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山本浩 |
金槌で釘を叩く人達。 大きな荷物を運ぶ人達。 ギターを練習している人達。 そして、演劇の練習を進める人達。 そう、文化祭。 第72回・青垣祭の準備だった。 第十一話 安達妙子 ~ほろにがトライアングル~ 「なんたって青垣祭だもん! ここで一発ドォンとやるしかないよ! 千草!」 「妙ちゃん、それ非論理的だよ・・・」 「どうして?」 「だって、青垣祭と関係ないじゃない・・・」 千草、と呼ばれた女の子がそう言うと、妙子はしかめっ面。 そのまま教室へと大股で千草を連れて行き、自分の席についてカバンからあるものを取り出した。 それは、少女マンガ。 「いつも持ち歩いてるの・・・?」 「乙女のバイブルよっ。126ページ」 そこにはいわゆる、「文化祭での恋」という恋愛マンガにおいてのありきたりのシチュエーションが。 「学園祭での非日常が生み出す高揚感のなかで、絶対何かあるって!」 「マンガだから・・・・・・」 千草は困り顔。それを見て妙子はまた怒る。 「駄目だよそれじゃぁっ。若いときは2度無いって、トルストイも言ってるよっ!」 「・・・うそばっかり」 そう言って二人は笑った。女子高生の典型か。 「また姑の嫁いびりか?」 そう言いながら妙子の頭にノートの角をぶつけて現れたのは、妙子の第2段(強調)幼なじみの哲郎だった。 その時千草の頬が少し朱くなる。 「わざわざ固いトコで叩くんじゃない!」 「おまえにゃちょうどいいだろ。昔から石頭だし」 「なによぉ、哲郎だって昔から・・・」 まるで夫婦ゲンカのような光景を、千草は黙って見つめているだけだった。 しかしその表情には、嫉妬が混じっているようにも見えた。 すると、どこから集まったのか、数名の男子がその二人をはやし立てる。 「幼なじみ」という点を強調して。 しかも、この「幼なじみ」という点のみで、この二人は文化祭の実行委員に選ばれたのだった。 二人は迷惑この上ない、と言いつつも、男子たちは聞く耳持たずだった。 千草はそれも、ただ黙って見つめているだけだった。 夕方。 「ごめんね、あいつの事性格悪いなんて言って」 「ううん、佐々木君の、性格悪そうなトコも好きだから」 「あっそ・・・」 あきれたような声で妙子が言う。 やはりというか、千草は哲郎の事が好きなのだった。 「でも、なんかいくら頑張っても、ダメみたいな気がする・・・」 「またそういうコト言う・・・」 すると妙子は立ち止まり、 「そうだ! 明日さ、あいつと家で予算とかの打ち合わせするから、協力してよっ」 「協力?」 「形だけ形だけ。そこで二人っきりにしてあげるから!」 「う・・・」 千草は頬を朱く染める。 「うまくやんなよぉっ」 妙子はニヤニヤ笑って言うのだった。 「う、うまくっていわれても・・・」 「何でもいいのよっ。消しゴムを落として拾おうとしたとき、手と手がふれあって・・・あ・・・とかさっ」 完全に妄想の世界に浸る妙子・・・。 「マンガじゃないんだから・・・」 「お、よく分かったね」 また別のマンガを取り出し、千草に見せる。 そこにはまた、いわゆる「女の子の部屋で一緒にお勉強中に、なんかいい雰囲気になっちゃってキスまで発展」というやっぱりありきたりな恋愛マンガのシチュエーション。 しかしそこで千草は妙子の術中にハマりそうになるも、 「非、非論理的だよ・・・」 といって朱くなりつつも正気に戻り、さっさと歩き出すのだった。 次の日。 「とか言って。来たじゃない、しっかり」 「だって・・・」 「ま、いいからいいから」 そう言って妙子は千草を引っ張り、二階へと連れて行くのだった。 「いい? 来たからには、しっかりね」 「お、おはよう・・・」 目の前の畳に座って仕事中の哲郎にそう言うも、哲郎の方は気にも止めない様子で、「おう」とそっけなく返すだけだった。 妙子は千草を哲郎のとなりに座らせる。 