頭、頭、頭、頭。
人、人、人、人。
どっちを向いても、人の頭しか見る事が出来ない。それほど、日曜日の開店直後の、イセ
タンデパート第三新東京店は、買い物客でごった返えしていた。家族連れや恋人同士、また
は友達同士で来ているのだろうか。とにかく、信じられないくらいの人の数であった。
そしてその中には、アスカとシンジの姿もあった。
「うわぁ・・・・混んでるね・・・・・」
予想よりも遥かに混み合っている店内を見て、シンジは驚きの声を上げる。
「・・・・・ま、このくらい予想通りよね。」
アスカはそう言うが、言葉とは裏腹に、アスカの顔にも「なんでこんなに人がいるのよ」
という表情があからさまに浮かんでいる。。
「僕は時計を見るけど・・・・・アスカは何を買いに来たの?」
エスカレータでとりあえず二階へと上りながら、シンジはアスカに聞いた。
「夏のワンピースを一枚買おうかと思ってるんだけど・・・・・」
アスカは一段下に立っているシンジの顔を見る。
「一緒に選んで欲しい」
そう言いたいのだが、その一言を口にする事が出来ない。言わなければ、言わなければと
思っているうちに、エスカレータは二人を2階にと運んでいた。
ワンピースを探すなら、専門店のたくさんあるこのフロアで探すのが一番である。一方、
シンジが買いたい時計は6階にある。だから、「一緒に見てくれない?」と頼むなら、今、
頼まなければならなかった。
でもアスカは、やっぱりその一言が口に上らない。
「ここで言わなきゃ、なんのために来たのよ・・・・・・・」
アスカは心の中で自分を叱咤激励する。それでも思いとは裏腹に、口は動いてはくれない。
心の中で、激しい葛藤を起こして、下を向いて黙り込んでしまったアスカに向かって、シン
ジは不思議そうに声をかけた。
「ね、速くワンピース見に行こうよ。」
アスカの気持ちをくみ取ったわけではないのだろうが、シンジは一緒にワンピースを見繕っ
てくれるつもりであったようだ。
シンジが一緒に見てくれることになって、アスカはほっとした。シンジに選んでもらわな
ければ、レイの誘いを断ってまでシンジと一緒に買い物に来た意味が、全くないからだ。
そんな気持ちと同時に、アスカは、「一緒に見てくれない?」という一言を口に出来ない
自分に、情けなさも感じていた。
「見にいかないの?」
自分の情けなさに嘆息しているアスカに向かって、シンジがそう声をかける。
「そ、そうね。見にいきましょ。」
二人は若い男女でごった返している専門店街へと足を進めていった。
その2時間後。
「これも・・・・・いまいちね。」
アスカとシンジは、7軒めの店でワンピースを見ていた。
アスカはさっきから「いまいちね」としか言わない。気に入ったデザインのワンピースは、
いまだに一着も見つかっていないようだ。
何回かアスカは試着していて、それをシンジは見ていた。アスカが着たどのワンピースも似
合っているように感じて、そう言ったのだが、アスカは納得しなかった。
アスカだって、それらのワンピースが全くよくないと思っている訳ではない。結構いいのも
あったような気がする。だが、シンジが言葉を失うほどに似合っているのこそが、アスカが考
える「似合っている」のレベルだったのである。そんなに似合う服など、めったに見付かる訳
もない。
それでも、2人は探していた。
「ね、大体、なんでワンピースなの?」
8軒めの店へと移動しながら、シンジが当然の疑問を口にする。
シンジは最近、アスカが可愛いという事は認めている。シンジは、アスカならどんな服を着て
も似合いそうな気がしていた。いつも学校に着ていく制服も凄く似合っているし、家でくつろいで
いるときの、ジーンズ姿だって似合っている。それなのに、アスカがワンピースにこだわる理由が、
シンジには、いまいちよく判らない。
「ワンピースが、アタシの上品で清楚な美しさを一番引き立ててくれるからよ。」
店頭のマネキンが着ているワンピースをぺたぺたと触りながら、アスカが答える。その表情
から察するに、アスカはこの服にも気に入らない所があるらしい。
「でも、アスカなら可愛いから、ワンピースじゃなくても、似合うと思うんだけどな。」
他のマネキンが着ている服を眺めながら、シンジは何気なくポツリとそう言った。
その言葉を聞いて、アスカの顔がぱっと紅くなる。
アスカは初めて、シンジが自分の事を可愛いと言ってくれたのを聞いた。多分シンジは、ただ
思ったままを口にしただけなのだろうが、それでもアスカの頬を熱くさせるには十分な言葉だっ
た。
「そ、そこまで言ってくれるなら、他の服も見てみよっかな・・・・・」
恥ずかしさで頬が熱くなっている事に気がついたアスカは、それをシンジに見られるのが恥ずか
しくて、シンジの方を向く事が出来ない。
「ね、アスカ」
そのアスカの小さな手のひらを、シンジが不意に掴んだ。
「え・・・・」
二人の間の時間が静止する。
先に動いたのは、シンジの方だった。
「ご、ごめん・・・そんなつもりじゃ・・・・・」
頬が熱くなり顔が紅くなっていくのを感じながら、シンジは慌ててアスカの手を放す。
アスカの方はと言えば、頭がぼーっとして何も考えられない。
だが、次第に何が起きたのかを把握し始めて、ただでさえ紅かった顔が、さらに紅くなった。
慌ててシンジに向かって、訳の判らない事を言いはじめる。
「手は別にアタシを握られたくらいシンジに気にしてないわよ」
全く意味が通らない。が、恐らく、「アタシは別に気にしてないわよっ」というような趣旨のこ
とを言おうとしたのだろう。
顔を紅くした二人の間に、無言の時間が流れていく。
その二人の間の静寂を破ったのは、アスカとシンジのどちらでもなく、どこかで聞き覚えのあ
る関西弁であった。
「なに、夫婦で見詰め合っとんのや。気持ちわるいのお。」
その言葉にアスカとシンジは慌てて後ろを振り向く。そこには、アスカにとっては予想通りの
シンジに取っては予想も出来ないような組み合わせの二人がいた。
続劇