第弐拾伍話  


『Start(5)』

邦題 :スタート(5)

 

 「ちょぉっとぉ、シンジ!さっき、何を言いかけたのよ!」
ホーンテッドマンションから少し離れた所にあるベンチに、アスカとシンジは仲良くならんで腰掛けていた。
「シンジ・・・・・アタシに隠し事をしようったってそうは行かないわよ・・・・・・・」
右手に持った紙コップからコーラを一口飲み、唇を湿らせてから、アスカは右手にの方に、30cmくらい離れて
座っているシンジの顔をじっと見詰める。
「な、なんだよ・・・・・・・・・・別に何も言いかけてなんかないよ」
シンジはそう言って、ついさっきまでオレンジジュースの入っていた紙コップを握り潰す。それを近くにあっ
たごみ箱に放り込んでからは、不審げなアスカの視線から逃れるかのように、手を口に当てながら、目の前を楽
しそうに歩いていく家族連れの方へと視線をさまよわせた。
「嘘ね」
シンジの言葉を聞いていなかったわけではないだろうが、アスカはきっぱりとそう言い切った。
「嘘じゃ」
「アンタばかぁ?」
シンジのあげる「嘘じゃないよ」という声を遮って、アスカはお得意のフレーズを口にする。
「アタシにかかれば、シンジが嘘ついてるかどうかなんて、一目瞭然よ!」
コーラを口にしながら、アスカは得意げに人差し指を立てて、シンジの顔の前で軽く横に振る。
「ど、どうして判るんだよ、そんなことが・・・・・・・・・」
判るはずないよな、と自分に言い聞かせながらも、手で頬を触りながら、シンジは視線をアスカから逸らす。
「ほんっとに気がついてないのぉ?」
アスカは呆れた表情を見せる。そしてコーラを一気に飲み干してから、紙コップを丸め、多少距離のはなれた
ごみ箱へと向けて軽く手を振る。アスカの手を離れた紙コップは、綺麗な円弧を描いて吸い込まれるようにごみ
箱へと向かい、「くしゃっ」という軽い音を立てて見事にごみ箱に収まった。
「お見事・・・・・・・・・・」
これにはシンジも驚き、尊敬の念さえ感じられる表情でアスカを見つめて、拍手をする。
「ま、アタシの運動神経にかかればこんなもんよ。」
アスカは満更でもなさそうな表情であったが、「そういえば」という表情を浮かべて、シンジのほうに向き直る。
「で、シンジ。さっきなに言いかけたかだけど・・・・・・・」
「なんでもないって。」
シンジは慌ててアスカから目を逸らし、頬の肌荒れを気にするかのように指でいじり始める。
「嘘ついたってわかるのよねぇ・・・・・・・・・・・・」
「だから嘘じゃないって」
シンジはなおも言い募るが、アスカはプイと左を向いた。
「シンジって必死に嘘ついていることを隠そうとするとき、視線を逸らして、手が口の辺りにいくのよねぇ・・・・・・・・・・」
「そそっっ、そんなことないよ」
アスカの言葉にシンジはびくっとしたように体を震わせる。そして口では「そんなことない」と言いながらも、慌
てて右手を下に持っていく。その行動が、自分が「嘘をついてました」ということを白状するようなものであること
に気がつくほど、シンジの人生経験は豊富ではなかった。
「ま、自分で気がつかないのは仕方ないわよね。でも長い付き合いだと、他人には判るものよ。」
アスカは得意そうにそう口にする。
その言葉にシンジは小さく首を傾げる。
「・・・・・・・・・・・僕とアスカって、そんなに長い付き合いだったっけ・・・・・・・」
シンジの冷静な突っ込みにアスカは慌てて言葉を続ける。
「長い付き合いじゃなくても、シンジのことをよく見てればすぐに気がつくわよ。」
そう言いきってから、アスカは自分の口にした言葉で、顔を紅潮させる。
「なによ!これじゃまるでアタシがシンジのことを、いっつも見てるみたいじゃないのよ!」
さっきまで冷静だった頭の中が、一気に沸騰寸前まで熱くなり、アスカは頬を紅くしたままうつむいてしまった。
さっきまで賑やかだったベンチが急におとなしくなる。
「アスカぁ?」
シンジは急にアスカが黙り込んでしまった理由がさっぱり判らない。
アスカは下を向いたまま大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「だいじょうぶだいじょうぶ。シンジは何にもきづいてないわよ。」
それはそれで悲しいことなのだが、今のアスカはそう自分に言い聞かせなければならないほど、胸がどきどきしていた。
「アスカ?」
アスカが返事もしないので心配になったのか、シンジはもう一度アスカの名前を呼ぶ。
その言葉を合図とするかのように、アスカはすっくと立ちあがった。
「ま、さっきシンジが何を言おうとしてたのかは、聞かないでおいてあげるわ。」