「災難だったな、妙子に巻き込まれて」 「う、ううん・・・」 ぎこちなく話をする二人。 そして哲郎の言葉にカチンと来る妙子。 (こらえてこらえて・・・今日は千草のためなんだから・・・) 「じゃ、じゃあ私、飲み物とか持ってくるから」 そのまま妙子は席を外した。 イコール、千草と哲郎、二人っきりである。 しかし、千草ののどからはなんの言葉もも出てこなかった。 お湯を沸かす妙子。 なるべくゆっくり、と思っていると、なんと哲郎が階段をおりてきた。 「トイレ借りるぞ」 「えぇ? さっきも行ったじゃない」 「うるせぇな、いちいち人のトイレの回数までおせっかいすんなっての」 言って、哲郎はトイレに入った。 「だって・・・」 一人取り残されて、何もするコトが無く座っている千草。 すると、妙子と哲郎のケンカのような声がまた。 部屋の前に来てもまだ争っている。 どうやら飲み物をどちらが運ぶかでもめているようだった。・・・くだらない・・・。 争っているうちに、引っ張り合っているお盆がガタガタとゆれる。 「あ、危ないよっ・・・」 だが遅かったか、見事にお盆は二人の手から離れ下へと落ちる。 そこをうまく、千草がナイスキャッチ。 しかし、その目の前には、争った結果、なぜか抱き合う形になってしまった妙子と哲郎が。 「な、何やってんだよ!」 「て、哲郎のせいでしょ!」 そんな二人を見つめ、千草は黙っている事しかできなかった。 その夜。 妙子は電話で今日の事を誤った。 「ううん、そんな・・・」 「帰りはどうした? いろいろ話した?」 「最後に、じゃあねって言ったくらい・・・。ありがとうって・・・」 「あいつ、気が利かないんだからぁ・・・」 「やっぱり、ダメだって分かったよ・・・」 「だめだよいきなりそんな!?」 「だって、私といても楽しくなさそうだったし・・・」 「そ、それはさ、あいつきっと緊張しまくってたのよ。千草かわいいから」 「私、佐々木君にはもう好きな人が絶対いると思う・・・」 「それはないって! 私、ずっとあいつの事見てるけど、そんな気配全然無いもん」 「ううん、多分あたってると思う・・・」 千草はつらそうな表情になる。そして、今日のあの妙子と哲郎が抱き合う形になったときのことを一瞬思い出してしまう。 「また明日作戦練ろうよっ。ねっ」 「うん・・・」 「じゃ、また明日ね」 風呂の後、妙子は母に模擬店のジュースについての事について話をしているとき。 「あ、そういや佐々木さんトコ」 「なに? 哲郎ん家がどうかしたの」 「引っ越すんだって」 「!!」 「なんでも急に決まったらしいよ。再来週の月曜だって」 「・・・青垣祭の翌日じゃない!」 「あ、そうだっけ」 「だめだよ・・・このままじゃ・・・」 小学校4年生の秋。回想 「ハァ、ハァ、ハァ・・・」 妙子は自分の家に大急ぎで辿り着き、息を切らす。 家の横には「入居者募集」の文字が。 妙子は目を大きく広げ、ショックのあまり、手の中に握っていたものをにぎりつぶす。 それは、手紙だった。少年への手紙だった。 少年が住んでいた2階の部屋には、ひっそりと置かれた机に、少年の最後のメッセージの書かれた紙があるだけだった。 その紙には「妙子へ ごめんね」の文字。 妙子は、その言葉を見た瞬間、机に突っ伏し、すすり泣くのだった・・・。 「! じゃあ、もう会えなくなっちゃうんだ・・・」 「そういう、コトだよね・・・」 屋上で、妙子は昨日母に聞かされたコトを千草に話した。 千草はフェンスに手をかけ、うつむく。 そこで妙子が何か思い付いたようだ。 「千草! セーター編みなよ! そうだよ、で、後夜祭の時に渡して、告白するんだよ!」 千草はそれを聞き、つらそうな表情でうつむいていたが、 「妙ちゃん! 編みかた、教えてくれる!?」 「うん! 頑張ろうね!」 -CM- 「だからね、ここの指をこうして、こう・・・」 熱心に編み方を指導する妙子。一生懸命編む千草。 そのためか、文化祭の準備もさぼりがちで、授業が終わるとそのまま妙子の家に直行する、という毎日。 