風が通り抜けていく河原の芝生の上に、アスカとシンジは寝転がって青空を眺めていた。。
さんさんと輝く太陽。肌をなでるそよ風。遠くに聞こえる鳥のさえずる声・・・全てが心地よかった。
なによりも気持ちよくなによりも嬉しいのは、隣に愛する人、シンジがいること。そのことが、アスカ
の幸福感を、より際だったものにしていた。
「ねえ、シンジ。アタシ達、ずぅっとこのまま一緒にいられるよね。」
アスカはそう言って、シンジの手をぎゅっと握りしめる。
「そうだね。ずっとずっと、このままでいられたらいいな・・・・・」
遥か頭上を流れていく雲をみつめながら、シンジはアスカの柔らかい小さな手を軽く握り返す。
その言葉にアスカは、あまりの幸せさに、時が止まって欲しいと真剣に願った。
その願いが届いたかのように、二人の間に、永遠とも思える幸福な時間が流れる。
だが、永遠などはあり得ない。二人の甘い時間も、唐突に終わりを告げた。
「でも・・・・・だめなんだ・・・・・」
シンジの言葉は、あまりにも唐突だった。
「どうして?!」
アスカはがばっと起きあがる。二人の甘い時間に終わりが来ることなど、絶対に考えられなかった。
考えたくもなかった。
一度たりとも意識したことのない別れの時がやってくる。そのことに、アスカは怯え、目の縁に涙が
浮かび上がってくるのを感じる。
「そろそろ起きないと間に合わないから」
アスカの潤んだ青い瞳を下から覗き込みながら、シンジが口にした言葉は、アスカにとって全く
訳の分からないものだった。
「いま・・・・なんて言ったの?」
シンジは、芝生から身を起こしながら、アスカの瞳をしっかりと見据えて言った。
「もう起きなきゃ間に合わないから!」
「はい?」
「起きてよ!アスカ!」
シンジの声は、異常なほどに大きくアスカの頭の中に響きわたり、それと共に、目の前の風景は風に
溶けて消えていった。
「起きてよ!アスカ!」
次の瞬間、アスカの目の前に広がっていたのは、心地よい河原ではなく、いつもの自分の部屋で
あった。
ただ一つ、いつもと異なる点があるとすれば、そこにシンジが立っていたことだった。
「・・・・・夢か・・・・・・」
ぼーっとしたままの頭の中に、さっきの夢が甦る。幸せだった時間。シンジの別れの言葉。夢で良かっ
たという思いと、夢でなかったらという思いとが複雑に交錯する。
だが、その夢の内容を深く反芻するまもなく、シンジがアスカをもう一度呼んだ。
「ねえ、アスカ。気持ちよく寝てるところ悪いとは思ったんだけど、そろそろ学校へ行かないと」
ベッドの脇にたったシンジが、申し訳なさそうにそう言う。
「そっか・・・・シンジの宿題をやりに学校に行くんだっけ・・・・」
アスカの頭に、昨日の会話が思い浮かんだ。今日は朝早く起きて、学校に忍び込み、シンジに課せら
れた宿題のプリントをやることになっていた。
「ごめん・・・・迷惑かけて・・・・」
アスカは先生に、「シンジの宿題を手伝ってやりなさい」とは言われたが、学校に忍び込んでまで、
手伝ってやるようには言われていないはずなのだ。しかも、アスカはばれなきゃOKと言っているが、
学校に忍び込むのは立派な違法行為であることは間違いない。シンジは、宿題をやってこないことで
両親が呼び戻されるなんてのは絶対にイヤだが、だからといって、忍び込むことまでアスカに手伝って
もらうのは、あまりに悪いような気がしていた。
シンジには、アスカが、大好きなシンジのためならその程度のことはなんとも思わないことなど、
当然知る由もない。
「なに言ってんの。困ったときはお互い様、でしょ。」
アスカがそう言うと、シンジはもう一度、頭を下げた。
