宮崎「スパイ」問題の
アウトラインを掴もう!

(文中敬称略)

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宮崎学「スパイ」問題とは?

01/10/05現在

【今年7月までの経過】

 今年に入って、ベストセラー「突破者」で有名な作家・宮崎学氏が95〜96年にかけて公安調査庁の協力者であり、自らが関係していた左翼政治団体の機密情報や当時破防法団体適用が焦点化していたオウム真理教の内部情報を公安調査庁に売り渡していた、という衝撃の事実が明らかにされた。

 被害者の1つである中核派は5月から7月にかけて宮崎氏と討議。宮崎氏は当初は一切の「嫌疑」を否認。が、その後、調査官とは3回会ったことなど一定の事実関係を認めた。

 また、宮崎氏は各方面から疑惑が浮上すると、自らのホームページで「その日は海外にいた。そもそもスパイぐらい容認しながら行うのが『健全』な運動」と居直る。さらに、トークライブハウス「ロフトプラスワン」で開かれたイベントでも宮崎氏は、スパイ工作についての肝心な部分について「迷惑がかかるから話さない」「墓場まで持っていく」「私は清く正しく美しく生きているつもりはまったくない」などとし、その真相について一切口をつぐむことを公言

 宮崎氏は、中核派のみならず、それ以外の人々からも真相究明の声を浴びるや、自作自演の「勝手連」を立ち上げ、白川勝彦率いる「新党・自由と希望」から7月参院選に出馬することでそれらの批判をかわそうした。宮崎氏は選挙出馬についてスパイ発覚の危機を「選挙で乗り切る」と漏らしている。

 9・2「個人情報保護法案をぶっ飛ばせ!」集会は、マスコミ界を広くカバーした運動として盛り上がったが、実はこの会場もそれと同時期に別の課題用に既に宮崎氏が確保していたもの。宮崎氏が個人情報保護法案反対集会の中軸となることは、単なる「生き残り」の手段なのではないかと疑われる。自己保身という同一の動機から、一方で運動の中軸を担いながら同時に公安に情報を流すということもあり得る。

 これまで何冊もの「公調暴露本」を出版している元公安調査庁キャリアの野田敬生氏は、自ら発行するメールマガジン「ESPIO!」で「宮崎氏には現在でも公調関係者との交流がある」と断定。

【9・2集会まで、および集会実行委の動向】

 「公安調査庁スパイ工作集―公調調査官・樋口憲一郎の工作日誌」(2001年8月19日発売 社会批評社)には、95年、三島浩司弁護士(元「三派都学連」委員長)の紹介で、宮崎氏が公安調査庁調査官樋口憲一郎氏と会談したことが報告されている。
 その中には、当時不動産業を営んでいた宮崎氏が、左翼政治党派の活動家に数百万円単位のカンパをしたりアジトを提供していることを述べつつ、「今後アジト情報を入手したら事前に調査官に報告する」と約束したこと、などが克明に記録されている。

 一部の宮崎支持者は、9・2集会のインターネット公式掲示板で「私も宮崎も左翼は嫌いだ。だから左翼は排除してよい」「左翼を権力に売って何が悪い。市民による公調の利用だ」と主張。また、集会実行委員会の不当な運営が激しくなり、「国際主義」編集会議「サイバーアクション」著者グループの実行委団体参加申請が極めて不可解な経緯で却下される。さらに、一部の宮崎支持者が「腕に覚えのある人、会場警備係をやってください」などの実質上の「テロ宣言」をネット上で流す。

 8月下旬 『前進』2001/09/03(No2019 p06)に「小野田襄二、小野田猛史、三島浩司および宮崎学が関与した公安調査庁スパイ事件に対する革共同の態度と闘いのアピール」が掲載され、宮崎学と関わってきたことに対する自らの自己批判、宮崎との関係訣別が宣言される。(http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no01/f2019sm2.htm

 9月1日、 「個人情報保護法案をぶっ飛ばせ!2001人集会実行委員会」に対し、在日外国人をはじめとする有志より「宮崎学氏の公安調査庁スパイ事件についての公開質問状」が提出される。(http://www1.jca.apc.org/aml/200109/23346.html

【9・2集会当日】

 9月2日「個人情報保護法案をぶっ飛ばせ!2001人集会」で、トークセッションの進行役でもあった宮崎氏、「個人的なトラブルを解決できず、出演すると政治的に混乱を招く」ことを理由に欠席。
 当日は「宮崎学「スパイ」問題を糾察する会」、革マル派、その他市民などが各々独自にビラ撒きなどを展開。(「糾察する会」のビラの内容はhttp://miyazaki_kyusatsu.tripod.com/message.html
 宮崎氏が出演するはずだったトークで、発言者の1人、佐高信氏が発言を始めると、革マル派やその他市民などが激しくヤジ、この後「糾察する会」もヤジ、場内は騒然とする。
 同じく出演者の新右翼鈴木邦男氏が、「糾察する会」に挑発をしつつも、ヤジをする側の意見も聞こうと提起、「糾察する会」とは関係ない市民が登壇してこの問題についてアピール。(この集会の詳細はhttp://miyazaki_kyusatsu.tripod.com/0902/index.html

【9・2後】

 宮崎氏、公式サイトに、欠席を開き直り、味岡=三上(元ブント叛旗派)を絶賛する文章を掲載。
 当日登場した革マル派、機関紙で宮崎問題に絡めて中核派を非難する論文を発表

 月刊誌「創」10月号で、野田敬生氏が文章の真正性を証明すべく「今回の公調秘密文章に関わる工作に自らが直接関与していた」と事実関係を暴露

 集会後、実行委に対して「糾察する会」他各集団より3つの公開質問状が提出される(団体参加排除問題を問う質問状当日の警備体制・公安警察導入を糾弾する申し入れ宮崎問題を問う質問状。提出団体・個人は各々微妙に異なる)

 野田敬生氏、9月10日のロフトプラスワンイベントで「宮崎は公調と最低でも5回、恐らくは10回近く会っている」「自らが『かくまった』オウム信者、川本から宮崎は2000万円引っ張って、そのことが原因で宮崎と三島は仲違い」「宮崎は公調関係者と少なくとも2000年10月までは会っていた。もしかすると野田逮捕時に宮崎が暗躍していた可能性もある」「宮崎が協力者だった理由は恐らく金」などと発言

 実行委は9・2当日に解散宣言するも、9月11日には実行委総括会議が開催される
 会議では、大勢の実行委メンバーが「集会は大成功、実行委は解散したのだから質問状に答える必要などない」と非民主的・サークル主義的運営方針を全面開花。しかし少数意見が通り、「ノンフィクション作家の橋本克彦氏が回答を執筆する」ことになる。
 入場者数として当日発表された「2,600人」は虚構で、有料入場者数は1,300人だったことが報告される。
 味岡=三上は、まったく事実も資料も踏まえない、ただただ自己正当化・宮崎正当化を図る非論理性極まる文章を2本配布。

 革マル派系と言われる「早稲田大学新聞」が、宮崎問題についての「アンケート」を郵送で各方面に送付
 革マル派系と思われる「公安調査庁のスパイを許さない市民の会」が、各種集会に登場してのビラ撒き活動を開始

 10月4日、宮崎と三上が出演したロフトプラスワンでの定例トークイベントで、6月の「3回しか会っていない」というのもウソだったことを堂々と認め完全に開き直る

未完、以下続く…


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