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山本浩 |
札幌。雪が冷たい冬。 大きな樹の下にポツンと置かれている郵便ポスト。 第十二話 沢渡ほのか ~ほのかな恋の物語~ そこへ、一人のポストマンが歩いてくる。 しかし、ある人物を見つけて足をとめる。 ――ほのか。 郵便ポストの前で立ち止まり、一通の手紙を出すかどうかで迷っていた。 長い沈黙のあと、ほのかは勇気を出してその手紙を投函し、立ち去った。 そして、ポストマンは笑った。 ある日の朝の学校。 「ほのかぁ~」 校門で友人に呼ばれ、振り返る。 「帰りにちょっとどこか寄って行かない? こいつの初デートの取り調べすんの」 「な、なによぉ、それぇ?」 「朝までずうっと一緒だったんでしょ?」 「え? ……それって……」 ほのかは頬を朱く染める。 「いくトコまでいっちゃったってコト」 「言うなコラ」 「ほのかも聞いとかないと、そっち方面のこと」 「い、いいよ……。それに、どっちみち今日はデートなんだ」 「え? またぁ?」 「父親と食事するのはデートって言わないの」 「いいもん、言わなくったって。じゃあねっ」 ほのかは校内へ走っていった。 友人たちはそこでため息を付くのだった。 放課後。 北大に走るほのか。もちろん、父親に会いに行くためだ。 「考古学研究室」に入る。 「あれ……?」 父の姿はない。 すると中にいた女性が、 「先生、会議が長引いちゃってるみたい」 と言い、ほのかにコーヒーを入れる。 「またデート?」 「あ、はい……」 「いいなぁ。うちの父親なんて、私の誕生日すら忘れてるのに」 「ままがあちこち飛び回ってるから、あたしくらいしかいないんですよ」 「ふぅ~ん。あ~あ、私もデートしたいなぁ……」 そういってコーヒーを飲む。 するとかけていたメガネが曇り、女性はそれをはずす。 「あ……」 メガネを取った顔があまりにもキレイだったので、ほのかはつい声を上げてしまった。 「どしたの?」 「あ、う、ううん……」 「ごめんね、最後までつきあってあげられなくて。デート、がんばってね」 そう言ってその女性は部屋を出ていった。 「デートかぁ……」 大きな時計台の前の大きな樹。 その樹の上には、あのポストマンが紙飛行機を手にして座っていた。 夜。 机でなにやら書き物をするほのか。 すると、ノックもせずに誰かが入ってくる。こっそりと、ほのかに聞こえないように。 ちょうどほのかはそのときそれを書きおえ、封筒に詰めているところだった。 そして、封筒の表に「あなたへ」の文字を書き、ため息を付いた。 その時。 「わっ!」 「キャッ!」 あまりの驚きにほのかは机に突っ伏す。 脅かしたのは父だった。 「何してたんだ? 背中が真剣だったぞ」 「そ、そう……?」 と言ってほのかはカバンにその手紙を隠す。 しかし父はめざとくそれを見つけ、追求する。 「ラブレターか?」 「そ、そんなんじゃ……」 「隠すな隠すなぁ」 「大丈夫だよ。ラブレターなら、パパ宛だから」 「おお、そ、そうかぁ。いいヤツじゃ」 そして父はほのかを抱きしめる。 「今夜はなに食べる?」 「お寿司」 父は思案顔だったが、にっこり微笑んだ。 「ありがとうございましたぁ~」 寿司屋から出る二人。 父は飲みすぎたのか、酔っぱらっている。 「もう、調子に乗って飲むからぁ」 「大丈夫だよ……。パパはほのかがいなくなっても、ちゃんとやっていける……」 父はよろめく。 「しっかりしてよ、ほら」 しかし急にしらふになる。 「しっかりしてるさ」 「…え?」 「寂しいような、ほっとしたようなだ」 「なにが?」 「ほのかが恋をしたことがさ。どんどん恋をしなさい、とまでは言わないけど。わがままな話だが、いつもパパとつきあってくれるのも、それはそれで心配でね……」 ほのかはうつむく。 「私……先に帰る!」 「ほ、ほのか!」 ほのかは走って帰っていった……。 