はじめてのあさごはん
〜Outer of Liebesgeschichte〜







「ちょっとシンジ・・・・・・・・・なんで今日も卵焼きなのよぉ!これで4日続けてよ!」

のんびりとした早朝の空気を切り裂くように、葛城家に少女の若い声が響き渡る。

声の主は蜂蜜色の髪をした少女、惣流・アスカ・ラングレーであった。彼女がこの葛城家に来たのは、つい

一ヶ月ほど前である。このテーブルについている3人の中では一番の”新入り”である。であるにも関わらず

この家で現在、一番発言力があるのは彼女であった。

「一日のスタートを彩る朝ご飯・・・・・・『今日は何かしら』って胸を高鳴らせてテーブルにつく・・・・・・そして

テーブルの上に並べられた料理に目を配る・・・・・すると目に飛び込んでくるのは・・・・・・・・昨日とおんなじ卵

焼き・・・・・・・・・・あぁ・・・・・アタシの朝の楽しみはシンジに奪われているのね・・・・・・」

アスカは箸を握り締めて目を閉じたまま、天を仰いでそう独白する。

その様子を見てエプロンをかけた少年、碇シンジは、軽く首を振りながら自分の席へと着く。

「そんな大袈裟な・・・・・・・・」

その言葉に呼応するように、テーブルについていたもう一人の女性、一応この家の主である葛城ミサトも

首をぶんぶんと縦に振った。

「そうよぉ。この卵焼き、美味しいじゃない。ビールとの相性は最高よね♪」

そう言って皿の上から卵焼きを箸でつまみ、大きく開いた口へと放り込む。

その言葉を聞いてもシンジは別段嬉しそうな表情をするわけでもない。

「味音痴のミサトさんに誉められても、誉められた気がしませんけどね・・・・・」

「ま、えびちゅビールの味にはには負けるけどね」

ビールを口にしながら続けるミサトの言葉を遮るようにして、アスカが声を張り上げた。

「美味しければいいってぇもんじゃあないでしょ?4日も同じ献立なんて信じられないわよ!」

その言葉に、シンジは困った様な表情を浮かべる。

「そんなこと言ったって、僕、歴史のレポートがあるから忙しいんだよ・・・・・・・・・」

「歴史のレポートって、ハプスブルグ帝国の自由レポート?」

「そう。図書館で本を借りてきたんだけど、なかなか進まなくって」

ご飯に佃煮をのせて食べながら、シンジは疲れた表情を浮かべる。そのシンジに向かって、アスカは大

きく胸を張る。

「アタシなんか、とっくに終わっちゃったわよ、そんなの。」

「そりゃアスカは、歴史が得意だからいいけどさ・・・・・・・・・・とにかく、夜遅くまでレポート書いている

から、朝、起きられないんだよ。だから時間が無くて、いっつもおんなじメニューになるの。我慢してよ。」

「あたしは我慢するわよん。ビールさえあれば。」

朝食がなんであろうと、ビールさえあればご機嫌なミサトは、今日も順調にビール缶を積み上げている。

その様子を見ながら、シンジは大袈裟にため息を吐いた。

「ミサトさんが朝食くらい作ってくれればいいけど・・・・・・・・・」

「レトルトオンリーでよければ作るわよん」

「・・・・・・・・・・期待するだけ無駄だし、あとちょっと、我慢してよ、アスカ。」

シンジにそう頼まれれば、アスカも文句は言えない。

「わかったわよ。しょうがないわね・・・・・・・・・・・」

”仕方ないか”という表情を浮かべたまま、アスカは箸を取り、朝食を食べ始めた。別にアスカも、シンジが

作る朝食が嫌いなわけではない。”同じ献立が続く”事が嫌だっただけで、味に不満があるわけではないのだ。

はっきり言ってシンジが作る料理は美味しかった。アスカの母、キョウコも料理上手であったが、そのキョウコ

と比べても遜色はないようにアスカには感じられていた。

