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山本浩 |
――もう、何年こうしてこの辺りにいるのでしょうか。果てしない物語の一員になってしまったのですから、もうそれが運命であると心に決めて、ずっとずうっと生きています。 私ですか? まあ、それはおいおい分かることですから。あ、それより、……彼女です。 《来るよ……来るよ……。あの子が来るよ……》 「うにゅ?」 えみるは工事の塀を見上げる。 ――やっぱり来てしまった。あれほどいけないと言ったのに……。どうやら、私の心の叫びは残念ながら伝わらなかったようです。こうなったらもう仕方がない。皆さんと一緒に彼女を見守りながら過ごすことにしましょう。これもまた果てしない物語のごくごくわずかではありますが、一部となるのですから……。 第九話 永倉えみる ~果てしない物語~ えみるは破れた柵の間を通り抜け、工事の塀の内側へと入る。 その中は――学校。えみるのいた小学校の旧校舎。 誰の姿もないが、ブルドーザーが見える。そう、ここはもうすぐ取り壊されようとしていた。 しかも学校の一部は既に壊されている。 「……ラムネ瓶さん……!」 しかし不幸中の幸いか、中庭の方は無事だった。 「今掘り出してあげるりゅんっ…」 そう言って学校の中へと入り込み、歩き出すえみる。 《来たよ……来たよ……》 (待っててくれるよね、ラムネ瓶さん……。私の思い出と未来をずっとずっと抱きしめて……) その時、急にカラスが泣き出す。驚いてビクッと震えるえみる。 しかも、周りを見ると、そこらじゅうにカラスが。 「……そういえば……」 小学校4年生の秋。回想 旧校舎の中。 「ねえ、知ってる……? 生まれてから何十年も何百年もたつと、物にも霊が宿るんだって」 「へぇ……」 「つくも神って言うんだよ……」 「つくも神……?」 「この校舎にも、霊が宿ってたりして……」 脅える少年。 「キャ―――! こわぁい!」 笑ってえみるは言う。 「いらっしゃるんでしょうか……つくも神……」 そう言ってタロットカードを取りだし、占いをはじめようとすると、なんと急に目の前の門が倒れてきた。 「キャ―――ッ!!」 間一髪、避ける。その時タロットカードを取り落とす。 その時たった一枚、表になっていたのは、「THE TOWER」。しかも逆位置。 ――すなわち、「破滅」。 急に空が雲で覆われる。と同時に、雨まで降り出す。 慌ててえみるはカードを拾い、校舎の中に走り込む。 「も~う! なによこれぇ!?」 《もう帰さない……》 「だれ!?」 思わずえみるは校舎の中を見渡す。誰もいない。 《お前がここから帰れるのは、お前がお前でなくなったときだ……》 「何それ! 冗談ポイだよっ!」 《クックック……。そうだろうか……》 その時えみるは初めて気が付く。自分の服が濡れていないことに。 校舎の外を見る。……雨は降っていない。 「そんなっ!」 蛍光灯が天井から落下し、大きな音を立てる。 思わず恐くなり、そこから逃げ出す。校舎の中を走る。 ドアを開けると、水道の蛇口にかかっているコップ(?)が揺れている。 後ずさりすると、後ろでガタン、と言う音。見ると、机を重ね合わせたバリケードが知らぬ間に出来上がっていた。 「なんで!? 誰なの? 何でこんなコトするのっ!?」 《この場所を公園になどさせない……。ここは私のすみかだ!》 「だからって……。どうして私なの!!」 《それはお前の希望でもある……》 「希望って何? 私こんなコト頼んでないっ」 《私にずっと生き続けて欲しいという想いを送ったではないか……》 「え……?」 《願いどおり私は生き続けてやる……。お前の身体を魂の拠り所としてな……》 何者かの影が大きくなり、えみるに襲いかかる。