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第一話 遠藤晶 〜少女のためのヴァイオリン・ソナタ〜 (ブラームス ヴァイオリン・ソナタ 第3楽章 ニ短調 作品108より) 第一楽章 Allegro 路面電車の椅子に座り、外を眺めている晶。憂鬱そうな表情をしている。 電車が駅に到着した。ドアが閉まりかけ、慌てて晶は「降ります」と言う。 バスから降りた後、手を挙げてタクシーを呼ぶ。タクシーを捕まえ、再開橋まで行くよう促す。 その光景を、少し離れた場所の車の運転席から見ていたドイツ人がいた。 そのドイツ人もタクシーの発車にあわせ、タクシーを追う。 もちろん晶はそのドイツ人には気付いていなかった。 車中で海を眺める晶。今日の一連の出来事を思い出す……。 第50回全国ヴァイオリンコンクール会場。 一心不乱にヴァイオリンを弾く晶。 賞状を受け取る晶。拍手が鳴り響くも、嬉しくなさそうな顔の晶。 ごみ箱に捨てられた「準優勝」と書かれた晶の賞状。またも「準優勝」。 そんなことを思い出していると、運転手が「見えてきたよ」と一言。 再開橋の真ん中でタクシーが止まり、晶が降りる。ヴァイオリンを持って。 橋の前にたたずむ晶。 その後ろから付いてきていたドイツ人の乗った車が橋の前で停車した。 突然、晶は覚悟を決めたように、ヴァイオリンを橋の下の川に向かって投げ捨てた。 ヴァイオリンは下へ、川へと落ちていった―― すっきりしたような表情で晶はまたタクシーへと戻り、長崎まで戻るよう促した。 タクシーが走り去った後、ドイツ人は大きくため息を付いた。 日曜日。 友達二人とテニスのラケットを選ぶ晶。本当はレッスンの日だ。 友達は心配していたが、晶は「いい加減解放してやったんだ。自分を」と言う。 ある橋の下の通り。3人でアイスをなめながらなかよさそうに会話をしていると、橋の上に見たことのある人影が。あのドイツ人だ。 逃げる晶。車で追うドイツ人。 晶はある教会の中に入り、ため息を付く。逃げ切れたようだ。 しかし、ドイツ人はしっかり付いてきていた。 祭壇の前の晶に追いついたドイツ人は、ヴァイオリンのケースを差し出した。先日捨てた晶のものだ。 ドイツ語で「川から探し出すのが大変だったよ」と一言。 先日のコンクール。晶がヴァイオリンを弾いている。その後ろではピアノの伴奏が。 そう、このドイツ人はそのピアノで伴奏をしていた人物だった。 ドイツ人は晶の準優勝を非常に喜んでいたのだ。 ヴァイオリンを渡そうとするドイツ人に、少し怒ったような顔で「私、もう止めたんです」と断り、晶はヴァイオリンを受け取らない。 「なぜ?」とドイツ語で言う。そして日本語で「君には才能がある。オーストリアに留学して……」 「神様に言ったから」遮るように晶が言った。ドイツ人は「何だって?」と訊く。 「わたし、願掛けしてたんです。優勝したら、思いが叶うって。でも、2位だったから」 「が…か…け?」ドイツ人はこの単語を知らなかった。 「願掛け」 「が…ん…か…け」ドイツ人は辞書で調べている。やっと意味を理解し、顔を上げると、そこには晶の姿はもう無かった。 「2位じゃしょうがないよね……」 神社で願掛けをしていた時のことを思い出す晶。 ご縁があるように、という意味で5円玉を賽銭箱に放り、 「秋のコンクールで優勝できたらあの人に会える」と2回繰り返した。 しかし2位だったのだ。神様もそこまで甘くないよね、と晶はあきらめ顔をした。 第二楽章 Adagio 中学1年生の秋。回想シーン 上手く弾けず、床にヴァイオリンをたたきつけようとする晶。それを止めるあの少年。 言葉は全てテロップ 「あなた誰? どうして止めるのよ!?」 「ヴァイオリンのせいにしちゃかわいそうだよ」 「それに……」 「もう少しでステキな音が出そうな気がしたんだ」 ヴァイオリンをまた弾く晶。 「転校生(あいつ)のせいでやめられなかった」 一心不乱に引き続ける晶。拍手をする少年。 「何か・・・燃えるような音色だね」 晶はむっとした顔で、しかし赤くなる。 「分かってなんかないくせに・・・!」 雨の日。傘をさし、音楽室の外から今日も少年は晶の練習を見ている。 風の日。やはり少年は教室の外で見守っている。 「そんなとこじゃなくてこっちに来れば」 「気が散ってしょうがないじゃない」 楽譜を落とし、拾おうとして少年と手が重なり合い、赤くなる晶。 少年が遅くなっても来ない日。ずっと待ち続ける晶。