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第五話 森井夏穂 ~友情の通天閣スペシャル~ 走る夏穂。前を走る選手にバトンを渡す。リレーの練習だ。 走り終え、息を切らす夏穂。 「お嬢さん、こんなトコでなにしてんの?」 グランドの隅に座り込んでいる女の子に声をかける。彼女は夏穂の親友、恭子。 「…はらへった」 「ん、そんならええトコ連れてったるで」 「いやぁ、ますますプロっぽなったやん夏穂ぉ」 お好み焼きの具をかき混ぜる音。 ここは夏穂の実家だ。お好み焼き屋「もりや」。数々の表彰状、トロフィーが店に飾ってある。 全て夏穂が取ったものだ。 「ふふっ……」 「ほら、嬉しがっとらんと油」 夏穂の祖母が言う。 「わかってるよぉ」 タネを鉄板にしいて焼き始める。手際よくソース、マヨネーズ、鰹節をかける。 「ほいっ! 元気焼きおまっとさんっ」 「今日はあたしのおごりっ! これで今度の大会まで、元気に乗りきらんとねっ」 「何がおごりや、こんなんで金もろたらバチあたるで」 どうやら祖母は未だ夏穂の実力を認めていない様子。 「なんやそれ、看板娘にむこうてぇ」 「なんやとはなんや、初代看板娘にむこうて」 「江戸時代の話やろぉ」 「あほかっ」 それを見て笑う恭子。さすが大阪、と言う感じだ。 そこへ3人の客が入ってくる。 「兄ちゃん、まいどぉ」 すさまじいまでの手際の良さでお好み焼きを焼く祖母。 難しくないぶん、愛情が手際が大事なのだ、と言う。 「……いつ見ても凄いなぁ」 食べながら恭子が言う。 「おおきにっ」 祖母が笑って言う。 「なぁ、おばあちゃん、あたし、いっぺんでええから、あの通天閣スペシャル、食べてみたいわぁ」 壁に貼って有るポスターを見て恭子が言う。 特大のお好み焼き、「通天閣スペシャル」という文字が。 「せやけど、あれは30分以内に一人で食うてもらわなあかんで」 そこをなんとか、お持ち帰りOKにして、とせがむも、通天閣は大阪のシンボルやから、 そんなことはできんと、ゆずろうとしない祖母。 「…えぇ~?」 ガッカリした恭子。 「そんなら、今度の大会でうちらが優勝したら、ってのは?」 夏穂が助け船を出す。 しかしそこで恭子は一瞬ハッとなる。 「あかんあかん、確率高すぎるわ……ん、けどまあ、ええか」 「おっしゃぁ~!」 「おばちゃぁん、ビール!」 客に呼ばれて祖母はカウンターからでていった。 「恭子っ、拝んどこっ!」 いつの間にか、ぼーっとしている恭子。 何かあったのか、と夏穂が聞くが、何でもない、と無理に笑顔を作る。 「ほんなら拝もっ!」 と、店の壁にかかっているバトンに手を合わせる。バトンにはハチマキが結んであった。 「……あきれた」 「ん?」 不思議そうな顔の夏穂。 夏穂の部屋。 「あんた、まだあんなん拝んでたん」 「当たり前やんか、あたしの走る原動力やもん」 「……原動力なぁ」 「忘れられへんよ。ううん、忘れたらあかんのよ。……あの日の思い出は」 小学校5年生の秋。回想 夕方。バトンを取り落とす少年。 「なにしてんのぉ? 走ってんのか歩いてんのかわからへんやんかぁっ。遅いことは亀でもするでっ!」 地面に手をつき、息を荒くする少年。 「そんなんやったら、アンカーやなくて、あかんやでっ!」 それでも息を荒げたままの少年。 「……限界やな」 しかし少年は取り落としたバトンを手に取り、立ち上がった。 『けどあいつは言うた。僕はやるよ、ここでやめたら悔しいもんってな。その時のあいつの顔、めっちゃかっこよくて、あたしなんや知らん、絶対優勝できる、思えて……』 一緒に練習し、手をつなぐ少年と夏穂。 『せやけどあいつは、大会の直前に引っ越ししてしもて、結局本番のバトンは渡せんかった』 「せやから、今でもあたしは、あいつにバトンを渡すつもりで、全力疾走するんよ」 「へいへい、美しい思い出でござって」 恭子が少々嫌味っぽく言う。 