第弐拾四話  


『Start(3)』

邦題 :スタート(3)

 

  「いやな感じ・・・・・・・・・・・」
シンジとアスカは、ディズニーランドの中でもっとも奥まった位置にある、ホーンテッドマンションの前に立っていた。
アトラクションとは思えないほど重厚な煉瓦造りの建物には、蛇のような蔦がびっしりと絡みついている。傾き始めてい
るとはいえ、まだ太陽は空にあるのだが、ホーンテッドマンションのある一画だけは冷たい空気が漂っていた。
「いやな感じ・・・・・・・・・・・・」
シンジはホーンテッドマンションの外観をじっくりと眺めてから、ため息を吐くかのような声でもう一度そう呟く。
蔦の絡みついた外壁だけでも嫌な感じなのに、盗掘されたかのような西洋風の墓群、明らかに何かを塗り込めたかのよう
に変色している壁・・・・・・・・・・・嫌な雰囲気はいよいよ増し加わっていく。
やや青ざめているシンジの横顔をみて、アスカが遠慮がちに尋ねてきた。
「その・・・・・・大丈夫、シンジ?」
「だいじょうぶ・・・・・・・だと思う・・・・・・・たぶん・・・・・」
自信なさげにシンジは答える。
「じゃ、いくわよ」
アスカの言葉に背中を押されるかのように、ギクシャクとした足取りながらもシンジは列の後ろに付く。ディズニーラン
ドのアトラクションの中でも、人気のあるアトラクションの一つであるホーンテッドマンションではあるが、今日に限って
は比較的すいていた。ホーンテッドマンションに入るために幾重にも人の列ができているのが普通であるが、今日はたった
の一列、並んでいるだけだった。
「シンジ、この建物、すごくよくできてるわよね。まるで本当に昔からここにあったみたい・・・・・・・・・・・・」
シンジの気を紛らわせようと、アスカがシンジに話し掛けるが、その言葉はシンジの耳を右から左に通り抜けていく。
「帰りたい・・・・・・・・・・・・・・」
シンジは心の中でうめいていた。
5歳の頃に父のゲンドウに、「面白いから行ってみるぞ」と騙されてお化け屋敷に連れていかれ、あまりの恐怖に気絶して
以来、「お化け屋敷」に類するものは嫌いであった。それ以後、ゲンドウに「男のくせに情けない」とからかわれても、友
達に「付き合い悪い」と言われても、決してお化け屋敷には足を踏み入れなかった。シンジは自分で自分のことを「我慢
強いほうだ」と思っていたが、それでもお化け屋敷の恐怖にだけは耐えられるとは思えなかった。
であるのに、なぜかアスカと一緒に世界で最先端の技術をつぎ込んだ幽霊の屋敷「ホーンテッドマンション」に入ろうと
している。「最先端の技術をつぎ込んだ」と謳うくらいであるから、その恐怖たるや子供の頃にゲンドウと入ったお化け屋敷
の比ではないだろう。
「なんでこんな所に入ろうとしてるんだろう?」
次第に短くなっていく順番待ちの列についていきながら、シンジは心の中で独白する。
「アスカが喜ぶから・・・・・・・もしトウジとかだったら・・・・・・絶対に入らなかったよな・・・・・・・アスカだからかな」
シンジは取り止めもなくそんな事を考えていた。その考えはアスカの言葉によって吹き飛ばされる。
「シンジ、パスポート」
並んでいる人間が少なかったために、シンジとアスカはあっという間に、ホーンテッドマンションの入り口まで来ていた。
目の前には、普通のドアとは比べ物にならないほど重厚で古びたドアがそびえたっていた。その前で、中世のメイドのよう
な格好をした女性キャストがパスポートをチェックしている。
「あ、これ・・・・・・・・」
シンジは慌ててポケットを探り、スターライトパスポートを女性キャストに手渡す。
このホーンテッドマンションの女性キャストの来ているコスチュームは、ディズニーランドのいろいろなコスチュームの中
でも可愛らしいと評判で人気の高いものなのだが、当然、シンジにはそんな事は目に入らない。
「逃げるわけには・・・・・・・・・・・」
シンジはちらっと横に立っているアスカの顔を見る。アスカの期待に満ちた視線は、目の前のドアに注がれていた。
「いかないか・・・・・・・・・・」
シンジはホーンテッドマンションの前に来てから何回目かのため息を吐く。