「なんで、どっから見ても冴えないシンジに、こぉんな料理の才能があるのかしら・・・・・・」

シーチキンサラダをぱくつきながらそんな事を考えているアスカの向かいから、素っ頓狂な叫び声があがる。

「そうよっ!!シンジ君、名案が浮かんだわっ!」

叫び声をあげたミサトは、「どんっ」と凄まじい音を立てて、空缶をテーブルに叩き付ける。その頬の辺りは

ビールを飲んだせいか、ほんのりと朱に染まっているが、5本も続けて飲んでこの程度と言うのが、ミサトの

強肝臓ぶりを物語っていた。

「あの・・・・・・・・・名案って・・・・・・・・・」

ご飯茶碗を手にしたまま問い返すシンジに、ミサトは答えず、ただ右手を振り上げた。

そして暫くの間を置いてから、勢いよくその手は振り下ろされる。その指先は、アスカの方をビタりと指して

いた。

「アスカが朝ご飯を作ればいいだけじゃない♪」

ミサトのその言葉に朝食の席がシンと静まり返り、テーブルの周りの時が止まった。ミサトはアスカを指差し

たまま。アスカは卵焼きを口に運びかけたまま。シンジはご飯茶碗を手にしたまま。

暫くの沈黙の後、最初に口を開いたのはアスカだった。

「だめよ、アタシ、あんまり料理は得意じゃないから」

そう言おうとしたのだが、はじめの一言、「だ」を口にしたところでシンジに遮られる。

「アスカって、料理できたの?」

シンジのその一言は当然の疑問であった。アスカがドイツから葛城家に来てから一ヶ月ほどになる。しかし、

シンジは、アスカが何かを料理していたところを見たことが無かった。「アスカって料理できるの」という一

言が発せられたのは、当然のことであろう。

だがそのシンジの一言は、アスカのプライドを刺激するのに十分な一言であったらしい。

形の良い眉をピクピクさせながら、アスカはギギギッとぎこちなくシンジの方を向く。

「碇くん・・・・・・・・まさかアタシが料理ができないとか思ってるんじゃぁないでしょうね?」

「だってアスカ、一回も、何にも作ったことないでしょ。」

シンジは再びご飯を口にしながら、思ったままを口にする。

その言葉を聞いて、アスカはがばっと立ち上がる。

「判ったわ。それじゃ、明日はドイツの朝ご飯を食べさせてあげるわよ!」

「やった♪ビールの本場、ドイツの朝ご飯なら、朝ビールによりぴったりよね♪」

「アスカが作ってくれるなんて・・・・・・・助かるよ」

口々に喜ぶミサトとシンジを前にして、アスカはすでに後悔を始めていた。

はっきり言ってアスカの料理の腕は、『下手』と呼ぶのがふさわしかった。可愛い一人娘ということで、母親の

キョウコが甘やかしに甘やかしたため、料理なんて物はつくったことが無かった。おまけにキョウコが和食党で

あったため、ドイツ料理の朝ご飯など殆ど目にしたことが無い。「ドイツの朝ご飯」など作れるとは思えない。

「今、真実を話して、やっぱりシンジに作ってもらうしかないわね」

アスカの理性はそう告げるのだが、プライドはそれを拒否する。

暫く逡巡を続けた後、アスカは口を開いた。

「その・・・・・・・・・ドイツ料理じゃなくてもいいかな?」

プライドと理性の折り合った点が、「ドイツ料理じゃない朝食」であった。ご飯を炊いて、味噌汁を作って、

目玉焼きとベーコン、野菜サラダ・・・・・・・・・・その程度なら、アスカは自分でも作れそうな気がした。

「別にいいよ、なんでも。アスカが作る朝ご飯か・・・・・・・・・楽しみだな・・・・・・・・」

よほど自分で朝ご飯を作らなくても良いことが嬉しいのだろう。シンジはニコニコと笑みを浮かべている。

「まかせなさいよ。アタシの料理の腕を見せてあげるわよ。」

胸の中ではため息を吐きながらも、さも自信ありそうにそう言いきるアスカであった。





次の朝。

