あるとき、また私はいつものようにカオリさんに愚痴をたれていました。
「石田課長が3課じゃなくってインターネット課だって、いったんですよ。それなのに、私が移るなんて話、一言もでないです」
「むりむり。石田課長の力じゃ。」
「マルチって、もう人を増やしたりしないんですかね?」
「社長がかわったし。もう続けるのも無理なんじゃないかしら」
と諦め顔のカオリさん。
「一ノ瀬さん、マルチ潰れたら会社起こすって、昔言ってましたけど」
かつてマルチができたばかりのとき、一ノ瀬さんが冗談めかしてそう言ったことがありました。
「うーん、どうかな。」
上司にもがんがん突っかかる積極的だった一ノ瀬さんは、なんだか丸くなってしまいました。
亜弥さんともめでたく結婚し、夫婦でなかよくマルチにいます。 亜弥さんのお腹も大きくなってきました。先立つものが必要となってしまって、
独身時代のように無茶はできなくなってきたのかもしれません。下山さんは
「別に、昔していた仕事にもどるだけだし、マルチがなくなったって、なんともないよ」
と言っています。新人だった小倉くんたちも、「別に…」という感じ。みんなあまり執着心がないみたいです。私一人が、執着しているんです。
この会社に入ってから、がんばっている人たちをなんとなく追いかけて、楽しそうなことに
首を突っ込んで、いろいろやって、5年。 そして今、追いかけていた部署が、人たちが、なんとなく変わってしまった。私は中ぶらりんの気持ちでした。
私は、何を目指したらいいんだろう?
システム3課でUNIXの仕事をしていると、たしかに充実している。UNIXの世界は、本当に面
白いです。でも、それが本当にやりたかったこと?
「私は、本当はなにをしたいんだろう?」
気がつくと、自分に問いかけていました。
そもそも、マルチに行きたかったのはなぜ?
−−−−面白そうだったから。
何が面白そうだった?
−−−−コンピュータで絵を描いたり、Webデザインとかすること。
UNIXも面白いけど、課を移るための手段として勉強したんだし。 根本は絵を描くのが好きという気持ち、小さい頃からまんが家を目指していたのと同じで、得意なことを生かしたいという気持ちです。
ちょっとまってよ。うちはSE会社です。お客さんの要求を聞いてシステムを開発するところです。コンピュータで絵を描いたりWebデザインすることは、
SE会社の仕事じゃない。デザイナーとか、CGクリエイターとか、でしょう?
SE会社でデザインの仕事したいってごねたって、それは無理な要求。上司が聞き入れるわけはない。そしてそういう仕事のできる可能性のあった、マルチも、もうすぐ潰れるという。
じゃぁ、私のしたいことは、T社ではできない。 ここにいては駄目なのかも。
初めて、「転職」ということばが頭をよぎりました。
いままで、会社を辞めるということにマイナスイメージしか持っていなかった
私です。 キャリアウーマンぶって、できる女になろうとしていた私は(当時そういうのが流行りだったんです)、辞める女の人たちを「負け」だと思っていました。
男と同じぐらい働けないなんて、情けないよ、って。でも、そうとは限らない、積極的な理由で辞めることも、ありなんだ。
よし、転職しよう!
そして、自分のやりたいことを仕事にしよう!
決心すると、 気持ちがぱーっと晴れたような気がしました。 自分に、新しい未来が待っているような、そんな気分になりました。
仕事のいやなことも、「なんでこんなことしなきゃいけないんだろう」と悩むのではなく、
「いつか辞めるんだし!」と我慢して、乗り越えられるようになりました。
こうして私は、転職を思い立ったわけです。このあと私がどういう転職活動をして、どんな運命をたどったかは、本編「転職失敗記」の方を読んでください。(って、おそらく読んでいるでしょうが。)
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