いつの時代においても、朝、というのは爽やかさとともに慌ただしさを感じさせる
時間である。爽やかな朝陽の光が差し込み(もっとも、晴れればであれば。)、これから
の一日に期待を持たせてくれる一方、やるべき事は余りに多く、忙しい。
それはこの21世紀の世界においても変わらないようであった。
朝陽の差し込む台所で、綺麗な蜂蜜色の髪をした少女が、慌ただしく皿を洗っている。
「まったく。馬鹿シンジとミサトは、いつになったら起きるつもりなのかしらね。。
やっぱり、この家は、あたしがしっかりしてないと駄目なのよねえ。頭脳明晰、容姿端
麗、おまけに家事も上手な私がいないと・・・・・・・それにしても、今日の夢、なぁ
んで、あんな夢を見たのかしら。でも、もうちょっと、見てたかったかなあ・・・・・」
少女は、なぜか皿を洗う手を止めて、あらぬ方向を見つめて物思いにふけり始める。
しかし、彼女の、自分自身を評した言葉に殆ど嘘はない。
彼女は、14歳にしてドイツの大学を卒業している。頭脳明晰。
光の角度によって赤や金に見える美しい髪と、吸い込まれそうな碧い瞳を持ち、
顔立ちも、テレビに出ているアイドルも顔負けである。誰も、容姿端麗という言葉
にけちをつけはしないだろう。
しかも、起きてから、わずか30分しか経っていないはずなのに、テーブルの上に
はそれなりにバランスのとれた朝食が揃っている。・・・・家事も及第点以上。
まさに、完全無欠の女の子だといえよう。ただ一つ、素直じゃない点を除いては。
少女は、今朝の夢を思い出しているのだろうか。皿を洗う手はは完全にストップし
てしまっていた。
その足元を、なぜかペンギンがパタパタと歩いていったが、そのペンギンも少女を現実
世界へと引き戻すほどの力は無かった。
台所に、初夏の爽やかな風とともに、静かな時間が流れていく。
その沈黙を破るように、奥の部屋のふすまが開き、タンクトップにショート
パンツという、男性にとっては目の保養になりそうな格好をした女性が姿を
現した。彼女も、皿を洗っている(どこか別の世界に行っている)少女に負けず劣らず
美人である。もっとも、蜂蜜色の髪の少女とは違う、大人の色気を持っている女性である。
「おはよー。アスカ。早いわね。」
タンクトップの女性は、冷蔵庫から缶ビールを出しながら、台所にいる少女、
アスカに声をかける。
彼女は、葛城ミサト。国連直属研究所NERVの広報部長にして、アスカの保護者
・・・・のはずである。
もちろん、ミサトがアスカの母親というわけではない。ドイツの大学を卒業した後に、
日本文化を研究するという名目で日本へ留学してきた、アスカを預かっているだけだ。
「ちょっとぉ、今日はミサトが食事当番の日でしょ。はやく起きなさいよお。」
「ごめんごめん。昨日は、ちょっち飲み過ぎちゃって・・・・」
とかなんとか言いながら、ミサトは朝からビールを飲み始めている。
「くううううっ!やっぱり、人生この為にあるって感じよねえ。」
朝から酒を飲んで、人生の至福のときだと感じるようになっては、人生おし
まいである。
「まったく。本当は、日本で一人暮らしするはずだったのに、キョウコママが、
『日本に行くならいい友達を知っているから、彼女の所に行けばいいわ』って言うから来
たのに・・・・どっこが、いい友達なのよ。ただの、酒飲みじゃない。食事は、殆どシ
ンジが作ってるんだし。ミサトなんか、毎日、ビール飲んでるだけじゃないの。」
夢想から復活して、再び自分の使った皿を洗いながら、アスカがぼやく。
「そんなことないわよ。あたしだって、食事当番のときには・・・」
「レトルト食品を買い込んでくるのよねえ。」
ミサトの言葉を、アスカが冷たい言葉で遮る。
「ああっ。あたしって、不幸だわ・・・・・」
自慢の美しい髪を軽く振りながら、アスカは大きなため息をつく。