練習に身が入らない。 楽譜に少年の似顔絵を描いていると、後ろから少年が肩に手をのせた。 驚いた晶は似顔絵をごまかすように楽譜をぐちゃぐちゃにかき回す。恥ずかしそうに赤くなる。 晶の演奏を聴いている音楽の教師。 「遠藤さん、よくなりましたね」 驚いた顔の晶。 「音の表情が豊かになりましたよ」 窓の外の少年に笑顔を見せる晶。少年も、思わずVサインをした。 「今度のコンクール、絶対優勝だね!」 第38回全国中学生ヴァイオリンコンクール。 最高の演奏を披露し、晶は優勝。拍手が響く。しかし観客席には少年の姿はなかった。 「それから・・・・」 涙がにじんでいる晶。 「また風のように転校(きえ)ちゃったね」 −CM− 第3楽章 Un poco presto e con sentimento 段ボールにヴァイオリンの道具、楽譜、賞状など全てを詰め込み、ふぅっとひと息付く。 窓の外を眺め、何かに気付くと、さっとかがむ。あのドイツ人の車だ。 晶の家の前で車が止まり、ドイツ人が出てきた。 呼び鈴が鳴る。母親が出てきて何やら話をしている。 晶はムッとして、カーテンをさっとかけた。 「止めたって言ったじゃない……」 下校途中。ドイツ人が晶を待っていた。 ドイツ語で「せめてこのヴァイオリンだけでも受け取って」、と頼む。 しかし、「ごめんなさい、私、普通の女子高生になるんです」と晶。 「女子高生」の意味が分からず、また調べ始めるドイツ人。 調べている最中も晶は話し続ける。 晶は聴いてもらいたい人がいないから、駄目なのだという。だから2位なんだといい、その場を立ち去った。 意味を調べ終わると困惑しながら、「普通の女子高生だったのか……?」とドイツ人は言った。 いつもの友達2人と晶はテニスをしていた。今日はお出かけである。 楽しそうにテニスをしている晶を、コートの外でドイツ人が見つめていた……。 ショッピングをしているとき、晶はぼーっとしていた。ドイツ人が気になるのだ。 その後、晶は一日中ぼーっとしていた。 その日の帰り。雨の降る中、またドイツ人が待っていた。 声をかけようとするが、子犬が足をつかんで離さない。 慌てているうちに晶は家に入ってしまった。 「君も言葉がしゃべれるといいんだがな……」 「”寂しいよ”って・・・」 車の中でドイツ人はつぶやき、去っていった。 次の日、学校の図書館で晶はドイツ語の辞書を取り出し、何かを調べていた―― その夜の帰り、またドイツ人が待っていた。明日オーストリアに帰るので、最後に訊いておきたいと言う。 しかし、晶はオーストリア留学を断った。残念そうにするドイツ人。 「君に会えて良かった」と言い、ドイツ人は車で去っていった……。 晶は無言でそれを見送った。 第4楽章 Prosto agitato いつもならレッスンの日曜日。しかし練習には行かない。パジャマのままだ。 テレビを付けても面白いことはなにもやっていない……が、オーケストラを演奏している番組を見ると、急にムッとなってテレビを消した。 すると突然電話が掛かってきた。きっとあのドイツ人からだ。 「さよならって言ったじゃない……」 晶は電話を取らず、着替えて外に出た。 どこに行くでもなく街を歩き回る。すると、ある場所にたどり着いた。 そこはコンクールの前日、少年と来た場所だ。晶の通っていた中学校が見える丘のような場所。 そこで晶は少年にコンクールの応援に来て、と頼んだのだった。 と、突然ヴァイオリンの音が中学校から聴こえてきた。しかも、それは晶と少年との思い出の曲だったのだ。 晶は驚愕の表情で中学校へ走る。思い出がダブる。少年の言葉を思い出す。 テロップ 「遠藤さんは」 「ヴァイオリンを弾いているときが一番カッコいいよ」 晶ははっとした。音楽室へと走る。 「そうだ…。私、ただ楽しいからヴァイオリンを始めたのに、それなのに、いつの間にか、いつの間にか……」 音楽室の引き戸を開けた。 ――そこには、あのドイツ人がいた。 晶は困惑していた。するとドイツ人は言った。 願を掛けた、と。晶の中学校の時の教師からこの曲のことを聴き、この曲を引いたら晶がここに来る、と願を掛けたのだと言った。 晶は涙を流していた……。 そしてドイツ人に歩み寄り、ドイツ語で言った。 「オーストリアへ行きます」と―― 空港の座席で、晶は決心した。 自分は少年との思い出に逃げていた。だから今度は未来に向かって走ると。 空港の中で、オーストリア行きのアナウンスが鳴り響いた―― −EDテーマ− |