父はそこにたたずみ、ため息を付いた……。 帰宅後。 急に電話が鳴り、ほのかは受話器を取る。 「あ、こちらテレビ北海道の、想い出探偵団という番組なんですが……ほのかさんは?」 「私ですけど……」 「あ、ご本人ですか! おめでとうございます!」 「えぇ?」 「小学校の時、卒業を目前にして、転校してしまった彼に、もう一度逢いたいというご依頼が、採用されましてですね……」 「えぇ?」 宙を飛ぶ紙飛行機。 ポストマンはその自分の投げた紙飛行機をずっと見つめていた―― 次の日。 「えぇ~? どうして断っちゃったのぉ? せっかく書いてあげたのにぃ」 どうやら昨日の訳の分からない電話は、友人たちのせいらしかった。 「ひどいよ……勝手に人の名前で……」 「だって、逢いたいんでしょ?」 「逢いたいけど……逢いたくない」 「何よそれぇ?」 「だって、もう17歳だもん……」 「え?」 「だから……逢いたくないの」 友人たちはため息を付いた……。 放課後。夕方。 ほのかはまたあの郵便ポストに立つ。 そしてポストマンは立ち止まる。 ほのかはそれを見て、いそいそと手紙を出し、立ち去っていった……。 卒業アルバム。小学校の時のものだ。 少年は卒業式こそ北海道でしなかったものの、卒業アルバムの写真は撮っていた。 ほのかはそれを見つめる。 「このときは、私より背が小さかったのに、きっと、おおきくなって、声も変わっちゃったよね……」 自転車でひた走るポストマン。 そして急に自転車を止め、虚空を見つめた……。 次の日の学校で。 ほのかは自分の席でまた手紙を書いていた。 (私……やっぱり、男の人が怖いの……。どうしたら、いいのかな……。なんだか、不潔な気がして……) すると。 「おお~! 巨乳じゃ~ん!」 数人の男子たちが、雑誌のグラビア記事を見て騒いでいる。 とたんに機嫌が悪くなり、ほのかは席を立つ。 ドアでいつもの友人についぶつかってしまったが、誤りもせずほのかは教室を出ていった。 「ほのか……?」 その時友人は、ぶつかったときに落としたのだろう、ほのかがさっきまで書いていた手紙を見つけた。 屋上。 ため息を付き、ほのかは佇んでいた。 そこへ、あの手紙を拾った友人が現れた。 「拾って、机に入れといたよ……。ラブレター」 「!! 読んだの……?」 「ゴメン……目に入っちゃって。どうせだから、言っていい?」 「え……?」 「あんなラブレター、おかしいよ。なんか、父親と交換日記してるみたい」 「!!」 ほのかの顔が驚愕に染まる。 「変だよ……。好きな子に書いてるのに」 「沙樹ちゃんは怖くないの……? 男の人……」 「別に。そういう生き物だと思ってるから。結局は人間の雄じゃん」 「ずっと男の子のままでいてほしいの!」 「そんなこと言ってるから、いつまでもファザコンやめられないんだよ!」 「……いいの! ずっとこのままでも……」 「あんたの父親だって男なんだよ! じゃなきゃあんたは生まれないでしょうが!」 ――乾いた音が響きわたり、樹の雪が音を立てて落ちた。 沙樹の左頬が真っ赤に染まっている。 そして、ほのかは右手を振りおえた状態で動かず、涙を流していた。 放課後。北大。 憂鬱な表情のほのか。 しかし、父の研究所の前まで来ると、思いっきり作り笑いをし、中へとはいる。 「パ……」 ほのかは何かうしろめたかったのか、言葉を途中で切った。 そこには、いつものようにあの女性と父が仕事をしていた。 「あら」 「ほのか」 「あ、何となく……。学会近いんだもんね。ちょっとのぞきに来ただけ。じゃあね」 そういって出ていこうとしたが、思い出したように、 「あ、この前の夜、ゴメンね……」 と言って部屋から出ていった。 二人は顔を見合わせた。 またあの郵便ポストでたたずみ、手紙を出し渋るほのか。 そして、ポストマンも同じくしてほのかが手紙を出すのを待っていた。 「……出しますか?」 ほのかは急に沈鬱な表情になり、手紙を出さず、走り去っていった……。 -CM- |