第弐拾七話  


『Start(7)』

邦題 :スタート(7)

 

  東京ディズニーランドで、一番込み合う所はどこであろうか。
大抵は最新のアトラクションであるといって間違いないだろう。待ち時間を示す立て札を見ると並ぶのが
嫌になってしまうほどに、人が集まっている。
しかし夜の帳が下り、帰る時間が近づいてくると事情は少し異なってくる。皆が皆、自分の、そして友人
や家族へのお土産を買うために、ワールドバザール周辺のショップへと集まってくる。今はパレード前の時
間であるために、少し前よりは人の波もひきはじめているのだが、それでも店内はお土産を求める人でごっ
たがえしている。その人の波のなかで、アスカも両手一杯にいろいろな物を抱えて、それでもまだ何かを探
しているかのような眼差しで店内を移動していた。
「えっと・・・・・・・・ヒカリは・・・・・・・オルゴール・・・・・」
右手に抱えた小さなオルゴールを眺めながら、アスカは一人呟く。
「レイはと・・・・・・・」
アスカは今度は左手に抱えている、プルートのぬいぐるみに目をやった。
「あれで結構寂しがりやだから、ぬいぐるみで良いわね。レイの部屋って、殺風景だし・・・・・」
最後にアスカは、両手の間に無理矢理抱えている、ごちゃごちゃとしたいろいろな物に目を落とす。
「後のみんなは・・・・・・てきとーでいいわよね。一々考えるのも面倒だし・・・・・・・」
それら両手一杯に抱えた物を落とさないように上手にバランスを取りながら、アスカは支払待ちの列の
最後尾に加わった。「ちょっと買いすぎたかな」と思っていたアスカではあったが、それが取り越し苦労で
あった事に気がつく。前に並んでいる人達の誰もが、アスカよりも遥かに多い品物を抱えていた。
「・・・・・・・・・・あんなに買って、どうするつもりなのかしら・・・・・・・・・」
自分も「買いすぎ」に近い状態であるにもかかわらず、アスカは呆れたようにそう呟いた。




そのころシンジは、アスカがいる店から少し離れた店にいた。
「ミサトさんのお土産、なんで僕が買わなきゃいけないんだろう・・・・・・・・・」
シンジはぶつぶつと不満そうに呟きながら、店内を見て歩いていた。
店内は、アンティークっぽい品物が主として置かれており、アスカがいるような「ディズニー一色」な
店とは全く雰囲気が違っていた。それでも世の中にアンティークな品物が好きな人も多いからか、他の店と
遜色のない客付きであった。
「だいたい、ミサトさんのおみやげなんか・・・・・・・何が良いのか思い付かないよ・・・・・・・」
何が良いのか全然思い付かないのでとりあえず回ってみようと思ったのだが、5軒めのこの店に入った時
点でも、未だに何にしようか、アイデアさえ浮かんでいなかった。
「こまったな・・・・・・・・・・あ」
困り果てていたシンジの目に、ある一つの品物が飛び込んできた。
取っ手の部分が木と金属で出来ている、無骨なデザインの大きなビールジョッキ。
「・・・・・・ミサトさんビール好きだし・・・・・」
ビールが好きな人にビールジョッキ。これ以上はない組み合わせのように思える。しかしミサトの場合は、
「ビールが好きな人」というよりは、ほとんど「ビールを飲み過ぎの人」である。常々シンジはミサトに、
「あんまり飲みすぎないほうがいいですよ。」と言っている。それなのにビールジョッキを買っていったので
は、「ビールをガンガン飲んでください」といっているような物である。
「困った・・・・・・・・・・」
買うべきか買わざるべきか、しばしシンジは逡巡する。その後に、シンジはふと時計に目を落とす。時計の
針は、アスカと待ち合わせた時間が近い事を示していた。
「・・・・・・・・もうこれでいいや・・・・・・・・・・・」
これ以上考えたとしても良い考えが浮かぶとも思えない。アスカとの約束までの時間も、無い。
ミサトへのお土産はビールジョッキに決定して、ビールジョッキを掴んでレジへと向かう。
「・・・・・・はぁ・・・・・・まだ自分の分も買ってないのに・・・・・・・」
ぼやきながらシンジはレジでお金を払う。値段はかなり高い。「しかたないよな」と思いながら、店員が包
包装してくれているのをじっと待っているシンジの目に、レジ脇に置かれた一つの商品が目に入った。
「あ・・・・・・・」
シンジの口から言葉が漏れる。
しばし空を見つめて何かを考える。もう一度、品物を見る。再び空を見つめて何かを考える。それから、
ビールジョッキの包装を終えようとしている店員に対して、申し訳なさそうに口をひらく。
「あの・・・・・・・すいません。これももらえますか?」




