第六話(5月13日放送)

綾崎若菜
~莫煩悩~

Akira / Chie / Yuu / Manami / Kaho / Wakana
Rurika / Asuka / Miyuki / Emiru / Taeko / Honoka

主要スタッフ
脚本
絵コンテ
演出
作画監督
荒川稔久
片山一良
吉村章
横手博人

ストーリー

第六話 綾崎若菜 ~莫煩悩~

セミが鳴く夏。

矢が飛ぶ。中心に命中。
二発目。やはり中心に命中。
これを放っているのは、若菜。

「さすが若菜先輩。また会中やわ……」
周りのギャラリーがつぶやく。どうやら弓道部らしい。

「どないしました、綾崎さん……。惨心が乱れてますえ」
老婆が言う。教師であろう。
「はい……」
「容易ではない乱れどすな」
「はい、自覚しております……」
周りが騒がしくなる。両方命中したのに、こんなことを言われたためだ。
達人にしか、分からないのだ。
「今日は、これで早退させて下さい……」
「……認めましょう」
道を歩く若菜を、5人の僧がすれ違う。

「暗」の文字――


慣れた手つきで抹茶を飲む。
目の前には、祖父が居た。ここは若菜の家。
「……操から聞いた。己自身をよく見つめることだ」
「はい、おじいさま……」
「お前らしくもない。何があった」
「……いえ」

――私だって、17歳の女の子です――


次の日。
長い階段を上る若菜。
昨日祖父に必ず何かが開ける言われ、用連山(漢字知りません)天竜寺までやってきたのだった。
寺の周りを掃除中の修行僧達が手を止めた。それもそうだろう。こんな所に女性がやってきたのだから。
しかも美人。
「手がお留守になっていますよ」
和尚に言われ、慌てて掃除を再開する修行僧達。
若菜は、この人物に会いに来たのだった。

「……ご無沙汰しております」
深く頭を下げる若菜。
「して、どうなされた」
「己自身の不完全さに悩んでおります。心に浮かべてはならないものが、浮かんでしまうのです」
「浮かべてはならないものとはなにかな」
「……煩悩です。煩悩は良くないものと知りながら、私はそれに心を乱されているのです」
「ならば、このワシが捨ててきてやろうか」
「……そんなことが出来るのですかっ? 是非、お願いします…」
「よろしい、では、ここに出しなさい」
「えっ……」
「出さねば消すことは出来ぬであろう」
「……出せません」
「はは、有るのに出せぬとは、不思議だとは思わぬか」
「そんな……」
「つまり、煩悩など無い。無いものは消し去ることはできん」
「では、私が悩んでいるのはなんだとおっしゃるのですか?」
「それは、煩悩であろう?」
「煩悩はないとおっしゃいました」
「あると言ったのはワシではない。もともとはあなたではないか」
「あ……」
「何故、煩悩は良くないと思われる?」
「人を、誤らせるからです」
「ほう……」
ある夫婦が離婚したと若菜は言う。
激しい恋愛の末、結ばれたのに、今はもう一緒にはいないという。
「なるほど……。煩悩に惑わされた結果か」
「和尚様、変わらない愛というものはあるのでしょうか?
「愛、か」
「はい」
給水場に急使を出す。年々、停留せず。
急流に投げ込まれた鞠は止まらずに流れる。人の心も又同じ、と和尚は言った。
「では、何故人は人を愛するのでしょうか? 愛がいずれ形を変え、消えてしまうのなら……」
「何故、あなたは息をする? いずれ死ぬというのに」
「呼吸は付随運動であると教えられました。思いによってそうしているわけではありません」
「ふふ、では、あなたは生きているか」
「……生きています。ここに、こうして」
「それは、あなたがそこにそうして生きていると思っているだけではないか? そう思わなければ、あなたはそこに生きてはいない。だから死ぬこともない」
「でも、先ほどはいつか死ぬと…」
「生きていると思えば、必ず死ぬと言うことだ。あると思ったものは、いつか、無くなる」
「無くならないものは無いのですか……?」
「あなたがあると思うからには、いずれ、無くなる」
「今、私があると思っている愛も……」
「あると思っているなら、無くなることだろう」
「それなら、人が人を愛するのは何故なのですか……?」
「……ついてきなさい」
「あっ……」
我に返る若菜。

