第九話(6月10日放送)

保坂美由紀
〜私らしく明日へ〜

Akira / Chie / Yuu / Manami / Kaho / Wakana
Rurika / Asuka / Miyuki / Emiru / Taeko / Honoka

主要スタッフ
脚本
絵コンテ
演出
作画監督
荒川稔久
望月智充
佐藤育郎
しんぼくたろう

ストーリー

冬。降りしきる雪。

「加賀友禅」「保坂次郎左右衛門商店」「呉服問屋」。
美由紀の両親の営んでいる呉服屋だ。

「んー、どれがいいかなぁ、これかなぁ……」
店のある部屋で、女性二人の客が反物を選んでいる。親子のようだ。
いわゆる呉服屋では当たり前の、オーダーメイドだ。
成人式に着ていくものを選んでいるらしく、派手すぎても地味すぎてもダメ、と悩んでいる。
と、そこに美由紀が。
「……では、こちらの帯締めをあわせてみては如何でしょう?」
綺麗な緑色。
「あら、安いのねぇ……」
美由紀は、女性にあうような反物を、自分の個性で選んでいく。
しかも安いものを中心に。
「あ…、いいかも」
「安い小物で色々コーディネートするのも、楽しいんですよ。お店としては、高いのを買って欲しいんですけど」
「こら、美由紀」
そばで見守っていた父が口を出す。美由紀は思わず笑う。
「お幸せね。お嬢さん、いい跡継ぎになりそうで」
女性の母親が言う。
「え? ……いえ、いい跡継ぎだなんて…そんな……」
「でも、先代も大変喜んでおります。この子のおかげで、何とかなりそうです」

第九話 保坂美由紀 〜私らしく明日へ〜

「保坂ーっ」
店の前で美由紀を呼ぶ声。
「あ、ミカ、カナコ」
「行こっ」

現代西洋絵画展。
三人は館内を見て回る。
「美術部員としてはさぁ、やっぱこれくらい見ておかなくちゃと思って」
「たまたま券が3枚入っただけのくせにっ」
「保坂の好きな人でしょ? これ」
「うん。この人の晩年の絵ってね、ユトリロの、薔薇の時代以降に通じるような、知的な感じがあっていいんだ……」
美由紀はその絵をじっと見つめていた――

喫茶店。
美由紀はコーヒーに砂糖、ミルクを入れ、上品にかき混ぜる。
「そうして見ると美由紀ってさぁ、もうすっかり、越後屋の己斐さんって感じだねっ」
「うち、保坂次郎左右衛門商店なんですけど……」
「でもさぁ、呉服屋と言えば、越後屋じゃん」
「ふ、お主も悪のよう、のね」
「フフフ……。なんやそれぇ」
「でも保坂いいよねぇ、着物好きってのがあって」
「どうして?」
「だって、就職で悩まなくていいじゃん。家、あんたが継ぐんでしょ?」
「まあ、なんとなくね」
「あたしらなんか未来見えないもぉん」
「だよねぇ……」
二人の話すことを、ただただ沈黙して聞く美由紀。
「来年は受験かぁ……」

夜。
「はやいよねぇ……」
美由紀はインターネットにつなぎ、就職のページを開く。
「美術」と「きもの」の二つのボタンをマウスポインタが行き来する。
「……美由紀、勉強中?」
襖を開けて母が姿を見せた。
「ううん、いいよ」
「おじいちゃんがちょっと、って」
「おじいちゃんが……?」
美由紀は立ち上がった。

「おじいちゃん、何?」
「座りなさい」
言われたとおり、正面に置かれていた座布団に正座する。
すると、祖父はある写真を開いた。
美由紀は近づいていき、それを見る。
「ん……?」
男性の顔。
「私の若い頃にそっくりだ」
「へぇ……」
「おまえ、今度の日曜日、空いてるか?」
「え? ……うん、いまんとこ」
「よし、決まった」
「なにが?」

するとそこへ、美由紀の母が顔を出す。
「おとうさま、田山さんからお電話です」
「一良か。後でこちらからかけなおす」
「……はぁ、そうですか。いえ、急ぎの用ではありませんので。はい、失礼します」
そう言って一良は電話を切り、ため息をついた。

