ある日マルチにやってきた私は、真新しいパソコンと机を発見。
「パソコン、増やしたんですね」と下山さんに言うと、
「うん、Webコンテンツ作成に必要だからね。」との返事。
その割にはときどきしか使われていないようで不思議でした。
でも、増えたのはパソコンだけじゃなかったんです。
数週間後。メールをチェックしていたら、カオリさんから興奮のメールが。
それを読んだ私は、ショックで体がカーっと熱くなりました。
「大変です!彼女です!
いま、島崎課長(マルチの上司)と一緒に入ってきました。
満面の笑顔です。今度、インターネット課に配属になって、 マルチでWebデザインの仕事するんだそうです。
全然聞いていなかったわよー!びっくりしたー!」
彼女、とは、開発部2課の亜弥さん。 一ノ瀬さんの彼女です。管理職以外には公然の秘密でした。
マルチに確かめに行くと、亜弥さんは、あの新しいパソコンの席に座っていました。
亜弥さんはスタイルの良い美人で、かといって派手ではなく、ナチュラルでかわいらしい人です。
というと、モテそうですが、 入社してすぐに一ノ瀬さんがキープしてしまったそうです。
「どういうことですか〜ぁ?」
昼休み。たまたま亜弥さんのいないときに、社内ネットワークのメンバーは一ノ瀬さんを囲みました。
普段硬派を装う一ノ瀬さんは、照れながらも平静を装い、言いました。
「だ、だから、俺は最初、○○さん(sleeping catのこと)に来て欲しいって思ってたし、部長にも言ったんだよ?
でも、石田課長は、○○さん、現在のプロジェクトで当分抜けられないし、システム4課も人を減らせないって
いうから。それじゃ無理だと」
あの、最悪プロジェクトのせいだったのか…心の中で歯ぎしりした。
「それで、…彼女は絵を描くのが得意だって言うから、Webの作成とかやってもらおうと思って。」
カオリ先輩がつっこむ。
「コンテストに出した、あのトップページの絵、やっぱり彼女だったんですね」
「そうだよ。描いてみる?って、やらせてみたんだ。…そういうことだから、みんな仲良くしてやってね。」
しかし実は彼女、仕事ができないという噂でした。
「また亜弥さんとチーフぶつかってさ。亜弥さんが悪いのに、認めないんだよ。
チーフめったに怒らないのに『馬鹿じゃねぇの!』って怒鳴って。 結局私が直したんだよね。単純なミスなのに。」
開発部2課の同期の子がよく昔、こぼしていました。
それでも噂は噂だし、この目で見るまでは信じまいとおもっていたのですが。
亜弥さん、たしかに絵はかけます。ただ、正直いって「そんなにうまい?」という程度。
しばらくして気がつきました。ゼロから描くのではなく、イラスト集から持ってきてそれにちょっと
手直ししてばかりいるんです。たまに自筆の絵があるなと思ったら、マンガをスキャンしてなぞってました。
ゼロから描くことがべつにいいわけではないので、それはそれで絵の能力の一つではあるのでしょうけど。
しかし彼女が入ってから、マルチのメンバー、不満たらたらです。
「なんていうか、常識しらないのよね…」とカオリさん。
「打ち合わせ中足組んだりするのよ。客の前で。飲み会の時も、全員乾杯を待っているっていうのに、
一人で飲んで、『おいしいー』なんて言ってさ。
そうそう、この間、コンテンツの打ち合わせに行った時にも、亜弥さん、 全然関係ない自分のこと話しだしたりして、『あー、せっかくこの話をしようとおもったのに!』
って、焦ったわよ。」
マルチの新人君も、こう訴えていました。
「英単語のスペルがまちがっていて、mainをmeinとか。いつもですよ。
しかも大文字小文字まぜてるんですよ。統一性あるならまだしも、ぐっちゃぐちゃ。
僕が直しているんですけどね。違ってるっていくら言っても、また間違うし、言うだけ無駄
だなと思ってあきらめてます。」
一ノ瀬さんも放っておいたわけではなかったようです。カオリさんいわく、
「一ノ瀬さんもね、最初は、ちゃんと教えようとしたみたい。傍から見て『そこまで厳しくいうの?』って
驚いちゃうくらい、『ここはこうだろう!?そう教えたろう?』って怒鳴ったり。でもね、
亜弥さん、絶対自分の間違いを認めないの。一ノ瀬さん相手にあそこまで強情なのは凄いよ。
しまいには、一ノ瀬さんも諦めたみたいよ。」
マルチの人の話をきけば聞く程、「なんでそんな亜弥さんが?」と思う私でした。(いや、理由は既に聞いているんですけどね)納得いきませんでした。
そんな私には例の開発の仕事が容赦なく押し寄せていました。
「いったいいつまでこんなことやってるんだろう…」
半年程たったある日。私は趣味で作っていたWebの件で、亜弥さんに質問しに行きました。
亜弥さんはMacで仕事していました。社内でMac使いは他に一ノ瀬さんしかいませんが、一ノ瀬さんは
ちょっと怖いので聞きづらかったんです。
「PerlでCGI作りたいんですけど、Macの開発環境知りませんか?」
すると彼女、首を傾げて言いました。
「しー、じー、あい、って、なぁに??」
力が抜けました。CGIは分からないの、とか、CGIはやったことないの、という返事ならまだ
納得しました。が、CGIという言葉すら聞いたことなかったとは。おいおい。
亜弥さんはニコニコ笑って言いました。
「ごめん、あたし、絵とか描いてるだけだから、わからないの」
「……………」
亜弥さん、なんで私が知ってて、ここに半年もいるあなたが知らないのですか。
あなたの所属はインターネット課ではないのですか。 社内の最先端の、こんな贅沢なところにいるのに!
悔しい。あの場所には私が座りたいのに!
(でもその後、CGIって何の略だったかを、慌ててこっそり調べたのは内緒です。もう一生忘れません(笑))
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