いつのまにか私は入社して一年たちました。 社内ネットワークも稼動して
随分経った、ある日のこと。
掲示板の前に人だかりが…辞令が貼られていました。
組織改訂のようです。T社はよく組織を変えるけど名前だけで中身は変わらなかったりします。
ところが、良く知った人の名を発見!
新設 マルチメディア開発課 一ノ瀬 ○○
下山 ××
社内ネットWGのメンバーの二人です。びっくりしていると、ちょうど下山さんが通
りかかりました。
「下山さん!辞令見ましたよ。新しい部署に移るんですか?」
「うん。今度、一ノ瀬さんと、研究開発の部署を立ち上げてやることにしたんだよ」
マルチメディアの研究開発。一回目で書いた通り、マルチメディアは当時のキーワードの
一つ。文字などに限らず、音声、画像、動画、などを扱えるようにしようと いう動き。今では当たり前のことが、まだ新しかったのです。
この課が新設されたいきさつを聞いて、さらにびっくり。 またも、一ノ瀬さんが社長を説き伏せて作ったのだそうです。
「マルチメディアの研究開発かぁ。おもしろそうだなぁ…」 地域密着型のSE会社、所詮ユーザサポートがメインだと思っていた私は、
こんな部署をつくってしまうこの会社を、ちょっと見直したりしたのです。
一ノ瀬さんは、下山さんの他にも同じ社内ネットWGのカオリさんも連れて
マルチメディア開発課(以下、略してマルチ)に移りました。もっとも カオリさんは「当分借りる」だけで実質はシステム3課から移らなかったのですが。
「一ノ瀬さん達、課作っちゃったんだって?」
お昼、同期の子と一緒に食べているとさっそく話題が。 私は目を輝かせて 「すごいよね!」とうなずきます。
ところが別の同期の男性が言いました。
「マルチってさぁ、結局なにやるわけ?」
顔をしかめて別の同期も言います。
「なんの意味あるんだろうね。あんなものつくってさ。」
「みんな言ってるよ。金の無駄だって」
同期の彼等は私と同じペーペーです。社内の状況なんて詳しくないはず。 そんな彼等がそのように言うってことは、
周りの先輩社員達が、そう言っているということ…。 私はショックでした。
すると事務の同期が言いました。
「一ノ瀬さんってさぁ、悪い噂あるよ…」
噂とは…
NIFTYで、匿名でT社の総務課に対する中傷を流した人がいるらしい。出所は、
会社の7階(3課と4課があるところ)だ。そしてそれはどうも、一ノ瀬さんらしい、と。
「そんなことする人じゃないよ!」と私は断固否定しました。
でも他の同期は疑惑の表情です。
頭に来て私は、カオリさんに聞いてみました。カオリさんは私と年も近く、元気でさわやかな
女性。前から、なにかと相談にのってもらっていたのです。カオリさんも驚いてました。
「一ノ瀬さんがそんなことするわけないよ。文句があるなら直接言うよ。そういうひとでしょ?
この間だって、上村部長と言い合いしてたじゃない」
上村部長は3課の上司。少し前に、一ノ瀬さんは部長席の前で(もちろん他の社員もいる)
部長のやり方に対し堂々と文句をいい、言い合いになっていたのです。
言い合い、といっても上村部長はしどろもどろでしたが。 なにしろ上村部長は評判が悪く、仕事ができないことで有名。打ち合わせを駄
目にしそうだったとか、 社内でいうべき話を客先でぶりかえしたとか、頭に来ている人はたくさんいたのです。
社員は上司を選べないのがサラリーマンの悲しいところ。面と向かって文句なんて誰も言えない。
でも、一ノ瀬さんはそれができる人なのです。
「それにしても変な話だね。NIFTYで、匿名で、なんでうちのビルの7階だってわかるんだろ?ましてやそれが
一ノ瀬さんだなんて証拠、ないじゃない。」
「それも、そうですよね…」
NIFTYに詳しくない私にはよくわかりませんが、どうもこの話、総務に中傷じゃなくて一ノ瀬さんに対する
中傷のようです。
また、こんなこともありました。 社長から社内WGのメーリングリストに「こんな意見が来たよ」と、メールが転送されてきました。
「社内ネットのメールシステムは、半角カナを使えないなど制約が多い。
… NIFTYに比べると時代おくれのインフラではないでしょうか。」
ある課の課長が社長あてに書いたメールでした。 (メールにはもっと、ぐだぐだと文句が書いてあったのですが、詳細な
内容は忘れてしまった) 要は、半角カナも使えないEメールなど使えません、社内ネットなんて辞めちゃいましょう、
ということを、わざわざこの課長は社長に御注進したというわけ。
一ノ瀬さんが怒ったのなんの!しかしさすが大人です。
「××課長!世界に目を向けてください。
半角カナはこれこれこういう理由で…」
と、なぜ半角カナがダメかを丁寧に説明したメールを送りました。 いまでは信じられませんが、「半角カナをつかえないなんて嫌だから俺はNIFTYを使う」
って言う人、結構いたんです。
さて、 メールを貰った件の課長は、一行だけ書いたメールを返してきました。
「なんで社長宛に送ったメールが一ノ瀬君のところにあるのですか」
一ノ瀬さんはもうあきれて、相手にするのをやめました。
たしかに、「できる人」で、社長にも気に入られているなんて、他の人からすれば面
白くないでしょう。 だけど、卑怯ですよね。
「うちの会社、チキンな奴が多いんだな」と、実感する出来事でした。
大企業なんて、こんなものなのでしょうか。
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