しかし、アスカも言葉ほどには、ここ、葛城家での生活に嫌気が差しているわけではない。
学校は、それなりに楽しいし、ミサトは放任主義だから、ドイツに居たころよりも遥かに自由
な生活を送れる。もう一人のいまだに起きてこない同居人、碇シンジのことも、優柔不断で鈍
感なところを除けば、嫌いではなかった。というより、どちらかと言えば・・・・・・・・・
「さってと。そろそろ学校に行かないとやばいかな。」
途中で今日の夢について思い起こして悦に入っていたせいか、10分もの時間をかけて、
皿2枚とコップをやっとのことで洗い終えて、アスカは言った。
「でもアスカ、まだシンちゃんのこと起こしてないわよ。」
本日2本目のビールを飲みながら、ミサトが言う。
「あの馬鹿シンジは・・・まだ起きてこないわけぇ?」
さして、怒っているとも思えない表情で、アスカは肩をすくめてみせる。
そして、つかつかと「シンジの部屋」に歩み寄り、ふすまを開け放つ。真っ暗だった
シンジの部屋を、一瞬にして朝の光が満たしていく。
「ちょっと!馬鹿シンジ!さっさと起きないと、殺すわよ!」
入り口で、腕を組みながら仁王立ちになってアスカが叫ぶ。
「こっわーい。」
その声を聞いて、ミサトはこっそりつぶやいた。
しかし、ミサトをさえ驚かせたその迫力をもってさえ、この部屋の主、碇シンジの眠り
は覚めない。というより、なぜか、さっきよりも幸福そうな顔になっていたりする。
「まあったく、シンジは・・・・・・」
怒鳴っても、効果が無いと見て取ったアスカは、枕を抱いて幸せそうに
眠っているシンジの枕元まで近づき、その横顔に唇を寄せて・・・・
「はっはーん。お目覚めのキスってやつねぇ。アスカもやるわねえ。」
4本目のビールの空缶を握り潰しながら、とろんとした目でミサトがつぶやく。どうやら、
すでにほろ酔い気分のようである。
「んなわけないでしょ!」
ちょっと、頬を赤く染めながらアスカが顔を上げて怒鳴り返すと、ミサトは、
「でも、そのシチュエーションで、他に何があるわけ?」
5本目のビールのプルトップを引き上げながら、ミサトはアスカをからかう。
「こうすんのよっ」
アスカは大きく息を吸い込み、まだ寝ているシンジの耳元に口を近づけて。
叫んだ。
というよりは、絶叫した。
「さっさと起きなさいよ!バカシンジ!」
その大音響に、ミサトは思わずビールを口から吹き出し、気道に入り込んだビールのせいで
蒸せ込んでしまう。
だが、シンジはそれでも起きない。よほど、夢に深く入り込んでいるのだろう。
「この馬鹿は・・・・・・」
さすがにアスカも呆れた表情である。
「案外、たぬき寝入りしていて、お目覚めのキスをしてくれるのを待ってる
んじゃないのぉ?」
「へん。シンジには、10年早いわよ。」
憮然とした顔で、アスカがミサトに言い返す。
「ふーん。じゃ、10年経ったら、アスカはシンちゃんにお目覚めのキスを
してあげるわけねえ。」
「そ、それは・・・・言葉のあやってもんよ!」
「そうなの?アスカ、本当は、シンちゃんの事好きなんじゃないのぉ?」
もう、出社時刻の近づいているはずの酔っ払いが、登校時刻の近づいているはずの少女にから
み始める。
そして、二人の嬌声を切り裂いて、その声は聞こえてきた。
「あすかぁぁぁぁぁぁ」
ダイニングは、一瞬にして沈黙に包まれた。6本目のビールを手にしたミサトは硬
直し、ミサトと言い合っていたアスカは、ロボットのようにぎりぎりと首を回す。
沈黙が支配した葛城家に、窓の外の朝の喧燥がかすかに聞こえてきた。
「気のせい・・・・・じゃないわよね」
ミサトがポツリと呟いた刹那。
「アスカァァァァァァァ」
またもや、アスカを呼ぶ声が聞こえてきた。
気のせいではない。疑いようも無く、それはシンジの声であった。
