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四季のスケッチ すてきに神戸TopPage

5 May 2004
兄弟

三男・二男(六甲山・白石谷で)

活。更に今月中旬には千葉県の下総航空基地に移動し、ここでも約2年間の寮生活だそうです。訓練も厳しいようで江田島の幹部候補生学校でのそれは海軍兵学校の伝統を受け継いだもので、厳しい防衛大学の訓練が楽に思えるほどだったといいます。
 高校生の時、何か考えることがあったのでしょう。進路を防衛大学に決めて猛烈な受験勉強を開始しました。部屋の壁やドア、家具、冷蔵庫、それにドアのノブにまで覚える事柄をメモしたカートを貼るという徹底ぶりでした。小中学校ではそれほど勉強していなかったので挽回するにはよほどのエネルギーが必要だったのでしょう。現役合格はできなかったものの、予備校は特待生で授業料免除で、偏差値80を超える科目も出てきたようです。



気をつけて!

 ゴールデン・ウイークも今日で終わり。帰省していた二男は、鳥取の友人に会うため3日前に家を出て、下関から帰っていた三男も今朝長いドライブでの帰路につきました。道中の無事を祈るのみです。
 長男は結婚するまで長く家にいましたが、二男は震災の年に大学受験で島根大学に進み松江市に下宿、そのまま大学院へ。修士課程の2年生になって京都大学にかわるまでの5年間、島根に住んでいました。今も京都に住んでいますが距離的には自宅にいるようなものです。
 三男は、防衛大学に進学し横須賀の大学構内の寮での集団生活。卒業後も江田島の幹部候補生学校で1年間、半年間の遠洋航海訓練の後、下関の小月航空基地といずれも寮生


三男・長男・二男と私(1981年)

 テストで満足な成績を出したとき三男は島根の二男にFAXして報告していました。三男が幼い頃から二男はよく一緒に遊んだり面倒をみていましたが、今も二人はとても仲がよくたまに実家に帰省して出会った折には夜更けまで話をしています。本人の努力の甲斐があって無事防衛大に合格できました。三人目で一番幼かった三男ですが防衛大に進んでから逞しく成長できたと思います。本人も厳しい集団生活が苦にならないようで、性分に合っているようです。
 「国家防衛」という重い職責を担っているだけに力を付けて欲しいと思う反面、いざというときのことを考えます。下関へ帰る三男の車を見送りながら一人の父親の気持ちになっていました。


Posted by Kenji Kato at 1:06 PM KDT
Updated: 5 May 2004 1:26 PM KDT
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