「で、何が決まりなの? おじいちゃん」
「見合いだ」
「……誰の?」
「おまえだ」
「私!?」
「相手は呉服商の次男だ。育ちもいいし、家の閣としてもつり合いがいい」
「ちょっとおじいちゃん、私まだ17だよ?」
「今すぐ結婚しろとは言わん。付き合いをはじめておくということだ」
「でも……」
「付き合ってる相手がいるのか?」
「いない、けど……」
「気に入らなければ断ればいい。だが、少なくとも、入り婿は着物に理解のある者でないといかん。分かるな?
「うん……」
「じゃ、いいね」
「う、うん……」

寝室。
布団に横になる美由紀。
(あ〜あ……。このままずっと、こんな感じで行くのかな……)

朝。ダイニング。
美由紀の祖父、父、母の三人が、日曜日のお見合いの話をしている。
三人とも嬉しくて仕方がないらしかった。
「美由紀が居てくれて本当に良かった。あの子は頭のいい、よく出来た子だ」
そこへ、険しい表情をした美由紀が階段から下りてきた。
「私やっぱりお見合いしない!」
「え、しないって、でも、夕べは……」
気の弱そうな父が動揺している。
「気がかわったの! だって、お店のためにお見合いなんて、すごい封建的だよ、古すぎるよっ!」
「もう先方に電話を入れたんだ。もう断るなんてできんぞ!」
「それに私、まだ高校生だもん!」
そう言って、美由紀は朝御飯も食べず、家を出て学校へ走っていった……。
しかし祖父は、そんな美由紀の気持ちを理解せず、見合いを断る気など無いようだった。

学校。
「それは絶対に、お見合いをぶっこわすべきだよっ!」
ミカとカナコが美由紀の机の前で言う。
「……どうやって?」
「たとえばねぇ……」
『ニセ恋人作戦』『隠し子発覚作戦』など、女子高生の考えそうなくだらない案が出る。
美由紀はため息をつく。
「方法はともかく……、やるしかないっ。協力してくれる? お見合いぶっこわし作戦」
「お〜!」
三人で手を振り上げるのだった。

「え?」
拍子抜けでもしたような美由紀の顔
「もういいって、どういうこと……?」
「だから、もう見合いはしなくていいということだ。美由紀の言ったとおり、今の時代は個人の主体性が大事だ。そこに立脚しなければ、結局は店も立ちいかん」
祖父が昨日とはうってかわってまともなことを言う。
「じゃあ、……日曜日は、いいの?」
「あれこれと翻弄してすまなかったな」
「いいけど……」
「ま、そういうことだ」

夜。
(なあんだ……)
美由紀はすっかり安心し、眠りについた――

また次の日。
「附繪」書かれた看板。
中では、先日電話をかけてきていた一良が仕事をしていた。
そこを美由紀が通りかかる。
「一良さん。一良さんっ」
「おお、これはこれは、美由紀お嬢さん」
「フフ、相変わらず、仕事に入ると集中するね」
「いや、お恥ずかしい。 今日は?」
「久しぶりに、一良さんの顔が見たくなっちゃって」
「こりゃ、照れますねぇ」
「フフッ。何か、安心するんだ。一良さんの顔見ると」
「はは、こんな顔ですから」
「そうじゃなくって。……うわぁ」
美由紀は机の上の絵を見て歓喜の声を上げた。
一良は反物の染め物の絵を描いているのだ。
「いい仕事してますねぇ……、なんて、私が言ったら失礼なんだけど」
「とんでもない。お嬢さんは私の一番の評論家ですよ。お小さい頃から」
一良はかなり前から、保坂次郎左右衛門商店の世話になっているらしかった。
「しかしはやいもんだ。なにしろ……」
そこで美由紀がストップをかける。おむつを変えた話は無し、と念を押す。
「……やっぱり、来て良かった」
「え?」
「色々あって、何か落ち込みそうだったんだけど、復活出来そうな気がする。……フフッ」

