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冬。降りしきる雪。 「加賀友禅」「保坂次郎左右衛門商店」「呉服問屋」。 美由紀の両親の営んでいる呉服屋だ。 「んー、どれがいいかなぁ、これかなぁ……」 店のある部屋で、女性二人の客が反物を選んでいる。親子のようだ。 いわゆる呉服屋では当たり前の、オーダーメイドだ。 成人式に着ていくものを選んでいるらしく、派手すぎても地味すぎてもダメ、と悩んでいる。 と、そこに美由紀が。 「……では、こちらの帯締めをあわせてみては如何でしょう?」 綺麗な緑色。 「あら、安いのねぇ……」 美由紀は、女性にあうような反物を、自分の個性で選んでいく。 しかも安いものを中心に。 「あ…、いいかも」 「安い小物で色々コーディネートするのも、楽しいんですよ。お店としては、高いのを買って欲しいんですけど」 「こら、美由紀」 そばで見守っていた父が口を出す。美由紀は思わず笑う。 「お幸せね。お嬢さん、いい跡継ぎになりそうで」 女性の母親が言う。 「え? ……いえ、いい跡継ぎだなんて…そんな……」 「でも、先代も大変喜んでおります。この子のおかげで、何とかなりそうです」 第九話 保坂美由紀 〜私らしく明日へ〜 「保坂ーっ」 店の前で美由紀を呼ぶ声。 「あ、ミカ、カナコ」 「行こっ」 現代西洋絵画展。 三人は館内を見て回る。 「美術部員としてはさぁ、やっぱこれくらい見ておかなくちゃと思って」 「たまたま券が3枚入っただけのくせにっ」 「保坂の好きな人でしょ? これ」 「うん。この人の晩年の絵ってね、ユトリロの、薔薇の時代以降に通じるような、知的な感じがあっていいんだ……」 美由紀はその絵をじっと見つめていた―― 喫茶店。 美由紀はコーヒーに砂糖、ミルクを入れ、上品にかき混ぜる。 「そうして見ると美由紀ってさぁ、もうすっかり、越後屋の己斐さんって感じだねっ」 「うち、保坂次郎左右衛門商店なんですけど……」 「でもさぁ、呉服屋と言えば、越後屋じゃん」 「ふ、お主も悪のよう、のね」 「フフフ……。なんやそれぇ」 「でも保坂いいよねぇ、着物好きってのがあって」 「どうして?」 「だって、就職で悩まなくていいじゃん。家、あんたが継ぐんでしょ?」 「まあ、なんとなくね」 「あたしらなんか未来見えないもぉん」 「だよねぇ……」 二人の話すことを、ただただ沈黙して聞く美由紀。 「来年は受験かぁ……」 夜。 「はやいよねぇ……」 美由紀はインターネットにつなぎ、就職のページを開く。 「美術」と「きもの」の二つのボタンをマウスポインタが行き来する。 「……美由紀、勉強中?」 襖を開けて母が姿を見せた。 「ううん、いいよ」 「おじいちゃんがちょっと、って」 「おじいちゃんが……?」 美由紀は立ち上がった。 「おじいちゃん、何?」 「座りなさい」 言われたとおり、正面に置かれていた座布団に正座する。 すると、祖父はある写真を開いた。 美由紀は近づいていき、それを見る。 「ん……?」 男性の顔。 「私の若い頃にそっくりだ」 「へぇ……」 「おまえ、今度の日曜日、空いてるか?」 「え? ……うん、いまんとこ」 「よし、決まった」 「なにが?」 するとそこへ、美由紀の母が顔を出す。 「おとうさま、田山さんからお電話です」 「一良か。後でこちらからかけなおす」 「……はぁ、そうですか。いえ、急ぎの用ではありませんので。はい、失礼します」 そう言って一良は電話を切り、ため息をついた。 「で、何が決まりなの? おじいちゃん」 「見合いだ」 「……誰の?」 「おまえだ」 「私!?」 「相手は呉服商の次男だ。育ちもいいし、家の閣としてもつり合いがいい」 「ちょっとおじいちゃん、私まだ17だよ?」 