そのため息を聞きつけて、先ほどまで期待に満ち満ちた表情を見せていたアスカが、心配そうな表情を浮かべてシンジの
二の腕をつつく。
「シンジ、無理しなくたっていいわよ。人には向き不向きってのがあるんだし・・・・・・・・・アタシ、別にここのアトラクション
じゃなきゃ絶対ヤダってわけじゃないし・・・・・・・やめる?」
アスカは小声でささやく。
その言葉にシンジは、「じゃあ、僕、ここで待ってるよ」と言いそうになる。アスカには悪いが、そこらのお化け屋敷で
さえ耐えられないだろうに、最新の技術をつぎ込んだ幽霊屋敷であるホーンテッドマンションの恐怖にに耐えられるとは、
とても思えなかった。
「でも、ここまで来てそれもないかな・・・・・・・・・・」
帰りたいという思いは強い。嫌いなものは見たくない。アスカの言葉に甘えて、ほかのアトラクションに回りたいと思う。
普段のシンジなら、アスカの言葉をすんなり受け入れていたであろう。だが先ほど、期待に満ちたアスカの表情を見てしまった
シンジは、「やっぱりやめる」という言葉を言うのをためらっていた。
「帰ろうか・・・・・・・でもアスカ、ああは言っても、きっと見たいんだろうな・・・・・・・・・・でもなんでアスカのために・・・・・・・・・・
アスカと自分とどっちが大切なんだよ・・・・・・・・・でもな・・・・・・アスカが喜んでくれるの、好きだしな・・・・・・・・でも怖い・・・・」
シンジの心の葛藤は続く。だがその葛藤も長く続けることは許されなかった。
「それではどうぞ」
シンジの耳に大きな声が響く。
ホーンテッドマンションへの入場を促す女性キャストの声であった。
その声を合図にするかのように、シンジの周囲にいた人たち、また後ろに並んでいた人たちの波が動き出した。するとその
動きを感じ取ったかのように、目の前にある重そうな樫のドアが、誰が手をかけたわけでもないのに、不気味な音を立てなが
ら奥へ向かってゆっくりと開いていく。
開いたドアの奥にはシャンデリアや燭台で照らされた薄暗い中世風の部屋が広がっているのが、シンジの目に映った。
「やっぱり待ってよう・・・・・・・・・」
見るからに不気味な部屋の様子を見て、シンジの心の葛藤は吹き飛んでしまった。
「怖いものは怖い」という思いが一気に強くなる。
ここまで来てシンジは、ホーンテッドマンションを回避する意志を固めた。。それを伝えるためにアスカのほうを向く。
アスカはシンジの「やめる」という言葉を予想しているのか、心配そうな表情半分、ホーンテッドマンションに入れない
残念さ半分といった表情をしていた。
その表情を見ながらシンジは口を開く。
「は、入ろう、アスカ。」
口から出てきたのは、さっき決意したのとはまったく逆の言葉であった。アスカの顔を見たら、結局、「やめる」とは言え
ないシンジであった。
「え・・・・・いいの?」
「だいじょうぶだよ」
シンジは恐怖を必死に押し殺しながら、アスカに向かって作り笑いを浮かべる。
アスカにもシンジの笑顔が本心からのものではないことは判ったであろう。一瞬、心配そうな表情をより強いものにするが、
「シンジがそういうなら」と思ったのだろう。今度は一転して嬉しそうな表情、愛らしい笑顔を浮かべる。
「よぉし、じゃあ張り切って行くわよ!」
そしてドアの中に向かって歩いていった。
「なんか最近、あの笑顔に弱いんだよな・・・・・・・・なんでだろう・・・・・・・・」
ぼやきながらシンジも、アスカのあとに付いて、樫の扉をくぐる。
部屋の中は天井の高い、中世風の作りであった。意図的に薄暗い照明が使われているため、部屋の雰囲気は非常に不気味であ
る。大半の人はたったいま入ってきたドアとは反対側にあるドアの方に集まっていた。
そこにアスカの姿を認めて、シンジは急ぎ足でそちらに向かおうとする。
とそのシンジの背中側で、入ってきたドアが「ガシャーン」という大きな音を立てて閉じられた。
その音にびくりとしながらシンジは早くも、
「やっぱりこなきゃよかった」
と後悔をはじめるのであった。

続劇


第弐拾四話は、そのうち公開っ!

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