−CM−

夜。
鼻歌を歌いながら、母と一緒に夕飯の支度をする。
「あ、そうだっ」
母が思いだしたように言う。
「美由紀、日曜日、予定入れちゃった?」
「え、べつに。なんで?」
なんでも、金沢に観光に来る子がいるという。
母が相手をするはずだったのだが、急に予定が入っていけない。
なので美由紀に代わりに街を案内して欲しい、とのことだった。
「いいけど、どんな子なの?」
「薫ちゃんっていって、美由紀より三つぐらい上だったかな」
「ふ〜ん、いいよ、代わりに行ってあげる」
美由紀はあっさりOKしたのだった。

日曜日。
金沢駅で美由紀、「薫」という人物を待つ。
あの人かな、自動改札から出てくる女性を見るが、どうやら違うようだ。そのまま女性は通り過ぎていく。
ふと、駅内の金沢周辺地図を見ている男性に目が行った。
その男性は振り向くと、美由紀の方を見る。
――お見合いの写真に写っていた男性と、同じ顔――
「あ〜!!」
急に険悪な表情になり、美由紀はその男性に近づいていく。
「薫ちゃん、ですか?」
「あ、はい……オレ、高橋薫です」
(……ハメられた……!!)
美由紀は「薫ちゃん」を女性だと勘違いしていた。事実母もそんな感じの言い回しをしていたからだ。
完全にハメられた。
「え?」
「申し訳ありませんけど、私帰ります。お見合いなんてする気、私ありませんから」
そう言って立ち去ろうとする。
「えらいなぁ……」
「え?」
美由紀は振り返る。
「君はお見合いしたくないって、ちゃんと自分の意志を表現できるんだね。オレなんかついつい流されて、ズルズルここまで来ちゃって……」
美由紀の険悪な表情が吹き飛ぶ。
「そんなことないです……。たぶん、同じです」
「じゃあ、オレ、兼六園でも見て帰ります」
そう言って、薫は歩いていった。
「あ、兼六園行きのバス、逆ですよっ! ……あ……」
薫は、困っている様子のおばあさんが目にとまったらしく、そちらの方へ歩いていたのだった。
薫はおばあさんと一緒に歩いていった。

「やっと見つけたよー。ほら、おばあちゃん、香林坊行き。このバスだよ」
「ありがとう……」
おばあさんはお礼を言い、そのバスに乗った。
バスが走り去るのを薫が笑って見ていると、そこに美由紀が現れた。
「高橋さん」
「あれ、奇遇ですねぇ……」
……美由紀は付いて来ていただけなのだが。

「これに乗れば、兼六園に着きますから」
「いや、すみませんでした……。それじゃ」
後ろを向き、バスに乗ろうとして車体に頭から激突するというお約束をかまし、恥ずかしそうに薫はバスに乗った。
「はぁ……。私も一緒に行きます。何かほっとけなくて」
「あ、すみません……」

バスの中でも気軽に談笑する。
何やらお互い打ち解けているご様子だった。

兼六園。
郵便切手に描かれている風景がそのまま眼前に飛び込んでくる。
「……17歳、だったっけ?」
「はい」
「君が家を継ぐって聞いたけど……」
「たぶん……。兄も姉も家を出て、私しかいないから……」
「じゃあ仕方なく?」
「どうかな……。最初は、イヤだったけど……」

料亭。
そこで美由紀は、自分があの少年に出逢ったときのことを薫に話し始めた。
若い子は着物を余り着ないため、美由紀は自分だけ着物を着せられるのが凄く恥ずかしく、イヤだった。
そんなとき、着物のキャンペーンというものがあり、どうしても、ということで、美由紀は着物で出たのだった。
その時、同じクラスの少年もそのキャンペーンを見に来ていた。

中学校2年生の春。回想
そのキャンペーンで、美由紀が傘を持ちながら壇上に上がった。
ざわめきのような歓声が上がる。
ふと観客の方を見ると、少年がいた。
恥ずかしさのためか、朱くなりうつむいて、傘を前よりに出す。
「やっぱり、保坂さんだ」
「や、やだな……こんなトコ……」
「どうして? 凄くキレイじゃない」
「え……?」

