第参拾伍話  


『海の彼方へ(5)』

 
 「全く………ミサトが間違った道を突っ走るから、もう夕暮れ間近じゃない」
黄色がかってきた空に目を向けながら、アスカは助手席から体を外に押し出した。
「ネルフの人に、送ってもらえば良かったんじゃないですか」
反対側の後部座席から体を滑り出させながら、シンジもミサトに声をかけた。
「うぅん、そうは言ってもねぇ」
車から降り立ったミサトはそう言いながらサングラスを外す。サングラスの下には、苦笑が
隠されていた。
「ネルフの人たちに迎えに来てもらったら、ユイさんたちがリラックスできないじゃない」
「あ、そうか」
アスカは納得の表情を浮かべた。シンジの両親、ゲンドウとユイは、それぞれネルフの所長
と副所長である。ネルフの職員が来れば、「お気遣いなく」と言っておいても気を遣うだろうし、
それではゲンドウたちもくつろげようはずもない。
「偉い人も大変ね」
ミサトが止めた車の後ろに停車しようとしている、ユイとゲンドウ、それにアスカの母親
キョウコの乗っている車に目をむけながらアスカはぽつりと呟いた。
「おまたせ」
後ろの車から真っ先に降りてきたのは、ユイだった。その後に、キョウコが続く。ゲンドウは
と言えば、二人分の荷物を後部トランクから取り出そうとしていた。おそらく、ユイに弱いゲン
ドウが、「キョウコさんの分も持ってあげて」と頼まれて断りきれなかったのだろう。いかつい
風貌に似合わず、人のいいゲンドウであった。
「へぇ・・・・・・・こんな所に別荘なんかあったんだ」
目の前の松林にたたずむ、コンクリートの打ちっぱなしの建物を見て、ユイは感心したように
声を上げる。
「ネルフの厚生施設って、意味不明にたくさんありますからね」
建物の玄関とおぼしき方向へと一行を誘導するミサトの後ろを、ユイと肩を並べて歩みを進め
ながら、キョウコは苦笑する。
「財務状況が悪くなったら、片っ端から売っていけば、当分の間、給料は保証されそうですね。」
そのキョウコの声を聞きつけて、前を歩いていたミサトが、笑顔を見せながら振り返る。
「そうならないように、広報部が技術を売り込んでますから」
その笑顔を見るや否や、キョウコとユイは大きくため息を吐き、がっくりと肩を落としてみせた。
「そっか、広報部長ってミサトだったのよね」
「葛城さんか・・・・・ここに来るのも最後になりそうね」
口々に力ない言葉を紡ぎ出す二人に、ミサトは引きつった笑いを浮かべた。
「ユイさん、キョウコさん・・・・・・」
頬のあたりをピクピクとさせているミサトの顔をひとしきり眺めてから、ユイとキョウコは顔を
見合わせてクスクスと笑いを漏らす。
「ミサト、冗談よ」
「そうよ、葛城さん。安心しておまかせしてます」
そんな二人の母親とミサトの後ろ姿を視界に捕らえながら、アスカは小さくため息を吐いた。
「キョウコママもユイおばさまも、どこまで本気なのか判らないわよね」
「うぅん・・・・・・・・・でも、ミサトさん、結構がんばってるんじゃないのかな」
アスカから半歩遅れて歩いているシンジがそう言う。
「そうだな、我々、理系の、研究者肌にはできない発想を、して、くれるから、な」
シンジの言葉にかぶせるようにかけられた声は、やっとみんなの列に追いついたゲンドウのそれ
であった。大きな鞄を二つも抱えているために、息があがり始めている。
「あ、おじ・・・・・さま」
アスカが後ろから急に話に参加してきたゲンドウに驚き、声をかける。しかし、ユイのことを
「おばさま」と呼ぶことに抵抗を持たないアスカでも、ゲンドウに「おじさま」と声を掛けることは
はばかられたのか、中途半端な声になってしまう。
そんなアスカのためらいに気がついたのか、ゲンドウは苦笑いを顔に浮かべた。
「おじさまでも構わんよ」
