食べてみて♪」
シンジの脇に立って、アスカはわくわくしたような表情を浮かべている。
その表情を見て、シンジは観念した様な表情を浮かべた。そしてスプーンを手にとって、スープをすくった。
と、甘いミルクの香りが立ち上る。
「あれ?」
シンジはその香りに覚えがあるような気がした。いつのことであるかは判らない。だが、確かに覚えがあった。
「はやく食べなさいよ。」
ちょっとの間、手を止めて考え込んでいたシンジであるが、アスカの言葉に背中を押されたかのように、スプーンを
口に運ぶ。そして、ゆっくりと味わってみる。美味しかった。牛乳の甘みとほうれん草の苦みが微妙にあっている。
そこでシンジは、自分がこのスープを以前に飲んだ事があることを思い出していた。
「これ・・・・・・母さんが、風邪を引いたときに作ってくれたスープに似てる・・・・・・」
その言葉を聞いて、アスカはほっとしたような表情を浮かべて、シンジの隣の椅子に座る。
「よかったぁ・・・・・・・失敗しなかったみたいね・・・・・・・」
「でも・・・・・・・・なんでアスカがこのスープ、知ってるの?」
シンジは不思議そうな顔でそう尋ねた。だがその間もスープを口に運ぶ手は殆どゆるめない。シンジが非常に
空腹であったという事を差し引いても、それだけアスカの作ったほうれん草のクリームスープは、美味しかった
ということだろう。
「あのね今日、シンジのお母さん、ユイさんから電話で教えてもらったの。」
自分の作ったスープを美味しそうに食べてくれているシンジを、アスカは嬉しそうな眼差しで眺めている。
「母さんから、電話?」
「そ。五時ごろ、電話がきてね・・・・・・・・・・」
アスカはシンジに、自分が泣いてしまった部分などを割愛して、簡単にユイとの電話の内容を伝えた。
「ふーん。それで、母さんがこのスープのこと、教えてくれたんだ。」
「そう。で、どうだった?美味しかった?」
目を輝かせながらアスカが聞いてくる。
シンジはちょっと考え込んでから、アスカに向かって言った。
「・・・・・・とっても、美味しかった。」
「そう?そう?」
シンジの言葉を聞いて、アスカの顔が明るくなる。
だがその明るい顔も、シンジの次の一言で、一気に暗くなった。
「でも、母さんの味とは、違うよね。」
「やっぱり・・・・・・・アタシ、料理が下手なのよね・・・・・・・」
アスカはしゅんとしてしょげ返ってしまった。
その様子をみて、シンジは慌てた。どう考えても、アスカに自分の言いたいことが伝わっていなそうである。
「その、なんていうか・・・・・・・・母さんの作ったのより、美味しくないとかそういうことじゃなくて・・・・・」
「じゃ、どういうことだってぇのよ。」
アスカは恨めしそうな顔で、シンジを眺める。
「その、なんていうか・・・・・・・・これがアスカの味なんだなって思って・・・・・・・ほ、ほら、いっつもアスカ、料理
なんか作ってくれないじゃないか。だから・・・・・・・その・・・・・嬉しくて。」
ちょっと気恥ずかしそうな表情を見せながら、しどろもどろながら、シンジはそう言った。
「・・・・・・やっぱり、シンジってバカよね。アタシの味ってなによ?」
アスカはシンジから顔を背けたまま椅子から立ち上がり、そそくさとコンロの方に向かい、凄い勢いで鍋を
かき回しはじめる。
「アスカ?」
シンジは自分の思ったままを言っただけだった。それがアスカの気に障ったのかと思い、心配になる。
「なんでもないわよ。ただ、アタシもスープを飲みたかったからこっちに来ただけなんだから。」
アスカはそう言いながら、人差し指で目の下を拭った。そして、とびっきりの笑顔でシンジの方を向く。
「シンジも飲むでしょ、超天才美少女のアタシが作った美味しいスープ。」
「あ、お代わりもらおっかな・・・・・・・・これすごく美味しいよ。」
シンジは空になったスープ皿をアスカに手渡す。
「こんなに美味しいスープ飲めば、風邪なんかすぐに治っちゃうわよ。」
アスカはそう言いながら、シンジから皿を受け取る。
「シンジに世話をしてもらうのも嬉しかったけど、世話をしてあげるのも・・・・・・・これだけ喜んでくれ
ると、嬉しいもんね・・・・・・・ユイさんにお礼、言わなきゃ・・・・・・」
スープを盛り付けながらアスカは小さく呟き、それからくるりと振り向いた。
「さ、ありがたく飲みなさいよ、アタシの味の、ほうれん草のクリームスープ」

終劇

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