アスカは珍しく、葛城家の誰よりも早く起きていた。もちろん、朝食を作るためである。

献立は前の日、友達のレイに相談して決めていた。ご飯、ワカメと豆腐の味噌汁、目玉焼き、カリカリに焼い

たベーコン、野菜サラダ。ただしサラダは、前日の夕食にシンジが作ったポテトサラダが残っているので、それ

を盛り付け直すだけにすることにする。

あまりにも簡単な献立ではあるが、「確実を期す」というレイの助言で、この献立に決定していた。

「さってと・・・・・・・・・・」

いつもならシンジが身につけているエプロンを身に着けて、アスカは台所へと向かう。

「まずは、お米を研がなきゃね・・・・・・・・・・・・」

アスカはボールを手に、米びつへと向かう。米びつには、何やら1,2,3と書かれたボタンと、下に米が出て

きそうな口が着いていた。

「1,2,3・・・・・・・・・・・単位は何かしら・・・・・・・・まさか、Kgってぇ事はないわよね・・・・・・・ってことは、『人』

ね。じゃあ、アタシとミサトとシンジとペンペンで・・・・・・・・4人分ね。」

アスカは一人で納得すると、2のボタンを2回押して、「4人分」の米をボールにとる。

「次は・・・・・・・・研ぐのよね。」

たまにシンジが夕食の準備をするのを見ていたおかげで、ここはすんなりと突破する。

「で、電気炊飯器で炊く・・・・・」

米を釜に移し、水を張る・・・・・・・・・そこまで行ったところで、アスカははたと困った。

「水ってどのくらい入れればいいのかしら・・・・・・・・・・・・」

釜の内側には、これまた数字と横線が描かれている。とりあえず、米が「4人分」なので「4」のところまで水

を入れてみた。

「なんか、多いような気がする・・・・・・・・・これじゃ、『炊く』じゃなくて『ゆでる』って感じよね・・・・・」

水加減はそれでいいのだが、一度も炊飯器を使ったことの無いアスカには、水加減があっているか判らない。シ

ンジに聞けばいいのだろうが、アスカのプライドがそれを拒む。

「きっとこれくらいよね♪」

アスカは自分の直感で、米が浸るか浸らないかというところまで水を捨ててしまった。

「よし、ご飯はOK♪」

バタンとふたを閉めてスイッチを入れて、アスカ的にはご飯の準備は完了した。

「次は味噌汁・・・・・か。」

アスカは流しの下から雪平鍋を取り出し、蛇口から水を張り、ガスコンロにかけた。そして冷蔵庫から、水の張

られたボールに入った豆腐を取り出してきて、まな板の上に載せる。

「豆腐を・・・・・・・・小さく切る・・・・・」

昨日レイに教えてもらった手順を復唱しながら、アスカは包丁を取り出した。

非常に危なっかしい手付きではあったが、初めてとは思えない腕で、アスカは豆腐を綺麗な賽の目に切って行く。

「ふう・・・・・・・・アタシって上手すぎるわね・・・・・・・」

どうやら料理をしたことが無いだけで、アスカには料理の才能は有りそうであった。

そうこうしているうちに、鍋のお湯がたぎってくる。

「まずワカメをいれて・・・・・・・・・・次に豆腐よね。」

そう呟きながらアスカは、塩出しもしていない、切ってもいないワカメを、豪快に鍋の中に放り込む。もちろん、

その鍋の中身も、だしも取っていない、ただのお湯である。アスカは「味噌汁」と言うくらいだから、味噌だけ

で味を調えるものだと思っていた。「ダシをとろう」という概念すらない。

「豆腐・・・・・・・・・・・・」

隠れた才能で、上手に豆腐を切り分けたアスカではあったが、それを鍋に上手に入れるには、あまりにも経験が

無さ過ぎた。綺麗な賽の目であった豆腐は、鍋に到達する頃には、無情にもぐちゃぐちゃであった。しかしアス

カは、そんなこと気にもせずに豆腐を放り込んでいく。