その言葉にアスカはシンジの方を向いて、ぺロッと舌を出してみせる。それにシンジは、小さな
笑みを返した。
そんな二人の様子を視線で追っていたゲンドウは、歩みを速めて二人の脇を通り抜ける。
そして通り抜けざまにアスカとシンジの二人に声を掛けた。
「葛城君は生活全般の能力は低いかも知れんが」
肩に担いだキョウコの鞄を、しっかりと担ぎ直してから言葉を更に続ける。
「仕事に置いては、代わりの人間を探すのは難しいほど、優秀なのだよ」
そう言ってからゲンドウは足を速めて、数歩前を歩きながら談笑をしている女性三人組みの方へと
進んでいった。
シンジはゲンドウの言葉を聞いて、小さく唇を突き出す。
「父さんがそう言っても、なかなか信じられないよね、アスカ」
シンジは、いつのまにか自分の隣の位置を歩いていたアスカの顔を覗き込む。
アスカは自分の碧い瞳の真っ正面にある、シンジのこげ茶色の優しげな瞳にドキドキしてしまう。
そのドキドキを抑える方法が思い付かず、アスカはプイとそっぽを向いて歩みを速める。。
期待していた返事が返ってこず、しかもアスカがそっぽを向いてしまったので、シンジは「何か
悪いことでもいったかな」と心配になってしまう。
そして小走りでアスカを追い越して反対側に回り込んでから、もういちどアスカの顔を覗き込む。
「あの・・・・・アスカ?なんか悪いこと言ったかな?」
優しい瞳で見つめられてドキドキしてしまい、そのドキドキから逃げるためにそっぽを向いたのに、
今度はさっきよりも更に至近な距離で見つめられて、アスカは頬の温度が瞬間的に上昇してしまうのを
感じる。
嫌いじゃないのに、好きなのに。
自分の感情に素直になれない自分に腹が立ち、感情をもてあまし、アスカはもう一度プイとそっぽを
向いて走り出す。
「知らないっ」
集団から取り残された形になったシンジは、困惑した表情でぽつりと漏らす。
「なんなんだろ・・・・・・・」
その呟きを流し去ろうとするかのように、涼やかな風がシンジの頬をなでて通り過ぎていった。








「うわぁ!きれいきれいきれい!」
別荘の高いドアをくぐり、奥へ進んでリビングへと足を踏み入れたアスカは、そう簡単の声を上げた。
アスカの目の前の、リビングルームの海に面した方の壁は、フローリングの床から高目の天井まで
ガラス張りになっていた。建物の向こう数メートルからは断崖絶壁になって落ち込んでいるいるらしく、
浜辺は見えない。しかし。その何もなくなっているところの向こうには、ずっと、海が広がっていた。
ゆるやかに弧を描く水平線の上にふんわりと浮かんだ、茜色に輝く大きな太陽。そして大きな夕陽の
輝きを受けて、ゆったりとした波面をゆらゆらと煌かせる海。その海から黒いシルエットとなって唐突
に飛び出している岩礁で小さく砕け散る波しぶき。
太平洋岸育ちのシンジは当然のこと、アスカもこんな夕景を目にするのは初めてであった。
「すごい・・・・・・・・」
夕陽の優しい光に顔を染めて呆然と見入っているシンジとアスカに、キョウコやユイに寝室の説明
をしていたミサトが、説明を一時中断して声を掛けた。
「シンちゃん、アスカ。ここから見るのもいいけど、下に降りてみたら?」
「下に?」
アスカが鸚鵡返しに聞き返す。
「そ。玄関を出て左に行くと、ケーブルエレベーターがあるから、それで下の浜まで降りてみると
いいわ。下だと、波の音がしてもっとイイ感じだから」
「どうする?」
尋ねるアスカに、シンジは「当然」といった感じで答える。
「せっかくだし、見てこようよ」
シンジの言葉にアスカは嬉しそうに首を縦に振る。
「急ぐわよっ、シンジっ」
夕陽が沈む直前の、もっとも美しい時間帯は僅かの間でしかない。その時間が通り過ぎてしまうの
が心配なのか、アスカとシンジは大急ぎで部屋を出ていった。
「それにしても、本当に綺麗な夕陽ね」