休み時間も惜しんで、屋上で編み続ける千草。もちろん自宅でも。 気がつくと朝になってた、ということも。 ある日。 相変わらず妙子は実行委員の仕事をせず、自宅に直行しようとしていたところ、ついに啓介に呼び止められる。 「おい、妙子。少しは手伝え!」 「ご、ごめん!」 しかし、そう言って逃げるように立ち去るのだった。 バス。 窓の外を眺める妙子と、まだまだ編み続ける千草。 ふと窓から目を離し、千草の方を見ると、眠っていた。 妙子は千草の手に持った編み途中のセーターを見て、編んでおいてあげようかな、と思い手に取りつつも、やはり辞めて、そのまま千草の膝の上に置いた。 そしてまた窓の外をぼーっと見つめた。 「そこだけやったげようか?」 編むのが難しいところ。 「ううん、いい。あたしがやらなきゃ、意味ないもの」 そして、自分にしか聞こえないような小さな声で、 「・・・たとえ、佐々木君の好きな人が、妙ちゃんでも」 しかし妙子はその言葉を聞き逃さなかった。 たちまち妙子は怪訝な表情をする。 「なに、それ」 「あ、あの、ただの、あたしの、カンだけど・・・」 「バカねぇ。千草、私とあいつのやりとり、いつも見てるでしょ?」 「でも、佐々木君が名前で呼ぶの、妙ちゃんだけだよ・・・」 「……。」 (やめてよ、典型的なパターンじゃない・・・。ただ一人名前で呼ばれるヒロインは、幼なじみの彼の本命で、それを知ったヒロインは・・・) 「マ、マンガじゃないのっ」 そう言って、妙子はその漫画を放り出す。 (私と哲朗はただの幼なじみ2号じゃない・・・。私の本命は・・・) 少年との思い出が頭の中にフィードバックする。 (ケンカばっかりしてたのに・・・。知らないうちに、気になってたあいつ。・・・バカみたいかもしれないけど、まだ忘れられないよ・・・) 妙子は目を瞑り、眠った。 次の日。 「おい! 探したぞ!」 「!! 哲朗……くん」 「? くん? おまえ、熱でもあるんじゃねぇのか?」 そう言って哲朗は妙子のおでこに手を当てようとするが、妙子は過剰な拒否反応を示す。 不審に思いながらも、哲朗はあまり追求しないことにして、 「それがさぁ、パンフの印刷代が、以外と掛かるらしくてさ、急遽スポンサーを捜すことになったんだ。・・・オレたち実行委員が」 「えぇ? て、哲朗と・・・二人で?」 「オレだってやだけどしょうがねぇだろ? じゃあ、放課後待ってるぞ」 (へ、平気に決まってるじゃない・・・。好きでも何でもないんだから・・・) しかし妙子は動揺するばかりだった。 「お願い! 付いてきて!」 屋上でセーターを編み続けている千草にお願いするも、セーターのせいでさぼり続けていた科学部の展示の方の準備に出なければならないと言う。 「そっかぁ・・・」 「でも、すぐ終わると思うから、後から行く」 「助かるぅっ。じゃあ、青い森の公園で5時に!」 そう言って妙子は立ち去った。 「あたしがよけいなこと言っちゃったばかりに・・・」 千草は一人になってボソッとつぶやいた―― 商店街周りをする妙子と哲朗。 何度も何度も頭を下げてお願いするが、どこのお店でもスポンサーになってくれるようなところはない。 公園のベンチで一休みしているのだが、妙子は極力哲朗から離れようと、哲朗の座っている方の逆の橋の方に、哲朗に背を向ける形で座っている。 「? どうしたんだよ、いつもはチャカチャカ引っ張り回すおまえが」 しかし妙子は後ろを向き、黙ったまま答えようとしない。 「・・・変なヤツ・・・」 「哲朗!」 「ん?」 「あんた好きな子いるの?」 「な、なんだよ突然・・・」 「いいから答えて!」 「・・・くだらねぇ」 「大事なことなの!」 妙子がそう言うと、哲朗は少し間をおき、 「……いる」 「誰?」 そこで哲朗は顔を真っ赤にして振り向き、言った。 「言えるかよいまさら!」 『いまさら』。哲朗はそう言った。……妙子は絶望する。 「待って!」 