「まったく・・・・・・・・シンジったら時間にルーズなんだから・・・・・・・・」
アスカは頬をぷうっと膨らませながら、左手の時計に目を落とした。時計の針は約束の時間を5分過ぎていた。
「・・・・・まさか、また迷子にでもなったんじゃぁないでしょうね・・・・・・」
アスカが立っている所は、ワールドバザールのシンデレラ城側の端である。もうパレードの時間がかなり
近づいているので、ワールドバザールはそれほど混雑しているわけでもない。
「・・・・一回迷子になってるくらいだし・・・・・・・でも、あのシンデレラ城が見えないわけ無いわよね」
アスカはシンデレラ城を見上げる。元々がディズニーランドでもっとも目立つ建物であるので目立つ上に、
夜になって美しくライトアップされている。「シンデレラ城がどっちにあるか判らない」ということは、いくら
シンジであってもあろうはずはなかった。
「これじゃ、パレード、近くで見れないじゃない・・・・・・・・・」
パレードのコースに向かって歩いていく家族連れや恋人達を、うらやましそうに見やりながら、アスカは更に
頬をぷぅっと膨らませる。
アスカが今日のディズニーランドでもっとも楽しみにしていたのが、「Drean A Dream」と名づけられたこの
パレードであった。煌びやかなイルミネーションとホログラムなどを駆使した幻想的な美しさ、それがパレード
の売りであった。もっともこの夜のパレードの「売り」は20世紀から変わってはいない。
「まったくシンジ、なにしてんのよっ、もうっ!」
シンジがなかなか来ないので、苛立ちを隠す事もなく、アスカはぷいっと人の流れから顔を背ける。
と、叛けた先の視界には、男の子の顔がいっぱいに入って来た。
「キャッ」
視界の先にいた男の子、ちょっと気弱そうな瞳と黒い髪、シンジであった。
「ゴメン、アスカ。ちょっと買い物が長引いちゃって・・・・・・・・・・」
頭を掻きながら、シンジが頭を下げる。
「もうっ、シンジが遅いから、パレード近くで見られないじゃないのよっ、アタシ楽しみにしてたのよっ」
驚きでまんまるになっていた目をすうっと細くして、頬を再び膨らませながら、アスカはシンジに愚痴った。
「ご、ごめん・・・・・・その・・・・・」
なにも言い訳を思い浮かべる事も出来ず、シンジはもう一度、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ほんとに、ごめん」
その姿を見ながらアスカは「ちょっと言い過ぎたかな」と後悔した。いつも一言多い、それが良くない性格
であることはアスカ自身も気がついていた。気がついてはいるのだが、「謝らなくちゃ」と思いながらもどうも
素直に謝ることができない。
「あの・・・・・アタシも・・・」
そんなことなど知らないシンジは、もう、パレードの通過するシンデレラ城の方へと歩きはじめていた。
「アスカ、早く行って、少しでも見やすい所でみようよ」
「そ、そうね」
またもや謝るタイミングを逃してしまい、なんとなくバツの悪い思いをしながらもアスカはシンジの後を追った。
「それにしても」
シンジは隣を歩いているアスカの手元に目をやった。
「凄くたくさん、買ったんだね・・・・・・」
アスカは、道を歩いている多くの観光客と同様に、ディズニーランドの大きなビニールバッグを手にしていた。
もっとも、そのビニールバッグを両手に抱えている人もいるのだから、一つしか持っていないアスカが特に買い物
の量が多いとは言えない。それでもシンジはといえば、何も荷物が増えてはいないのだから、シンジから見れば、
「凄くたくさん」の買い物と言えるだろう。
「まあね。女の子の付き合いはたいへんなのよ。」
アスカは左手にずっしりとした荷物の重さを感じながらそう答えた。
「そう言えばシンジって・・・・・・・・・なんか買ったの?」