しかも、嬉しそうに枕にほお擦りしていたりする。
「シンちゃん・・・・アスカの夢・・・・・見てるのかしら」
ビールを手にしたまま、放心したようにミサトはつぶやく。
アスカの反応は、無い。
「ま、シンちゃんも男だしねえ。アスカの夢くらい見たって不思議はないわよねえ・・・・・・
健全な男の子の証拠よ、ね、アスカ」
お気楽な調子で、ミサトはアスカに問い掛ける。
アスカの反応は、無い。
ボーッとした顔で、シンジの顔を穴のあくほどに見つめている。
「ちょっとアスカ、なに熱心にシンちゃんの寝顔見つめてるのよ・・・・はっはーん。やっ
ぱりアスカもシンちゃんの事が・・・・・」
「ち、ちがうわよ。」
アスカは、強い口調で言い放つと、シンジの頭を蹴り飛ばした。
「ふぎゃっ!」
一瞬、頭が変な方向に捻じ曲がって見えるほどの強烈な蹴りに、さすがのシンジも
潰れたカエルのような声を上げながら、夢の世界から引きずり出される。
「なにすんだよぉ、あすかぁ。」
思いっきり寝ぼけた声で、シンジがアスカに文句を言う。
どうやら狸寝入りでは無かったようである。目が充血してはれぼったい。
それに対してアスカは、思いっきり優しい声で、
「シンちゃん。早くしないと、学校に遅れますよ。早くシャワーを浴びて着替えてね。」
と言った。
シンジがアスカと暮らし始めてから、まだ3ヶ月程度である。それでもシンジは、その
3ヶ月で、アスカが自分の事を「シンちゃん」と呼ぶときは、大抵ろくな事が無い事を思い知ら
されている。だから、優しいアスカの言葉を聞くと、眠気は一気にとんでいってしまった。
「は、はい。今すぐ、準備するよ。」
青ざめた顔のシンジは、枕元においてあった着替えを持って、風呂場へ向かった。
それを見届けたアスカは、台所へいき、牛乳をコップに注ぎ始めた。
その後ろ姿に向かって、本日7本目のビールを手にしたミサトが話し掛ける。
「さっきの話の続きなんだけどさあ・・・・」
「あたしが、あのシンジなんかのこと好きになるわけないでしょ。」
アスカは、牛乳を持ったままダイニングのイスに座り直し、強い言葉でミサトの言葉を遮る。
しかし「そんなわけない」と言っているにも関わらず、口調にはそれほど勢いが無い。
「じゃあ何で、シンちゃんの顔を見詰めてたりしたわけぇ?大好きなシンちゃんが
自分の夢を見ててくれたから、嬉しくて見つめてたんでしょ?」
その言葉に、再びアスカの頬が赤くなっていく。
「ただ、シンジの寝顔があまりにも馬鹿みたいだったから、見てただけよ。シンジがあた
しの夢を見るなんて、100万年早いのよ。」
いくら強く否定しても、真っ赤な顔が、アスカの言葉が嘘である事を証明しているようなもの
である。しかしそのことに、アスカはまだ気がついていない。
「あら、アスカ。じゃあ、なあんで、顔が赤いのかしら?」
7本目のビールを飲み干したミサトは、空缶をごみ箱に投げ込み、にやにやと笑いながら、
アスカに言う。
「こ、これは、その・・・・・・」
火照る頬を両の掌で押さえながら、まだ、むきになって否定しようとしているアスカを見て、
ミサトはとどめの一撃を放った。
「そう言えばアスカったら、今日の朝、寝言で”しんじぃ・・”って言ってたわよねえ。」
それを聞いてアスカは、恥ずかしさで顔がさらに赤くなっていくのを感じた。
アスカに、寝言を言った記憶などあろうはずも無い。しかし、「言ったかもしれない」
という思いはあった。なぜなら、今日起きる前に見ていた夢は、シンジと遊園地でデートをし
ていた夢だったから。
真っ赤な顔をして黙り込んでしまったアスカを見ながら、ミサトは自分が
もう、若くはない事を思い知らされていた。
今のアスカのように、自分の感情が素直に表情に表れたのは、もうどれくらい
昔の事だったのか、ミサトには思い出せなかった。