寺の池まで来て、池に写る自分と若菜の姿を見て和尚は言った。
「ほれそこに、あっただろう。愛が」
言って笑った。
「あなたが今見ているワシは、誰だと思う?」
「天竜寺の、衒学和尚様です……」
「いいや、ワシは今、綾崎若菜だ」
ハッとする若菜。意味が分かっていない様子だ。
「あなたが見ている間だけ、ワシはあなたになる。そしてその究極が、いわゆる愛」
言って笑う和尚。
「人が人を愛する、それは何より、自分を愛するということだ」
「そんな……」
「違うかな?」
「自分を愛するために、人を愛するのなら、それは自己愛なのではありませんか?」
「だとしたら?」
「自分のために人を愛するなど、愚かなことだと思います」
「ほう……」
「少なくとも、仏様から見たら、愚かなことではありませんか……?」
「さあ、どうかな……」
「祖父からも、他人のためを思って生きろと言われてきました」
「あいつもたまにはいいことを……。あ、イヤ、失礼……」
「だったら、やはり自分のために人を愛することなど、間違いだと思います」
「どうやら、あなたの中の御仏は、まだ眠っておられるようだ」
「えっ……?」
「街へ出よう」
「え?」
「行もまた善、座もまた善、いついかなる時も善よ」
竹林を歩く若菜と和尚。
そこを、昨日すれ違った僧が、またすれ違った。

また「暗」の文字。

クレープを買う和尚。それを見た若菜は驚きを隠せない様子だった。
周りの人々も笑っている。
「あなたは、イチゴとチョコ、どちらがお好きですかな?」
川の縁を歩く若菜と和尚。
「どうした、いささかイメージとあわぬかな?」
「いえ……」
「ここにいるのは、クレープを食べる和尚と思っているだろう?」
「違いますか……?」
「それは、あなたの思いが作り上げたものだ」
「でも……」
「強いて言えば、ある存在がある存在を取り込んだ、とは言えるかもしれんがな。あなたが思うから、イメージに合わないワシが生まれる。悩みもそれと同じことだ。今、こうしてあなたとここにいるワシ。傍目から見れば、女子高生と昼真っからデートをする、ナマウサ坊主に見えなくもない」
「そんな……」
「誰かがそう思うのもまた、煩悩のなせるわざと言うことだ。無いことがあるように見える。無いこともあるように見える」
立ち止まりクレープを一口、ほおばる和尚。
若菜も、黙ったままクレープを口にした。

ある茶屋。
「和尚様のおっしゃりたいことが、何となく分かりました……」
「ほう……」
「煩悩は無くなるものではない。それを全て理解した上で、寄せ付けない精神力を身につけなくてはならない」
「そう思ったか」
「はい…」
「ならば、そういうことだ」
「ごちそうさまでした……」
そう言い、若菜は茶屋から立ち去っていった。
その姿を、和尚は沈痛な面持ちで見つめていた――

またある日。
矢を打つ。命中。
打っているのはやはり若菜。
二発目。
その時。

――手を――

「……!!」
心がかき乱される。

――手をつないでもいいですか――

やは、的とは全然違うところに当たった。
愕然とする若菜。

いつもすれ違う僧。
その胸には「明暗子」と書かれていた――

-CM-


小学校6年生の春。回想

お寺の納屋の中からすすり泣く声。若菜だ。
若菜は祖父に一晩そこで反省しているよう命じられたのだった。
「……おじいさま……ごめんなさい……ごめんなさい……」
その時頭上からロープが降りてきた。
思わず若菜が窓の方を見上げると、そこには少年の姿が。
ロープをつたって若菜の方へ降りてくる。
「ごめんね…。もっと、早く来るつもりだったんだけど…」
それを見た若菜は思わず少年に走りより、抱きつくのだった。
「…若菜ちゃん……」
「恐かった……。暗くて…一人で……」
すすり泣きながら若菜は言う。
「もう、大丈夫だよ……」
背中に手を回し、少年は若菜をゆっくり抱きしめる。
(……どうして……なんか、ドキドキする……。なんで…なんで……)