何も持っていないシンジにアスカはそう尋ねる。お土産を買いすぎるのもどうかとは思うが、シンジくらいの
年頃で、ディズニーランドへ来て何も買わないというのも変わっている。
「えっと・・・・・・ミサトさんのお土産と・・・・・・」
「あ、そうか。ミサトのお土産の分は後で割り勘にしてね」
シンジがミサトのお土産を購入することになってはいたが、「代金は割り勘」という事で二人の間で話が決まっ
ていた。そうでなければ、あのビールジョッキの値段では、買い難いものがある。
「あとは?」
それしか買っていないの、といった口調でアスカはシンジに尋ねる。
「あとは・・・・・・・その、いろいろ」
「いろいろ?」
なんとなく歯切れの悪いシンジの返事に、アスカは首をかしげる。
「そんなことより、早く行かないと、パレードが通り過ぎちゃうよ」
アスカの質問への答えをはぐらかすかのように、シンジは歩みを速めた。
「それもそうね」
なんとなく、「ごまかされたかな」という気持ちがしないでもないが、アスカもシンジに倣って歩みを速める。
目の前には既に、幾重にも人垣が出来ていた。いまなら何とかパレードを見るスペースを確保できない事もないだ
ろうが、「シンジが何を買ったのか」を詮索するという余計な事をしていたら、本当に、パレードを見る場所を
確保する事が難しくなりそうであった。
「ここらへんでいいかな?」
先行していたシンジが歩みを止めた。目の前には家族連れがいたが、それでも十分にパレードを見れそうであった。
「うん」
アスカは素直に肯いて、荷物を足元に下ろす。荷物が重かったせいだろうか、手の平にはほんのりと赤い痕が
線状にできていた。
「それにしても、凄い人の数よね」
荷物を置いたアスカは、手の平をさすりながら、周囲を見回して呆れたような顔をみせる。
シンジとアスカの周りにはとにかく人、人、人。いままでパーク内に分散していた人の殆どが、パレードコース
周辺に集まっている。この時間帯にアトラクションに行けば、あまり待たずに乗れたりするのだが、それよりも
パレードを見たいという事なのだろう。
シンジとアスカの周りにも、時間を追うに従って人がさらに集まりはじめていた。前にいた家族連れが道に腰を
下ろしたので、シンジとアスカが実質的に最前列になっていた。それでも皆が「良い位置で見たい」との思いで、
徐々に、じわりじわりと前へと進んでくるので、アスカとシンジの周りは、かなりの人込みとなっていた。
「本当に、人、多い・・・・」
シンジに向かってそう言った、アスカの言葉が途中で途切れる。
横を向いたアスカの顔の前には、シンジの横顔があった。思っていたよりもとても近くに。
思っていたよりも自分とシンジとの距離が近づいている事に、アスカは少し身を硬くした。
『うわっ・・・・・こんな近くにいる・・・・・・』
今まで近づいた事がないほどの距離。肩と肩がふれあう距離に、今、アスカとシンジはあった。
『なんか・・・・・凄くドキドキする・・・・・』
ただそこにいるだけで、ただそれだけで幸せな気分になれる。そのことがアスカに、自分がシンジに対して抱い
ている思いを再認識させた。
もっともシンジは、アスカとの距離が肩が触れ合うほどに近づいていることなど、全く意に介さない、というより
気がつきさえしない様子でさえあった。
「もうっ・・・・・鈍感・・・・・・」
シンジののんびりとした所も、気に入っているアスカではあったが、それでも「ちょっと鈍感すぎやしないか
しら」と思ってしまう。その思いが、思わずアスカの口から小さな呟きとなって漏れた。
と、その呟きが聞こえたのか、シンジがくるっとアスカの方を向く。そしてアスカの顔を覗き込むようにする。
「アスカ、もうパレードがそこまで来たよ」
だがアスカの耳にはシンジの言葉は入っては来なかった。正確に言えば、聞きはしたが聴くことはなかった。