人は誰でも、大人になるにつれて自分の感情を押し殺す術を身につけていく。
それが、大人になるという事だ。そういう意味で、ミサトはすっかり大人になって
しまった。だから、感情がすぐ顔に出るアスカを見ていると、その純情さが可愛くもあり、
その若さが羨ましくもあった。
8本目のビールを片手に、ミサトがそんなことを考えていると、目の前でふわりと
風が舞うのが感じられた。
風を追って顔を上げると、そこにはミサトに背を向けて椅子から立ちあがったアスカ
の姿があった。
「あら、もう学校にいかなきゃいけない時間かしら?」
すでに8時を大きく回った掛け時計に目をやりながらミサトはアスカに声をかける。
しかしアスカは、ミサトの言葉とは全く関係の無い事を口にした。
「ミサト。シンジにあたしの寝言のこと言ったら、殺すわよ。」
アスカは、シンジに自分の寝言を聞かれたくないと言った。それは自分がシンジを好きだと
いうことを認めたようなものである。
ミサトは、アスカがそんなことを認めると思っていなかった。それで驚きを感じながらも、
「人が人を好きになるのは普通のことよ。別に、アスカがシンちゃんのことを好きだとしても、
それを隠す事なんか無いんじゃなあい?」
と言った。
しかしミサトは、すぐに、自分が口にした言葉が大人の論理でしかないということに気がつく。
いまならいざ知らず、自分がアスカと同じ年頃に、同じ立場に立たされたなら、きっとアスカと同じ
ように、「好き」であることを隠していただろうと感じた。出来るはずも無い。恐ろしくて。
数秒の間を置いて、アスカが、自分の思いを確かめるようにゆっくりと口を開く。
「あたしは・・・・・あたしは確かに、シンジのことを意識しているわ・・・
でも・・・・・・シンジのことを男の子として意識しているのか・・・・・それとも出来の悪い
弟を守ってやらなくちゃと思ってみているのか・・・・・判らないの。それに、もし・・・あた
しがシンジを男の子として好きなんだとして・・・・もし・・・・もし、シンジがあたしのこと
をなんとも思っていなかったら・・・・」
沈黙が二人の間に流れ、シャワーの音だけがわずかに響く。
いつでも自信満々のアスカが「好き」と言えない理由。それはミサトが考えたのと同じ物だった。
つまり。
「傷つくのが・・・・恐いのね。」
ミサトの言葉に、アスカは小さく首を縦に振った。
もしも、アスカがシンジのことを好きだといったときに、シンジもアスカのことを好き
ならば、何の問題も無い。しかし、もしもシンジがアスカに何の感情も抱いていなかったら。
今の、仲の良い同居人という立場さえも崩れ去ってしまうかもしれない。
アスカは、それを恐れているのだろう。
もちろん、大人になったミサトには、そんなことを恐れていたら男女の関係は始まらない
ことは判っている。一歩先の関係へ進むことで、なにが起きるか一々恐れていては、恋愛は
決して進展しはしない。
しかしミサトには、アスカに告白するように強要することはできない。ミサトはアスカの保護
者でしかないし、アスカの気持ちも十分に判るからだ。。
アスカがどんな道を選ぶか、その選択に手を貸してやることはできる。また、アスカの決定した
ことが上手くいくように、手を貸してやることもできる。だが、進むべき道を決定するべきなの
は、アスカだ。保護者とはそういうものだと、ミサトは考えている。
そしてアスカは、シンジとの関係を、今はこれ以上進めるつもりはない。それが分かっている
以上、ミサトにできることはただ一つしかない。アスカの意志を尊重してあげることだけだ。
ミサトは、飲み干した8本目のビールの缶をテーブルにおいて、新しいビールを取りに
冷蔵庫に向かいながら、アスカに言った。
「ま、アスカが決めたんなら、しょうがないわね。シンちゃんには黙っててあげる。」