ユイは一枚ガラスの前に置かれているソファーへと足を向け、トサッと軽い音を立てて腰を落とす。
「ええ。わたしもこんなに綺麗だとは思いませんでした」
ユイの隣でミサトも足を止める。
ミサトの言葉を聞いて、荷物を二階の寝室へと移動させるべくリビングを離れようとしていた
キョウコがあきれたような声を上げた。
「あらやだ、ミサト、来たことなかったの?」
「ええ、まあ・・・・・・広報部のコに探してもらっただけで・・・・・」
「ま、ミサトもなにかと忙しいのよね」
キョウコは悪戯っぽい表情でそう口にしてから、鞄を肩にしっかりと掛け直して、リビングを
出ていった。
階段を上るキョウコの足音が遠くなってから、ミサトは困った顔で、ソファーに腰かけている
ユイに目をむける。
「なんか、わたしって、仕事をしてないように見えますか?」
「あらあら、大丈夫よ」
ユイはコロコロと笑う。
「キョウコさんもあたしも、葛城さんには感謝してます。仕事の面でも、シンちゃんやアスカ
ちゃんのことでも」
ミサトとユイはそれからしばらくの間、無言で、じりじりとした速度で沈んでいく夕陽を眺
めていた。夕陽は落ちていくほどに、その色を赤く変えていく。
「夕陽ってなんでこんなに綺麗なんでしょうね」
下側の弧が、今や、水平線と溶け合おうとしている夕陽を見つめながら、ミサトはポツリと
漏らした。
ユイからの返事は、ない。
ミサトは言葉を続ける。
「やっぱり・・・・・・・・・海の向こうに消えていくから、もうすぐ見えなくなっちゃうから、こん
なに綺麗で、こんなに胸を」
「それはちょっと違うわね」
唐突にミサトの言葉を遮ったのは、いつのまにか後ろに来ていたキョウコの声であった。
「今日はもう会えなくても、明日また、必ず会えるから。だから夕陽は綺麗なんじゃないかしら」
その言葉にユイは、瞼を閉じて首を小さく縦に振る。
「そうね。キョウコさんの言う通りね」
そして、水平線でその完全な円形を崩して、溶けるようになっている夕陽にもう一度目をやった。
「二度と現れない、海の向こうに消えて帰ってこない夕陽なんて・・・・・・・綺麗じゃない・・・・・」








その数分ほど前。
シンジとアスカは、絶壁をゆっくりと海浜へと向かって下がっていくケーブルエレベーター
に乗っていた。
「すごい綺麗・・・・・・・・・・・」
エレベーターの日本海に面した方は、ガラス張りになっており、海にまさに沈もうとしている
夕陽を目の前に見ることができるようになっていた。
「僕、太平洋側で育ったから、こんなの見るの初めてだ・・・・・・・・」
感嘆の声を漏らす二人を乗せて、ケーブルエレベーターは、斜めに浜へと向かって降下していく。
しばらくするとガラスの向こうに見えるものが、夕陽と浜辺から、無愛想な人工物へと変化し、
かすかな振動を残してエレベータは停車した。
プシュッという音を立ててエレベータのドアが開く。と同時に、海の潮の香りを乗せた風も
吹き込んできた。アスカの蜂蜜色の髪が、海風を受けてふわりと風になびく。
「うわっ、海っ!」
目の前には、ぱらぱらと自生している松の木、そして砂浜、さらにその向こうには日本海が広
がっていた。ミサトの言う通り、沈み行く夕陽が見えることに加えて、浜に打ち寄せる波の音も
かすかに聞こえて来て、確かになんとなく「イイ感じ」である。
「すごいすごぉい・・・・・・・・・」
アスカはそう言いながら波打ち際へと向かって走っていった。
その後を追って、シンジも波打ち際へと進んでいく。その途中でシンジは、今まで死角になってい
た松の木の影に、小さな建物があることに気がついた。日本風の建物であるのだが、玄関もなく、
海に面した方向と断崖に面した方向には壁がない。部屋は地面より一段高くなった所に、一部屋だけ
しかなく畳が敷いてあるだけである。
「??」