目の前20センチの距離にあるシンジの顔。ただそれだけが、アスカに何も聴こえない、何も考えられない状況
を作ってしまった。「ドクン」と胸が鳴って、パァっと頬が熱くなるのを感じて、それっきりアスカの思考は完全
停止してしまっていた。
「あの・・・・・アスカ?」
シンデレラ城がライトアップされているとはいえ、周囲が薄暗いので、アスカの顔が赤いことなどシンジには知る
由もないが、それでもアスカが自分の顔の方向を見たまま、ボケーっとしている事くらいは気がつく。
「アスカ?パレードが近づいてるんだけど・・・・・・・・」
困ってしまったシンジは、もう一度アスカに声を掛ける。
放心状態にあったアスカは、その言葉でやっと我に返る。
「あ、べべつになんでもないわよ」
意味不明の答えにシンジは首をかしげながらも、近づいてくるパレードの先頭を指差す。
「パレード、来たよ。」
その言葉とほぼ時を同じくするようにして、シンジ達の周りの人達もいっせいに歓声をあげた。
「うわぁ・・・・・・きれい・・・・・・・」
アスカのく力も周囲の人達と同じように感嘆のため息が漏れた。
赤、青、金、浅黄色、緑、白銀、エメラルド・・・・・・・・・・色とりどりのライトでデコレートされたパレードカーが
目の前を次々と通り過ぎていく。白金に輝くカボチャの馬車の周りを、立体映像(おそらくは)の蝶が優雅に乱れ
飛ぶ。
「綺麗ね・・・・・・・」
「凄いよね・・・・・」
目の前を次々と通り過ぎていく、あまりにも美しい光の洪水に、シンジとアスカは声も出ないほどに魅了されて
いた。
完全に目の前の光の饗宴に圧倒されている二人の目の前に、さらに圧倒的な光と音が押し寄せる。
花火だった。シンデレラ城の周囲に花火が打ち上げられはじめた。オーソドックスな菊花の形をしたもの。白銀
に輝きながら椰子の葉のように流れ落ちるもの。強烈な爆発音と金色の閃光を撒き散らすもの。そしてパッと花
火が開いてから二度三度と色を変えていく八重芯。UFOやリボンのような形をしたもの。黄金色の光の軌跡を闇に
描きながら柳のようにしだれ落ちていくもの。考えられるだけの種類の花火が、曲導がついているものからついて
いないものまで、嵐のような勢いで打ち上げられていく。
「すごい・・・・・・」
さっきからアスカが口にする言葉は、「凄い」のただ一言だけである。シンジにいたっては、目の前を流れてい
くパレードカーと、上空を鮮やかに彩る極彩色の光と、体の芯に響くような花火の炸裂音に圧倒されて声も出ない。
それでもしばらく経ってやっと我に返ったのか、隣にいるアスカに声をかける。
「凄いよね、アス・・・・・」
シンジの言葉が止まった。
目の前にあるのは、花火に魅了されて子供っぽい歓声をあげているアスカの笑顔。いつも見慣れている、普段と
なにも変わらないアスカの笑顔。違う所といえば、花火の明滅が白い肌に反射していることくらいだろうか。
いつもと違わないはず、見慣れているはず、なのにシンジは胸の奥に一瞬ジーンとするものを感じた。
ふわふわと揺れる蜂蜜色の前髪、少し生意気そうな碧い瞳、凄い勢いで言葉を紡ぎ出す桜色の口唇。顔を構成
するパーツが変わったわけではない。変わるはずもない。いつもと何も変わらない。
だがシンジは、今始めて、なぜか、アスカの無邪気な笑顔に完全に引き込まれていた。自分でも良く分からな
い、胸の奥がジーンとするような、息苦しいような気持ちになっていた。ホーンテッドマンションでアスカが手
を握ってくれたときに感じた安心感、それとも違う気持ちであった。
ちょっと前にアスカがシンジの横顔を見て感じた感情と同じ気持ちであるのだが、そんな事はシンジに判ろう
はずもない。シンジはパレードに見入っている群衆の中でただ一人、アスカの笑顔に完全に魅了されていた。