若菜は目を覚ました。
昨日のことを思い出す。
「和尚さま……。煩悩と愛を、どうしたら見分けられるのでしょう……?」
「何故、見分けたいのかな?」
「愛を信じたいからです…。そして、愛でないものを信じたくないからです……」
「あなたは、離婚した二人は、煩悩で結ばれたと言われた。しかし、必ずしもそうであるとは言いきれぬぞ?」
「では、あの二人にも愛があったとおっしゃるのですか…? 確かに愛があったとしたら、その愛は何処へ行ったのでしょう…? 愛がそれだけのものならば、そんなものに私は心を乱されたくはありません」
「愛は何処へも逝かん。愛は何処にでもある」
「そんな……。愛が無くなったから、二人は離婚したのではないのですか…?」
「そうとも言えるがな」
いい、和尚は大笑いした。
若菜は、寺を出て怒りと悩みの入り交じったような表情で駆けていった。

綾崎家。
布団から出た若菜は、仲良さそうにしている自分の両親を影から見つめていた。
すると、ちょうど祖母が家に帰ってきたところだった。

いつもの茶の間。
若菜は祖母に話をしてみることにした。
「お父様とお母様は、お見合いで結婚されたんですよね」
「そうえ。二人とも何にもおしゃべりせんでな」
「…惑わされず、少しずつ愛を育てて今があるんですよね……」
若菜は小さな声でつぶやく。
「ん?」
「おじいさまとおばあさまも、そうですよね……」
「若菜…」
心配そうに祖母は若菜を凝視した。

――私は…唇を…重ねてみたいんです――


次の日。
若菜はまた天竜寺の住職のもとへ赴いていた。
川のせせらぐ音が聞こえる。
「心頭滅却すれば、という言葉をご存じかな?」
「心頭滅却すれば、火も又涼し……」
「いや、正しくは、火、自ずから涼し、という」
「初めて聞きました」
「心乱すことなければ、火は熱い火のそのままに涼しい、とでも言おうか」
「暑いのに、涼しいのですか?」
「暑いのに、ではない。暑いこと、そのものが涼しいのだ」
「暑いことが、涼しいのですか?」
「暑いのものは暑い。決して涼しくはない。だが、そこに、涼しさを見出すことはできる」
沈黙。
「……ワシの友人の話をしようか」
「はい」
1枚のモノクロ写真。そこには真ん中にで椅子に座る女性と、その両脇に学生服を着て立つ男の姿が。
「その男は、ある娘にいたく惹かれておった。娘も、その男に好意を持っておった。ところが、苦しき因縁とはこのことか。男の幼い頃からの親友も、この娘に惹かれてしまった……。男は娘に、『必ず幸せにしてみせる』と誓った。親友は、娘に、『先のことなど分からない』と言った。『今お前を愛している、それだけだ』と。結論を言えば、娘はその親友を選んだ。そんな親友を、あなたはどう思うかな?」
「……煩悩のために友情を捨てた、ひどい人だと思います」
「ふふふ、しかしな、その男とその親友との友情は、今でも続いておるのだ」
その言葉に驚きを隠せない若菜。
「どうしてですか……!?」
「娘を愛する、己自身。自己の違いだ」
「自己の違い……?」
川から鳥が2、3羽飛び立つ。