「ほんとに、ごめん。」
そんなシンジの様子を見て、アスカは苦笑いを浮かべる。
「シンジは、人に謝りすぎよ。」
「でも、アスカに悪いじゃないか」
シンジはなおも申し訳なさそうな表情を浮かべている。
いくら、アスカが「謝らなくてもいい」といっても、シンジは自分で申し訳ないと思っている限り、
謝るだろう。基本的に、人がいいのだ。そんなところも、シンジの良いところだと、アスカは思ってい
る。だから、これ以上は、なにも言おうとは思わなかった。
「はいはい。そう思ったなら、今度から気をつけなさいよ。じゃ、アタシ着替えるから。」
「そうだね・・・・・」
シンジはそう言ったまま、そこに立っていた。
二人の間に、無言の時間が流れる。
いつまで経ってもアスカの部屋から出ていこうとしないシンジに向かって、アスカは、しびれを切ら
したかのように口を開いた。
「シンジ・・・・・そんなに、アタシが着替えるところが見たいわけ?」
その言葉に、シンジの顔は耳まで真っ赤になる。
「あの、その、ごめんっ!」
シンジは真っ赤な顔のまま、ダッシュで部屋から出ていった。
「まぁったく・・・・鈍感なんだから・・・・・ま、そこもいいんだけどね。」
アスカは小さく息をついてから、ベッドから出て、手際よく制服に着替え始めた。
髪を整え、制服の赤いリボンを結び、教科書・ノートを鞄に放り込めば、登校準備は完了である。
「アタシは準備できたわよ・・・・・って、なにやってんの?」
支度を整えてダイニングへ出てきたアスカの目に映ったのは、何かを紙袋に詰めているシンジの
姿であった。
「あ、これ?今日の朝御飯のサンドイッチ。たまごと、ハムと、マーマレード。」
シンジはそう言うと、手早く紙袋を閉じ、おそらくミサトの分だと思われる、皿の上のサンドイッ
チにラップをかけ始めた。
「シンジって、とことん家事が好きなのね。」
アスカはイスに座り、頬杖をつきながら、感心したような表情を浮かべた。
「結構好きだけど・・・・でも、毎日、3人分の面倒を見るのは疲れるよ。」
「ま、今日からはミサトも手伝うって言ってるしね。その苦労も今日までよ。」
「アスカは手伝ってくれないの?」
サンドイッチの入った紙袋を鞄に押し込みながら、シンジはアスカに聞いた。
「アタシ?も、もちろん手伝うわよ。とーぜんじゃない!」
すっかり自分は手伝わなくてもOKと思っていたアスカは、あわてて言いつくろう。
「アスカがご飯を作ってくれるのかぁ・・・・すごく久しぶりだな・・・・・・」
遠い目をして、シンジは回想モードに入ってしまった。
アスカも最初で最後にシンジにご飯を作ってあげたときのことを思い出す。そして、そのときの恥
ずかしい想いが鮮明によみがえってきて、羞恥のあまり、赤面してしまった。
「と、とにかく!さっさと学校に行かないと、宿題をやる時間もなくなるわよ!」
恥ずかしさを押し隠すように、威勢良くアスカが立ち上がる。
「そうだね・・・・」
その勢いに押されたかのように、シンジも立ち上がった。
「一応、ミサトさんに、挨拶していこっか・・・・・・」
シンジはミサトの部屋に足を向けた。
「じゃ、ミサトさん、行って来ます!」
ふすま越しに、ミサトの部屋に向かって大きな声で呼びかけるが、当然のごとく反応はない。
それを見て、アスカは肩をすくめた。
「気にすることはないわよ。どうせ明日は、NERVは休みなんだし。」
「それもそうか・・・・じゃ、いこっか。」
そう言って二人は、電気を全て消して、コンフォートマンションを後にした。
早朝の学校で、シンジの宿題をするために。
朝はまだ遥かに遠い、午前4時であった。
続劇