シンジには、なんで急にアスカが黙り込んでしまったのかはさっぱり理解できなかったが、とりあえずアスカが元に
戻ったのでほっとする。
「ねぇアスカ、夕ご飯どうするの?」
薄暗くなってきて、アトラクションにイルミネーションが輝き始めたのを見て、シンジはアスカにそう尋ねる。
「大丈夫よ。なんか、ミサトが予約しておいてくれたらしいから。」
アスカは歩き出しながら、ごそごそとミサトから手渡されたチケットを取り出す。
「えっと・・・・・・『ホワイト・スター・ライン』だって。場所は・・・・・・カリブの海賊の近く・・・・・」
二人は肩をならべて、てくてくと歩いていく。
「カリブの海賊って、アトラクション?」
チケットを眺めているアスカに向かってシンジがそう尋ねた。
「そうよ。ウォータースライダーみたいなもんよ。」
またチケットをしまいながら、アスカは答えた。
「じゃ、それに乗ってからご飯にしようよ。」
シンジの提案に、アスカが大きくため息を吐く。
「シンジ・・・・・・海賊よ、か・い・ぞ・く。シンジには無理よ。」
だがそんなアスカの言葉にも、シンジは自信ありげに言葉を続ける。
「だいじょうぶだよ。だって、さっきのは人間じゃないけど、海賊は人間じゃないか。大丈夫・・・・・・多分。」
自信ありげに話しても、語尾の辺りに弱気が漂うシンジであった。
「アタシはやめた方がいいと思うけどな・・・・・・・」
さっきのホーンテッドマンションでのこともあり、アスカはあまり乗り気ではない。しかしシンジはどうやら
さっきまでの恐怖は忘れてしまったようである。
「アタシ、知らないわよ。」
「大丈夫だよ・・・・・・・多分。」
あいも変わらずシンジは、強気なんだか弱気なんだか判らない答えを返す。
「それにしても、ホーンテッドマンション、怖かったわね・・・・・・・・」
アスカがそう言うと、つい今まで自信の有りそうだったシンジの顔が一気に曇った。
「その話はやめよう・・・・・・・・思い出す・・・・・・」
そう言われてみれば、確かに思い出せば気分のいいものではない。
「それもそうね・・・・・・・でも、あんな技術、どこが開発したんだろう・・・・・・・」
アスカはそう呟いた。本物としか思えないほど精緻な立体映像。おそらく頭につけたヘッドセットと関係があるのだ
ろうが、名前を呼んで迫ってくる幽霊。そんな技術を持っている会社がどこなのかが、アスカには疑問に思えた。
「そう言えば、入り口のところに、『Produced by 〇〇〇〇』って書いてあったよね」
アスカの呟きを聞きつけたシンジがそう言う。
「え?そうだった?」
アスカはそんなことにまったく気がつかなかった。ホーンテッドマンションに入る前、自分では冷静なつもりだった
が、もしかしたら冷静ではなかったのかもしれないとアスカは思う。
「僕もよく見てたわけじゃないから・・・・・・・・確か英語で4文字くらいだった様な気が・・・・・・・・」
「英語で4文字・・・・・・・・・」
シンジの言葉にアスカが考え込む。
「『SONY』とか?」
「違うような気がする・・・・・・・・・・・・自信は無いけど。」
本当に自信なさそうにシンジ。
「あと英語で4文字っていえば・・・・・・・・・」
考え込むアスカの脇で、シンジがポンと手を打った。
「『NERV』も英語で4文字だよね。」
しかしシンジの思い付きは、一瞬にしてアスカに却下される。
「あんたバカァ?ネルフが、あんなことしてるわけないでしょ。」
「それもそっか・・・・・・・ミサトさんたちが、あんなの造ってるんだったら、幻滅だよな・・・・・・・・」
シンジもアスカの意見をあっさり認める。
「英語で4文字よね・・・・・・・・」
「『DYDO』とかは?」
「シンジ・・・・・・それって、ジュースの会社・・・・・」

二人はこの後、カリブの海賊に到着するまで、この「英語で4文字」の会社探しを続けていくのであった。


その後カリブの海賊に入ったシンジが、海賊を見る前、ウォータースライダーで落っこちるところで早くも絶叫して
しまったことは言うまでもない。

続劇

小説のTopに戻る

NOTICE

1.「東京ディズニーランド」は、東京ディズニーランド(以下、TDLと呼称)
を運営している株式会社オリエンタルランドの登録商標です。

2.本小説は作者が自分の主観に基づいて作成したものであり、TDLを宣伝、
もしくは誹謗中傷することを目的としてはいません。

3.本小説は、TDLをモチーフとしていますが、話の都合上、TDLの実際のサービス
およびアトラクションの内容を無視している場面も多く含まれています。