「なんやとぉ?」 「夏穂のその話、耳タコやもん」 「あ、そ、そう、ごめんな……」 苦笑いをする夏穂。 「……もう、忘れたらええのに」 「……なんで…?」 「あ、……だ、だって、かなわん恋やんか?」 「あ、なんやそんなことか。あたし全然気にしてへんもん」 「……ほんまに?」 「まあいつか縁があったら巡り逢えるやろっちゅうことや。それとも、優秀な探偵の小枝ちゃんにでも頼んでみるかぁ?」 「阿呆か、そんなん子ネタにされたら終いやでぇ?」 「なんやとぉ?」 夏穂は恭子につかみかかる。笑いながら格闘する二人―― 恵比須町駅。 「ま、とにかくがんばろな、大会。あたしら絶対選ばれるて」 「……うん…」 「なんや、自身ないんか? 大丈夫やて。ほな、また明日な」 走り去っていく夏穂。 見えなくなるまで恭子は目で追っていた。 「……あかんな、あたし」 一人つぶやいた。 ある日の夕方。練習のあとのミーティング。 リレーの選手の発表。 「佐藤、赤碕、森井、檜山。以上のメンバーで、ベストをつくしてもらいたい」 そのとき。 「……監督」 恭子が言った。真剣な表情。 「ん、なんや、檜山?」 「……あたし、出られません」 「…恭子?」 怪訝そうな顔の夏穂。まわりも騒がしくなる。 「どういうことや?」 「あたし、転校するんです」 「ウソ……ウソやろっ?」 「なかなか言い出せへんで……。すんませんっ!」 恭子は走り去っていった。 「なんで……、なんでなん?」 「ごめんな……」 「ごめんちゃうやろ?」 父親の転勤が急に決まったという。岐阜の高山。大阪からは充分に遠距離だ。 一人で暮らしてもええ、と父親が言ったらしいが、そうすれば、父親一人だけになってしまう。 「……そんだけ、負担も増えるし」 「そうやな……。あたしら子供には、選ぶ権利無いもんな……」 「でも、あたし最後まで練習には付き合うよ? 夏穂のコーチやったる!」 「……頼むで、桧山コーチ」 夜。準備中の看板がさがる夏穂の家。 「へえ、そうか、そらさみしいなぁ…」 今日の出来事を祖母に話す夏穂。 「でもあたし、恭子の分まで頑張るよ。出られんようになって一番辛いのは、きっと恭子やもん」 「そうやな」 「で、ものは相談なんやけど……」 「……ん?」 「餞別に、通天閣スペシャル、作ってくれへんか……?」 「あかん」 「なんや、どケチっ!」 「阿呆、本気にすなちゅうねん」 「……えっ?」 「形式っちゅうモンがあるやろ。一度は断っとかなあかん」 「なんや、それ」 「お前にも手伝うてもらわなな。スペシャル通天閣スペシャルや」 「……うんっ!」 そして夏穂は供えてあるバトンに目をむけ、 「練習の方も気合いいれますんで、ほんま、よろしゅうたのんますっ!」 手を打って拝むのだった。 次の日から。 練習に次ぐ練習。特にバトンの受け渡し。リレーではこれが決め手になるからだ。 タイムを計る恭子。 「……伸びんなぁ」 ストップウォッチを見て言う。 「みんなぁっ! もういっちょいこかっ!」 夏穂はみんなを促し、練習を再開する。 今度こそ、と気合いを入れ、バトンを渡そうとするが、取り落としてしまう。 もう一度、とバトンの受け渡しの練習をする。 しかしなかなか上手く行かない。 「すんません……」 受け渡される方の女の子が言う。 「キタちゃぁん、あたしにビビッとんのとちゃうんかぁ?」 夏穂以外の女の子との受け渡しは上手くいったのだ。何故なのか。 その様子を見つめ、恭子はストップウォッチを握りしめた。 恭子はその理由が分かっているらしかった―― 練習後。 「なあ、夏穂」 恭子が言う。何か話がありそうだ。 「ん?」 「あ、あの……あのな……」 言いだしにくそうな様子。 「あ、明日引っ越しの荷造りすんねん。暇やったら、来てくれへんか?」 