何時までも続く綺麗な夢などない。イルミネーションと花火、立体映像を駆使したパレード「Dream A Dream」も
終わりが近づいていた。実際はパレード列の長さは結構な長さだし、しかも進行速度は非常に遅いので、自分の前
を通過するのには非常に時間がかかっているはずである。それでも、イルミネーションの美しさと花火の音と光に
完全に魅了されていたアスカにとって、その時間はあっという間に感じられていた。
「ふぅ・・・・・・もう終わっちゃったね」
徐々にひいていく人波を感じながら、アスカはシンジの方を向く。
「あうぅっ?あ、えと、その、そうなの?」
ぼぅっとアスカの笑顔を眺めていたシンジは、急にアスカが自分の方を向いて、視線があったのでなぜかどぎま
ぎしてしまう。
「なによ、シンジ・・・・・・・なんか変よ・・・・・」
様子が少し変なシンジに、アスカが眉をひそめる。
「いや、その、なんでもないんだけど」
なんでもなくはない。ただシンジ自体が、自分の感情がなんだかよく判っていないので説明のしようもないのだ。
「まあ、いいけど。さ、パレードも終わっちゃったし、電車の時間があるから、急ぎましょ。」
なんとなく様子のへんなシンジに釈然としないものを感じつつも、アスカは荷物を持って歩き出す。
それを見て、シンジも慌てて走り出す。さっきまで感じていた胸の奥に何かが詰まったような気持ちは、いつの
まにか霧散していた。
『何だったんだろ・・・・・・・さっきの気持ち・・・・・・・・・』
胸の中で自問しているシンジに、ワールドバザールを出口へと向かって歩いていくアスカが声を掛ける。
「ねぇシンジ、良かったでしょ、ディズニーランドに来て。」
少なくともアスカはとても満足していた。短い時間であったし、「デート」という感じではなかったが、それ
でも十二分に楽しい時間であった。
そんなアスカの問いに、シンジも首を縦に振る。
「そうだね。でも、ホーンテッドマンションはもう遠慮しておくよ・・・・・・・・・」
シンジの声に少し苦い物が混じる。おおむね楽しかったが、さすがに二度とあのアトラクションには入りたく
なかった。
「そうね。シンジにはあれは向いてないわね。」
ホーンテッドマンションでのシンジの様子を思い出して、アスカは苦笑する。しかしシンジは、カリブの海賊
でも絶叫していた。だとするとジェットコースター系のアトラクションは全部駄目だろう。「シンジに向いている
アトラクションって、すっごく少ないんじゃ・・・・」とアスカは思ってしまう。
そうこう思ううちに、いつのまにか目の前には退園ゲートが迫っていた。
カチャカチャと音をさせながら、アスカは冷たい金属製の回転式ゲートをくぐる。
「あーあ。もう帰らなくちゃなのね・・・・・・・」
さっきまでが楽しい夢のような時間であったがゆえに、帰る時にはより一層寂しい気分になってしまう。
「そうだね。でも、きっとまた来れるよ。」
シンジが軽くそう言った。
と、その言葉に、前を歩いていたアスカが、柔らかい髪をふわりと揺らして、満面に笑みを浮かべてくる
りと振り返る。
「そうね、約束よ。」
そしてまたくるりと前を向く。目の前には駅の明かりがかなり近くまで迫っていた。
「あ、ちょっとまってアスカ」
急に後ろからシンジに呼び止められて、アスカは立ち止まる。振り返るとシンジがナップザックの中をごそごそ