「今すぐ結婚しろとは言わん。付き合いをはじめておくということだ」 「でも……」 「付き合ってる相手がいるのか?」 「いない、けど……」 「気に入らなければ断ればいい。だが、少なくとも、入り婿は着物に理解のある者でないといかん。分かるな? 「うん……」 「じゃ、いいね」 「う、うん……」 寝室。 布団に横になる美由紀。 (あ〜あ……。このままずっと、こんな感じで行くのかな……) 朝。ダイニング。 美由紀の祖父、父、母の三人が、日曜日のお見合いの話をしている。 三人とも嬉しくて仕方がないらしかった。 「美由紀が居てくれて本当に良かった。あの子は頭のいい、よく出来た子だ」 そこへ、険しい表情をした美由紀が階段から下りてきた。 「私やっぱりお見合いしない!」 「え、しないって、でも、夕べは……」 気の弱そうな父が動揺している。 「気がかわったの! だって、お店のためにお見合いなんて、すごい封建的だよ、古すぎるよっ!」 「もう先方に電話を入れたんだ。もう断るなんてできんぞ!」 「それに私、まだ高校生だもん!」 そう言って、美由紀は朝御飯も食べず、家を出て学校へ走っていった……。 しかし祖父は、そんな美由紀の気持ちを理解せず、見合いを断る気など無いようだった。 学校。 「それは絶対に、お見合いをぶっこわすべきだよっ!」 ミカとカナコが美由紀の机の前で言う。 「……どうやって?」 「たとえばねぇ……」 『ニセ恋人作戦』『隠し子発覚作戦』など、女子高生の考えそうなくだらない案が出る。 美由紀はため息をつく。 「方法はともかく……、やるしかないっ。協力してくれる? お見合いぶっこわし作戦」 「お〜!」 三人で手を振り上げるのだった。 「え?」 拍子抜けでもしたような美由紀の顔 「もういいって、どういうこと……?」 「だから、もう見合いはしなくていいということだ。美由紀の言ったとおり、今の時代は個人の主体性が大事だ。そこに立脚しなければ、結局は店も立ちいかん」 祖父が昨日とはうってかわってまともなことを言う。 「じゃあ、……日曜日は、いいの?」 「あれこれと翻弄してすまなかったな」 「いいけど……」 「ま、そういうことだ」 夜。 (なあんだ……) 美由紀はすっかり安心し、眠りについた―― また次の日。 「附繪」書かれた看板。 中では、先日電話をかけてきていた一良が仕事をしていた。 そこを美由紀が通りかかる。 「一良さん。一良さんっ」 「おお、これはこれは、美由紀お嬢さん」 「フフ、相変わらず、仕事に入ると集中するね」 「いや、お恥ずかしい。 今日は?」 「久しぶりに、一良さんの顔が見たくなっちゃって」 「こりゃ、照れますねぇ」 「フフッ。何か、安心するんだ。一良さんの顔見ると」 「はは、こんな顔ですから」 「そうじゃなくって。……うわぁ」 美由紀は机の上の絵を見て歓喜の声を上げた。 一良は反物の染め物の絵を描いているのだ。 「いい仕事してますねぇ……、なんて、私が言ったら失礼なんだけど」 「とんでもない。お嬢さんは私の一番の評論家ですよ。お小さい頃から」 一良はかなり前から、保坂次郎左右衛門商店の世話になっているらしかった。 「しかしはやいもんだ。なにしろ……」 そこで美由紀がストップをかける。おむつを変えた話は無し、と念を押す。 「……やっぱり、来て良かった」 「え?」 「色々あって、何か落ち込みそうだったんだけど、復活出来そうな気がする。……フフッ」 −CM− 夜。 鼻歌を歌いながら、母と一緒に夕飯の支度をする。 「あ、そうだっ」 母が思いだしたように言う。 「美由紀、日曜日、予定入れちゃった?」 「え、べつに。なんで?」 なんでも、金沢に観光に来る子がいるという。 