第弐拾参話  


『Start(2)』

邦題 :スタート(2)

 

  「うわ・・・・・・すごい・・・・・・・・・・」
東京ディズニーランドの入場ゲートをくぐった二人を迎えたのは、「古きよきアメリカ」と後代において懐かし
がられた時期の、アメリカの一般的な街並みであった。
旧世紀末のディズニーランドでは、巨大なアーケードのようになっていたが、数年前に改築され、今は巨大なガ
ラスドームに街がすっぽり覆われたようになっている。
シンジもアスカも、21世紀の世界で育ってきたのだから、当然、「古き良きアメリカ」に対する懐かしさなどあ
るはずはない。だが、それでも眼前に広がる美しい街並みは、二人の心を奪うのには十分すぎるほどであった。
「す・・・・・・・・・ごい・・・・・・・・・・」
シンジは呆然としながら、古き良きアメリカの街並み、ワールドバザールの入り口で立ち尽くしている。生まれ
てこのかた日本を出たことがなく、今は近代的な設備の整った第三新東京市で暮らしているシンジにとって、目の
前にある風景に圧倒されてしまうのも無理はないのかもしれない。
アスカもシンジと同じくらい、驚いていた。ドイツ生まれのアスカにとって、洋風の街並みは珍しいものでもな
い。しかしさすがのアスカでも、19世紀のアメリカの街並みを見るのは始めてであった。
「よく作ったわね、こんなの・・・・・・・・・・・・・」
感心したように声を上げながら、ワールドバザールに歩みを進める。
進めば進むほどに、アスカの驚きは大きくなってきた。街並みだけでなく一軒一軒の家も、完全に古き良きアメ
リカの時代に再現されていた。もちろん、店内はディズニーランドの商品を売っていたりするのだが、それにして
も、扉の一枚から窓ガラス、看板にいたるまで、すべてが古めかしい雰囲気を漂わせている。
「すっごい技術よね・・・・・・・・・・・完璧に再現されてるじゃない・・・・・・・・・」
アスカは、店の中はまったく覗かずに、店の造りだけ見ながらてくてくと歩みを進めていく。
「うわぁ・・・・・・・・・これ、郵便局かしら・・・・・・・・・・・・・」
完全に街並みの美しさにに引き込まれてしまったアスカには、自分の歩みにシンジが付いてきていないことに
気が付きはしなかった。



てくてく前進を続けるアスカの数十メートル後方で、シンジはまだ、ワールドバザールの街並みに感嘆のため息
をもらしている。
「ほんとにすごいよなぁ・・・・・・・・・・・こんな街に住んでみたいよなぁ」
実際にこのような街に住むとなれば、それなりの問題点もあると思うのだが、シンジはそんなことには気が付き
はしない。ただただ、絵本や写真の中でしか目にしたことのない街並みを見て、「住んでみたい」という思いだけ
が先走っている。
「アスカも住んでみたいと思わない?」
シンジは隣にいるはずのアスカに同意を求める。が、数秒たっても、当然あるはずの、アスカからの何らかのリ
アクションはまったく無かった。
「アスカ?」
シンジはアスカの名前を呼びながら横を向く。そこには、アスカの姿はなかった。視線の向こうには、ディズニー
ランドのお土産を取り扱う店が見えるだけである。
「・・・・・・・・・・・・・え・・・・・と、アスカ・・・・・・・・」
アスカがいつのまにか居なくなってしまったことに気が付いたシンジは、慌てて周囲を見回す。だが周囲には、
少なくともシンジの目の届く範囲内には、蜂蜜色の髪をしてギンガムチェックのワンピースを着た少女の姿は無か
った。
「まさか・・・・・・・・・・・・・・・」
顔を次第に青くしていくシンジの頭の中に、ミサトから受けていた、「迷子だけは注意しなさいよ」という注意
の言葉が鮮烈な輝きを持ってよみがえる。
「まさか・・・・・・・・僕・・・・・・・迷子になったのかな・・・・・・・・・・・」
アスカが迷子になった可能性をまったく考慮せず、自分が迷子になったと思い込むあたりがシンジらしいといえ
よう。
「一歩も動かないで迷子・・・・・・・・・・・・」
がっくりしたような表情を浮かべながら、シンジは力なくそう呟く。
「とりあえず基本は・・・・・・・・・動かないことかな・・・・・・・・・・・」
探し回ってもアスカに巡り合うことなどないだろうと、情けない確信を抱いているシンジは、考えうる行動パタ
ーンのなかでもっとも消極的な方法を選択する。
アスカもシンジも携帯電話を持っているのだから、それで連絡を取ればいいのだが、一歩も動かないのに迷子に
なるという器用なことをやってしまったショックからか、シンジがそのことに気が付くことはなかった。