そして冷蔵庫から味噌を取り出し、味噌汁っぽい色になるまで入れて、味噌汁も完成した。もちろん、「アスカ

的に」ではあるが。

次に、ベーコンを焼き始める。「焦がさないように、出てくる油で揚げるようにしながら、カリカリになるまで

焼いていく」というレイのアドバイスが功を奏したのか、それともただの偶然の産物なのかは定かではないが、

カリカリベーコンは、奇跡的とも言えるほどに上手に仕上がった。

「さて・・・・・・・・・・最後は目玉焼き・・・・・・・」

フライパンを油で掃除してから、再びコンロにかけ、オリーブ油をひく。

「卵を割っていれるっ!」

無意味に気合を付けて、アスカは勢いよく卵を割りいれる。

その気合のせいかどうかは判らないが、卵の黄身に指が突き刺さり、フライパンの中で黄身は崩れてしまった。

「・・・・・・・・・・・・ま、そういうこともあるわね。」

割れてしまったことが気になったが、自分を納得させて、再び卵を割りいれる。

二つ目以降の卵は、何とかその形を保ったままフライパンの中に落ちていった。

アスカはフライパンにふたをかぶせて、蒸し焼きにし始めてから、手早く冷蔵庫からキャベツを取り出す。

それから3人で食べるには明らかに多すぎるキャベツを洗ってから、千切りにチャレンジし始めた。

「ふぅ・・・・・・・・完了♪」

かなり幅の広い千切りが完了したのは、フライパンの目玉焼きから煙が上がり始める頃であった。

「あぁっ!煙っ!」

フライパンから立ち上る、灰色の煙に気がついたアスカは、慌ててガスコンロの火を止める。そして、恐る

恐るフライパンのふたを取る。

その中にあったのは。

白い目玉焼きであった。

「良かった・・・・・・・・・・・・」

真っ黒焦げの卵の姿を予想していたアスカは、目玉焼きが白かったことに胸をなで下ろす。

最後に、先ほど作った自称「千切りキャベツ」とカリカリベーコンを乗せたさらに、真っ白な目玉焼きを乗せる。

実は裏側が真っ黒に焦げていたりするのだが、アスカはそんなことには気がつかない。

それとほぼ同時に、炊飯器が「ピーッピーッ」というアラーム音を鳴らし、ご飯が一応は炊けたことを知らせる。

その音を聞いて、アスカはにっこりと笑みを浮かべた。

「まっ、アタシにかかれば、朝ご飯の準備も楽勝だったわね♪」

こうして、葛城家の朝食の準備は完了した。アスカ的には。








「あ・・・・・・・・おはよう、アスカ・・・・・・」

シンジが眠そうな目をしたまま、キッチンへ入ってきたのはそれから暫く経ってからであった。

「アスカ、朝ご飯つくってくれたんだっけ・・・・・・・・・・」

まだ寝ぼけているかのような表情で、シンジはテーブルにつく。

そのシンジの目の前に、アスカは目玉焼きの皿と、味噌汁をおいた。

「さ、シンジ。アタシの作った朝ご飯よ。アタシの腕を思い知らせてあげるわ。」

アスカはそう言ってから、シンジの前に座った。そしてシンジが、自分が作った朝ご飯についてなんと言うか、

興味津々と言った表情を覗かせる。

「じゃ、いただきます・・・・・・・」

シンジはぼーっとした頭のまま、味噌汁を一口、口に含む。

その味を舌に感じたとたん、シンジの頭から眠気は一気に吹っ飛んでしまった。ダシをとっていない。豆腐は

殆ど原形をとどめてはいない。ワカメは長い。味は、塩ワカメの塩が入っているせいか、濃い。とにかく、凄い

味だった。

「これって、嫌がらせかなんかかな・・・・・・・・・・・」

シンジは頭の隅にそんな考えが浮かぶ。そしてチラリとアスカの顔を見るが、その顔は、嫌がらせをしているよ

うな顔ではない。自分の作った料理に自信満々という感じさえ受ける。

「もしかして、アスカって料理したことが無いんじゃぁ・・・・・・・・・」