シンジは不思議に思いながら、海の側から回り込んでみる。建物の海の側、壁のないところは縁側
になっていた。
「この建物、何だろう・・・・・・」
小さく呟きながらシンジは、古びて黒ずんでいる縁側に腰を下ろした。腰の下で「ギシッ」と木
が軋む音が聞こえる。
「なんで壁がないんだろう?」
頭の中で「?」マークを点灯させながら、シンジは波打ち際へと目をやる。
波打ち際にアスカが立っていた。夕陽のやさしい色に、蜂蜜色の髪がより美しく輝いている。
「アスカ、立ってないで座ったら」
そう声をかけようとしたシンジであったが、声を掛けようとしたときにアスカの手がゆっくりと
上がった。その手はそのまま顔の横をとおりすぎて、蜂蜜色の髪を掻き揚げた。
その姿を見た瞬間に、シンジの胸がドキンと大きく鼓動を打った。
髪を掻き揚げながら夕陽を見つめるアスカの横顔から目を引き離すことができない。
綺麗とか美しいとか、そういう言葉も思いつかない。ただ、喉の奥がむずむずするような、わけの
わからない感情だけが湧きあがってくる。
どれほどの間、じっとアスカの横顔を見ていただろうか。長かったかもしれないし、もしかしたら
一秒程度の短い時間だったかもしれない。
ふいとアスカが、縁側に腰を下ろしているシンジの方を向いた。
アスカの碧い瞳と自分の瞳が一直線に並ぶ。その瞬間にシンジの胸の奥から、魔法が解けるかのよ
うに、一瞬にしていままでの不思議な感情が消え去り、代わりに、気恥ずかしさが沸き上がってくる。
「シンジ、こっち来て見たら?」
アスカがシンジを大声で呼ぶが、シンジは小さく目の前で手を横に振った。
波打ち際からその様子を目にしたアスカは、「なんでこないのかな」と思いながら、シンジが座って
いる小さな建物の方へと自分が行く。
「なに座ってんのよ。爺くさいわねぇ」
からかうような口調でそう言ってから、アスカはシンジの横に、二人分くらいの間を開けて腰を
降ろす。
「爺くさくなんかないよ」
シンジがふて腐れたように口を尖らせる。
その様子を横目でちらりと見て、クスリと笑いをこぼしてから、アスカは更に言葉を続ける。
「ふぅん、浜茶屋の縁側でたたずんでるなんて、爺くさいと思うわよ」
「はまぢゃや?」
シンジはアスカの言葉の中に現れた単語を、怪訝そうに反復する。
「そ、浜茶屋。この建物のことよ。知らなかったの?」
「へぇ、浜茶屋っていうんだ」
「そ。太平洋側では・・・・・・・・そう、海の家っていうのかな。海水浴の時に休憩するところよね。
日本海側では、浜茶屋って呼んでたらしいわね」
「アスカって、物知りだね」
そう言ってシンジは、驚きと寂しさの混ざり合ったような表情を浮かべた。
アスカはそんなシンジの複雑そうな表情を横目で見て取る。
「なに複雑そうな表情してんのよ」
その言葉に、しばらくの間シンジは、黙っていた。二人の間に沈黙の時間が過ぎる。じっと
シンジが答えるのを待っていたアスカであったが、沈黙に耐え切れなくなったかのように口を
開こうとした。
それより一瞬だけ早くシンジが唇から声を漏らす。
「なんかさ・・・・・・・・・・・」
腰を下ろしたまま縁側の縁を両手でつかみながら、シンジは夕陽に目をやる。
「アスカって凄いなって思って・・・・・・・・いつも普通の女の子って思ってるけど・・・・・・・
でも・・・・・・・・時々、僕なんかとは違う人間なのかなって・・・・・・・・・・」
縁側の縁をつかむ両の手に力が少しこもる。
偽らぬシンジの心情であった。いつもは、ちょっとおっちょこちょいで、かなり強気の、で
もどこにでもいる普通の女の子のように感じる。でも、ときどき見せる知性と能力の片鱗が、
なにかアスカをシンジにとって遠いものにしてしまう。
「うーん・・・・・・・・・・よくそう言われるのよね」
小さな苦笑を浮かべながらアスカが口を開く。
「でもアタシは」