影がえみるにまとわりつきはじめる。 「……そんなこと、お願いしてないってばぁ!」 言って無意識に机ののバリケードの方へ逃げ出す。……何の抵抗もなしに、机をすり抜ける。 思わずびっくりしてえみるは転ぶ。机が消滅した。 そこでえみるは理解した。そう、霊だから幻を見せることしか出来ないのだ。雨も同じ。 そうなるとえみるは強気になる。 「もうすぐだよ、ラムネ瓶さん……」 周りにだれもいないことを確認し、校舎の内部の門に手をかけ、思いきり開ける。 「……やったぁ! ……!!」 目の前には、また同じ門が。 「どうして……?」 手を触れると感触があった。先ほどのような幻ではない。 《逃げられはせん……!!》 外で紅い雨が降り出した。 《この校舎は私の身体……。お前は私の身体の中にいる……》 「イヤァ―――ッ!!」 走り、その場から逃げ出す。 《何処に逃げようと同じこと……!! さあ身体をよこせ……! よこせ……!!》 その場に座り込み、いやいやと叫びながら耳をふさぐえみる。 「こっちだ! えみる!」 「! その声……!」 「早く! こっちだ!」 「ダーリン!」 そう、少年の声。えみるは声の聞こえた方へと走り出す。 《ムダなのがわからんのか……!!》 「お願い、守って……ダーリン……!」 そう言って、声の聞こえた部屋のドアに体当たりし、ぶち破る。 目の前は奈落の底。 えみるは目をつぶり、ゆっくりと一歩踏み出す。 《やめろ! そこへ入ってはならん!!》 おもむろに目を開けると――教室。普通の教室。 ただ、一つだけ違うこと。床に魔法陣が書かれていることだった。 「……そっか。そうだったんだ……。ありがとうりゅん……」 そうえみるは言うと、その魔法陣の真ん中で横になり、目を瞑った。 ――はぁ、良かった……。私に出来るのはこれくらいです。ははは、可愛い寝顔ですねぇ……。そうそう、ここは彼女にとって一番安心できる場所だったのです。ええと、もうどれくらいになりますか、そう、7年も前、あの時も同じでした。お姫さまが眠っている間に、少しその頃のお話をしてみましょう……。 再び回想 ――小学校の時、彼女は、少し変わった、いえ、変な子と思われていました。 ぼーっと授業を聞く生徒達。窓際のえみるは、窓の外で何かみつけたのか、「あ」と声を上げ、席を立つ。 「永倉、どうした? 今度は何だ?」 教師が訊く。 「UFOだよ」 その言葉に生徒全員が反応し、窓際に集まる。 しかし、何も窓の外にはなかった。 「見えないじゃん」 「うそばっかり」 「さぁ、さっさと席に戻れ!」 一瞬のざわめきは終了、また生徒たちはぼーっと授業を聞きだす。 しかしその最中も、えみるは窓の外を向き、目を輝かせたままだった。 そう、えみるには見えていたのだ。 ――まあ、きっかけはそんな小さなコトでした。そして彼女自身も、自分とみんながちょっぴり違うということに、だんだんと気付いていきました。 夜。風呂。 「……見えないんだって。みんな」 また雨のある日。 花壇の端にしゃがみこみ、何かを待っている。 「コロポックルさん、出てきてくださいっ」 その後ろを、幽霊女、などと最低のことを言いながら男子が駆けていった。 暗い表情になるえみる。うつむき、泣き出してしまう。 ――みんなより余分に夢を見る女の子。小さい頃からずっと彼女はそうでした……。 そして秋のある日。 ある男の子が、えみるのクラスに転入してきた。 そう、それがあの少年。 ――それが、彼女にとって運命の出逢いの始まりでした。 丘の上で旧校舎を見つめるえみる。 「旧校舎さん、見女はあなたが寂しそうにしてるなんて感じないんだって…」 そこへ、少年が現れる。 「なんか、気の弱い妖怪が住んでそうだよね……」 それを聞き、えみるは嬉しくなる。 「信じるのっ? よーかい」 「うんっ。入ってみようか。探検っ!」 