そのころアスカはと言えば、「迷子になった」と途方に暮れるシンジの前方20mほどのところの小路を左折した
あたりを歩いていた。
こちらはまだ、シンジとはぐれてしまったことに気が付いていない。
「へぇ・・・・・・・・・・ここは絵葉書と切手の専門店みたいね・・・・・・・・・・・・・」
店の中を覗き込みながらアスカはそう言う。その店はアスカの言葉どおり、ディズニーキャラクターやディズ
ニーランドの風景写真などを利用した絵葉書や便箋、切手などを専門に扱う店であった。
「ねぇシンジ、帰りにここでなんか買っていこうよ?」
アスカは後ろに付いてきているはずのシンジにそう問い掛ける。だがシンジは返事をしない。
「シンジ?」
怪訝に思ったアスカが後ろを振り返ろうとしたその時、アスカの視線の端に、一台のワゴンが道端に止まって
いるのが映った。
「うわ♪あれって、全部キャンディーかしら♪」
アスカの目に留まったのは、「キャンディーワゴン」と呼ばれる、非常に多くの種類のキャンディーをつんで
売り歩いているワゴンであった。このワゴンでは、キャラクター物のぺろぺろキャンディーから普通のキャンデ
ィーまで多種多様な種類の飴が売られている。
アスカは軽快な足取りでキャンディーワゴンに駆け寄り、ワゴンにならべられているキャンディーを手に取り
始めた。
「ね、シンジ♪これ買ってもいいよね♪」
別にシンジに許可をとるようなことではないのだが、アスカは後ろに付いてきているはずのシンジにそう言う。
プルートの形をしたぺろぺろキャンディーを手にしながらアスカはシンジの答えを待つが、シンジから「いい
んじゃないの」という答えは返ってこない。
「シンジ?」
ぺろぺろキャンディーを手にしたまま、くるりとアスカは右肩越しに後ろを振り返る。
そこには石畳の街路と、ミッキーマウスの形を模した風船を持った小さな男の子がいるだけであった。あるべ
きシンジの姿は見当たらない。
「????」
死角に隠れているのかとも思い、今度は左肩越しに後ろを振り返るが、そこにも青いポロシャツを着込んだシ
ンジの姿はなかった。
「え・・・・・・・・・と・・・・・・・・・・・」
とりあえずキャンディーを棚に戻してから、アスカは何でシンジが居ないのかを考え始める。
「・・・・・・・・・・きっとシンジ、方向音痴だから迷子になっちゃったのね・・・・・・・・・・・」
自分が勝手に歩き出して、シンジとはぐれてしまったのだが、そうは考えないところがアスカらしい。
「となると・・・・・・・・・・シンジのとりそうな行動パターンは・・・・・・・・超消極的に『一歩も動かない』かしらね。」
そう見当を付けるとアスカは、いま歩いてきた道を逆に戻っていく。
「どうせシンジのことだから、そこらへんで立ち尽くしてるのよね、きっと。」
アスカは楽観的にそう考えながら、のんきな足取りで小路を進んでいく。
小路をずっと進んで、メインストリートを入園口のほうへと曲がった。だがそこには、家族連れや恋人たちの姿
が多く見られるだけで、シンジの姿を見つけることはできなかった。
「あら・・・・・・・・・いない・・・・・・・」
アスカの心の中で、不安が少しだけ膨れ上がる。
「きっと、ずっと入り口のほうにいるのよね♪」
さっきまでと比べて、やや足早になりながら、アスカはメインストリートを入園口へとさかのぼっていく。
視線を左右にすばやく走らせながら、アスカとはぐれて困っているであろうシンジの姿を探すが、見当たらない。
「うそでしょ・・・・・・・・・・」
不安の占める場所が、アスカの心の中でどんどんと大きくなっていく。
それを打ち消そうとするかのように、アスカは懸命にシンジの姿を捜し求めるが、道をどれだけみても、そこには