母が相手をするはずだったのだが、急に予定が入っていけない。 なので美由紀に代わりに街を案内して欲しい、とのことだった。 「いいけど、どんな子なの?」 「薫ちゃんっていって、美由紀より三つぐらい上だったかな」 「ふ〜ん、いいよ、代わりに行ってあげる」 美由紀はあっさりOKしたのだった。 日曜日。 金沢駅で美由紀、「薫」という人物を待つ。 あの人かな、自動改札から出てくる女性を見るが、どうやら違うようだ。そのまま女性は通り過ぎていく。 ふと、駅内の金沢周辺地図を見ている男性に目が行った。 その男性は振り向くと、美由紀の方を見る。 ――お見合いの写真に写っていた男性と、同じ顔―― 「あ〜!!」 急に険悪な表情になり、美由紀はその男性に近づいていく。 「薫ちゃん、ですか?」 「あ、はい……オレ、高橋薫です」 (……ハメられた……!!) 美由紀は「薫ちゃん」を女性だと勘違いしていた。事実母もそんな感じの言い回しをしていたからだ。 完全にハメられた。 「え?」 「申し訳ありませんけど、私帰ります。お見合いなんてする気、私ありませんから」 そう言って立ち去ろうとする。 「えらいなぁ……」 「え?」 美由紀は振り返る。 「君はお見合いしたくないって、ちゃんと自分の意志を表現できるんだね。オレなんかついつい流されて、ズルズルここまで来ちゃって……」 美由紀の険悪な表情が吹き飛ぶ。 「そんなことないです……。たぶん、同じです」 「じゃあ、オレ、兼六園でも見て帰ります」 そう言って、薫は歩いていった。 「あ、兼六園行きのバス、逆ですよっ! ……あ……」 薫は、困っている様子のおばあさんが目にとまったらしく、そちらの方へ歩いていたのだった。 薫はおばあさんと一緒に歩いていった。 「やっと見つけたよー。ほら、おばあちゃん、香林坊行き。このバスだよ」 「ありがとう……」 おばあさんはお礼を言い、そのバスに乗った。 バスが走り去るのを薫が笑って見ていると、そこに美由紀が現れた。 「高橋さん」 「あれ、奇遇ですねぇ……」 ……美由紀は付いて来ていただけなのだが。 「これに乗れば、兼六園に着きますから」 「いや、すみませんでした……。それじゃ」 後ろを向き、バスに乗ろうとして車体に頭から激突するというお約束をかまし、恥ずかしそうに薫はバスに乗った。 「はぁ……。私も一緒に行きます。何かほっとけなくて」 「あ、すみません……」 バスの中でも気軽に談笑する。 何やらお互い打ち解けているご様子だった。 兼六園。 郵便切手に描かれている風景がそのまま眼前に飛び込んでくる。 「……17歳、だったっけ?」 「はい」 「君が家を継ぐって聞いたけど……」 「たぶん……。兄も姉も家を出て、私しかいないから……」 「じゃあ仕方なく?」 「どうかな……。最初は、イヤだったけど……」 料亭。 そこで美由紀は、自分があの少年に出逢ったときのことを薫に話し始めた。 若い子は着物を余り着ないため、美由紀は自分だけ着物を着せられるのが凄く恥ずかしく、イヤだった。 そんなとき、着物のキャンペーンというものがあり、どうしても、ということで、美由紀は着物で出たのだった。 その時、同じクラスの少年もそのキャンペーンを見に来ていた。 中学校2年生の春。回想 そのキャンペーンで、美由紀が傘を持ちながら壇上に上がった。 ざわめきのような歓声が上がる。 ふと観客の方を見ると、少年がいた。 恥ずかしさのためか、朱くなりうつむいて、傘を前よりに出す。 「やっぱり、保坂さんだ」 「や、やだな……こんなトコ……」 「どうして? 凄くキレイじゃない」 「え……?」 それから美由紀は、着物が少しずつ好きになりはじめた。 しかし美由紀は本当は絵の方が好きなのだった。 そんなとき。 染め物の本を観ている美由紀。横には少年もいる。 