そう言って二人は旧校舎の中を探検したのだった。 ――彼女の心臓がドッテコドッテコと、大太鼓のように鳴ったのは、決して、その冒険の為だけではなかったと思います……。 ある教室を歩いていると、腐っていたのだろう、えみるが踏んだとたん、床の板が割れ、えみるはよろめく。 少年はえみるを抱きとめる。 沈黙。 「あ……」 「あ……」 ――お互いが大切な存在となるのに、そんなに時間はかかりませんでした……。 -CM- いつものように、えみるは破れた柵を越えて旧校舎の中へとはいる。 今日は少年より早い、と思っていたのだが、予想に反して少年はもう旧校舎の中で待っていた。 「勝ちぃ」 「走って来たのにぃ~」 そう言って、二人はまたいつものように遊ぶ。 窓際の机に座り、お菓子を並べ話す二人。 「ユーレイ見たことある?」 「ううん、まだ。あるの?」 「うんっ。おじいちゃんが死んだ日に、ちゃんとピーマン食べなさいって」 「へぇ……」 「それからピーマン食べられるようになったんだっ」 「おじいちゃんのおかげだね」 「今日が命日なの」 「そうなんだ……」 「だから、今一緒にいるかも……」 「ふぅ~ん……」 少年は、お菓子の中からキャラメルを一つ取り出し、窓の縁に置く。 「じゃあこれ、おじいちゃんの分」 えみるはそんな少年の優しさに感動し、「ありがとう」とつぶやいた。 ――それは幸せな時間だったことでしょう……。えみるにとって何でもないことが、何でもなく話せる唯一のひととき……。 冬の夜。野外で両手をつなぎ、上を見上げる。 『ベントラー・ベントラー、UFOさま、どうぞ私達のもとにお降り下さい』 何度も何度も繰り返す。 すると、星空に一筋、流れ星が舞う。 笑顔になる二人。満足したようだ。 「カップしるこ、食べよっか……」 雪解けのある日。旧校舎。 少年は何やら教室の床に描いている。 「これなに?」 「魔法陣」 「魔法陣……?」 「うん。……何があっても、どこにいても。この魔法陣を通して、僕の力をえみるに送れるように」 その言葉に、えみるは顔を染めて少年の肩をぐりぐり押す。照れ隠しのように。 そのとき、初めてここに探検に来たとき、えみるが床を割り、足を踏み外したその下に何かがあるのを少年は発見した。 それは……ラムネの瓶。土に埋まっていた。 ――この建物が出来た大正八年。大工の一人が休憩時間にラムネを飲んで、その空き瓶である私を、こんなところに置き去りにしたのですが……まあ、そんなことは彼女たちにはどうでもいいことでした。 二人はそのラムネ瓶を掘り起こし、水道ですすぐ。 ――二人は、私をきれいに洗ってくれました……。私に反射した光りで、キラキラ輝く彼女の顔を、今でもよ~く覚えています。しかし、それが彼女と彼の最後の思い出になってしまいました……。 「ウソ! ウソりゅんっ!!」 「ごめん……」 ――彼はそれからすぐ引っ越さなければならなくなったのです……。 ヤダヤダとえみるは叫ぶが、大人の事情には子供はどうすることもできない。 少年は終始「ごめん」と誤るだけだった……。 次の日。 小さな紙に二人はそれぞれ何かを書き、それをくるくると丸め、あのラムネ瓶の中に入れる。 「これをここにに入れて、一緒にタイムカプセルにしよう……」 「ウン……」 ――それは大きくなって再会し、今と同じように遊ぼうね、という約束を込めた手紙でした……。そう、彼女は二人を埋めた私を守るために、ここへ来てくれたのでした……。だから私も彼女を守らなければ……。 「えみる! えみる!」 少年の声が聞こえる。えみるは飛び起き、辺りを見回す。 「ここももう危ない! すぐに出るんだ!」 声だけが聞こえる。 「ダーリン……来てくれたんだ……」 えみるは思い出の教室から出る。するとまた少年の声が。こっちだ、と叫んでいる。 