シンジの姿は見当たらなかった。
「まさか・・・・・・・・・・・・・ほんとに迷子になっちゃったの・・・・・・・・・・・・」
次にどんな行動をとったらいいのか考えるために、アスカはベンチに腰を下ろした。
「はぁ・・・・・・・・シンジ、方向音痴だからなぁ・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・・」
アスカの思考は、『どうしよう』と思い悩むところから前に進まず、空回りを続けている。アスカも動転している
のか、携帯電話を使うという考えは沸き上がってこなかった。
一人になってみると、さっきまでは魅力的におもえた街並みも、急に空々しいものに思えてくる。ベンチの背中側
には、先ほどまでアスカが見ていたのとは違うキャンディーワゴンが店を開いていたが、アスカにはキャンディーを
眺めるような余裕はなかった。
「え・・・・・と、どうしよう・・・・・・・・・・シンジ・・・・・・・・・」
ベンチに座っているアスカは、今にも泣き出しそうな表情であった。
そのアスカの背中から、場違いなほどに明るい声がかけられる。
「あ、アスカ、こんなところにいたんだ。」
くるっと振り返ってみると、背中側にあったキャンディーワゴンで買い物をしている客の中に、シンジの姿があった。
「シンジ・・・・・・・・・・・」
あれほど探したシンジが、のんきにキャンディーワゴンでのんきに買い物をしている。その事実にアスカは最初、『見
つかってよかった』と胸をなで下ろしていた。しかし、なぜか次第に、胸の中にふつふつと怒りが湧きあがってくる。
「アタシがあんなに心配してたのに・・・・・・・・・・なによ!シンジったらのんきに買い物なんかして・・・・・・・」
「さっきアスカとはぐれちゃってさ、どうしようかと思ってたんだ。」
ベンチに腰掛けているアスカの前までやって来たシンジは、アスカの心の内など知らぬげに、すまなそうにそう言う。
そのシンジにアスカが凄い勢いでかみついた。
「シンジ!あたしがどれだけ心配したとおもってんのよ!」
その声に周囲にいた人達はアスカのほうを向くが、恋人たちの痴話げんかとでも思ったか、すぐに素知らぬ顔で
知らんぷりをする。
「勝手に迷子になったと思ったら、こんなとこでのんきに買い物なんかしちゃって!」
そのアスカの言葉に、シンジはすまなそうな表情は崩さないまま、反論を試みる。
「いや・・・・・・・・その・・・・・・・・・僕は一歩も動いてないから・・・・・・・アスカが勝手にどっかにいっちゃったんじゃ・・・・・・」
その言葉にアスカはぐっとつまってしまう。実際、シンジの言葉どおり、「アスカが勝手にどっかに行った」という
ほうが事実に即していることに気が付いたからだ。
「そ、それはそうかもしれないけど・・・・・・・・」
アスカの口調が急に歯切れが悪くなる。
「でも」
シンジはそう言いながら、アスカの隣に腰掛けた。ふわりと風が動き、アスカの蜂蜜色の髪を揺らす。
「僕ものんきに買い物なんかしてないで、アスカを探せばよかったんだ。ゴメン。」
シンジは小さく頭を下げた。
シンジの姿をアスカはびっくりしたような表情で眺めていたが、不意につらくなってきた。
「シンジってやさしいわよね・・・・・・・・・・でも、やさしすぎて・・・・・・・・つらいな・・・・・・・・アタシ、あんなにシンジに対し
て優しくなれないし・・・・・・・」
少しブルーな気分に浸っていると、隣からまたシンジが声をかけてきた。
「アスカ?どっか、具合悪いの?」
どうやらアスカは、よほど切なそうな顔をしていたようである。シンジには、アスカが体調が悪いかのように見えた