かき回している所であった。
「なにやってるの?」
首をかしげるアスカ。そのアスカの前に、シンジはナップザックの中に手を突っ込んだまま歩み寄った。
「アスカ、ちょっと手、前に出して。」
「はぁ?」
何がなんだか判らないまま、アスカは言われたままに手を前に出す。
「はい、おみやげ」
その手の平の上に、シンジはひょいと小さな紙袋を置いた。
「おみやげ・・・・・・ってアタシに?」
キョトンとした瞳でアスカがシンジを見返す。
「うん。ミサトさんのおみやげを買う時に、いいのがあったから・・・・・」
ナップザックを背中に背負い直ながら、シンジは肯いた。
アスカが紙袋をそっと開いて中を覗いてみると、袋の中には、鈍い銀色に輝く細い鎖状のものが入っていた。
「これって・・・・・・ブレスレット?」
驚きを隠せない表情でアスカが呟く。中に入っているのは、細い銀製のブレスレットであった。
「うん。アスカのお陰で来れたから、なんかおみやげ買わなきゃな、とは思ってたんだけど・・・・・・たまたまレ
ジの側にそれがあって、なんか、いいかなぁと思って。」
屈託のない表情でシンジがそう言う。
「お土産」という表現が気になるが、それでもシンジがくれたプレゼントには違いない。だからアスカは凄く
嬉しいのだが、いつもの悪いくせで、どうも素直にお礼を言えない。
「まあったく。アタシも一緒に来てるんだから、お土産なんか買わなくていいのに。」
本当は嬉しくてたまらないのだが、口から出てくる言葉は想いとは正反対であったりする。
「そ、そうかな、やっぱり・・・・・・・・・・」
シンジはちょっと悲しそうな表情を浮かべる。
それを見てアスカは慌てて口を開く。
「そんなことはないわよ。うん。その・・・・・・・・」
左手に嵌めた時計の脇に、鈍く輝くブレスレットを嵌めてアスカは言葉を続ける。
「ありがと」
はにかんだような笑みを浮かべてアスカはシンジにお礼を言う。
その笑みを目にしてシンジは、またさっきと同じような気持ちになる。胸の奥に何かが詰まったような、
胸がジーンとするような感じ。
その気持ちを隠すかのように、シンジはすたすたと退園ゲートへと向かって再び歩きはじめた。
それを目で見送り、アスカは再び左手に目を落とす。
シンジは「お土産として」といっていた。恋人へのプレゼント、というわけではない。それでもアスカは、
左手の時計と並んではめられている銀のブレスレットがとっても嬉しかった。左手の手首を右手で軽く握って、
冷たい感触を感じてからアスカは笑みを浮かべて、小さく呟いた。
「ありがと、シンジ」
そしてまた、歩きながらブレスレットを手でなでる。冷たい金属製のはずなのに、撫でるアスカの指には、
とても暖かい物に感じた。
と、歩きながら左手を眺めていたアスカの笑みが一瞬にして凍り付いた。銀のブレスレットと並んで嵌められ
ている腕時計は、電車の時間の5分前である事を告げていた。
「ちょっとシンジ!乗り遅れるわよ!」
慌てたようにアスカが叫ぶ。
言うが早いか、重いお土産を持っている事など感じさせないスピードで駅に向かって突っ走っていった。
「待ってよ!アスカ!」
これを逃すと、第三新東京市までの直通列車はなくなってしまう。シンジも慌てて駅へとダッシュする。
二人の影は、駅へと向かって吸い込まれるように消えていった。