「ありがと・・・・・・・」
アスカにしては珍しく、素直にお礼を言った。
冷蔵庫から新たなビールを取り出して、ミサトはアスカに並んで立った。プシュッ、という
涼しげな音を立ててビールを開け、一口飲んでから、ミサトはアスカの頭をぽんっと軽く叩い
て言った。
「いつまでそんなしょぼくれた顔してんのよ。アスカらしくないわよ。」
「あ、あたしのどこがしょぼくれてんのよ!」
「全部よ、ぜーんぶ。」
「なんですってぇぇぇ!」
すっかり元気になったアスカを見て、ミサトはもう一度アスカの頭を軽く叩いて言った。
「その調子よ。やっぱり、アスカは元気じゃなくちゃ。さ、早く学校いかないと遅刻す
るわよ。」
「いっけない!このあたしが、遅刻なんて恥ずかしいことをするわけにはいかないわ・・・・・
って、ミサトもそろそろ出かけないとまずいんじゃないの?」
アスカは慌てて鞄を手にしながら、ミサトに言った。
「だいじょーぶよ。今日は、NERVはお休み・・・・・・のわけないわね・・・・・・ちょっ
ち、ビールを飲みすぎたかしら・・・・・・・」
どうやら、ミサトは今日は休みだと思い込んでいたようだ。
大慌てで、準備をしに自分の部屋へと戻っていく。
そこへ、やっとシャワーを浴びて着替え終わったシンジが来た。
「ミサトさん・・・どうかしたの?」
シンジはアスカに聞いた。
「ミサトったら、今日を休みと勘違いしてたらしいわ。さ、シンジ。あたしたちも学校、行くわよ。」
「で、でも、まだ朝ご飯食べてないんだけど・・・・・」
シンジが、アスカの顔色を伺いながら言う。
「あんた馬鹿ぁ?いまからご飯食べてたら、ぜぇったいに遅刻よ!ち・こ・く!」
「わ、わかったよ。行くよ。」
朝ご飯を食べられないのは悲しいが、アスカの機嫌がさっきほど悪くなさそうなので
シンジはほっとしていた。アスカの機嫌が悪いと、シンジに身の危険が及びかねない。
「じゃ、行ってくるわね、ミサト。」
「ミサトさん、行ってきます。」
ミサトは、大急ぎで着替えながら二人を送り出す。
「いってらっしゃい。アスカ、あんまりシンちゃんを苛めちゃ駄目よ。」
ミサトの言葉に対する返事はなく、エアロックが開いて閉じる音だけが聞こえた。
やっと着替え終わったミサトが、テラスから道路を見ると、アスカがシンジに鞄を持た
せて道路を全力疾走しているのが見えた。
「ま、あれはあれで、楽しそうよね。」
ミサトはそんな二人の姿を見ながら、そんな言葉が口をついてでた。
いつまでも、二人を見ているほどの時間の余裕はない。ミサトは部屋に戻り、ペット
の温泉ペンギン、ペンペンを抱き上げながら、思い出したように呟いた。
「それにしても、今日のアスカは、よっぽど動転してたのねえ。大体、あたしの方がアスカより
も後に起きたんだし、あたしがアスカの寝言なんか聞いてるわけ無いのに。まあ、あたしのはっ
たりが、上手だったってことよね。」
そういいながら、ペンペンを下ろして玄関へと向かう。ミサトはこれでも、一応、
国連直属研究所NERVの広報部長なのだ。そうそう遅刻するわけにもいかない。
その後ろを、なぜか首を横に思いっきり振り、何かを訴えるかのように鳴きながら、ペン
ペンが追いかけていく。
しかし、ミサトはペンペンが首を振っていることにすら気がつかなかった。
「じゃ、ペンペン。留守番よろしくねえ。」
ペンギンに留守番を頼んで、ミサトは出社していった。
窓から射し込む光は、朝の光というよりは、すでに昼のそれに近い。そして、先ほどまでの
賑やかさが嘘のように、葛城家は静かになっていた。
その静けさの中、ペンペンの何か言いたそうな鳴き声だけが、響き渡る。
その鳴き声が、誰よりも早く起きていたペンペンが、アスカの寝言を聞いていたことを訴えて
いるとは、ペンギンの言葉の分からない人間に理解できるはずもなかった。
終劇