「ふ〜ん、日本の着物って、一枚の絵みたいだね」 「一枚の……絵?」 「あ、すみません、私ばっかりしゃべっちゃって」 「ううん」 薫は食べながら首を振る。 「美味しいですよ、それ」 「え?」 「ああ、ちゃんと味わいながら。でもしっかり聞いてましたから」 「ウフフ……、いただきます」 「その彼のおかげですね。今のあなたがあるのは」 「はいっ。あ、美味しいです」 「よかった」 料亭を出、園内を歩く。 「着物は、これからどうなんでしょう……」 「今はブームだなんて言われてますけど、現代の生活には密着していないから、飛躍的な需要の増大はないと思います。でも、コンピュータでヴァーチャルショールームを作ったり、若い世代の感性で、着物のイベントを仕掛けたりすれば、きっと、状況は変えられると思ってます」 「美由紀さんは、不安はないんですか?」 美由紀は立ち止まり、振り向いて薫の方を見る。 「不安なんて……? ありまくりですよっ!」 「あ……」 「お見合いの話が来たとき、私、自分でも意外なくらい追いつめられた気分になって……。その時気が付いたんです。私、何も覚悟が出来てなかったんだなって。でもだからって、急には決められなくて……」 美由紀はふと川の橋の方を見る。 「あれ……?」 そこには一良が立っていた。染め物の布を持っている。 なんと一良は、それを川に流してしまった。 美由紀は走り寄る。薫も歩いて後から着いてくる。 「一良さんっ! あれ、こないだ描いてた下絵でしょ? どうして……?」 「いいんです、こうするために、描いてたんですから……」 「え……?」 「旦那様に、お暇をいただきました……」 「おいとまって……? 辞めちゃうの? どうして?」 「京都の方でね……。唐織りの、下絵からコンピュータでやったのがあるって言う……。私はそんなものダメに決まってると思って、見に行きました。ところが素晴らしいんです……。少なくとも私は、負けたと思いました……」 「え……。そんなことないよ! 地入れ3年、ノリ置き5年、一良さんはその3倍以上やって、だからノリ置きの染の良さにも、定評があるんじゃないの……」 「私が思ったんですから、どうしようもありません……。そしてまた、これなら買いたいと思いました。たぶん、あれは売れます」 「でも……!」 「ものをつくるってことは、何なのか、ちょっと、見えなくなりました……。だから田舎へ帰って、年とった両親の農作業の手伝いも悪くないかな、と……」 「でも、好きでやってきたんでしょ……? だったら、だったら……」 美由紀の目に涙が浮かぶ。 「好きでいて……」 「好きですよ、ずっと……。でも、だからこそ離れてみたいときも、あるんです……」 不安げな顔で美由紀が沈黙する。 薫は始終、黙ってみていた……。 夜。金沢駅のホーム内。 「すみません……。あんまり観光できないで」 「そんなことないですよ」 「私、また自信なくなっちゃいました」 「……いいじゃないですか」 「え……?」 「いいんですよ、たまには。それに少なくともオレは、幸せな気持ちになりました。あなたが着物がとっても好きで、とっても大切に思ってることが分かったから」 美由紀はうつむく。納得がいかない様子だった。 「あなたのを見ていて、オレの気持ちも、少し整理がつきました」 「え?」 同時に新幹線のドアが閉まる。 薫は笑ったまま、去っていったのだった。 美由紀も最後には笑顔になるのだった。 ――結局、先方から断りの電話があって、お母さん達はすごくガッカリしていました。薫さんは、もう少しじっくり、自分の進み方を考えたい、って言ってたそうです。……私も、私らしく明日へ歩いて行きたいと思います。だから今は、まだこれでいいんですよね?―― −EDテーマ− |