立ち去ろうとする哲朗に走り寄る。 しかし。 道の縁につまづき、転びそうになる。 そして、それを哲朗が抱きとめた。 ……その直後、千草が現れた。 「ち、違うのよ千草! い、いまのは・・・」 気まずいと思ったのか、哲朗はその場を離れ、立ち去った。 千草は、黙ったままうつむき、もと来た道を戻っていった。 妙子は、そこにたたずんだまま動けなかった。 文化祭当日。 ジュースの売り子をする妙子と千草。 妙子は始終千草の方を見つめていたが、千草は何度も目をそらし、妙子の方を見ないようにしていた。 そのとき、妙子の鼻に冷たいものがかかる。 雨。大雨だった。 文化祭はもちろん中止。 みんな校舎に雨宿りをし、ブーイングをあげていた。 そんなとき、ビニールシートで雨宿りをしていた妙子に哲朗が歩み寄り、 「あの、オレ・・・」 「私は、悪いけど、哲朗とは友達以上にはなれないから・・・」 妙子は言うと、傘もささず走りさった。 怪訝な表情のまま哲朗は突っ立っていた。 夜。 「現実はマンガみたいにうまく行かないなぁ・・・。どうして私のことなんか好きになるのよ、バカ哲朗・・・」 ふと、カレンダーを見る。 「あ、明日……引っ越しじゃない・・・」 哲朗の引っ越す日、イコール千草の告白の日だ。 「千草・・・」 次の日。 じっと電話を見据える妙子。 そして、決心したかのように受話器を取った。 「・・・え、哲朗君、青森駅に? あ、はい。・・・千草からも、電話が?」 妙子はバスに乗り、青森駅へと向かう。 すると、ある通りを歩く二つの人影が。ベイブリッジの方へ向かっている。 「!! 今の・・・!」 急いでバスを降り、ベイブリッジへと走る。 (千草、ちゃんと渡すよね。あんなに一生懸命編んだんだもん。哲朗、絶対受け取ってくれるよね!) ベイブリッジへとたどり着き、息を荒げる妙子。 その数十メートル先には、哲朗と千草がいた。 「あ・・・!」 ちょうど妙子が見たのは、哲朗が千草の渡した紙袋を返しているところだった。 みるみるうちに妙子のは怒りの表情へと変化し、ダッシュする。 「哲朗~!!」 千草と哲朗が妙子の方へ振り向いた瞬間、哲朗は妙子の体当たりを喰らい、吹っ飛ばされる。 「うぁ!」 「そうしてセーター受け取らないのよ!」 「はぁ?」 「あんたみたいなバカ、とっととどこへでも転校しちゃえ! あたしはあんたのことなんか、何とも思ってないんだから!」 「・・・なに言ってんだ?」 「この期に及んで・・・」 妙子は哲朗につかみかかろうとするが、 「妙ちゃん!」 それを千草が止める。 「違うの、妙ちゃん・・・」 「バ~カ。誰が転校するんだ、だれが?」 「え、だって、引っ越すんじゃ・・・」 「引っ越すけど、近場なの。転校はしないの!」 「そう……なの?」 「あたしもさっき聞いて、だったら、もう少し完璧にしようかなって思って。……できれば、初デートの日に間にあわせたいし」 そう言って千草は真っ赤になる。 「え? えぇ~!?」 哲朗の方を見ると、やはり真っ赤。 「ごめんね、あたしのカン違いだったの。哲朗君、ずっとあたしのこと・・・」 すると哲朗は真っ赤なまま立ち上がり、 「おまえとなら、オトコ同士みたいに、できたんだけど……工藤とは、つい、意識しちまって・・・」 「な、なによそれぇぇぇぇ?」 妙子は地面に突っ伏す。 そしてまた立ち上がると、 「こんのぉ~! このこのこのこのぉ~!!」 両手で二人の首根っこをつかんで、笑いながら振り回す。 そして。 「もう、少女マンガのシミュレーションは、できないからね・・・」 千草はうなづく。 「哲朗!」 「ん、なんだよ?」 「あんたが少年マンガのノリで、引っ張っていきなさい!」 「なんだそりゃ」 「非、論理的」 「・・・ホ~ント!」 そういって妙子は手を離し、歩き出した。 「あ~ぁ、あたしにも春が早く来ないかなぁ・・・」 さわやかに歩く妙子 「……ムリだね」 ズシャッ。 「ちょっとぉ、ラストくらいさわやかに終わらせてよ!」 |