その考えは口には出さず、シンジは再び皿を見回す。よく見てみると、まっとうなのはベーコンだけで、千切り

は太すぎて千切りでないし、目玉焼きは黄身が割れていて「目玉焼き」でなかった。

「料理したことが無いならそう言えばいいのに・・・・・・・・」

裏がこげた目玉焼きもどきを口にしながらシンジはそう思う。だが、アスカなら弱みを見せたがらないであろう

ことに、この一ヶ月あまりの生活で、シンジは気がついていた。

「まあ・・・・・・・・アスカなら、言うはずも無いか・・・・・・・・・・・」

「ね、美味しいでしょ?」

そんなシンジの思いに気が付くはずも無く、アスカはニコニコしながらそう問い掛ける。どうやら自分の作った

朝食の味に、自信があるらしい。

その顔を見て、シンジはなんと答えたものか困ってしまった。

暫く考えた後、シンジは思い切ったように口を開く。

「その・・・・・・・なんていうか・・・・・・・・・いいんじゃないかな・・・・・・・」

アスカはその言葉に満足したのか、ニコっと笑う。

「ま、これが実力よね・・・・・・・・・・・・じゃあ、アタシもたべよっかな。」

アスカはエプロンを外しながらテーブルに付く。

「あっ、ご飯盛ってなかった・・・・・・・・・シンジ、盛ってくれる?」

「あ、うん。」

しゃもじを軽くぬらし、炊飯器のふたを開ける。そこでシンジは、再び目を疑うようなものを目にした。

炊飯器の中のご飯は、釜に接した部分はきっちりと焦げていた。なぜか物凄く多く炊かれているので、内

側だけ盛ることにすれば、なんとか皆の朝食分くらいはありそうであった。

「それにしても、どうやったら炊飯器でご飯を焦がせるんだろう・・・・・・・・・・・・」

器用にこげてない部分だけをアスカの茶碗に盛り付けながら、シンジはそうぼやく。水加減を間違えれ

ば、電子炊飯器と言えども焦がすことはできるのだが、家事能力が万能に近いシンジには理解できない。

「でも、初めてならしょうがないよな・・・・・・・・・・・・」

アスカにご飯を手渡し、自分のご飯を盛りながらシンジは呟く。

「いっただきまぁす♪」

その背中でアスカの元気のいい声が響く。

ほんの一瞬の沈黙をおいて。

「なによ、これ・・・・・・・・・」

今度のアスカの声には、さっきとは打って変わって不満が色濃く現れている。

「・・・・・・・・まずい・・・・・・・・・」

アスカはそう呟いて、奥歯をギリッとかみ締める。

悔しかった。いくら料理をしたのが初めてだったとはいえ、こんな物しか作れなかったことが。ご飯は、

焦げっぽい味がする。味噌汁は味噌の味はするが、何かの味が足りない。目玉焼きは、表から見ると普通

だった。しかし口に含むと、裏側が炭と化している事が分かる。まさしく、最悪だった。

「こんな簡単そうな料理、上手く行くと思ったのに・・・・・・・・・・・・」

傷ついたプライド。失敗を認めたくない思い。行き場を失った苛立ちは、こんな料理を『いいんじゃない』

と評価したシンジへと向かう。

「シンジ・・・・・・・・・」

「??」

おこげのような味のするご飯をぱくついていたシンジは、アスカの表情に含まれる、どことなく険悪な雰囲

気を察知して首をかしげる。

「どーして、こんなにまずいのを、『いいんじゃない』なんて言ったわけ?どうせアタシにはこんなもの

しか作れないって思ってるんじゃないでしょうね?」

「ち、ちがうよ。」

なんで自分が怒られなきゃならないんだ、と理不尽さを多少感じながらも、シンジはぶんぶんと首を振る。

シンジが「いいんじゃない」といったのは、「アスカがこんなものしかつくれない」と思っているからでは、

決してない。

シンジは言葉を選びながら口を開く。