のであろう。
「べべべつに、そんなんじゃないわよ!」
アスカは慌てて、元気よく立ち上がる。
それにつられるかの様に、シンジもベンチから立ち上がった。
「それじゃあ、どのアトラクションから見てこようか?」
そろそろ太陽も傾いてきている。こんなところでのんきにベンチに座っているような余裕はなかった。
シンジは背中にしょったナップザックから、東京ディズニーランドのガイドを手にしながらアスカに尋ねる。
「とりあえず、新世紀の技術の粋を結集したって噂の、ホーンテッドマンションからよ!」
アスカは元気にそう言い放つ。
「ホーンテッドマンション、ホーンテッドマンション・・・・・・・・・・・・・・」
シンジは「ホーンテッドマンション」がどんなアトラクションか判らず、ガイドで調べている。
そのシンジに向かってアスカは、熱心に「ホーンテッドマンション」の解説を始めた。
「最新の3Dホログラム技術、新世代の生体ニューラルコンピュータなどなど、考えられる最高の技術を惜しげも
無くつぎ込んだ・・・・・・・・・・・・」
「お化け屋敷・・・・・・・・・・」
熱心なアスカの口調とは正反対に、心底イヤそうな口調でシンジがうめく。
シンジは子供のころから「お化け屋敷」の類いが大っ嫌いであった。
「あれシンジ、お化け屋敷とか好きなんでしょ?ミサトがそう言ってたわよ。」
アスカは不思議そうな顔をする。
「ミサトさん・・・・・・・・なに考えてるんだろう・・・・・・・・・」
顔を覆いながらシンジは、心の中で嘆息する。ミサトは当然シンジの「お化け嫌い」は知っている。それを知って
いてアスカになぜ、「シンジはお化け屋敷が好き」などと吹き込んだのか・・・・・・・・・・・・いくら考えてもシンジには
その理由は判らなかった。
「シンジ、嫌いなら別にいいわよ・・・・・・・・・・・」
あからさまに「ホーンテッドマンションはイヤ」という雰囲気を漂わせているシンジに、アスカはそう声をかける。
それを聞いてシンジは、アスカに頼んで、ホーンテッドマンションだけは止めてもらおうかと思った。
しかしシンジは、アスカが「最先端」と呼ばれる技術を見るのが好きであることを知っていた。アスカが口では「別
にいいわよ」とはいいながらも、最新の技術を惜しみなくつぎ込んだと噂の、ホーンテッドマンションに行きたいであ
ろうことは手に取るように判ってしまう。
しばらくの間、自分の恐怖とアスカの喜ぶ顔を天秤にかけていたシンジであったが、ふいに顔をあげると、きっぱり
とした口調でアスカに言った。
「ホーンテッドマンション、行こう。」
「別に無理しなくてもいいのよ。」
蒼白な表情のシンジに、アスカが心配そうな表情を見せる。
「だだだいじょうぶだよ。」
ちょっと声を上ずらせながらも、シンジはそう言う。
「きっとシンジ、嫌いなんだろうな」とアスカは心の中で苦笑する。
優しすぎるシンジの心遣いがつらく思えるときもある。でもシンジの気遣いが嬉しいのも確かである。せっかく気遣っ
てくれているのだから、嬉しさだけを感じるようにしようとアスカは思った。
「じゃ、いくわよ♪」
アスカはそう言うなり、ワールドバザールを園内に向かってずんずんと進んでいく。
「待ってよ、アスカ」
追いていかれそうになって、シンジは慌ててアスカの後を追う。
「迷子にならないでよね、シンジ。」
仲良く歩いていく二人の瞳の中に、中世の城、シンデレラ城のシルエットが大きさを増していった。


続劇


第弐拾参話は、そのうち公開っ!

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