葛城家に一番近いバス停から家に向かう道を、アスカとシンジは並んで歩いていた。
「ね、シンジぃ、今日のデート、楽しかったね♪」
アスカは隣を歩くシンジににっこりと笑いかけた。
「うん。やっぱり、東京ディズニーランドって楽しいね。」
シンジはそう言ってから、自分の右手に目を落とす。手の中には透き通るように白くて綺麗なアスカの左
手があった。アスカの手を見ているうちに、シンジは急にアスカの事が愛しくなり、アスカの手を強く握る。
アスカもシンジの手の優しい暖かさを感じながら、自分が幸せであることを感じていた。
「でもアタシ、シンジとデートするなら、きっとどこでも楽しいな♪」
そんな言葉が自然とアスカの口を衝いて出る。
「僕もアスカと一緒ならそれでいい・・・・・・・・・」
「嬉しい・・・・・・・シンジ・・・・・・・」
アスカはシンジの肩にもたれかかった。
全てが夢のようにふわふわと感じられるなかで、シンジの肩の感触だけが、とても鮮明に感じられた。
「ねえ,アスカ,アスカってばぁ・・・・・・・・・・・」
ここは第三新東京市から太平洋沿岸へとつながる電車の中である。
ほとんど人が乗っていない電車の座席に、アスカとシンジの姿があった。アスカは、シンジの肩に頭を預けて
眠っていた。シンジは肩にかかるアスカの重さを気にも留めず、ちゃんと座席に座って、何やらパンフレットを
眺めていたが,目的の駅に近づいている事に気が付いてからは、アスカの名前を呼び続けている。
「ねえ、アスカ!」
アスカの名前を呼びはじめてから、どれくらいの時間がたったであろうか。やっとアスカは目を覚ましたよう
である。
「ふぇ・・・・・・・」
アスカは渋々といった感じで瞼を開く。
そして自分が何かに寄りかかっていることに気が付いたのか、眠そうな顔のまま首を回して、自分が寄りか
かっているモノを確認しようとした。
首を回した先には、信じられないほど近くにシンジの顔があった。
シンジの優しそうな瞳に、自分の姿が映り込んでいるのが見えるほどの距離である。
アスカは、「なんでボクの顔を、そんなに眺めてるんだろう」とシンジが訝しがるほどの時間、シンジの顔
を見詰めていた。
そこでフッとアスカの頭に今の状況がよみがえってきた。
10日前にミサトが、東京ディズニーランドのスターライトパスポートという、夕方から閉園までのパスポー
トを2枚持ってきた。
シンジを誘った。
シンジはあっさりと「別にいいよ」と言った。
電車に乗った。
眠くなってきて寝てしまった。シンジの肩に寄り添って・・・・・・・・
そこでアスカは、自分がシンジの肩に寄り添ったあげく、シンジの顔を見詰めていることに気が付いた。
瞬間ガス湯沸かし器も真っ青の速度で頬を真っ赤にしながら、慌ててシンジに寄り添っていた体を離す。
「そそそそその・・・・アタシは、べっ別にシンジの事が好きであんな寝かたしてたわけじゃないわよっ!」
慌てて体を離した後,アスカはそっぽを向いてしまった。恥ずかしさでシンジの顔を正視することができない。
「そんなことわかってるよ。」
シンジはものすごく慌てて離れていったアスカをみて苦笑した。
「それより、ほら、もう海が見えてきたから、もうすぐ降りなくちゃ。」
窓の外をみてそう言うシンジの声につられるように、そっぽを向いていたアスカも、車窓の外に向けた。
そこには落ちはじめた日の光を浴びて美しく輝いている太平洋が広がっていた。
「うわぁ・・・・・・・綺麗・・・・・・・・・」
アスカはすごく嬉しそうにそう言うと、幸せそうな表情で海を見詰めていた。
「アスカって、子供っぽかったり、大人っぽかったり・・・・・・・・よくわかんないな」
アスカの横顔を見つめながら、心の中でそう呟いた。
「ね、シンジ、やっぱり海よねぇ。第三新東京の池なんか比べ物にならないわね。」
そんなシンジの心の声にアスカは気が付く筈もなく、嬉しそうにアスカはシンジにそう言った。さっきまで
恥ずかしさでシンジの顔を見れなかったことなど嘘のようである。
「あれって・・・・・・・一応、『湖』だったんじゃないかな・・・・・・」
「第二芦ノ『湖』なんていっても、けっきょく海と比べれば池みたいなもんじゃない。」
嬉しそうにそう言うアスカを見ながら、シンジはまた、「やっぱり、良くわかんないや」と呟いていた。
と、急に、電車の窓から見える風景に木立が混じりはじめ、すぐに海が見えなくなっていく。しばらくすると、
車窓からは樹木しか見えなくなっていた。
「あ・・・・・・・見えなくなっちゃった・・・・・・」
アスカは残念そうに窓から顔を離す。
そんなアスカを見て、「こういう時は、子供っぽいよな、アスカって」、シンジはまたもや心の底でそうぼ
やきつつ、座席からすっくと立ち上がった。
「アスカ、そろそろだよ。」
その言葉に慌ててアスカも立ち上がる。
昔の電車はレールの継ぎ目でガタガタと音を立てていたようだが,最新の電車はそんな不快な振動も起こら
ない。スムーズに駅に進入していき、音もなく停車した。プシュッという軽快な音を立てながらドアが開く。
「やっと着いたね」
シンジは『東京ディズニーランド前』とかかれた標識をみてそう言った。もっとも、「やっと」という言葉を