「その・・・・・・・アスカって、料理するの、初めてじゃない?」

的を得たシンジの言葉に、アスカはぐっと詰まる。

その様子を肯定と受け取ったか、シンジは更に言葉を続ける。

「初めてつくるんだったら、誰も何にも教えてないのに、これだけ出来れば上出来だよ。だから、『いいん

じゃない』って言ったんだけど・・・・・・・」

しかしアスカは納得しない。『初めてなら上出来』という言葉に納得できない。

「アタシは、初めてでも上手に出来なきゃ、イヤなの!」

シンジはそれを聞いて、手にしていた茶碗を置いた。

「そりゃ・・・・・・アスカはその歳で大学卒なわけだし、なんでも上手にできるだろうけど・・・・・・・やっぱり、

それでも、『初めは上手く行かない』ものってあるんじゃないかな。そういうのが、あるから、楽しいん

じゃ・・・・・・・ないかな」

「そ、それは・・・・・・・・そうかもしれないけど・・・・・・・・・」

アスカは渋々ながらもシンジの言葉に同意する。確かにシンジの言っていることは正しい。何かを習得する

過程ほど楽しいものが無いことは、アスカ自身も良く判っていた。

「アタシが悪かったわ。初めてなんだから、意地張らないでちゃんと教えてもらうべきだったわ。」

アスカにしては珍しく、素直に頭を下げる。そんな珍しい姿にシンジは驚いて、逆にあたふたしてしまう。

「いやっ謝らなくてもっ・・・・・・そうだ、アスカ、料理の才能有りそうだから、練習すれば上手になるよ。」

「そうかな?」

現金なもので、『才能がある』という言葉を聞いたとたんにアスカの眼が生き生きとしてくる。

シンジは味噌汁もどきのなかから、綺麗な賽の目に切られている豆腐を箸で持ち上げた。

「僕だって最初は、こんな上手に豆腐切れなかったよ。それに、ミサトさんなんかいまでも・・・・・・・・」

そのシンジの言葉を遮るように、ガラガラッと襖が開き、話に上がっていたミサトが起き出してくる。

「シンちゃん、アタシのこと呼んだぁ?」

ミサトはぼりぼりと頭を掻きながら、冷蔵庫から取り出したばかりの冷え冷えのビールを開ける。

「いや、別に呼んでませんけど・・・・・・・いい加減、朝からビール飲むの止めてくださいよ。」

シンジがミサトの体と家計を気遣ってそう言うが、そんな言葉を聞きいれるミサトではない。

「だいじょーぶよ。これくらい・・・・・・・・・・っと、目玉焼きがあるじゃなぁい」

酒の肴が欲しくなったのだろう。ミサトは目の前にある目玉焼きを指でつまむ。アスカとシンジは止めようと

したが、止める暇もあればこそ。ミサトはさっさと、表面真っ白、裏面真っ黒な目玉焼きを口に放り込んだ。

アスカとシンジは、息を潜めてミサトの口元を見守る。

暫く後、目玉焼きを飲み込んだミサトが口にした言葉は。

「くぅっ!この香ばしさがビールにピッタリって感じね!」

「香ばしさじゃなくて焦げ臭さでしょ・・・・・・・・・・・」

シンジとアスカは頭を抱えながら、胸の中でそう呟く。

「シンジ・・・・・アタシ、料理上手になりたいの・・・・・・・・・・・・」

料理が出来ないから味音痴になるわけではないのだが、「料理はできずに味音痴」という両輪のそろったミサトを

見ていてアスカは不安になったらしい。

「絶対に・・・・・・こうはなりたくない・・・・・・」

まずい味噌汁を満足そうに味わっているミサトを横目に、アスカは固く決意する。

料理上手になってやろう、と。



ミサトの味音痴のインパクトが強かったせいであろうか。

アスカがシンジと比肩するほどの料理上手になるのは、これから一ヶ月も経たないうちであった。


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