「退職願」
私は、ついに、その封筒を社長に手渡すことになった。
保険云々の手続きが面倒らしいので、退社日は綺麗に年度末になるようにした。 (この判断は正しかった。)
会社の規則によれば、退社の申告は1ヵ月以上前。 ぎりぎり2月末に社長に渡すことができた。
「結婚することになりました」
卑怯だが、退社理由はそうした。あながち、嘘ではなかった。 実際その数ヵ月後に私は入籍している。※
だが本当の理由はE社が、社長のやり方が嫌になった、それにほかならない。 社内規則に、妊娠・出産・育児休暇についての規定がないのは、そこまでして
E社に勤めたいと思う人がいないからだと、ようやく私は気づいた。
社長は、「そうですか、わかりました」だけで、とくに何も言わなかった。
話が前後するが、Bさんが辞めた後、「今後の事業計画」を社長が 発表する会議があった。 高々10人程度しかいなくなった社員に向かってプレゼンするために、社長は
わざわざプロジェクターを借りてきた。 プロジェクターでパソコン画面を壁に映し出してPowerPointで プレゼンする社長。(もちろん、社長の準備のためにその部屋は半日使えなかった。)
事業計画の中で、社長は言った。
「これまではインターネットの仕事もやっていましたが、ホームページは もうかりません。マルチメディア関係もそうです。
なので、今後はこのへんはやらないことにします」
だったら、私がE社を選んだ理由の一つ、インターネット関係にも力を入れている、 というのが無くなる。もう、E社の魅力はない。
その前から、この社長のインターネットに対する知識レベルが ずいぶん低いなということに私は気づいていた。 採用のとき、HTMLメールを送ってきたのが始まり。
ドメインを取って常時接続する前も、ISDNダイヤルアップでインターネットは 充分な期間使えていたはずだから、ある程度覚えるはずだ。 メーリングリストにもいくつか入っていたようだ。
なのに社長は、Outlookは使う、ソフトを入れ直すたびにHTMLメールになる、 半角カナを使う、メールで社員に失礼な命令を送る…
私が社内ネットワークのマニュアルを作成していたのは前にも触れたが、 HTMLで作成して、NT Serverの共通文書の置き場所に入れた。
とくに力を入れたのが、インターネットのマナー違反をしないように という部分で、半角カナは使わないとか、最低限のマナーを押さえて、
ネチケット関係にリンクを張った。 またOutlookの問題にもふれ、どうしてもOutlookを使いたい場合はこれらのリンクをよく読むように、
と、Outlook関係の問題にリンクを張った。
私がMS嫌いなのは認めるが、Outlookに関してこのように記述したのは、感情論でなく、 Outlookで送った場合のトラブルが私に殺到したからだ。
マニュアルができたとき、私は一安心した。 社長がこれを見てくれれば、すこしはましになるし、私がいなくても なんとかなるだろうと。
だが甘かった。
さて…これから話す出来事は、私にも多少落ち度があったことなので、 語るには少し気が重い。だが社長ばかり責めていたので、私の悪かったことも
書かないと平等ではない。
ある日の朝礼の後。
「○○さん、マニュアル、丁寧な出来だ。ありがとう」
と、めずらしく私は社長に褒められた。が、
「今日中にあのマニュアルはサーバから削除してMOに入れておいて」
「ええっ!あの、あれは、社員の人がいつでも見られるように、サーバの共有スペースに 置いてあるんですが」
「だって、一度見たらもう使わないだろう?」
「ソフトを再インストールしたらまた設定が必要ですよね。そういう時の ためなんです!!」
私はもううんざりしていた。サーバから消したら、わざわざHTMLで作った意味ないっちゅーの。前回の事件で強くいえたから、今回も私の態度は
強かった。
「ああそう。そういうことならわかりました」
この人はいつも、わかりました、はすぐ言う。
「それで、どうして私の知らないメールがあるのですか」
「は…??」
「なんで俺にとどかないメールがあるんだ、と聞いてるんです」
「(またわけわかんないこと言い出したぞ)メールは社長宛でないと、それは とどかないメールもあるでしょうし…」
「そうじゃないよ。E社のドメインで、俺のしらない、メールアドレスがある。 俺の知らない話をいろいろしているようだな」
「……」
「どうなんですか、ミス○○?」(いやみたっぷりな言い方)
「…社長、自分以外の人のメールソフトを起動して、メールをご覧になったんですか」
「ええ。ご・ら・ん・に・な・り・ま・し・た!!」
(続く)
※ 今回の文章を読んで、「なんだ、結局結婚して奥さんになったなら幸せじゃない」 とがっかりする方もいるかもしれない。でも、ただの主婦では私の考えるハッピーな状態
ではない。実際、私は扶養には入っていない。結婚しようとしてなかろうと、 自分のやりたいことを模索するのは続けたいと思っているので。
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