使うほどに電車に乗っていた訳ではない。東京ディズニーランドは20世紀末とかわらない千葉の舞浜にあるのだ
が、第三新東京市から旧東京エリアを繋ぐ超高速交通網が整備されているために、たった一回の乗り換えもなく、
実質一時間も電車に乗っていれば到着してしまうほどであった。
「ディズニーランド♪ディズニーランド♪」
初めて東京ディズニーランドに行くアスカは、まだ園内に入った訳でもないのに嬉しそうにはしゃいでいる。
もっともディズニーランドが初めてなのはシンジも同じである。
「シンジ、アタシ、先に行ってるね。」
アスカは居ても立ってもいられないといった感じで、シンジをホームに残して、階段を駆け上がっていく。
「ちょっと待ってよ、アスカ!」
シンジも慌てて駅の階段を駆け上がる。駅の階段は段差が低くて走りにくいうえに、明らかに運動能力はア
スカの方が勝っている。シンジは見る見るうちにアスカに引き離されてしまった。
やっとの思いでシンジは改札口までたどり着いた。東京ディズニーランドに行く人の為に、21世紀に入って
から作られたこの駅は、改札口を出るとすぐに、ディズニーランドの入園口だとパンフレットに書いてあった
が、まさにその通りであった。改札口の向こうには綺麗な花時計と入園ゲートが見え、さらにそのずっと向こ
うには、中世を思わせるかのような城を見ることができる。
「シンジっ、遅いよ!」
アスカは改札口を出たところで、シンジを待っていた。
「そんなに・・・・・・急がなくったって、まだ・・・・・・時間はあるよ」
走って階段を駆け上がってきたので、シンジの息は完全に上がっている。
「そんなこと言ったって・・・・・・・早く入りたいじゃない?ね?」
どうやらアスカは早く中に入りたくてしょうがないようであった。
「いっくら初めてだからって、なんでここまではしゃいでるんだろ、アスカって。」
息を整えながらもシンジはそんなことを思う。
シンジは、アスカがはしゃいでるのが、シンジがどう思っているかは別としても、実質的にこれからシン
ジとディズニーランドでデートができる事によるとは、思い付きもしない。
「とりあえず、急ぎましょ。」
アスカはシンジの袖をしっかりと掴んで歩きはじめた。
「ここまで来て、急いでもしょうがないよ」
シンジはアスカに反論するが、アスカが聞く筈もない。半ば引きずられるようにして、入園ゲート
の前までやってきた。
「シンジ、パスポート、パスポート」
シンジは、早く入りたくてうずうずしているアスカに、ポケットの中から取り出したパスポートを
手渡した。
またアスカに引きずられてはたまらないので、アスカにスターライトパスポートを手渡してから、自分は
さっさと入園ゲートへ向かう。
入園ゲートは、今では駅の自動改札口のように、パスポートやチケットを機械に通すだけだが、昔のなご
りか、白い制服を着込んだ若い女性キャストが入園客からチケットを受け取って機械に通していた。
「デートですか?」
キャストの女性は、シンジから受け取ったパスポートを機械に流しこみながら、にこやかに笑いかけた。
「え・・・・・・・そんなんじゃないですよ」
シンジは少しだけ照れたような表情を見せてから、アスカよりも先に園内に入る。
「デートじゃないの?」
若いキャストは、シンジに続いてアスカにもそう言う。
アスカはキャストにパスポートを手渡してから、ちょっと切なそうにシンジの方を見た。
「アタシはそのつもりで誘ったんだけど・・・・・・・・シンジ、彼はアタシのことなんか・・・・・・・・・」
ミサトがパスポートを2枚くれたのは、もう10日も前になる。
ミサトは「シンジくんと行ってきたら♪」と言って渡してくれたが、いうまでもなく、アスカは絶対にシ
ンジと行くつもりだった。
だがなかなか、「一緒にディズニーランドに行かない?」というその一言が言い出せなかった。勇気を振
り絞って、やっとの思いでシンジに頼んだのが昨日である。
これだけ苦労して、やっと、一応とはいえデートにこぎつけたというのに、シンジはあっさりと「デート
じゃないです」と言ってしまう。これにはアスカもちょっぴり悲しくなってしまった。
アスカがそんな事を考えていると、女性キャストは
「はい、どうぞ。」
と言って、アスカにパスポートを戻してくれた。
「ありがとうございます。」
アスカはパスポートを受け取って、入園ゲートをぬけた所に立っているシンジの方へ向かおうとした。
するとそのアスカに後ろから声が掛けられる。
「ねぇ」
声を掛けたのは、先ほどの女性キャストだった。
「あなたが何を願っているにしても、きっとそれはかなうわよ。」
きょとんとしているアスカに、キャストは心からの笑みを返しながら言葉を続ける。
「ここは願いをかなえる、夢と魔法の王国だから。」
自分で思っている以上に、アスカは寂しそうな顔をしていたようである。それを見かねて女性キャストは
アスカを励ましてくれたのだろう。
アスカはその言葉に返事はしなかった。
ただ、自分を気遣ってくれたキャストに、彼女と負けないくらいのにこやかな笑顔を返して、シンジの元に
走っていった。
続劇