それから美由紀は、着物が少しずつ好きになりはじめた。
しかし美由紀は本当は絵の方が好きなのだった。
そんなとき。

染め物の本を観ている美由紀。横には少年もいる。
「ふ〜ん、日本の着物って、一枚の絵みたいだね」
「一枚の……絵?」

「あ、すみません、私ばっかりしゃべっちゃって」
「ううん」
薫は食べながら首を振る。
「美味しいですよ、それ」
「え?」
「ああ、ちゃんと味わいながら。でもしっかり聞いてましたから」
「ウフフ……、いただきます」
「その彼のおかげですね。今のあなたがあるのは」
「はいっ。あ、美味しいです」
「よかった」

料亭を出、園内を歩く。
「着物は、これからどうなんでしょう……」
「今はブームだなんて言われてますけど、現代の生活には密着していないから、飛躍的な需要の増大はないと思います。でも、コンピュータでヴァーチャルショールームを作ったり、若い世代の感性で、着物のイベントを仕掛けたりすれば、きっと、状況は変えられると思ってます」
「美由紀さんは、不安はないんですか?」
美由紀は立ち止まり、振り向いて薫の方を見る。
「不安なんて……? ありまくりですよっ!」
「あ……」
「お見合いの話が来たとき、私、自分でも意外なくらい追いつめられた気分になって……。その時気が付いたんです。私、何も覚悟が出来てなかったんだなって。でもだからって、急には決められなくて……」
美由紀はふと川の橋の方を見る。
「あれ……?」
そこには一良が立っていた。染め物の布を持っている。
なんと一良は、それを川に流してしまった。
美由紀は走り寄る。薫も歩いて後から着いてくる。
「一良さんっ! あれ、こないだ描いてた下絵でしょ? どうして……?」
「いいんです、こうするために、描いてたんですから……」
「え……?」
「旦那様に、お暇をいただきました……」
「おいとまって……? 辞めちゃうの? どうして?」
「京都の方でね……。唐織りの、下絵からコンピュータでやったのがあるって言う……。私はそんなものダメに決まってると思って、見に行きました。ところが素晴らしいんです……。少なくとも私は、負けたと思いました……」
「え……。そんなことないよ! 地入れ3年、ノリ置き5年、一良さんはその3倍以上やって、だからノリ置きの染の良さにも、定評があるんじゃないの……」
「私が思ったんですから、どうしようもありません……。そしてまた、これなら買いたいと思いました。たぶん、あれは売れます」
「でも……!」
「ものをつくるってことは、何なのか、ちょっと、見えなくなりました……。だから田舎へ帰って、年とった両親の農作業の手伝いも悪くないかな、と……」
「でも、好きでやってきたんでしょ……? だったら、だったら……」
美由紀の目に涙が浮かぶ。
「好きでいて……」
「好きですよ、ずっと……。でも、だからこそ離れてみたいときも、あるんです……」
不安げな顔で美由紀が沈黙する。
薫は始終、黙ってみていた……。

夜。金沢駅のホーム内。
「すみません……。あんまり観光できないで」
「そんなことないですよ」
「私、また自信なくなっちゃいました」
「……いいじゃないですか」
「え……?」
「いいんですよ、たまには。それに少なくともオレは、幸せな気持ちになりました。あなたが着物がとっても好きで、とっても大切に思ってることが分かったから」
美由紀はうつむく。納得がいかない様子だった。
「あなたのを見ていて、オレの気持ちも、少し整理がつきました」
「え?」
同時に新幹線のドアが閉まる。
薫は笑ったまま、去っていったのだった。
美由紀も最後には笑顔になるのだった。

――結局、先方から断りの電話があって、お母さん達はすごくガッカリしていました。薫さんは、もう少しじっくり、自分の進み方を考えたい、って言ってたそうです。……私も、私らしく明日へ歩いて行きたいと思います。だから今は、まだこれでいいんですよね?――

−EDテーマ−

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