「ふぃぃ。やっぱ、ビールはジョッキよねぇ、ジョッキ!3度注ぎすると、泡の美味さが違うわねぇっ!」
ここは第三新東京市のコンフォートマンション。ミサトはさっそく、シンジ達が買ってきたお土産のジョッ
キでビールを飲んでいた。
「ミサトさん、ビール、飲みすぎないでくださいよ」
風呂から上がったシンジは、バスタオルで髪を吹きながら、困ったような表情でミサトの飲みっぷりを眺め
る。「やっぱりジョッキはまずかった」と後悔しながら。
「それにしても、アスカ、買い捲ったわねえ・・・・・・」
テーブルの上にぶちまけられたお土産の数々を呆れたようにミサトは眺める。そのアスカはと言えば、帰っ
てすぐにシャワーを浴びて寝てしまった。
『きっとシンジ君と楽しくデートしてる夢でも見てるのね』
ビールに口を付けながらミサトはそう思う。
「で、シンジ君はなにか買ってきたの?」
その言葉に、シンジはいくつかの袋をナップザックから取り出す。
「トウジとケンスケのお土産と・・・・・・・」
そう言いながら、一つの袋をびりびりと破って、デイジーダックのブロンズ像を取り出す。
「これが、自分の分です。」
「なぜにデイジーダック・・・・・・・変わってるわね・・・・・・」
そうは思うが、口には出さないほどにミサトは大人であった。
と、そこでミサトはある一つの事を思い出す。
「そうそう・・・・・・・・・・」
ビールで口を湿らせてから、ミサトはニヤリと笑みを浮かべた。
「アスカが付けてたブレスレット、あれどうしたのぉ?」
さすがはミサト、良く見ている。鎖は細いのでそれほど目立つものではない。それをしっかり見ている
ミサトの観察力は凄まじい。
「あ、僕がお土産に買ってきたんですけど・・・・・・・」
首にバスタオルを掛けたまま、シンジは冷蔵庫から牛乳を出してくる。そしてコップに半分ほど注いで
飲みはじめた。
そのシンジにミサトは目を細めてからかうような笑みを向ける。
「あらシンちゃん、大好きなアスカちゃんへのプレゼントぉ?」
その言葉にシンジの頬が一瞬だけだが赤くなる。
「そ、そんなんじゃないですよ」
否定するシンジだが、ミサトはそんな言葉などお構いなしといった感じで自分の言葉を続ける。
「まあでもアスカ、可愛いから男の子にも人気だし、シンちゃん、ライバル多いわよぉ」
「ミサトさん、酔ってるんですか?僕もう、疲れたから寝ますよ」
シンジは呆れたようにそう言うと、残りの牛乳を一気に飲み干してから、自分の部屋に戻ってしまった。
それを横目で見送ると、ミサトの顔から笑いが消え、シンジやアスカの前ではあまり見せない落ち着きの
ある表情を浮かべる。
「むぅ・・・・・・・・・今まで、あそこで顔が赤くなることは無かったわね・・・・・・・てことは・・・・・・・」
そう呟くと、冷蔵庫から缶ビールをもう一本出してくる。そして空いたばかりのジョッキに、綺麗に泡が
立つようにビールを3度注ぎした。
「これはシンちゃんも・・・・・・・・・」
再び小さく呟いてから、ミサトはビールに口をつける。麦の旨みを味わってから、ジョッキをテーブルに
下ろす。そしてシンジが持ち帰った、ディズニーランドのパンフレットを手に取った。
「ま、NERVのホーンテッドマンションも少しはお役に立てたかしらね。」
NERVがもてる技術の全てをつぎ込んだ、誰にでも恐怖を与える自信を持っているアトラクション。
シンジが嫌いそうな場所である事はミサトも重々知っていた。それでもアスカに言われれば、シンジが断
わらないであろうこともミサトは計算に入れていた。それがどういう結果を生むかは・・・・・判らなかった。
それでも二人の微妙な関係を変化させるきっかけくらいになるかな、とは思っていた。
「きっと、結構役立ったわよね。うんうん。」
自分で勝手に決め付けて、ミサトは再びビールジョッキを手にする。さっきまで十二分にたっていた泡は
すでに消えかけていた。
「それにしても、あの二人みてると、自分が歳をとったと思い知らされるわね・・・・・・・・・」
まだ29歳。でもあんな純な気持ちを持っていたのは、もうずっと前の事のように感じる。
ミサトはため息を吐いてからビールジョッキを口に運ぶ。
いつもよりも少し、ビールが苦かった。


終劇

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NOTICE

1.「東京ディズニーランド」は、東京ディズニーランド(以下、TDLと呼称)
を運営している株式会社オリエンタルランドの登録商標です。

2.本小説は作者が自分の主観に基づいて作成したものであり、TDLを宣伝、
もしくは誹謗中傷することを目的としてはいません。

3.本小説は、TDLをモチーフとしていますが、話の都合上、TDLの実際のサービス
およびアトラクションの内容を無視している場面も多く含まれています。