「何だ、そんなことで悩んどったんか。いくよ。たとえデートがあっても。恭子はあたしの一番大事な友達やもん」 「デートは、ありえへんけどなぁ!」 「なんやとぉっ!」 また恭子につかみかかる。いつものことのようだ―― 「ほな明日なぁ!」 スポーツバッグを自転車のカゴにいれ、夏穂は言った。 「うん、明日!」 恭子は笑顔で夏穂が自転車で走り去っていくのを見ていた。 そして見えなくなると。 「……あかんなぁ……あたし……」 急に暗い表情になり、つぶやいた―― -CM- 檜山家。 約束通り、引っ越しの手伝いに来た夏穂。 しかし昔のアルバムを見つけ、二人で騒ぎ、準備が進む様子はない。 しかしあるページにある写真を見つけると、急に黙る夏穂。 「ん、どしたん、夏穂?」 「こんなん、まだ持ってたんか……」 「あ、あいつんち探して、二人で京都行ったときの……」 そう、あいつとは、少年のこと。 少年は大阪のあと京都に引っ越した。 夏穂は少年の家を探しに行きたかったのだが、その頃は小学生で、とても行けるわけがなかった。 そして、中学生になった時、恭子と一緒に京都まで探しに行ったのだが、もちろんその時は少年はまた他の土地へ引っ越してしまった後。 結局少年に逢うことが出来なかったのだが、記念に撮った写真がそれだった。 夏穂と恭子が昔の少年の家の前でピースサインをしている。 「あたしは、この写真、どっかやってしもた」 「……そうなん?」 「結局あいつの写真一枚もないけど、あたしん中にはいつもいるから。いつもあたしの前を走っててくれるから……」 「夏穂……」 沈黙。 「おおっと、ここでまた恥ずかしい写真~!」 そしてまた騒ぎ始める二人―― 夜。 「ごめん、結局ケーキ食べて騒いだだけやった」 「ま、予定通りや」 「ほんなら、明日の朝電車で行くから……」 「8時ちょうどのあずさ2号やったねって、違うやろっちゅーねん」 「うわ、さっぶぅ……」 「7時57分の、急行高山、やろ」 そう言うと夏穂はうつむき、 「じゃあね、見送りに行くからっ!」 恭子の家から走り去っていった。 「夏穂!?」 歩道橋。 夏穂が1段とばしで階段を駆け上がる。橋の真ん中まで来ると立ち止まり、息を荒げた。 「はぁ、はぁ……。あかんあかん、、明日のこと考えたら涙出そうになったわ……」 夏穂は頬を両手で2、3度叩くと、 「笑顔で送るんやろっ! よっしゃっ!」 そういうとまた歩道橋を走り始めた。 その時。 「夏穂ぉ~!」 恭子の声。思わず夏穂は立ち止まり、振り返る。 恭子が息を荒くしながら歩道橋を上がってきた。 「恭子……。何か忘れものしたっけ?」 「忘れたんはあたしや。……めっちゃ大事なこと」 恭子は夏穂に歩み寄る。 「な、なんやの……?」 「夏穂……。もうあいつのこと忘れや」 「なんやいきなり……」 恭子は、夏穂のリレーのバトンが失敗するのは、あいつがいるからだ、という。 「バトン渡すとき、あんたの眼には次のランナーが見えてない。心の中で、あいつを見てるからや」 夏穂は愕然とした。まさか恭子がそんなことを言うとは考えていなかったため、ショックもかなり大きかった。 「なんで、なんで……?」 「コーチやって分かった。リレーはコンビネーションが大事なんや。だから……」 「何で、そんなこと言うん……?」 夏穂は俯いた。 「あたしがあいつのおかげでここまで来れたの知ってるはずや……。あいつのおかげでインターハイまで行けたの知ってるはずや……」 「知ってるけど、知ってるけど……」 「なら何でそんな簡単に言うのっ!!」 「簡単なわけないやろぉっ!!」 沈黙。 「恭子のド阿呆っ!! 高山でもどこでも勝手に行けぇっ!!」 夏穂は叫ぶと、走り去っていった。 恭子は、沈黙して動けないでいるだけだった―― 次の日。恭子の引っ越す日。 「準備中」の看板のさがったお好み焼き屋「もりや」。 