「その男は、『必ず幸せにする』と言った。だが実は、それ程無責任な言葉はないのだ」
「そんなこと……」
「考えてもみろ。明日のことが分かるか? いや、5分先、1分先に何が起こるか、誰にも分かりはしない」
「そうかも知れませんが……」
「その男の心には、娘を愛する自我が現れておるのだ」
「自我……」
「対して親友はどうか。ただ、真実のみをぶつけておる。ありのままの自己を素直にぶつけたのだ」
「自己……」
「それは、エゴとセルフとでも言い換えられよう」
「エゴと、セルフ……」
「エゴは、自分が中心の思いだ。自分があり、その周りに他者がある。対するセルフには、中心はない。自分があり、他者があり、時にはそれが重なり、時には離れもする。そしてそれこそが、人間の本来持つ仏の魂であり、極めて純粋な精神なのだ」
「そう、なのかも知れません……でも」
「確かに形から見れば、親友のしたことは、いわば、略奪愛だ。しかしそれとて、人間の考え出した概念でしかない」
「あ……」
「その男を知らずその親友と娘だけを見た者にとっては、美しい純愛ではないか。……確かに、あったと言えるものは、親友の娘に対する、熱烈なる想いと、娘のそれに答える想いのみ」
「その二人はどうなったのですか……?」
「以来52年間、争うことなく寄り添い、生きておる」
「その愛は、永遠だったのですね……」
「それは正しいが、間違いでもある」
「え……?」
「愛は絶えず生まれ変わるもの。生まれた愛は、その時だけ輝くのだ。その意味では、永遠でなく、また、永遠であるとも言える。……離婚したという二人の愛も、今なお無くなることはない。それはそれで、真実だったのだ」
「そうか……」
「あなたの中の愛もまた、永遠であって、永遠ではない。とらわれずに、ただ大切にして、自然のままに進むがよい…」

大きな橋。
「ここで座って話をしようか」
「ここで、ですか……?」
「はははは、冗談よ。だが、あなたの心は、今の戸惑いにはっきりと現れておる」
「私の、心が……」
「この橋の上で、その昔、大徳寺の僧、ダイトウコクシ(漢字知りません)が座禅を組み、行き来する人に揺すられる心と戦ったことがあった。そして、その動揺がおさまり、その気持ちを歌にした。『座禅せば 四条五条の橋の上 行き来の人を みあまぎにみて』。どうだ、あなたの想いと、重なるだろう」
「私の想いと……」
「これを詠んだダイトウコクシは、しかし己の未熟に気付いた。何故なら、行き来の人を身雨木(漢字知りません)とみなす無理があるからだ。かくて再び、五条の橋の上で鍛練を重ね、ついにこの歌の境地に至った。『座禅せば 四条五条の橋の上 行き来の人を そのままにみて』」
「そのままに見て……」
「お分かりかな? 橋の上を行く人は、あくまで人。それを認めながら、少しも、心動かされることのない心が大切なのだ。絶えることのない人の流れと同じように、人の心から、煩悩が無くなることもない……」
あの僧達が鐘を鳴らしながら通り過ぎる。
「それも、そのままに見て……」
ハッとなって若菜は住職を見た。
「和尚様っ!」
若菜は笑った。ついに理解したのだった。それを見た住職も笑みを返す。

「明暗」の文字。

「うむ……。煩悩は、良いとか悪いとか言うものではない。強いて言えば、あるものなのだ。良いか悪いかは、それをどう捉え、どう生きるかによって変わる。迷った瞬間、煩悩は見え、悟った瞬間、煩悩は見えなくなる。それでいいのだ。そして人間は、煩悩があるからこそ成長し、発展することが出来る。その思い出の中の少年が、あなたにそれを教えてくれたのだ」
「有り難うございました……」
嬉しそうな顔で若菜は言った。
(そして……あなたにも、有り難う……)

大勢の観光客が目の前を通り過ぎる茶店。
若菜と住職は二人で屑切りを食べていた。
その姿を観光客が物珍しそうに見ながら歩いていく。
「和尚様、私達、デートしてるみたいでしょうか……?」
「真実は一つ、このくず切りが、旨いということだ」
「悟りましたねっ」
思わずむせる住職。笑う若菜。
「修行の終わりに、一つ聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「例の、恋に破れたというあの男の方は、今はどうしているのですか? 幸せになられたのですか?」
和尚は虚空を見つめた。
「恐らく、幸せだろう……。なんといっても、その後仏門に入り、その後、親友の孫と、最高のくず切りを食べておるのだからな……」
そう言って、住職はまたくず切りを口に運んだ。
住職の大笑いが、辺りに響きわたった――

-EDテーマ-

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