一番古参のTさんが、仕事が決まったと嬉しそうに報告 してくれた。
「俺さ、年末のあれから、もう絶対辞めてやると思って、 新しい仕事探してたんだ。そしたら声掛けてもらってさ。
『辞めるんだったら、ちょうどいい、うちに来いよ』って」
もちろん、技術のあるTさんだから、できることだろう。 羨ましく思った。
そして、ある日の朝礼でTさんは退社の挨拶をして、辞めていった。
社長は一応ねぎらいのことばをかけた。 一番古参の人が去ったのは、社長にとって痛いことで あったにちがいない。こころなしか、その表情は沈んでいた。
それとも、E社ではなんども繰り返された光景なのか。
私はP社のYさんに辞めるといったものの、まだ具体的な 行動にでられなかった。 私がやっていたコンピュータ関係の管理の方法を、マニュアルを
作って他の社員にもわかるようにしなければ ならなかった。
前の会社だって、辞めるときは2ヵ月くら い引き継ぎ期間をとっていた。だから、準備をしておかなければ。
だが、それは大企業での一般的な話であって、 どこでもそうとは限らないことを、私はすぐ知ることになる。
Tさんが去って、数週間。寂しさにも少しなれた頃。
私は、このときの衝撃を今でも忘れられない。 その日もいつも通りに朝礼があった。
「じゃ、Bくん、」と社長がチーフクラスのBさんを 促す。はい、と返事をするとBさんは、
「このたび、退社することになりました。」
ええっ!? その場にいた全員(社長以外)が、驚いてBさんを見つめる。
Bさんはある意味、まとめ役、中心的人物で、社長と 下の橋渡しのような位置にもいたと私は認識していた。 取引のある会社にも顔が広く、昼間くる電話は、
ほとんどがBさん宛だった。そのBさんが、いなくなる?
朝礼が終った後、Bさんにみんなが詰めよる。
「いつ辞めるんですか?」
「今日だよ」
「ええっ!?」
「そんなこと一言もいわなかったじゃないですか」
「別に言う必要ないよ。仕事の切りもいいし。あとは、頑張ってね。 みんなで十分やれると、俺は思うから」
「じゃあね」と、Bさんはにっこり笑って、昼前に荷物をかたづけ、 去っていった。
会社に漂う、虚無感。 社長ひとりが、元気だ。
それからも、Bさんあてには電話が来た。
「Bさんおねがいします」
「あの…実は昨日退社いたしました」
「え、えええっ!?…(5秒間、絶句)辞めて、どうしたんですか??」
「それはちょっと…わかりません」
何度、このやりとりが繰り返されただろうか。Bさんは本当に 誰にもいわずに、突然辞めてしまったのだ。
何日か経つと、会社が異常に静かなことに気がついた。
電話が鳴らなくなったのだ。Bさんがいないからだ。
「BさんがいたからE社に頼んでたんだけどなぁ…」と、 取引先のある人が言っていたという。
ある日、辞めたTさんを交えての飲み会があった。
Tさんは嬉しそうに言う。
「社長はねぇ、服装がどうの、時間がどうのっていってたけどさ。 そんなの問題じゃないよ。外見じゃなくて中身だよ。仕事なんだよね。
うちなんか服はラフだし、だれも9時前にこないよ。 そのかわり、夜はおそいけどね。たのしいよ」
それを聞いて他の社員たちも、ぽつりぽつりと、「俺も辞める」と言う。
私はE社の楽しい仲間達がとても好きだった。ユーモアがあって、親しみが持てて、いい人たちばかりだ。
その人達が、仲間が…
相変わらず電話のならない、静かな日々。ボーナスも出なかった会社で この状態だ。大丈夫なのか?
いや、会社の心配してる場合じゃない。自分の心配をしよう。
E社には毎日のように、たくさんの履歴書が送られて来た。 社員は随時募集している。誰かがやめても、代わりはたくさん来るのだ。
そう、かつての私のように。
実際に、人員はすぐに補充された。
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