しかし中ではお好み焼きの焼ける音が。 祖母が「通天閣スペシャル」を作っているのだった。 夏穂はといえば、2階の自分の部屋のベッドに膝を抱えて座り、俯いていた。 「夏穂ぉ~」 祖母の1階の階段の下から呼ぶ声。 「通天閣スペシャル、出来とるでぇ~」 「もうええんや、あんなヤツ、友達やないもん」 「ああそうか……。ああかわいそうやなぁ、通天閣スペシャル……」 そう言い残し、祖母はそこから立ち去った。 夏穂は時計を見る。6時57分。ちょうど1時間前だった。 駅。 下りのエスカレーターに乗る恭子とその家族。 その間ずっと、恭子は俯いたままだった。 焼けた通天閣スペシャルを4分割する祖母。 まだ何か考えがあるらしかった。 ベッドにうつぶせになり、動こうとしない夏穂。 駅のレストランで食事中の恭子。やはり俯いたまま。 両親が心配して声をかけるが、余り聴こえていない様子で、テーブルのすぐ近くにあった公衆電話に目が行く。 通天閣スペシャルを包み終える祖母。 一つ笑うと、2階の方を向き、硬い表情になった。 その2階の夏穂は、また膝を抱え動こうとしない。 その時祖母がドア越しに、 「ホンマにええんか? 今度は自分から作ってしまうことになるんやで。渡せんかった思い出を」 「……!!」 その言葉に一瞬心が揺れるも、しかしまた意地を張り続ける夏穂。 7時15分。 突然、電話のベル。夏穂はハッとして、鳴る電話を見つめる。 その電話の主は、もちろん恭子だった。 数回ベルが鳴り響き、留守伝に切り替わった。 「あ、夏穂、ごめん……。あたし、あんたが思い出、どんなに大事にしてたか知ってたはずやのに……。友達失格やな」 その言葉にハッとする夏穂。 「あんたへの思い、最後の最後でちゃぁんと渡せんかった……。……堪忍な」 「!! 恭子っ!」 とっさにベッドから飛び起き、電話を取る。 「恭子!? 恭子っ!!」 しかし電話は切れてしまっていた―― 階段を駆け下りる夏穂。 店のカウンターに置いてある通天閣スペシャルを取り、玄関を出る。 そこには祖母が車に乗って待っていた。 「ギリギリやないかっ! はよ乗りぃっ!」 「ごめんばあちゃんっ!」 言い、夏穂は助手席に飛び乗る。 猛スピードで車は走り出した。 ホーム。電車を待つ恭子。 もしかしたら、と、階段を見るが、夏穂がのぼってくる気配はなかった。 路地を駆けめぐる車。 「どや、だてに免許もっとらんでっ! しっかりつかまっときやっ!」 やはり猛スピードで走り抜けていった。 7時48分。 高山行きの電車が到着した。 その時、なんと夏穂と祖母の乗った車は渋滞に巻き込まれていた。 いらだつ祖母。 7時50分 「あと7分……。おばあちゃんっ! あたし走るっ!」 通天閣スペシャルを小脇に抱え、夏穂は車を降りて走り出した。 渋滞の道路を全速力で走る。 駅に到着。7時56分。 自動改札をハードルのように跳び越える。 「後で払いますっ!」 叫び、走った。 2段とばしの全速力で階段を駆け上がる。 発車のベルはすでに鳴っている。 夏穂がホームに到着する寸前、ドアが閉まった。 電車は無情にも走り出す。 「恭子っ! 恭子ぉっ!!」 恭子はその声に気付いた。窓を開け、叫ぶ。 それを見つけた夏穂は猛然と走り出した。 まだ電車にスピードがついていなく、ギリギリで夏穂は恭子に追いつくことが出来た。 腕を伸ばし、身を乗り出す恭子に通天閣スペシャルを渡す。 ――まるでバトンのように。 「そう、そうや夏穂っ! その間合いやっ!」 「この間合い……?」 その時、フェンスに激突する夏穂。ホームがそこで終わっていた。 「バイバイっ! 夏穂ぉっ!」 手を振り、恭子は今日初めての笑顔を見せた。 電車は、去っていった。 「バイバァ~い!!」 夏穂もホームの端で叫んだ。 ――頑張るわ、大会。思い出は思い出として、胸の奥にしまってな―― -EDテーマ- |