えみるは声のした方へと駆け出す。 ――行くなっ! えみる!! 《クックックック……》 えみるの後ろの床板が音をたてて破壊していく。えみるは必死で逃げる。 蛍光灯、窓ガラスがえみるに向かって攻撃を仕掛けてくる。えみるは必死でそれから逃げ回る。 「えみる! こっちだよ!」 少年の声の方へひたすら走る。そして、少年の影のようなものがいた。 少年は屋根裏への階段をゆっくりと上がっていった。 「待って!」 えみるのその階段を上がる。 そこには少年が待っていた。 「バカだな……」 「え? ダーリン……?」 「本物の僕がいるわけないじゃないか……」 少年は姿を消した。 そして、目の前の――昔は大きな時計だったのだろう――歯車、すなわちこの学校が、心に語りかけてきた。 《ククク……来るはずがないだろう……》 「どうして!? どうしてこんなにしてまで私を!?」 ――未練が……。未練が旧校舎の霊をそうさせているのですっ! 思い出を捨てなければ! ああ、私の声は彼女には聞こえない。このままでは彼女は……。 《お前はあのラムネ瓶を守るためにここへ来た。それは何故だ……?》 「なぜって……。無くなっちゃヤだから!」 《そう……無くなってしまうということは悲しいことだからな……。形が無くなればやがて人は忘れてしまう。形が消え、人々にも忘れられたら、それは永遠に無だ。だから私は身体が欲しい。お前の身体が必要なのだ》 えみるはうつむいた。 「……そうだったんだ」 えみるは歯車の方へ向かって歩く。 ――納得してはいけない! からだがのっとられたら、自分の存在が自分のでなくなってしまうんですよ! 「いいよ」 ――あああ! 純粋すぎますっ! 「この校舎が無になっちゃったら、私とダーリンの想い出もなくなっちゃうもん。だから、いいよ。私の身体欲しいなら。私の中で、校舎さん、ずっとずっと生きてて欲しいから……」 ――駄目です! そう考える自分がもういなくなってしまうんですよ! えみるは目を瞑った。風がえみるを吹き上げる。 歯車が回転しはじめる。 「あれ……? ちがう、ちがうよ……」 《もう遅い! まもなくお前の身体は……!!》 「でもちがうよ……。想い出は、無くならないんだ。そうだよ! たとえこの校舎が無くなっても、私の想い出が無くならない限り、校舎さんも永遠だよっ!」 歯車の回転が遅くなる。 「そんでもって私が死んでも、私の想い出は永遠だよっ!」 歯車が止まる。 《永遠……? 想い出は、永遠……?》 そして、学校は沈黙した。 目を覚ますと、そこは旧校舎の入り口。 雨が降り、えみるの身体は塗れている。 「あれ、夢…だったのかな……?」 あらためてえみるは校舎の中へと入り、あの想い出の教室の、割れた床の下のラムネ瓶を取り出そうとした。 しかしえみるは手を止めた。 「あ……。うん……」 そして、えみるは自転車を引っ張り、その旧校舎を後にした。 ――そうなると、私は一体何なのでしょう? いいえ、これは決して夢などではありません……。 「バイバイ、ラムネ瓶さん……」 えみるは旧校舎を振り返り、つぶやいた―― 真夏の朝。 旧校舎は完全に取り壊されていた。工事中、の看板も立っている。 そして、えみるはそこを訪れた。 「フフッ……。久しぶりに来てみれば……。みんな~! 元気ぃ~? 行って来ま~す!」 えみるは元気に学校へと走っていった。 ――そして、私も永遠になりました。きっとたぶんあの子も大人になって、夢だけでは生きていけなくなるのでしょう。……でも、私は安心しています。だって、それでもあの子が夢を無くすことはないでしょうから……。だから私も、ずうっとずうっと、このいつまでも続く果てしない物語の一員でありたいと思います……。 ――ところで、私の中の紙に書かれた日付、覚えているんでしょうねぇ? 「え?」 -EDテーマ- |