そこでアスカは一旦言葉を区切る。そして暫くの間逡巡した後に、意を決したように再び言葉
を続ける。但し、シンジが聞き取れるか聞き取れないかというほど小さな声で。別に意図して小
さな声にしたわけではない。だが、どうしても小さな声になってしまう。
「アタシは、シンジには普通の女の子って思っててほしいな」
その小さな思いを、海から優しく吹き付けてくる風が、シンジの耳へと運んでいく。
シンジはアスカの言葉を聞いて、目をパチパチとさせていたが、アスカの方に笑みを向けて、
小さく肯いた。
「そうだよね。僕なんかと比べるとずっとずっと頭も良いだろうけど、でも、普通の優しい
中学生の子なんだよね」
「べ、別にシンジだから優しいわけじゃないんだからね」
シンジに「優しい」と言われてアスカは頬が熱くなるのを感じ、それをごまかそうとするかの
ように慌てて言い訳を始める。だが、夕陽の光の赤さで、頬が紅くなっていることは、シンジに
は全く気がつかなかった。もっとも、夕陽の下でないところでアスカの頬が紅い事に気がついた
としても、シンジの鈍感さでは理由までは理解できなかったであろうが。
「そんなこと、わかってるよ」
シンジの言葉は嘘ではない。アスカというと気が強い面ばかりが目立つが、実際は、友達の事
をとても気遣う繊細な面もあることを、シンジは気がついていた。
だがアスカにはシンジの言葉は届かなかったようだ。別に聞いてもいないことを説明し始める。
「メロン剥いてあげたのだって、別にシンジだからってわけじゃないんだから」
それを聞いて、シンジはポンと手を打った。
「あ、あれってやっぱりアスカだったんだ。テスト勉強してる時、誰かがメロン剥いてくれてて。
誰だろう、って思ってたんだけど」
「アタシじゃないもん」
アスカは急にプイとそっぽを向いて立ちあがり、そのままスタスタとエレベータの方へ向かう。
『アタシって素直じゃない・・・・・・・・・そうよ、って言えばいいだけなのに』
それが判っていながら、行動に移せない自分にもどかしさを感じながら、アスカは足を動かす。
その後ろでシンジは、困った表情を浮かべていた。
『さっきは「メロン剥いてあげたのだって』って言ってたよな・・・・・・・・・それってアスカが剥いて
くれたってことじゃないのかな・・・・・・・・・・わけわかんないや・・・・・・・・・』
シンジにはコロコロと変わるアスカの態度がイマイチ理解できない。しかしそのまま自分だけ
座っているわけにも行かず、アスカの後を追っていく。
「アスカ、どこ行くの?」
その問いかけにアスカは、背中を向けたまま答える。
「もうそろそろご飯かも知れないし、帰りましょ」
「あ、そうだね」
シンジは左手首の時計に目をやり、降りてきてからずいぶんと時間が経っていることに思い至ら
せられる。
「あ」
シンジが時計から目を外すのとほぼ時を同じくして、アスカが素っ頓狂な声を上げて立ち止まる。
「太陽、沈んじゃった・・・・・・・・・・・」
寂しそうなアスカの視線の先を見ると、そこにはピンクとも紫ともつかない優しい色に彩られて
いる空と、黒さを増している海だけがあった。先ほどまでそこに輝いていた夕日は、無い。
「明日も、夕陽、見れるわよね」
アスカの言葉にシンジは自信無さそうげに答える。
「明日も晴れなら、ね」
シンジの答えを聞いて、アスカはにっこり笑って、再び歩き始める。
「天気なんて、アタシが晴れって言えば、晴れるのよ」
自信満々な言葉を聞いて、シンジは思わず苦笑を禁じ得ない。
「なんだよ、それ・・・・・・・・・・」
葛城ミサト、碇夫妻、惣流キョウコ、そしてアスカとシンジ。彼らの夏の休暇の日は、まだ始まった
ばかりであった。





続劇

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